人の群れ。背広の男とOLとくたびれた定めのつかない中年と学校さぼって街を一人ぶらついていた餓鬼、俺。 信号が青に変わり、一斉にスタートを切る。ゴールのない、月曜も水曜も日曜もアイデンティティーのない生活。「あー、わかったよ。全部、俺が悪い。」とか、「あー、わかったよ。俺は死ねばいいんだろ。」だとか言うことは、自意識過剰だって背後の自分はわかってるのに言ってた、俺。 友達が大学受験で落ちた。「ああ。ああ。落ちた。」「・・・まあ、俺のところにもってくる話題ではないわな、それ。」「だって、お前さ、時々、うまいっぽいこと言ってくれんじゃん、馬鹿の癖に。」「馬鹿は、余計だよ。 ちょっと、俺の真似をしてろ。」と俺はなんとなく言う。「ちょっと、俺の真似をしてろ。」と彼は指示に従う。「青巻紙、赤巻紙、黄巻紙」「青巻紙、赤巻紙、黄巻紙」と彼は言うと、得意げな顔をする。「青巻紙、赤巻紙、キマいがおみ」と俺は噛んでしまう。「うん?ミスった?」と彼は首を突き出す。「いまのまね出来る?」「青巻紙、赤巻紙、・・・なんだっけ?」彼は目を上にやる。「できないだろ?」「うん。」「そういうことさ、みんな」「は?」「わかんねぇ?」「うん。全然。」と彼は、また首を落とす。「はあ」「お前、高校も卒業しないで、これからどうすんの?」と友達は、黙った後に言う。「わからない、ハハハ。」と誇張した笑いをあげる俺。「はあ」「まあ、いいじゃん。俺もプーでお前もプー。」「よくないよ。おまえ、大学落ちたの、もっと落ち込めよ。てか、なんか、 逆だよ。 ああ、言うだけで、何にもなんないな、俺。」「ああ、やるだけやって、何にもなんないな、俺。」 信号が青に変わり、一斉にスタートを切る。人の群れは、向こう岸。上流から鉄の塊が流れ出す。太陽を跳ね返したミラーから小石が取り残された俺の目にぶつかる。こちらに取り残された元ピーターパンは、誰かを遊びに連れてくるほど元気はない。 渡るか渡らないかじゃない。あの青信号の中の人は「お前はピーターパンだ!」を示す。確信をもち期待していたピーターパンは踏み出せず、今や横断歩道の目の前でうずくまるピーターパンでもない向こう岸の人間でもない何かだ。だが、結局、「おい、ぼさっとしてねぇで、働け」という運送屋の親父の叱りに「はいはい」と目の眩んだ俺は返事をし、流れた汗を拭って、ビルの階段を登りだす。 腕からこぼれた荷物が階段を転げ落ちる。その音を聞きつけた親父の怒鳴り声が階下から聞こえる。以前、交通事故で死んだ友達に言った言葉が蘇り、苦笑する俺は「できないだろ?」と呟く、アイデンティティーの欠けた日々に。
一枚の風景を切り取り透明色の絵の具で小さな点を書いていく。 腕が痺れるまで点で埋め尽くす。 そうやって作り出されたような天気だった。 僕は傘をさして、そして畳んだ。 傘をさそうがさすまいが透明の小さな雨粒は、僕を少し濡らし、そのまま僕を通り抜けて地面の隙間にすっと潜り込んでいった。 「たぶん世界にまだうまく馴染めていないんだよと、僕は言ってみた。 「君はよく分からないな」と、僕の隣を歩いていた男は言った。 「僕も君のことってよく分からないよ。寧ろ分からない事の方が圧倒的に多いような気さえするな」 電車に乗り込むと、男は窓際に肘をかけ目を瞑った。 僕はシートに深く座り、男の顔をちらと横目で見、そしてうつむき、自分の両手を眺めた。「雨が降れば傘をさす。電車に乗れば眠る」 と、僕は僕の両手に向かってつぶやいた。そして電車が動き出すとすぐに男は静かに眠った。 眠る男の向こうには低い丘が連なり、霧がかかり、そして透明の雨が降り続けていた。霧はかなり低く垂れ込めており、雨は相変わらず何もかもを通過し、地面に潜り込んでいった。 それでも車はバンパーを左右に振り、人は傘をさしていた。 「もうそろそろ着くかな」 「次の駅だよ。タイミングばっちりだね」 「タイミングにかけて言えば俺は随分とうまくやれる」 「でも、傘はさす」 「雨が降っていれば誰だってさす。普通そうだろう?」 「傘をさすのだって相応しいタイミングは…どう?」 そうやって電車は僕らを何処かへ連れ出し、そして僕らを吐き出す。霧は遠くにぽっかりと浮かび、雨は降り続いている。 「雨は嫌い?」と僕は男に聞いてみる。 「こんな日は、嫌かな」 「まあ、そういう考え方もあるかもしれないね」 「そう?」と僕は思う。 雨ってのは、今日を象徴するものじゃないか。僕らは今から何処へ行き、何を見るの?雨が無ければ、そもそもそれを創り出したものすら存在しないじゃないか。違うかな? そして、僕らは雨の染み込んだアスファルトの上を走る雨の染み込んだタクシーに乗り込み、風景の中に入っていく。でも、そこはおそらく平板な世界じゃない。 透明の雨の降る、具体的な世界だ。
※作者付記: 初投稿です。最後まで読んでいただければ幸いです。
規則正しい生活もみだれはじめた。親の小言も毎日繰り返される。仕事しろだの、掃除しろだの、出ていけだの、めんどくせぇ。 半年間まじめに働いた。給料と人間関係さえ問題なかったら続けていただろう。 部屋の片隅にたてかけていたギターをとり、何を弾くでもなく、弦を鳴らした。ぼろろ〜ん。ため息のかわりに適当に鳴らす。…やっぱ、汚ねぇか。 ベットの上から見下ろした部屋は床が見えていなかった。これから洗うのか、しまうのか、わからない服の山。あっちこっち、バラバラにほったかされた漫画と雑誌。鼻をかんだのか、何かを拭いたのか知らないが、丸められたティッシュ。いつ飲んだかもわからない缶やペットボトル。 別にこんな部屋でも不自由はしない。寝るところを確保できてたらそれで十分だ。 ああ、あちぃ。枕の下から団扇を取り出す。温暖化のせいかなんだか知らんが、暑い。夜も寝苦しい。布団も全然干してねぇや。 きれいな空気吸ったら、なんか変わるかな。何かして、何かを変えねぇと。めんどくせぇけど。ギターをもとに戻し、部屋を出た。 洗濯機のそばに転がっている雑巾はすぐわかるが、スプレーがわからん。床用、これでいっか。部屋に戻り、窓に向かった。 この家に引っ越して五年。この窓は一度も拭いたことがなかった。埃がこびりついてる。こんだけ汚れてたら、光りも入らねぇか。泡スプレーをふっかけて、一拭きする。床用だけど結構取れるな。雑巾は埃のかたまりで真っ黒になっていた。 風呂場に行っては雑巾を洗い、部屋に戻って窓を拭く。何往復したのかはわからないが、足はよく動いていた。網戸も洗ったら、気持ちいいかもしれねぇな。取り外して、風呂場に持っていった。 どうしよ、ボディーソープでいっか。たわしは、と。洗面所に置いてあったスポンジを濡らして、ボディーソープを適当に落とし、洗ってみた。黒い液体が泡と一緒に排水溝に吸い込まれる。シャワーで一度流し、もう一度ボディーソープをつけて洗う。白い泡のまま流れるまで何度でも洗った。 廊下や階段に水を落としながら、網戸をあるべき場所へ戻した。まだ、ところどころの升目に水の膜ができている。窓から、二歩、三歩、ゆっくり下がってみた。あぁ、きれいだ。 すぐそばに屋根が見えていたり、マンションが見えていたり、窮屈そうな町並みでも、夕日にあたって輝いている。不釣合いの絵画を飾ったように、そこだけが、異空間だった。風が流れ、ほのかにアロエの匂いがした。 ゴミの上に立ち、部屋を見回した。片付けっか。汗を拭った。
Date: Wed、 12 Mar 200X 21:50:15 From: makoto-t@ugetu.co.jp To: hitoshii-soma@sousi.co.jp Subject: 頼みごと やっほ。元気してるかな? って、今日も学校で会ってんだから聞くまでもないか。 あ、でも、帰宅してから具合が悪くなったという可能性もなきにしもあらずでしょ。 そう考えると、あながちピントのずれた挨拶とは言い切れないよね! そうだよね! …いやなんかさ、メールするのってすんごい久しぶりじゃない? 半年ぶりくらい? ちょっと緊張してたりするわけよ。 つうか、メールしないのってさ、君の返信率の低さにあるわけだけど理解してる? 返事がこないってわかってるとね、メールする気失せるのよ。すっごく。 あ、でも今回は返信必須だから。 では、仕切りなおして。 明日ってさ、うちらの卒業式でしょ? 高校生活最後の日。 約束されていた別れの日。 そして、あてのない再会を約束しあう日。『未来』という薄霧色のキャンパスを広げ、『不安』という筆に『希望』という色をのせ、『人生』を描いていく― はい、そこ退かない。 なんかさ、あっという間だったね。 必死こいて高校受験して受かった〜と思ってたら、また必死こいて大学受験して受かった〜ってさ。何やってんだって感じ? 学生の本分は学業かっての。そうだっての。 いかん。どんどん脱線していく。 何の話だっけ? あ、そうそう。頼みごとね。 えと、頼みってのは、美希と風間君のことなんだけど。 実は美希ね、風間君のこと好きだったんだよ。 だった、つうか、今でも好きなんだけどさ。 んで、このことね、私は知ってたんだ。美希は気づかれてないって思ってたけど。 ちなみに風間君は全く気づく様子なし。超鈍い。アホかってくらい。アホか。 …仁史はさ、気づいてないふりをしてただけで知ってたんだよね。鋭い奴。(そう言えば仁史の好きな人って誰も知らないよ? 誰?) でも美希はね、風間君に伝えるつもりなかったんだ。 何つうかほら「ずっと馬鹿やってきた関係だし、今さら告白とか」って感じで。 で、そんな美希に私は言ったわけ。「卒業しても会えるなんて思わないほうがいいよ。別々の学校へ行くんだから。後悔したくないなら告白しなよ」って。 それで、ようやく美希は伝えることにしたんだ。 風間君に。好きですと。 で、さ。 問題は、風間君がどう思っているかってこと。 やっぱね、怖いわけだよ美希も。 多分。うん。多分、大丈夫かなぁ的なね。 そう言う気持ちはあるわけ。でも怖い。「ごめん。お前のこと友達としてしか見れない」なんて、ら抜き言葉でまさかのどんでん返しがあったりするかもしれない。 直接会って返事を聞くのは、怖い。 だから、ちょっとメールで聞いちゃおう。とね。 もう、君のすべきことはわかるでしょ? そうです。風間君の気持ちを書いて、返信することです。 では、頼みましたぞ。逃げるなよ。 ※ちょっと訂正― って言っても、大したことじゃないよ。 美希←→私 仁史←→風間君 こんな感じに入れ替えるだけだから。じゃ、返信待ってます。
プシュウ・・・「信田行きです」携帯から目を上げる。今日は三番目の運転手だ。いつものように小銭を入れたら扉が閉まり出発をする。先にお金を払うのを慣れたのは最近で、運転手の数もだんだんと把握してきた。三番目というのも、ただ数え始めた順番で特には理由がなかった。決まって乗っているのは5人で優先席に老夫婦、一番後ろにサラリーマン、一番前には女子高校生が座っているのだが一番会いたい女性がいつも二人席の窓際に座っている。髪は長めで白を好んで着ていることが多いが今日は薄いベージュだった。雨の日なんかは混んでいることもあり隣に座るチャンスはあるのだが、晴れていたりすると彼女を横目に後ろの席に座ることしか出来ない。そんな日々をたんたんとやり過ごす。ある日転機が訪れる。っといっても悪いほうだ。僕の乗るバス停の二個先でイケメンが乗ってくるようになった。空いている座席が彼女の隣しか空いてないのはわかるが・・・イケメンは必ず隣に座るのだ。 今まで数えただけでも20日を越える。許しがたいことだがどうすることも出来ない。ただ救いは会話をしていないことだけだった。 人の感じる時間は人によって違うが、僕にとってイケメンがおりるまではコップが手から滑り落ちて割れるまでのどうすることも出来ない時間に近かった。「次は信田東です」とうとう彼女のおりるバス停に差し掛かった。今日も一日が終わったように僕の時間と共にバスは止まる。「いってらっしゃい」心の中でつぶやく自分。いつものようにため息で一日が終わるかと思ったが、帰りのバスで再び彼女と一緒になったのだ。何回も彼女に会うために時間を変えて乗っていたのだが、帰りに会うのは初めてだった。座る席を探す彼女。隣が空いている自分。彼女は僕の顔をみるなり安心したのか隣に座って来た。緊張のなか、もちろん会話はないけれどなんだか不思議と自分も安心した。時計の秒針がいつもよりせっかちに回っているように思える。「次は梶田です」僕のおりるバス停だ。無言のままおりた僕は最後に彼女のほうに目を向けた。彼女も僕に気がついたのかバスが進むと同時に手を振り何か言っていたのか唇が動いていた。まったく聞こえなかったけど、僕には「また、あした」と言ってくれたに違いない。次の日、僕は心に勇気を握ってバスを待った。プシュウ・・・今日は2番目の運転手だ。僕はステップをゆっくりのぼり、彼女に目を向けた・・・
あぁー何で俺こんなとこにいんだろ理由がみつからねぇー、ただここに生まれたってだけなんだしあーしんどい、そしてさらにあっつい眠いけどねれねぇ暑すぎるいくらかきむしっても限がねー外も人いっぱいだしなーどいつもこいつも暇そうな顔しやがってあーもうどうにかしてぇーどうにかしてほしい、とみにそう思うもうホント死にそうあっちぃーふむ、今年も暑くなりそうだな最近ずっと暑くなってきているが今日に至っては特別日が照っている空はあんなに晴れ渡っているし太陽はあんなに照っておられるセミの鳴き声も聞こえてくるああいい天気だそれにしても空はいつ見てもまぶしいものだな夏の風はとても清々しいそれにこういう日に吹くの風は一段と涼しく感じるものなのだなふぅ、今年も暑くなりそうだんあ?おおもう朝だお日様があんなに高く……っていうか昼!?ぎゃう…太陽もろに見ちった……ん?うわぁお!?人いっぱいいるしえっ?なに?なんで?あ、そうか今日、日曜日か!うわーやばいやばい、何ずっと寝てたんだろうもーばかばか!にしてもあっついなー、あっはっはんな事やってる場合じゃない!イソガナキャ、いそがなきゃ、急がなきゃ、急がなきゃ!あーなにしよう、なにするんだっけ、なにしなきゃいけないの?そうだ、飯だ!とりあえず朝め…昼飯だ!よし、いっただきまーす!やれやれ……外が騒がしくなってきたもうそんな時間かもう少し静かにしていたかったものだがまあしようがないというものか騒がしいというのもそれはそれで趣がある夏の風流とでも思おうどれ今日も人の数でも数えようか一……二……三……四……五…………眠たくなってきたなしかしまだ数えるのが終わっておらんしなこのまま眠るのもどうかなんー……zzzZZZあどうもえーとなんでしょうかあの、こっちばかり見られても困るんですけどあのそのえーと最近暑いですよねーほんとに死人が出ちゃうんじゃないかってくらいえーとあの私って暑いのそんなに得意じゃないんですけどあ、得意不得意というか、まぁ苦手って意味なんですけど今も結構立ってるのがきつい訳ですよ夏が嫌いってわけじゃないですよあーけど冬と夏どちらかを選べっていわれたら冬をとりますねだって私暑いの嫌ですもんわかってくれますよね?「…なにしてんの」「動物の声を代弁してみたのだが、どう思う?」「とりあえず動物園まで来て何やってんだこの男は、とは思った。後、動物に謝っとけ」
9回裏ツーアウト満塁。俺達のチームのビハインドは3点。ホームランが出たら逆転サヨナラというまるで青春野球漫画の一コマのようなこの場面で代打に送られたのは今までほとんど試合に出た事すらない控え中の控え、安田だった。交代を告げられたのは俺。勢い勇んでネクストバッターズサークルから飛び出したのに監督に呼びとめられ交代させられた俺は憮然とした表情でベンチの隅に座った。周りの奴らも俺に遠慮しながらも安田に声援を送っている。気を使われているのが見え見えでそれがますます俺を卑屈にさせる。確かに俺は今日ノーヒットだけど、で確かに取られた点の内2点は俺のエラーの所為でもあったんだけど、あと確かに安田は練習を絶対に休まず、下手くそだけど誰よりも真面目にやってたし、試合に出られなくてもベンチでは誰よりも大きい声を出していたけど、そして確かにもう交代要員は安田しか残ってないんだけど、でも安田? 安田よりは俺の方が打つ可能性は高いよ。ここまではノーヒットだったけどもうピッチャーのストレートのタイミングはつかんでたし、縦に大きく割れるカーブも見切っているのに。納得のいかない俺を尻目にバッターボックス内の安田に皆の視線が注ぎ込まれる。そしてピッチャーが一球目を投げる。この土壇場での代打にガチガチに緊張している様子の安田はボールがきてもバットを振ることすらできない。容赦無く相手ピッチャーのボールが安田を襲う。見てみ、あっという間にツーストライクまで追い込まれたし。あ〜あ終わりだな、って俺を代えた監督に聞こえるように少し大きな声でつぶやいてやった中、ピッチャーが投げたボールは完全にコントロールミス、向かう先には安田の頭があった。慌てて体を翻す安田。ところがボールは逃げた安田のバットに当たり完全に勢いを殺されピッチャーの前に転がった。予想してなかった打球にピッチャーの飛び出しが若干遅れた。何が起こったのかまだ分っていない安田はバッターボックスにしゃがみこんでいる。塁を埋めていたランナーは一斉に走り出した。「走れっ!! 安田ぁ!!」 気が付くと俺は立ちあがって叫んでいた。あれ? 俺何やってんだ? まぁいいか、これこそ青春。我を取り戻し必死の形相で走る安田。ピッチャーはようやくボールを拾い一塁に投げる。安田はお決まりのヘッドスライディングだ。 アウト? セーフ? ノンノン、青春に答えを求めちゃいけないよ。