私の部屋には、居候が居る。 「助けてくれたお礼に、あなたの願いを一つだけ叶えましょう」 「はぁ?」 食事を終えた後、いきなりこんな事を言われて、驚かない人がこの世にいるだろうか。 「だから、助けてくれたお礼にですね、願いを一つ……」 あくまでも、目の前の此奴は願いを一つ叶えてくれるつもりらしい。 「可哀想に、何処か変なところ打ったのね。大丈夫安心して、すぐ警察に連れて行ってあげるから」 私は、これ以上関わり合いになるのは拙いと思い、携帯を取り出す。 「あの! 別に、精神異常者とかじゃないんだって! だから、本当にあなたの願いを……」 「もしもし、警察ですか?今、私の部屋に……」 「わあ!!」 私が無視して119番すると、ヤツは焦って私のとりだした携帯電話を奪った。 「何で信用してくれないんだ!?」 「出来る分けないでしょう! いきなり家の前に倒れてて、三日間食べてないって言うから、わざわざ、食事作ってあげたのに、いきなり、『あなたの願いを一つ叶えましょう』とか言われて、信じる人がいると思う!?」 私が怒鳴り散らすと、 「確かに……。じゃあ、もし試しに何かしたら信じる?」 今度はまじめな顔してこんな事を提案してくる。 「そうねぇ、信じてあげないこともないわよ」 このままだと、家から追い返すこともできやしないから、渋々頷く。 「じゃあ、こんなのはどう?」 ヤツが、私の方に手を向けると、私は音もなく宙に浮いた。 「どう? まだ信じてくれない?」 「信じた! 信じたからおろしなさい!」 私が言い終わるや否や、ドスッと言う音を立てて私の体は床と再会した。 「それでは、願い事をどうぞ」 いきなりかい! そう怒鳴りたくなるのを抑えて言う。 「そんなの急に言われても、決まんないわよ」 「それじゃ、決まるまでここに住むから」 さらりと爆弾発言をかますな! 「……えっと、マジ?」 「お世話になります」 てなわけで、同居中。 断じて、同棲ではない。 生活するのには、お金が必要っていったら、深夜の日雇いバイトでも見つけたのかお金をいれるようになったし、家事は手伝ってくれるし、結構楽かも。 「で、由紀那さん、願い事は決まった?」 「う〜ん、まだ」 「はやくきめてよう」 こんな会話にもなれてきた。 此奴のこんな時の情けない顔はみてて飽きない。 でも、もし願い事言ったら、此奴が居なくなっちゃうんだよね。 なんか一寸、さみしいかもしんない。 あ、今の嘘。取り消し。 「でも、よくこんなお金稼いでくるよね。なにしてるの?」 私がふとした疑問を聞いてみると、 「え、あ、そう工事現場だよ工事現場」 ……、うそくさ。 まさか、銀行強盗とかしたんじゃ……? 私の視線に気付いたのか。 「ほんとだってばぁ」 情けない顔をして弁明してくる。 「仕方ない。不問にしといてあげるわよ」 私は、この顔に弱いのだ。 ある日、残業で遅れたとき、街で此奴を見つけた。 もう、夜の十一時だし、変だなとか思いつつも、声を掛けようとした。 すると、ヤツはなんと、ケバイ女と歩き始めたではないか。 ホスト。 瞬間的にこの単語が頭に浮かんだ。 あの稼いできた大金の出所がやっとわかった。 そうだ、深夜のバイトで稼げる物言ったら、これしかないはずではないか。 嫌悪感を感じた。 ヤツは、私にお金が必要だと言われて、この仕事を始めたに違いない。 ヤツがホストをして稼いだお金で私は生活していたわけだ。 情けない。 私が、嫌悪感を感じる権利なんてないんだ。 夜、私はヤツが帰ってくるのを待ってると、玄関が開く音がした。 「あれっ、起きてたんだ。ただいまぁ。……どうかしたの?」 いつもと違う雰囲気を察してか、不思議そうに聞いてくる彼に私は言い放つ。 「出てって」 「え、なんで? まだ願い事聞いてないよ」 ヤツが泣きそうな顔で、聞いてくる。 その言葉に、私は、気持ちを凍らせて更に重ねる。 「私には、あんたにかなえて貰いたいような、願い事なんてないわ。だから、もう、いいの。出てって」 「え、何でそんなこと……。俺、由紀那さんに嫌われるような事した?」 「いいから、出てってよ! あんたがホストをして稼いだお金で生活なんてしたくないの!」 私の金ぎり声に、ためらいながらも、ヤツは出ていった。 「これ、ここに置いとくから……」 食堂のテーブルの上に、これまでヤツがホストで稼いでたお金を残して。 ヤツが出ていってから、一週間目の朝。 ポストに、金が入ってた。 『そろそろお金がなくなる頃かと思って』 と言う、ヤツの手紙と共に。 その日の夜、ヤツを見かけた道の近くまで行ってみた。 ヤツのホスト姿なんぞ見たくはないが、このままで良いはずがない。 返さなければ。 前居た所には、ヤツは居なかった。 一時間ほど粘ってみたが、諦めて帰ることにした。 気まぐれでいつもと違うルートで通ると、工事中の看板があった。 しょうがない、引き返そうと思ったその時、私は目を見張った。 ヤツが居た。 ヤツも私を見つけたらしく、動きが止まる。 「なんで……?」 無意識に、口から言葉が零れる。 正気に戻ったらしいヤツが、慌てて逃げようとする。 「待って!」 私は、ヤツを追いかける。 ヤツは、止まらず逃げ続ける。 悔しいことに、ヤツの方が足が速いらしい。 私は大声で叫ぶ。 「待って! 待ちなさいよ!」 ヤツは止まらない。 「待ちなさいよ! これは願い事よ!!」 願い事と聞いてヤツが、止まる。 「なんで……?」 ヤツが問いかける。 「それは、こっちの台詞よ!」 私は叫ぶように彼に問う。 「何で工事現場でバイトなんかしてるのよ! 何で私にお金なんか送るのよ!」 「だって、ホストで稼いだお金は嫌だって言ったじゃないか。それに、お金ないと困るでしょう?」 ヤツが困ったような顔をしながら言う。 「私は、そんなこと聞いてる訳じゃないの! 願い事のない私になんてどうでもいいはずでしょ!?」 「そんなこと無いよ! どうでも良いはずないじゃないか! 俺は、嬉しかったんだ。由紀那さんが親切にしてくれて。俺、こんなだから、誰だって優しく何てしてくれなかった。でも、由紀那さんは、初めは戸惑ってたけど、俺、居候なのにまるで家族みたいに接してくれて。本当に嬉しかったんだ。だから……」 ヤツはそこで言葉を切る。 嬉しい。正直そう思った。 私はきっと、自分が、願い事を叶えてあげるだけの存在じゃ嫌だったんだ。 私は、ヤツに一人の人間として見て欲しかったんだ。 私は、ヤツの背中に手を回した。 驚いて、緊張するヤツに聞いてみる。 「ねえ、さっき、お願い言っちゃったでしょう? でも、もう一つだけかなえて欲しいお願い事があるんだ」 ヤツが神妙そうな顔をして頷く。 「あのさ、私と一緒に住んでくれない?」 後日わかったことが一つある。 彼は(ヤツから彼に格上げしてやった)どうも、サイコキネシスしか使えないらしい。 あと、工事現場のバイトも止めた。 どうやら定職に就く気らしい。 別にいいって言ったんだけどね。私の稼ぎで食べていけるし。 でも、なけなしのプライドが許さないってさ。 今、私たちの同棲生活は結構うまくいってるとおもう。 私は断じて同棲ではないと思っているが、 彼は同棲だと言い張るし、まあ、それならそれでよしとしようか。 今、私の部屋には彼がいる。 |