第79回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01ミンミンゼミの鳴いた冬土目1000
02ミキちゃんしずる1000
03オレンジ色の空の下、君と。咲夜1000
04猫でよかった!葉月 鹿子999
05こんかつ合板ですよ1000
06夏川龍治710
 
 
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エントリ01  ミンミンゼミの鳴いた冬     土目



その日、俺は先週と同じように葵の病室を訪ねたが
先週とは違い葵はそこに居なかった、病室・図書室・売店前と探し回って30分

「こんな所に居た」
中庭で見つけた葵は屈んで池の鯉に砂利を撒いていた
鯉達は餌が撒かれたと勘違いして大口を開けて集まっている
一通り撒き終わったのか手を払って立ち上がると額の汗を拭った
何でそんなにイイ顔なんだ

「楽しいか?」

「楽しい、愚かな生き物を弄ぶ事ほど面白い事はそう無い」

そですか
鯉達は早く餌を寄越せと池の中で騒いでいる

「今日は何?」

「いや、特に用は無いけど」

「そうじゃなくて…無いの?」

あぁ、そっちね

顔を見せるときは必ず甘いものを持って来いと言われているのだ
俺の苦労も知らず葵はそれぐらい分かれと言わんばかりだ
苦笑しながら俺がポケットの中から一握りの小包を取り出すと
それは一瞬にして葵に奪われた

「今日は和菓子にしてみた」

葵は俺の話など聞くに値しないと言う様に
夢中で包みを漁ると早速一つ見取り出して口に放り込んだ

手位は洗うべきだと思うぞ

院内ご禁制のそれをひとしきり味わうと口から溢すように葵は呟いた

「餡子って素敵…」

どういう感想だよ

和菓子を頬張る様をじっと見ていると葵と目があった
「…君は犬に似てるね」
ふぃと目を逸らし、二つ目を探しながら葵が呟いた

「犬?」
俺から見ると今の君の方がよっぽど犬っぽいぞ

「うん、何となくそんな気がする」

何となくかよ

「じゃ葵は?」

ピタリと包みを漁る手を止めどこか遠くを眺めながら葵は呟いた
「私は…蝉かな」



何となく二の句が告げないでいると葵のほうが口を開いた

「ずぅっと土ん中に埋まって過してさ、やっとこさ外に出たかと思ったらほんの数日でおしまい、
何がしたかったの? って聞きたくなっちゃうよね? 」

手についた砂糖を池の上で払っているとまた鯉達が寄ってきた

「神様もきっとさ、弄んで笑ってるんだろうね」

背を向けて呟く彼女が何処かに行ってしまいそうで肩を抱きかかえ耳元で囁く
大事な事なのに大きな声で言えない自分が恨めしい
「笑わせない、誰にもそんな事で笑わせたりしない」

「ありがと…いいから離して」

自分が思いっきり後ろから組み付いていることを思い出し、慌てて身を離す
誰かに見られたら完全に変質者じゃないか
顔を赤くしながら俺は照れ隠しに呟いた

「あー、それにだなお前と蝉は一緒じゃない」

「どこが?」

「俺は蝉って嫌いなんだ」

言った後に言葉の意味に気づいて余計に顔が赤くなった







エントリ02  ミキちゃん     しずる


 私は、あなたの事が好きではなかった。
 仲良くしていたのは、小さな頃からの知り合いだったから。家が近くて、歳も同じだったから、気兼ねなくよく遊んでいた。物事にあまりこだわらずに、目に見える物をそのまま捉え、思うがまま大口を開けて笑う様が印象的で、今でも心に残っている。品のない笑い方だ、なんて思っていた。
 月日が流れ、私は私の、あなたはあなたの、それぞれ別々の空間が出来上がる。昔から薄々気づいていたけれど、あなたのその空間の中に、あなた以外の誰かがいない事は、分かっていた。
「仲良くしてね。いじめられた時は、助けてね」
 精一杯の笑顔で、すがりつく様に、あなたが私のもとへやって来た時、私はうまく笑えていなかったと思う。口には出さなかったけれど、私は、心底、嫌だった。だから、遠く一人離れて、寂しそうに俯くあなたを、私は見て見ぬふりをした。名ばかりの友達を演じていた。
 中学生のある日。男子生徒がふざけ合っていて、あなたの方へ倒れこんで来た。謝る男子生徒の声も届かず、あなたは、痛い、と言って泣き喚いた。私はその様子を、最初から最後まで見ていた。ただ見ていただけ。そして視線を、あなたから逸らした。
 やがて大人になり、あなたと私の間には、過去の繋がりだけしか残らない。けれど、あなたは、時々、残像として私の前に現れる。そんな時のあなたは、いつも泣き声を上げている。ごめんね、私は謝りながら、早く消えてくれと願う。でも、あなたはなかなか消えない。幼い頃によく見せた、あの品のない笑い顔は、一度も見せてくれずに。
 風の噂で、あなたの話を聞いた。周囲との掛け合いが上手くいかず、苦労していると聞いた。また、あなたが現れる。私は目を伏せる。あなたが助けを求めた時、私は何度手を差し伸べただろうか。何度手を伸ばそうとして、引っ込めただろうか。すぐ届く位置にいたのに。記憶の中でさえ、私は、何も出来ない。何もしようとしない。
 ある日、街中であなたを見かけた。あの頃と、あまり変わっていなかった。私は、あなたを目で追いながら、遠巻きにただ眺める。あなたは私に気づかずに、颯爽と歩き去って行く。
 あなたの向かう方向は、私の目的地ではない。あなただけの道。私が居ようが居まいが、あなたの進むべき道で、今、実際に歩いている道。あなたなりに、真っ直ぐ、未来を見据えながら。
 私は、あなたの事が好きではなかった。さようなら。







エントリ03  オレンジ色の空の下、君と。     咲夜


「ねぇ、」
「何だよ。」
「歩くの、速すぎなんだけど。」
「知るか、お前が俺に合わせろ。」

くいっと服の袖を引っ張る。
面倒臭そうな顔をして振り向いたこいつに感じていた不満をぶつけた。
即却下されたことに少しいらっとした。

「ねぇ一応あたしは君の彼女なわけですよ、分かってますー?」
「何で俺はお前を彼女にしたんだろうな。」
「あ、今グサッてきた、思ったよりもグサッてきたよその言葉。
ねぇ、あたしのガラスのハート壊れちゃうよホント。」

お前今までの経験からあたしなら何言っても平気だとか思ってるだろ、オイ。

「お前のハートは熱にも負けない鋼鉄のハートだろ。」
「ねぇ、それあたしのこと馬鹿にしてるよね。
それ完璧にあたしに喧嘩売ってるよね。
よーしいい度胸だ、ちぃと顔貸せやコブラツイスト決めてやるから。」

さっきよりもいらっときて袖を引っ張る力を強めた。
すぐに仕返しするかのように頭に喰らったチョップは物凄く痛かった。

「お前もうちょっと女らしくしろよ、男女。」
「…あたしだってちゃんとした女の子だもん。」

思ったよりも自分の声は沈んでいた。
そりゃあやっぱりさ、一応こいつは好きな子、なんだからさ。
しかも恋人で、大切な彼氏で、そんな奴にそんなこと言われちゃったらさ。
普段ポジティブなあたしも結構ショック受けるわけで。
少し大人しくなったあたしの様子に気付いてか、溜息を吐かれた。

「お前は…、本当に変なところは女だよなぁ…。」
「うるさい、黙れ馬鹿、無駄に顔良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ。」
「お前その口の悪さ少しどうにかなんねぇのかよ。」

声は沈んでるくせにいつもどおり言い返すあたしにまた溜息を吐く。
でも、いつもと違うのはあたしの頭に乗せられた、大きな手。
宥めるように、慰めるように、優しくあたしの頭を撫でるその手。

「…まぁ、お前は今のままがいいかな。」
「え、」
「お前、結構可愛いから。
変な虫がつくと、俺が困る。」

そう言うとこいつは照れたように笑って、頭を撫でていた手を差し出した。
その手の意味が分からずあたしはきょとんとしてこいつを見上げる。

「帰るぞ、馬鹿。」
「…うん。」

繋いだ手は温かくて、何だか凄い幸せな気分になった。
いつも口喧嘩ばっかだし意地悪だし、でもそんなお前が…、

「好きだよ、馬鹿。」
「知ってるよ、馬鹿。」

返された返事にあたしの気分は簡単に浮上する。
こんな時間が続けばいいのにと思いながらオレンジ色の空を見上げた。



end







エントリ04  猫でよかった!     葉月 鹿子


猫ちゃんは幸せな日々を過ごしていました。
住まいは狭いアパートだけれども、お気に入りの座布団、爪あたりが素晴しい爪とぎ、窓ぎわのあったかスペースなどに囲まれてご主人と共に暮らしていました。
ご主人はまだ学生で貧乏でしたが、猫ちゃんはご主人が大好きでした。
バイトの給料日にはおいしい缶詰を買ってきてくれるし、そこらの道端で猫じゃらしを摘んできてはこの前足をもて遊んでくれます。壁紙ともいう爪とぎで思う存分に爪を研いでも決して怒らない。毛玉をケホケホ吐いて苦しい時には本気で心配してくれる。
そんな優しいご主人に迷惑をかけまいと、猫ちゃんはアパートの大家さん及び他の住人に自分の存在を悟られないよう慎ましく生活しているのでした。
「あたしが人間だったらよかったのに」
暇さえあればそんな事を考えながらいつもご主人の帰りを待っています。
ある日のこと。
今日もご主人の帰りを待ちながら座布団の上でとろとろしていました。
夕方頃でしょうか、かちゃ、と鍵の開く音がしました。ご主人のお帰りです。
お出迎えをしようと猫ちゃんは顔をあげました。そして目を見開きました。
「狭いけど入って」
「ほんと狭ーい」
…!!
ご主人と共にずうずうしく部屋に入ってきたのはまぎれもなく女でした。
こんなことは初めてです。
瞳孔を縦にきりきりと細める猫ちゃんとは対照的にご主人はにこにこです。
女は猫ちゃんのねずみのおもちゃを蹴飛ばして床に座りながら辺りを見回すとこちらに気がつきました。
「げー。ねこ飼ってんの?あたし犬のがいいし。ねこキライなんだよね」
猫ちゃんはこの女を『ムカつく小娘』と判断しました。
小娘は勝手にテレビをつけてご主人にコーヒーをいれろなどと言っています。
ご主人は猫が好きだからあたしを家に置いてるの! あたしは彼の癒しなのよ。あたしがいなきゃ生きてけないって言ったもの。
猫ちゃんは顔を洗って心を落ち着けました。
しかし、運命は残酷です。ご主人はこう言ったのです。
「なんか居ついちゃってさ。困ってんだよね。どうせなら犬がよかったよ」
なんてこと!! 男というものは、こんなにもすぐに猫から犬へと宗旨変えできるのか。こんな、猫という字も漢字で書けないような女の一言で!
「うにゃー!!!」

その日、猫ちゃんは初めて大声を張り上げ、次の日にはご主人の住処を取り上げたのでした。今では野良となった猫ちゃんは言います。

「あたしが人間じゃなくてよかったわね」
















エントリ05  こんかつ     合板ですよ


「ご趣味は」
 少々くたびれてはいるが、知性を感じさせる目つきの男が尋ねる。
「テニスを、少々」
 私はゆっくりした口調で、直前に読んだ「セレブのフリをして男をゲットするマニュアル」に載っていたような気のする答えを口にする。
「テニスですか……僕もですよ」
 男は多分、嘘を言っているのだ。医師にテニスをするヒマなんてある訳がない。
 でも、話を合わせようとしているのだから脈アリだろう。
「僕と、人生のダブルスを組んでみませんか」
 直接的だ。
「はい」
 決断が早い過ぎるとは思わない。
 勤め先を選ぶ時にも、感情は押し殺す。収入と社会的地位が得られるという意味で、結婚も何も変わらない。億単位の金が手に入る優良嫁ぎ先、些末な事にこだわるのは愚の骨頂だろう。

 案の定夫に魅力はなかった。
 五十歳、バツ三、世間体の結婚、DVあり。医師の収入をもってしても売れ残って当然だ。
 でも、金はある。立場があるから夫から離婚を切り出す事はない。
 DVを避ける為に臓器密売組織から横流しされた、中の少し足りない女を一人、夫に宛がった。
 新聞社と警察に少し贈り物をしたら、夫のやる事が表沙汰にならなくなった。
 金目当てに付きまとう親戚は、少し手広いサービスをやっている探偵社に依頼したら、一家の大黒柱が痴漢容疑解雇され失踪した。

「信じられないわ、愛してない相手と夫婦でいるなんて」
 親友の広美が心配そうな顔で、この喫茶店自慢のブレンドコーヒーを飲む。
「お金はあっても、そんな暮らしじゃ、心が冷たくなってしまうわよ」
 私は黙って曖昧に微笑んで頷くだけ。
 広美は分かってない。
 一生結婚しない人もいる、結婚しても別れる人もいる、人生は夫が決めるんじゃない。
「子供も出来てないんでしょ?」
 ウィンドウ越しに見える親子連れに、広美は視線を向ける。
 また、私は微笑むだけ。
 不妊の人もいる、子に先立たれた人もいる、同性愛の人はどう?
「あなたが心配なのよ」
「ありがとう」
 分かってない。
 私を本気になって心配してくれる親友がいる事、これこそが本当に心を温めてくれているんだって事に、広美は気付いていない。
 コーヒーの湯気を見つめる。
 いつの間にか鼻が慣れて、コーヒーの香りを感じなくなっている。いつもあるものは、すぐに感じなくなってしまう。
 芳香を際立たせる悪臭と、そして、一杯のコーヒー代をもたらしたこの結婚に、私は心の底から感謝しているのだ。







エントリ06       夏川龍治


 人は、いつか必ず死ぬ。そんな当たり前のことに私が気付いたのは、晴彦を亡くしてからだった。彼がいなくなるまでは、死というものはかぎりなく遠い存在だと思っていた。
 彼は私の家にくるたびに、必ず何か一つ忘れ物をして帰っていった。私がそのことを言うと、彼は笑いながらこう言ったものだ。
(人が忘れ物をするのは、その場所に戻ってきたいからなんだよ)
 あの日も、彼は傘を忘れていった。雨は小降りだったので、私は傘を届けずに家に置いておいた。三十分後、彼は自宅に帰る途中に大型トラックにはねられて、死亡した。もしもあの時、私が傘を届けていたら、一瞬の差で事故にあわずにすんだかもしれないのに……。
 彼がいなくなってからの私は、まるで抜けがらのような生活を送っていた。仕事にもやる気が出ず、結局彼の死後すぐにクビになった。
 私にとって、彼は空気同然の存在だった。空気のように、いつも私のそばにあるものだった。彼がいなくなってから、私はつねに酸素不足で、息苦しかった。
 彼が亡くなってからしばらくたったある日、彼がよく言っていた言葉をふと思い出した。  
(人が忘れ物をするのは、その場所に戻ってきたいからなんだよ) 彼は心理学に詳しく、気分がいい時には私に心理学についてわかりやすく話してくれた。その中でも特に印象に残っているのはこの言葉だった。この言葉を聞くたびに、私は彼の深い愛情を感じていた。
 もしかしたら私は、この言葉にわずかながらの期待を込めているのかもしれない。彼はもうこの世にはいない。しかし、置き忘れた傘を取りに戻ってくるかもしれない。天国にも雨は降るだろう。
 傘は、玄関の傘立てに置いてある。


※作者付記:初投稿です。