第10回体感1000字小説バトル
 投票〆切り6月末日/参加作者は投票よろしくね!
  INDEX/作品掲載はご到着順とは異なる場合があります。
 エントリ 作者 作品名 文字行数 得票なるか!? ★
 1 陽香  烙印の色  0   
 2 ウーティスさん(掲載終了しました) 0   
 3 竹空  カーテンの隙間から海が見える  1007   
 4 神奈  タイムマシーン  0   
 5 矢木健一  土手の向こう  643   
 6 杉山 潤  冥王星の朝  2569   
 7 ヒロガリ  のろけ  1012   
 8 志崎洋  満月の夜に  1000   
 9 如月ワダイ  とある日常  1000   
 10 吉田利恵子  世界最後の日  0   
 11 佐藤 潛  煙草  900   
 12 久世夕子  最後の雫  1094   
 13 マッソォ  ノーブルイーグル  958   
 14 ヒイカワ  不眠症  712   
 15 ピヨ  春の雨  1000   
 16 アロワナ  アロワナ  1176   
 17 risuka  go on  1000   

訂正、修正等の通知は掲示板では見逃す怖れがあります。必ずメールでお知らせください。
「インディ−ズ、行かせてください有頂天」。ボタンを押して投票ページに行こう!! 読者のひと押しで作者は歓喜悶え間違いなし!!
感想はたった一言「えかった!」「いい!」「面白い!」「天才だ!」「悶えた!」など簡単でオーケー。末尾に!をつけるのがコツなのです。
その回の作品参加作者は必ず投票。QBOOKSの〈人〉としての基本です。文句言わない!

バトル結果ここからご覧ください。




Entry1
烙印の色
陽香
文字数0

 気に入らない。
 暁の光を見るたびに思う。理由なんて嫌な記憶とかぶるから。ただそれだけ。
 赤みを帯びた柔らかい色。見ただけで体中が反応する。
 今すぐ、消してしまえと。
 呟いた破壊衝動は止まらない。
 違う。止めようとは思わない……か。
 どんなに破壊し尽くしても、、時は壊せない。
 時は、反抗するものにも、服従するものにも、ただただ残酷だった。
 ようはね。もう意味が無いの。破壊する事全てが。
 感じたものは消えない。刻まれた烙印は今だ鎖になって私を縛り付けてる。
 あの時、転がされた体に目を奪われた。
 愛した者の体には、欠片の暖かみも無くて、奇妙な静寂が降りてくる。
 そして、見えた死神に向かい笑った。
 ……狂っていたのは分かるの。
 体から溢れた液に口を付けた時、頬を流れたのは……。
 後悔でも、懺悔でもない。歓喜の涙だったから。
 
 気に入らない。
 暁の光を見るたびに思う。理由なんて、嫌な記憶とかぶるから。
 地獄へ進んだものをあざ笑う色だったから。
 地獄へ進む事を許され、刻まれた烙印の色だから……。


Entry2


(本作品の掲載は終了しました)



Entry3
カーテンの隙間から海が見える
竹空
文字数1007

 温度は感じないがぶん朝だろう。おれはだれもいない道を独り歩いている。すると突然鈍い音がして、前を見ると着物の女が倒れている。近くにはエンジン音のない車。ブレーキの音は聞こえなかったが、道路には黒いタイヤのあとがついている。駆け寄って女を仰向けにする。白い顔、乱れた髪。右耳を女の唇にすばやく押しあてる。息をしていない。視界には白い足袋が見える。すばやく体を起こして着物の胸元を広げる。白い肌と襦袢が見えた。左耳で心臓音を確認する。音はしない。車を見上げたが人は乗っていない。
 僕は噛みついて叫ぶように息を吹きこむ。それから胸元に手をあて体重をかける。助けてくれ助けてくれと叫びながらその動作を繰り返す。そんな時気配を感じて、一瞬動きをとめる。車のむこうに目をやると、マンションの3階くらいだろうか、窓から男の顔半分が見えている。目が合うのと同時に視界が切り替わって、自分と目が合う。上からその光景を片目で見下ろしているおれ・・。もうひとりのおれは心臓マッサージを繰り返しながら何かつぶやいているようだった。
「何見てんだ何見てんだ何見てんだ何見てんだ」
閉まっていたはずの運転席のドアがあいている。
 カーテンに隙間があると、なぜかこんなイメージが思い浮かぶ。日本刀で切り裂いたようなカーテンの隙間。閉めたいがまた目が合ってしまいそうでできない。怖い、目が合った瞬間真っ二つにされそうで怖い。
 何となく海を見たくなって歩いていると、独りの男が海の方を見て立っていた。顔色は悪く、虚ろな目をしていて無精髭、くたびれたスーツを着た40手前のおっさんだ。おれはそのおっさんのうしろを通り過ぎて喫茶店に向かう。なぜかあの表情が頭にこびりついて離れない。気が付くと紅茶がおいてあった。いつのまにか喫茶店に入って注文したようだった。一口飲むとあの顔が一瞬浮かぶ。飲むたびに浮かぶ。飲み干しても浮かぶ。
 気になるのでいつもより少し早めに喫茶店をでた。おっさんはいるだろうか。いたところで通り過ぎるだけなんだけど…。でも歩く。歩くたびに浮かぶ。
 おっさんの立っていた場所にはだれもいなかった。僕は同じところに立って海を眺めてみた。わからない、忘れられない、涙はでない。
 右耳に口紅のあとがついている、呆然と立ちつくしているおれの足下には女が倒れている、それが現実なら、おれもあんな目をしているのかもしれない。忘れよう忘れよう忘れよう。


Entry4
タイムマシーン
神奈
文字数0

 平和だなあ。
 平和ね。
 ね、何が平和なの?
 あんたが先に言ったんでしょ。
 そりゃそうだ。何が平和なんだ、俺。
 自問しないでよ。キモチワルイ。
 キモチワルイといえば君の手料理。
 何か言ったかしら?
 あれは芸術だね。どうすればウニにカスタードかけようなんて思いつくの?
 暇だったからよ。
 そうか。暇なら思いつくのか。まさに今。
 あんたの人生暇だらけじゃない。
 そうだね。でも楽しんでる。少なくとも半年前までは。
 そうね。
 …………。
 ………………。
 タイムマシーン。
 は?
 いや、作ってみようかと。
 そう。頑張って。止めないわ。
 止めてよ。
 やーよ。めんどう。
 タイムマシーン作るのはもっと面倒だよ。
 あんたは面倒な目にあいなさい。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 ねぇ、何が平和?
 生きてることかなあ。
 なら、今平和?
 じゃない? 爆撃やんでるし。
 あんた馬鹿ね。
 それ認めると楽かなあ。
 かもね。
 ね、何が平和なの?
 半年前の事、全部。
 戦争なければ平和?
 さあ。昔の自分に聞いて。昔は今平和かなんて考えなかったことなかったけど。
 そうだね。
 …………。
 とりあえず、タイムマシーン作ってみようか。
 ……そうね。

 以上、後に戦争に死す哀れな少年達の会話。

 今、平和ですか?


Entry5
土手の向こう
矢木 健一
文字数643

飼い主は、いつもの夕方六時半に飼い犬のダンを散歩に連れて行った。
毎日、自宅から十分ほどの広い川の土手まで行って帰るだけなのだが、それがダンにとっては唯一の楽しみだろう。
時々、飼い主の子供、小1女子の唯奈がダンの綱を持って散歩に行く。でもダンは後から付いてくる飼い主が気になって飼い主の周りをうろうろ付いて行く。飼い主はそうゆうダンが愛しいく思う。
飼い主は、ダンに何も要求しない番犬にならなくても躾が出来てなくても別にかまわないと思っている。
飼い主とダンが一緒に生活するのに困らなければ躾も必要ないと思っている。他人に噛み付いたりしなければお座りも伏せも出来なくてもいい。
一緒に居て心和めばそれでいいと思っている。
最近はペットブームで躾などうるさく言われているが普通に育てればほとんどの犬が人間の生活のリズムに合わせるのではないかと思う。
それにあまり大事に育てすぎるのもどうかなと思う。ペットフードも健康に気を使ったものも多く大変な競争だ。しかし、どう考えてもコストを考えるとあれらの金額で優れた健康食をつくれるとは考えにくい。
最近のペットフードほど怪しい商品は無い。
犬を飼いたいけど飼わない人の中には「死んだらかわいそう」と言って飼わない人が居るがそれは間違いで命あるものはいつかは死ぬ。それに犬の寿命は長くても15年ぐらいなので死に立ち会うのは当たりまえだ。
飼い主はダンが死んだらその後も違う犬を飼うだろうと思う。
だってそれは家族が居なくなると寂しいから新しい家族探しだと思っている。



Entry6
冥王星の朝
杉山 潤
文字数2569

 それにしても静かな朝を迎えたものだ。 外気温の上昇に伴って、全生物の体温がわずかながらに温かみを帯びているせいなのだろうか。 いつもより鳥たちの鳴き声が大きく聞こえる。 

  「春か・・・・・・」

 地下鉄の動き始める音が聞こえる。 始発の発車はこの街の表の姿が活動をするための動脈に血が流れ始めた瞬間である。 僕は相変わらずこの静かな朝に無感情に接することができることを不思議に思う。 あえて感動するとしたら、それは
昨夜の自分と他人の自分が今ここに居るという事実にだろう。

 正確に表現するなら「昨夜の自分」も「今の自分」も同一人物であって、
他人ではないわけだが、昨夜の僕に今朝の静けさを想像できたかというと疑問である。何が本当の自分かなどという無意味な不可知論的命題に頭を悩ませるほど僕は
まじめではないはずなのに、どうも「自分」という存在が気体と化してしまった
かのようにあやふやな気がするのはなぜだろう・・・・・・。 いや、気体だの
液体だの姿形は変われども、実体は同じなのだから・・・・・・そうではない、
そういうことを言っているわけではないのだ。 ただ、漠然とした不安が
この朝の静けさと、人々の活動の息吹に後押しされて僕の視界の中央に入り込もうとしているだけなのだ。 困ったものだ。
   
 昨夜の空は月の満ち欠けが不思議と妖艶であった。 これから夏を迎えようとしている季節のわりに、空気が透き通っているのが指先で感じられるのが不思議と心地よかった。 

 「これから起こる出来事に、君は一体どんな納得のいく理由をつけるんだい?」

 これから、と言った僕自身のこれからが不確かであることを自覚していただけに、そう発した直後、なおさら僕は新月に輝く月の太陽に照らされていない曖昧な部分が気になったのかもしれない。 僕のこれからは、何なんだ? 

 一方で彼女のこれからは、確かだった。 確固たるものであった。 僕とは別れ、今までどおりの不安定な、月の満ち欠けよりも曖昧な日々を、精神安定剤と称された不安定な薬と共に歩んでいく彼女の決意を即座に僕は読み取るに至った。 その生活が少なくとも僕の提案したそれよりも彼女にとって幸せだとは思えなかったが、別れ際に見せた彼女の笑顔は、僕の懐疑心を圧倒する程の説得力があったからしょうがない。 曖昧さ、不確かさが彼女にとってどう作用してあそこまで確固たる自信につながるかがいまだ疑問ではあるが……。

 恋とは理性に基づくものではないな。 人間の脳に残された数少ない動物的本能
に委託された行動の一種だと、昨夜の僕の行動を思い起こして再確認する次第である。 妖艶な新月の下で、広大な都会の孤独に抱かれ、なお、それらを凌駕するかのような至心に満ちた温和で超自然的な彼女の笑顔は、何かしら僕の動物的本能に訴えるに十分なほど魅力的であったのだ。 彼女が去った半時後、僕は新鮮な血液を自らの体内に流し込むがごとく、動脈電車に乗り込みアップタウンへと向かったのだ。今まさに別れた彼女の赤血球の匂いを追い求めて……。
  

 降り立った駅のすぐ近くのデリで僕はコーヒーを買った。 百円に満たない
コーヒーの味は、それがぬくもった液体であるということだけを僕に知らしめる程度の貧粗なものだったと記憶するが、その時の僕はただ単に喉から体内に何かを流し込みたかっただけだったのだから、それは気にならなかった。 

  両脇に大通りが交差するように走り、重い闇に包まれたこの薄明るい夜にすらいつもと変わらず血液自動車は無愛想なエンジン音と無配慮な通り風を僕に吹きかけ続けている。 ああ、なんて所に来てしまったのだ……。その交差する黒々とした二つの大動脈の流れが不愉快に感じられてならなかった。

  「さっきは、悪かった。 とにかく俺が悪かったんだ。 今、どこにいると
   思う? 駅さ、OO駅の交差点にいるんだ。 なぜって? なんでだろ  
   う……。」
  
 今にも壊れそうな公衆電話の、不安げな受話器越しに僕がそこまで言ったところで、少しため息まじりに彼女の「ふふぅっ」と笑う声が僕にほっと安心感を与えてくれた。 その瞬間、力が抜けたのかはたまた逆に興奮して力んだのかは確かではないが、とにかく受話器を持つ手の震えは弱まり、一方で手のひらからにじみ出る汗は増していたのは確かだった。

 僕はその時思った。 世の中の「時間」というものが、世界共通で「時計」という機械的なものに支配されているというのは嘘だ。 なぜなら、その電話の会話のあと彼女が僕のいる駅前に姿をあらわすまでの時間は、太陽系で中心の太陽からもっとも離れたところに位置する、冷徹無比な冥王星の異常なまでの公転の遅さに匹敵する「のろさ」で流れていたからだ。 それは感覚として遅く感じられたのだということではない。 それがそのときの「時間」であったのだ。その時間の長さは、莫大な年月をかけて冥王星の表面に到達する太陽の光のごとく無為的で、また、到達したといえども生まれたときに持つエネルギーのわずかさえもその星に伝えられない太陽の光のごとく虚無感に満たされていたのだった。

 結局その後彼女と再び出会い、僕らは時計という機械的な基準で計るところの
二時間程をたわいもない会話に費やしていた。 いや、むしろ何が「たわいもない」のかわからないが……。 僕の頭の中で、言うべきことがなんであって、本題が何であるかという設定自体存在しなくなっていた。 

   そして、「もう、遅いよ。 タクシーで帰りなさいよ」

 そう言った彼女は、今日二度目の魅力的な笑顔を僕に投げかけ、二度目の確固たる後姿を僕に突きつけたのだった。 しかし、空を見上げた僕に、雲に身を隠した新月はもう二度とその妖艶な姿を見せてはくれなかった。 

 始発に続いて、もう何本目かの地下鉄の発車する音が聞こえる。血液の注がれ始めた街は明るみ始め、太陽系第三惑星に注がれた太陽の光は無事にわれわれにエネルギーを与えつづけてくれている。
 
 僕は服を着て立ち上がるとと、確かな一歩で不確かな今日の扉を明けたのだった。
 

                            おわり


Entry7
のろけ
ヒロガリ
文字数1012

ここは、信祐ともたまに来るファミレスだ。
自然と信祐の言葉を振り返ってしまう。
「ふーん。優しいぢゃん!裕美のこと大切に思ってるんだねぇ」裕美のろけ話に適当に相槌を打ちながら上の空で、振り返る。振り返る。

俺の背中に爪たてて、傷つけてよ・・・。もっと。血だしていいよ。そんなんじゃ痛くないよ。
だって・・・怖いよ・・・。痕ついちゃうよ。
いいんだよ、ついて。
シャツに血ついちゃうじゃん。どうしたの?って言われるよ。
そんなんいいんだよ。オマエの痕を残せよ。
やだ。かわいそう・・・。痛いよ。
俺がどんなにオマエのこと好きか、わかんねぇからそんなくだらないこと言い出すんだよ。
だって・・・好きで辛いんだもん。
分かってるよ。俺だって。いいから、早く、傷つけろよ。
・・・。
ったく、勇気ねぇなぁ・・・。スグ治るよなのはダメだぞ。
う・・・。痛い?
まだ。だめだ。爪食い込ませろっつ〜の。

彼は、私に与えられる愛をもっと私に与えたくて、分かって欲しくて、「こんなんじゃ足りないよお・・・」と、少し涙ぐんで体を結んでいた。私が、淋しいと言ったからだ。

お互い、クリスマスやるよなガキじゃないけどさぁ、そーいう日に俺が家にいられるの、やだろ。
いいよ〜。大丈夫。
何時に終わるんだ?
10時頃かなぁ・・・。ちょとわかんないや。
そか、んじゃ終わったらメールしな。何時でもいいよ。迎えいくよ。

深夜の公園に車を止めてコンビニえ買ったケーキを食べた。
            
誕生日だな、なんもしてやれねなぁ。・・・手紙書いてやるか!
わわわ。ほんと!!??
時間あったらなぁ。かなぁぁぁり久しく書いてねぇし、あんま期待すんなよ。

結局彼は手紙をくれた。
普通の恋人が考えなくていいようなことを、考えさせちゃってごめんな。
不安や淋しさもあるだろうけど、そういう気持ちを飲み込んでいるオマエを見てると、せめて逢ってる時は楽しくしてあげようって思うんだ。
今は付き合い始めで、ガーっと熱くなっちゃってるけど、それが過ぎて、今の好きって形が変わっでも、俺はオマエとのずっと先のことまで考えてるからな。二人で幸せになろうね。
そんなような内容だった。

信じてついていこう・・・裕美と彼ののろけなんかより、私の方が絶対幸せだ・・・・・・・・・


「かなりありえない!!か〜な〜りありえないよ。」
「どしたの?」
「アイスコーヒー頼んだのにさ、ウーロン茶きたよ!!ったく適当なんだから・・・・んでね、彼がね・・・」


Entry8
満月の夜に
志崎洋
文字数1000

「おとうさん、ほら見て、きれい……」
 女の子はそう言って、夜空を指さした。
 そこには満月がきらきらと輝いていた。
「うん、きれいだね」
「おかあさんはあそこにいるの?」
「そうだよ」
 父親はやさしく答えた。
「あそこは天国?」
「うん、天国かもしれない。おかあさんはいつもあそこから見守ってくれているんだよ」
「そう……」
 かわいいえくぼをへこませて、
 女の子は月にむかってほほ笑んだ。
「おかあさん……」

 彼女が物心ついた時には、もう母親はいなかった。
 いつも父親と二人だけだった。
 だけど、不思議とさびしさは感じなかった。
 なぜなら、母親は夜空を見上げればそこにいたからだ。
 月が彼女の母親がわりだった。
 三日月になったのを見ては、    
「おかあさんがやせて、かわいそう」
と言って、目にいっぱい涙を浮かべた。
 そして、満月の時は、
「きれいね、おかあさん……」
と、うれしそうに満月を見つめ、ほほ笑んだのだった。

 いつしか月日は流れ、女の子はりっぱな娘に成長した。
 見ちがえるばかりに美しくなり、
 その姿は母親にそっくりだった。

「こんなにきれいになって……」
 父親は目をうるませながら娘を見つめた。

「お前もだんだんと母親に似てきたな……」
「おとうさんは、おかあさんがいなくてさびしくなかったの?」
「さびしくなんかないさ、お前がいるからな」
 父親は母親にうりふたつの娘を本当に愛おしく思っていた。

「おとうさん、私の小さい頃のこと覚えている?」
「ああ、覚えているよ。とってもかわいかった……それに、いつも月を眺めてばかりいた……」
「そうだったわね……」
 彼女の顔にふと、さびしさがよぎった。
 そして、思い切るかのように父親に向かって言い放った。

「おとうさん、私……知ってしまったの!」
「何!」
 突然の言葉に父親は驚いた。
 そして、父親は観念したように押し黙った。
 いつかはこの日が来るのを怖れていたかのように……。

「おとうさん、長い間本当にありがとう……」
 娘の目には大粒の涙があふれていた。

「これから、母のところに行きます……さようなら」
 そう言うと、彼女の体はまばゆいばかりの光につつみこまれた。
 そして、夜空に向かって、ふわりと舞い上がっていった。

「待ってくれ!……」
 父親は、夜空に向かって大声で叫んだ。

「そうか、知ってしまったのか……、お前の母親は………かぐ………」

 夜空には、満月がきらきらと輝いていた。


Entry9
とある日常
如月ワダイ
文字数1000

 ピリリリ〜
「やった〜合格だ!!」
 そう叫んで目を開けると布団の中にいた。
「あれ?」
 周りを見渡す。そこは何処から見ても僕の部屋の中。もう十五年もここを使っているから間違いない。
(さっきまで掲示板を見ていたはずなのに……夢?)
 僕は大きくため息をつきカレンダーに目をやる。合格発表はまだ一週間も先だった。もう一度ため息。すると机の上に何か違和感のあるものが置かれていた。だが僕は目が悪いのでそれが何なのかわからない。
(何だろう? 今日はクリスマスじゃないよね?)
 ベットから出て机の上の物の近くに行く。
「え?」
 そこに置かれている物はアフロのカツラだった。そこにそれがあるのにも驚いたが、一番驚いたのは無意識のうちにそれを手にとり自分の頭に乗せていた自分自身だ。
「隆〜入るよ……」
 姉が部屋に入って来る。もちろん僕の頭を見て目を大きくさせ、そして次の瞬間、柔道二段の彼女は僕を投げ飛ばす。
「キャー! いやー!!」
 そう言って姉は走って逃げていった。
(い、痛い……)
 僕は強く打った腰に手を当てゆっくりと立ち上がる。姉と違って僕はいたって普通の少年なので受身など取れるはずも無く、かなりのダメージを受けた。その時ふいに目の前に置かれていた全身鏡を見て愕然とした。だって僕は僕の姿をしていなかったんだ。もじゃもじゃ頭の(いや、アフロのカツラだけど)おやじがそこに映っている。しかも最悪なことに全裸……。そりゃ姉も僕を投げ飛ばすはず。
「どうなっているんだ!?」
 とにかく昨日のことを思い出そうとするが、頭がガンガンして何も思い出せない。だが鏡に映る自分を見ていてふと何かに気がついた。
「……この顔はもしかして、父?」
 僕は疑問を持ちながらも父の部屋へ行く。もちろん腰にタオルを巻いて。するといびきをかいている僕がそこで寝ていた。きっと中に入っているのは父だろう。理由はわからないが昨日の晩に僕と父の間に何かがあったんだ。
 僕は父(僕の身体)を強く揺すり話し掛ける。
「起きてよ……っていうか、僕の身体返してっ!」
「ん〜? 朝から何かと思えば……無理さ。昨日誓っただろう、俺はもう一度青春時代からやり直したいと願い、お前は合否のない世界に行きたいと願い、それはたまたま現われた何者かに叶えられた。もう二度と戻ることはないよ」
「そんなっ!」
 でも、僕は思い出したんだ。僕らは前にも一度入れ替わっていたことを……。


Entry10
世界最後の日
吉田利恵子
文字数0

 きょうは世界最後の日。わたしはいつもとかわりなく学校へいった。わたしは今日こそやらなければならないことがある。ほんっとはやりたくないのだが、世界が終わるとなるとこのさい贅沢は敵よ。あいてがあの総一郎でもわたしの現実は総一郎の一言でかたずいてしまう。ああーあ、なんでよりにもよってあいつかなぁ。わたしの目には光源氏も有馬皇子も畏れ多くもさきの生徒会長小林王子(三人ともわが北岡中のスターよ)がよく見えているのにあの美しさで目がくらんでそのあと総一郎を見たので目が変になったとしか思えない。でなきゃなんで十人なみの容姿以下のあいつに・・・ああだめだ自分の気持ちに正直になれない。おねいさまがいっていたっけ『おとこは顔じゃない心意気』だと、でも由紀子は『おとこは顔じゃない素肌だよッ』と断言していて世の中の奥深さを感じたもんだ。由紀子は完璧主義でうつくしいものがだいすきなんだよね。あのこがおとこを選ぶ基準ってまず第一にハンサムであることこれが最低限のギリギリにしぼったボーダーラインってんだから徹底してんだよなぁ。そのつぎが素肌なんだそうな。でも、由紀子は彼氏いないんだっけ。
「おはよう」
総一郎が背中をたたいてきた。いつもそうだ。だがここで怒ってはいけない。茜いえ今しかないんだからと考えているうちに「すきだよ茜」彼の声は世界に響いた。


Entry11
煙草
佐藤 潛
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/7982/
サイト名■マッドPA
文字数900

何者からか逃れるようなけたたましい足音は、闇の中をただ直走り、走る。
息を切らし、漸く人気の無い路地裏に安らぎを覚えた。闇の塊は何度か辺りを見渡し、蹲った。
ゆうらりと、群雲の合間から皓月が現れる。
幾度か、金属の鈍い摩擦音。不意に、儚い小さな火があどけなさの残る少年の顔をぼんやり映し出した。少年は緊張で、何度も手を滑らせながらライターに火を点じさせたのだ。
シャツのポケットを荒々しく鷲掴み、草臥れた煙草の箱を取り出す。戦慄く指先でそこから一本煙草を探り出すと、徐に唇へそれを運んだ。
彼は今、全てを裏切ろうとしていた。人としての道徳を教えた社会に、愛情を降り注ぎ育ててくれた両親に、そして今までの自分自身に。
嫋々と揺れる炎が、期待と不安の入り混じった瞳の中に映る。
そっと咥えた煙草の先端を近づける。胸がもう張り裂けんばかりに叫び声を上げていた。もし誰かが彼に声を掛けたものなら、恐らくこの弱々しい心臓はそれだけで死んでしまうだろう。
火に、触れた。闇の中で、か細い赤い炎が少年の呼気に合わせて鳴動する。
体の中に煙が入る。
その煙と共に、彼は新たな自分を呑み込んでいった。それが少年にとって、途方も無く愉快だった。侵入してくる感覚はみるみる少年の身の内に巣食うと、根を張り巡らせて一体化する。
味は、ない。この行為そのものに少年は純粋に陶酔していた。
毒だ、あんなものは。
往時の父親の言葉が、俄かに脳裏を過ぎって行った。すると、頭の中に大小、有色無色の様々な毒が氾濫した。目の前がぼうっとしてきて、どうやら次第次第に気持ち悪くなってきたようが、それが煙草の所為なのか、それとも毒の所為なのか、少年には分からなかった。やめなければやめなければと思う自分を嘲笑う心地よさ。悪徳の甘美は、既に彼のものになっていた。
息を、吐いた。
暗中に放り出された煙は、何度か身を捩じって、息も絶え絶え底深い闇の中で悶えていたが、不意に掻き消えた。少年は、それにかつての自分を重ねていた。残されたのは、ぼんやりとした空虚。
再び煙草を燻らすことも無く。
穿たれ、がらんどうと化した身体にひたひたと闇が染み込んで行くのを、少年はただ、見ていた。


Entry12
最後の雫
久世夕子
http://girlsmeeting.com
サイト名■ガールズミーティング
文字数1094

雨が降っている。
ここは、とある建物の屋上。
眉間を打ち抜かれた女性が、横たわっている。
彼女はもうすぐ死んでしまうらしい。
彼女の名前は、安子。コードネームはSpiritual Flavor。
表の顔は、某企業のさえないOL。しかし、裏の顔は、冷酷で苛酷な女スパイ。
時には、殺しも引き受ける。

今回の仕事は、とある科学者の拉致とその科学者が解明した超極秘方程式の奪取。彼女の実力を持ってすれば、簡単な仕事のはずだった。本当なら今頃、一仕事終わって、シャワーを浴びているはずだった。

「どうしてこんなことになってしまったんだろう、、、」

ぼんやりと薄れてゆく意識の中、彼女は考える。

「わたしが、こんなドジをやらかすとは、、、」

いくら嘆いても、もうとりかえしがつかないということに、彼女は気付いている。
かつては、彼女も結婚していて幸せだった。娘も一人いた。名前は玉美。しかし玉美は幼くしてこの世を去った。まるで、しゃぼん玉のような子だった。陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。あんな事件が、起こるまでは、、、。
娘を守れなかった自分を、どれほど憎んだだろう。そして、この世の中をどれほど恨んだことか。
いまとなっては、もうどうでも良い事、、、

彼女の目はもうほとんど見えない。記憶がフィードバックしていく。
自分が子供だった頃、何も考えなくても楽しかった学生時代、ほんのささやかで短かったけど、とても幸せだった時。どん底の時代。最後に愛しあった男のこと。そして、玉美!玉美!玉美!
すべてを捨ててしまいたかった。ただそれだけの理由で、裏の仕事に足を踏み入れた。任務のためには、人も殺めた。

「バチがあたっちゃたね〜。玉美、、、」

あと何分、何秒後かに、彼女の心臓は止まる。しかし、そこに死への恐怖はなく、むしろ穏やかな安らぎを、安子は感じていた。

「♪〜♪〜♪〜」

彼女の頭の中で、あるメロディが流れ出す。それは、生まれたばかりの玉美によく歌っていた他愛のない子守歌だった。

「♪〜♪〜♪〜」

彼女の目に涙が溢れだす。それは、額から流れ出る血と混ざり、真っ赤な化粧を彼女に施している。

突然、目の前が真っ白になった。それは丁度、太陽を直接見ているような感じで、あまりのまぶしさにおもわず娘の名前をつぶやいていた。

「玉美、、、」

光の中に小さな影が立っている。ゆっくりと安子に近づく影。

「やっと、会えたね、、、」

彼女の呼吸がゆっくりと停止する。
ザア−ザア−とコンクリートに雨が跳ねる音だけが、響き渡っている。
むせ返るような雨の匂いの中、ただの塊が雨に打たれている。そして、その塊は微笑ながら、横たわっている。ようやく、自分の場所に辿り着いたかのように。


Entry13
ノーブルイーグル
マッソォ
文字数958

「ハイジャックされた全日空923便が、スクランブル出動した航空自衛隊機にエスコートされ、羽田に着陸してから3時間がたとうとしています。犯人からの要求はなく。単独犯なのか、グループによる反抗なのかもわかっておりません。警視庁は国際テロの可能性も視野に入れて警備をしている模様です。」
興奮したレポーターの後ろには、ジャンボジェットがスポットに静かに駐機していた。

 機内では一人の男が包丁を持って、客室を歩き回っていた。
 男の名前は、石井健二。証券会社勤務、いや勤務していたというほうが正しい。
 都内の名門私立高校を卒業し、国立大学に現役で合格した。会社でも役員からの信頼も厚かった。
 しかし、エリート意識の高かった彼は次第に部下からの反感を買っていた。その確執がはっきりしたのは2週間前、部下たちがいっせいに職場放棄をしたのだ。
 見かねた上層部は、彼を解雇するかわりに全員を職場復帰させた。
 ここまで順調な生き方をして、ほぼ思い通りの人生を歩んでいた彼へのショックは大きかった。
彼は思い返した。誰も私に人の上に立つためにはどうすればよいか、を教えてくれたが、誰も私に人の上に立つ者はどうあるべきか、というのを教えたくれなかった。

 機体の下には、一般の機動隊員の出動服とは違った、真っ黒なアサルトスーツに見をまとった男たちが集結していた。
“制圧1より現本(現地対策本部。)小型マイクに反応なし。”
“狙撃3より現本。マルケーの動きは依然として確認できず。”
“現本了解。制圧各班。突入を準備せよ。”
警視庁警備部第6機動隊特科中隊部隊名は特殊急襲部隊、通称SAT(Special Assault Team)、それが彼らの所属部隊だ。

 俺はどうせもう捨てられた人間なんだ。道連れは多いほうがいい。
 健二はナイフを持ち、客席のほうへ歩き出した。その瞬間だった。
 ものすごい音とともに、ドアがこじ開けられ何かが放り込まれた。爆発音とともに、ものすごい閃光があたりを覆って健二の資格を麻痺させた。
“こちら制圧3。マルケー発見”
乾いた銃声とともに健二の意識は永遠の闇へ放り込まれた。
“マルケーを1制圧。他を探す。”

「警視庁は午後7時に記者会見を行い、警察官が機内に突入し、犯人を射殺制圧したことを正式に発表しました。警視庁は犯人を射殺したことについて・・・」


Entry14
不眠症
ヒイカワ
文字数712

 夜は眠るためのものだなんて誰が決めたのだろう、とW氏は思った。角を曲がったところで立ち止まり、山高帽のつばを上げる。月のきれいな夜だった。石畳に落ちた影が、みな淡かった。
 歩き出せば固い足音が小気味良く響く。靴の底を張り替えておいて正解だった。夜半はとうに過ぎ、夜警もベッドに入った頃だ。起きているのは自分と、それに猫たちばかりだと思った。W氏は不眠症だった。
 通りを少し行くと公園に出た。小さな噴水とベンチ、それだけのささやかな公園だ。W氏はベンチに腰掛け、息をついた。足元で枯葉が音を立てる。季節の中では秋、それも今時分が一番好きだった。穏やかで、落ち着いて、少し物悲しい。吹いてきた風が木々の枝を震わせた。W氏は髭をいじりながらじっと聞いていた。ひそやかな夜の音はなんとも切ない。それはまるで一節の音楽のようにも思われるのだ。
 後ろの方から別な音が聞こえた。
 W氏は耳を凝らした。音はだんだんと近づいてくる。固く、小気味よいその響きには聞き覚えがあった。W氏は振り向いた。向こうに人影が見えた。月の明かりに照らされたその人は、山高帽にフロックコートといういでたちで、ステッキをついていた。
 人影は近くまで来ると、帽子を取ってお辞儀した。人のよさそうな、それでいて青白い顔立ちが、微かに笑っていた。
「こんばんわ」
 W氏も同じようにした。「こんばんわ」
 二人は並んで腰掛けた。何も言わなかった。ただ黙って、前を見ていた。水の止まった噴水に月光がきらきらと溜まっている。風が木の間を笑いながら行き過ぎる。
「良い晩ですね」彼が言った。
「そうですね」W氏はうなずいた。
 二人の考えることは一緒なのだ。
 だって不眠症なのだから。


Entry15
春の雨
ピヨ
http://yokohama.cool.ne.jp/will17/
サイト名■WILL
文字数1000

昼の喫茶店の窓を雨が濡らし始めた。
傘なんて持っていない。帰り道は濡れるしかなさそうだ。
「マスター、この雨いつまで降りますかね?」
時間を持て余して新聞を読む髭面のマスターにきいてみた。
「さあね。夜までやまないんじゃないかい?」

店の扉が開き、小さな女の子が入ってきた。
ワンピースに長靴をはいている。妙に似合っていて可愛い。
マスターは
「いらっしゃいませ」
と言い新聞から目を扉へ向けて
「あれ?おかしいな」
と呟いた。
女の子は店の一番奥の席に座って何か注文するでもなく濡れた窓を見つめた。
マスターは、注文を強制せず新聞を見たままだった。

そんな女の子を見ていて最近死んだ猫のことを思い出した。
道端で捨てられたことも分からず飼い主を待っていた猫。
こんな所にいては死んでしまうと連れて帰った。
初めこそ警戒されたが仔猫だっから徐々に慣れていった。
名前はミケにした。
ミケの癖は何かを見つめることだった。
何か伝えたい時は顔を見て伝えようとする。
それに雨の日の窓を見るのが好きだった。

時計を見ると出発予定時刻を過ぎていた。
慌てて勘定を頼み外へ出た。
すると後ろから何かでつつかれた。
振り返るとさっきの女の子が傘を差し出している。
「傘…貸してくれるって? 」
なんだか女の子がそう言っている気がした。
案の定女の子は嬉しそうに笑った。
「でも…君が濡れちゃうよ」
女の子は首を振って傘を差し出し続けた。
「じゃあ僕の行きたいところまで入れてくれる?ここから近いんだ」
傘を受け取るまで動きそうもない女の子にそう言った。
女の子はまた笑った。

女の子は何も喋らなかった。ただ僕を見つめている。
目的地まで着きお礼を言うと女の子は寂しそうな顔をした。
「ちゃんと家に帰るんだよ」
そう言ってビルの中に入った。女の子はその場からしばらく動かなかった。

家に帰る頃には雨は上がっていた。
ビルの前にはもう女の子はいなかった。

ふと公園で猫の鳴き声を聞いた。
ミケを拾ったのもこの公園だった。
声のする方へ寄ってみるとダンボールの中に仔猫がいた。
その上には傘があった。
今日女の子が差し出した傘。
マスターの呟いた「おかしいな」の言葉。
僕を見るあのしぐさ。
ミケにそっくりの仔猫達。
きっとミケはこの仔猫達の存在を知らせたかったんだ。
今までどうしてきたのか、やせ細った仔猫もいた。

「傘、ありがとう」
こいつらはちゃんと面倒見る。だから安心してくれ。
そんな思いが伝わればと空を仰いだ。


Entry16
アロワナ
アロワナ
文字数1176

 息苦しい透明長方形の箱の中、培養液のような水がポンプを通り絶えず巡回している。ウロコに張り付く蛍光灯の灯りや、尾ビレに残る薬品の臭い。
 朝と夜、毎日決まった時間に与えられる乾燥した食事など、まるで僕は病人にでもなったような気がしてくる。
 この生活の中ではまるで変化というものが無く、退屈というより絶望に近い感情さえ出てきて、日頃から壁に頭をぶつけては自殺しようと考えているのだが、それも所詮無謀な事なので、結局この現状を怨みながらも続けているのである。 
 だが最近、この単調で清潔すぎる病室の中でも僕は一つの楽しみというものを見つけたのだ。
 彼の名前はグッピー。突然この病室に引っ越してきた。彼はおしゃべりでよく外の話を聞かせてくれる、グッピーの話を聞いていると僕はとても楽しいし退屈もしない。かつての自殺願望もすっかり消えて、僕は初めての友達に心の底から感激した。
 グッピーはよく体を掃除してくれた、ウロコの隙間やエラの奥、ベロの下、性器の周り。僕はそんなグッピーの事を好きになっていった。
 こんな感情は今までには無かった、どうすればいいのだろうか、モヤモヤとした頭の中は、まるで脳に海草でも張り付き、考える事を阻止しているようだ。だが僕はこの気持ちを彼に伝える事にした。
 
 苦悩の末、彼に想いを伝えてからというもの二人の関係は急激に深く親密なものとなった。時間が許す限り体を寄せ合い、将来の話をした。いつかこの水槽を出て、二人で広い熱帯の川へ行こう、僕は幸せだった。
 しかしある日、蛍光灯の灯りが突然消えた。毎日決まった時間に落ちてくる食事もこなくなった。ついにはポンプの電源も切れた。水槽の外を見てみると、今まであったカーテンやテーブル、ベット、散らばっていたゴミなど、すべての物が無くなっている。残されたのはこの水槽と僕とグッピーだけだ。
 数日経つと、透明だった水の中に微生物が繁殖して濁ってくる、酸素も巡回しないので息も苦しい、そしてあたりは何も見えない闇。
 グッピーはひどく怯えている。小さな体を震わせ僕に寄り添う。心配ないよと僕は懸命に励ますが怖いのは僕も同じだ。この闇の中には確実に死んだ魚を食べる巨大な化け物がいる。僕はそれを知っている、その化け物はデカイ口を開け、僕達が死ぬを待っているはずだ。もし化け物に食われたら死んでからも苦しみ続けなければいけない。今より酷い地獄だろう。
 早くこのドロドロとした闇から脱出しなければ死んでしまうのだ。生きなければ、僕は生きなければならない、死んではいけない、腹を満たす物を見付けなければ、食わなければ死ぬ、僕は生き延びる。
 
 あれからどれ程の時間が経過したのか分らない。体はすでにボロボロだ。皮膚は剥がれ落ち、目は衰え、骨が腹から突き出している、そしてここは、相変わらず、深い闇の中だ。


Entry17
go on
risuka
http://stargazer.fc2web.com/
サイト名■ハツガゲンマイ
文字数1000

 小麦粉を篩ってついでにココアパウダーもそうする。
 それにバターを賽の目にしたのを入れて手でぱらぱらと混ぜる。
 大雑把ならばそうである程いいという奇跡のお菓子、スコーンの生地を作る午前中。お腹が減っているのに冷蔵庫に何もないという事態に対処した行動であった。
 すべての作業を終えると、茶色くて甘い爪垢を、丁寧に取り払って携帯電話に目を落とした。

 不在着信 5

 夥しい数だ。5。暇だな。
 相手は判っていた。昨日別れた男だ。
 別段別れる理由もなかったのに唐突な別れを切り出して、私に戸惑う男を思い出す。染めたことの無い、真っ黒な髪。それを揺らして動揺する男。悪い事をしたかもしれない。
 適当な言い訳をした気がする。男がイエスと言わないうちに帰ってきてしまった。そこまでは記憶がある。多分、眠かったのだ。私は潰れるように寝入ったのだと思う。帰ってきて、すぐに。
 男の着信はすべて夜中のもので、20分置き程度に携帯を鳴らしていたらしい。

 何やら張り詰めた空気を醸しているのは、ピアノとアコーディオンとヴァイオリンの曲を流す白いCDプレイヤーだ。駆け出すようなメロディー、鼓動を強制的に早めるような作用、しかし落ち着き払った私の耳にはすり抜けるようにしか感じられない。

必ず帰るから、待ってて

 ベンガルゴムが私を見てそう言う。それは、彼が置いていった緑色の木。ひょろっとしていて、それでいて日光さえ浴びればいつだって元気な。もう3年、私の部屋でひょろっと生きている。
 話し掛ければ植物はよく育つらしい。
 私はそれに話し掛けたことなど無い。
 そうしたら、きっと、木は萎れると思っているから。あの時約束したから。その木は私の部屋にあるのに、決して侵されない、彼の木のままであり続けている。
 彼がいなくなってからも沢山の男と知り合い、沢山の男と寝た。
 いつだって彼を思いながら、男達と寝た。
 そんな私で侵さないようにしようと思った。あの木は生涯彼であり続けなければいけない、そう決めた。
 だから私は部屋に帰るのが好きだった。
 彼のままであり続ける木が、私に語るから。
 その一方的な木の言葉を、私はいつだって心に焼き付ける。返事はしない。だから、木はいつも彼の言葉を代弁する。
 コーヒーを啜った。スコーンの焼ける香りが漂っている。

 いつか、これから帰る、と木は言う筈だ。
 それを待っている。
 ずっと、私は待ち続けている。



QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆作品の著作権は各作者に帰属します。掲載記事に関する編集編纂はQBOOKSのQ書房が優先します。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。
◆スタッフ/マニエリストQ・3104・厚篠孝介・三月・羽那沖権八・日向さち