男は、森の入り口に立っていた。 不思議と怖くは無かった――見上げれば木漏れ日が眩しい。 コモレビ……男はそう呟いて、首を傾げる。 森は、鬱蒼と茂っている。 足下を見る――影も落ちないほどに、暗かった。 嗚呼、これは、夢だ。 男はそう思うことで納得した。妙に説得力があると感じた。 否、無理矢理自分に言い聞かせたのかも知れない。 男は、歩き出す。 冷たいだろう湿った地面の感触が、革製のブーツを通り越して足裏に伝わってくるような錯覚を覚える。 ヒヤリ、背筋が冷えた。 思わず背後を振り返る――何もない。何も在るはずが無い。 先ほどよりも速いペースで、足を進めていく。 どこからか小鳥の囀りが聞こえて、音の方へと視線を向けた。 ――見つからない。 男はまた、首を傾げ、考える――そもそも自分は何故、こんな場所に居るのだろう。さっきまで……そうだ。さっきまで、自分は戦場に居たのだ。 ふと、手に何か握っていることに気付く。 ――一降りの剣、たかが鋼、一本。 男は思わず、眉間に皺を刻んだ。おかしい――たかが、と……今、確かに思った。 戦地に在るべき身、長く戦いを生業としてきた己が、たかが、だと? よく見ればそこには、べっとりと血がついていた。 そうだ、自分は――斬った。敵と信じて疑わない、誰かを確かに斬ったのだ。 食うか食われるか、殺すか殺されるか。 己に害をなすものならば、腕を振り下ろすことを躊躇してはならない。 基本であり、当然のこと――そう。自分は戦士、なのだから。 思い出した途端、がくりと地面に崩れ落ちる――どくどくと不自然な程の音をたて、男の右足の付け根から血があふれ出す。そこから続くべき足は、見あたらない。 男は目を見開いた――ぽかりとあいた口内に、唐突に大量の空気が吸い込まれる。 突然の目眩――失血の所為か否か、視界がきらきらと白く光る。 瞬きを繰り返す双眸に、突如飛び込んできたのは――この森の出口であろう、木々の隙間から降り注ぐ光の渦だった。 助かった。助かった――あそこ迄行けば、自分は、もう大丈夫だ。 男は、確信した――あれが出口と言う事も、それが間違いで無いのだと言う事も。 相棒と呼んだ事もあった鋼を投げ捨て、両腕で土をかきずるずると前へと進む。 そうして、たどり着いた――光の渦に、身を投げ入れる。 暖かかった。柔らかかった。歓喜さえ感じた。 そうして――男は気付く。 自分の戦いは、終わったのだ、と。
※作者付記:戦って、戦って、戦って――その先には、何があるのだろう。 終焉はとてもあっけないもの。 多分、気がつかないうちに、終わってしまっているのだろうもの。 何時気がつくのかは、自分次第。 どうやって納得するのかも、自分次第。
彼女の表現は独特で難しい。 知り合って一年も経つ今でさえ、一言では 『は?』と思わざるを得ないことが多々ある。 「君の卵は割れやすそうだね」 「無くなって来た」 「私もそろそろ潮時だよ」 この三文は順に、 「君は頭悪いね」 「お腹が減った」 「私もそろそろ眠くなってきた」 という意味らしい。 解るような解らないような絶妙な表現だが、 幼いころからの癖みたいなものらしい。 「帰り、なんか食べてく?」 「まだあるから大丈夫、でも奢ってくれると言うなら致し方ない」 「たはは… 良いよ、たまには奢るよ」 「行こう、すぐ行こう、タイヤキ屋! 公園のタイヤキ屋! 」 「現金な奴め」 ぐいぐいと引っ張る彼女に連れられて帰り道の公園へやってくる。 「渋いの! 渋いの下さい! 」 「あースンマセン、抹茶と… 小豆、一つずつお願いします。」 店員のお兄さんにちょっと怪訝な顔をされながらも、 二つのタイヤキを購入すると、ベンチに腰を落ち着けた。 「ホレ」 「ん」 彼女は抹茶のタイヤキを受け取ると嬉しそうに頬張り始めた。 腹減ってなかったんとちゃうんかと思いつつも、 あんまり美味そうに食べるものなので俺も小豆タイヤキに食らい付いた。 もぐもぐ… 熱いというより暖かいという表現の似合うタイヤキを二人して頬張る。 寒い日のタイヤキはどうしてこうも美味いんだろう。 当然のごとく先に食べ終わり、することもないので何となく隣を横目で伺うと目が合ってしまった。 「…むぁめもぐむごももむも…」 「それじゃ解らんぞ、食ってからにしろ」 「いつも、ありがとう」 「…さっきと台詞違わないか? まぁ、どういたしまして」 「タイヤキの事じゃないよ」 「? 他になんかあったか?」 「…私一人だと、上手く、伝えられない」 「無理すんな、カタコトになってんぞ」 「君が居ないと成せない、こうやってタイヤキを入れる事も成せない」 「それぐらいは大丈夫だと思うけどな」 「私は溢れそうになる時がある、成せないことがひどく悔しい!」 「…」 「それ以上に、君に愛想尽かれたらと思うとひどく…暗くなる」 もう一年も経つのにまだそんな事を言ってんのかコイツは。 若干の呆れが入った溜息をはぁ、と一つ、彼女をぐっと頭から抱え込んだ。 「だったら言ってやるよ”ずっと居てやる”って何で泣くんだよ、ったく」 「君がそんなに絞るからだよ」 そう言うので少し腕の力を抜くと彼女の方に強く絞り返された。 まったく、涙じゃないが俺も溢れちまいそうだよ。
「おはよう」 「…おはようございます」 コピー機の前で、私のお気に入りのピンクのネクタイを締めた彼が、いつもと変わらない爽やかさでそう挨拶をした。 全く、別れた次の日も彼に会わなくちゃいけないなんて、職場恋愛はしないほうがいい。 私はそうは思いながらも、キスも何もしないで別れた彼の後姿を恨めしそうに見つめた。 別れた理由はいたって簡単。彼が私に何もできないからだ。私は「何か」を望んでいたわけではないのに、彼は「何か」をしようとして、結局それが上手く行かないのが歯がゆかったらしい。つくづく、男は面倒な生き物だ。 「別れたくない」と言ったら、ただ彼の顔に困った表情が貼り付けられただけだった。結局私は、その顔に弱くて、望んでいない方の選択肢を選んでしまったのだ。 「ねぇ」 「うん?」 いま、職場には彼と二人きりだった。たぶん、同僚達が来るのももう少し後だろう。 「ちょっとはあたしのこと好きだったの?」 「ちょっと以上に、好きだったよ」 その答えに、私の中で何かが弾けた。 告白をしたのは私のほうだった。彼からは、一度も好きと言われたことがない。それなのに、別れてからそんなことを言うなんて…。 私はコピー機から離れて、机に座る彼の傍に寄った。 「キスしよっか」 「え? 何で…」 「何か変わるかもしれないから」 きっぱり言うと、自分でもびっくりするくらい的確に、私の手は彼の耳の後ろを捉えた。 こちらに向かせると、きょとんとしている彼の表情。私はそういう顔も、全部全部大好きだったんだ――。 初めて、私は彼の唇に唇を合わせた。理屈なんかじゃなくて本能的な衝動だった。 「……今日も元気に働こうか」 唇が離れた後、私は一言そう言った。 新しい恋を始めようと思った。キスで終わる恋も、あっていいのかもしれない。 こういう風にピリオドが打てるのなら、職場恋愛も悪くないのかもしれない。 でも、ファーストキスだったのは、黙っておこう。
「おはよう、パパ!」 「やあ、早いね、明夫」 「ほら、これ!」 「おっ、サンタクロースのプレゼントかい?」 「うん! アイアンコング、ほしかったんだぁ。やっぱりサンタのおじさんは、わかってるよ! うふ、うふふふっ」 「……なあ、明夫」 「なあに、パパ?」 「サンタクロースの事は好きかい?」 「うん。だいすき」 「それはどうして?」 「だって、おもちゃくれるもん」 「うむ、そうだろう。けれど、だとしてだ」 「なに?」 「パパがおもちゃを買ってあげる事があるね。なのに、そんなにウキウキしてパパの帰りを待つ事はないよね。そして、パパを大好きとは言った事もないよね。どういう事かな、おもちゃをくれるという事実は全くもって変わらない訳じゃないか。なのに何故、サンタばかりが好かれているのかな、ねえ、どうしてかな!?」 「……パパ、そんなこともわからないの?」 「理由がはっきりあるとでも言うのか?」 「パパはパパだから、おもちゃを買ってくれることがあってもフツウなんだよ。でも、ぼくになんのカンケイもない、よそのおじさんであるサンタクロースがおもちゃをくれるっていうのは、ふつう、ありえないことだよ。カンタンに言うと、ツンデレキャラのデレが過大評価されるみたいなもんだね。でも、ツンデレキャラは正規ルートでは脇役になってしまう事が多いだろう? というより、脇役の立場でやきもきする姿の方が萌えるワケだよ。何しろ、デレてしまったツンデレは、出涸らしみたいなもんだからね。後は、ヤンデレ化ぐらいしか方向が残されていないけど、そんなのは他の属性からも繋げられるだろうし、好き嫌いの分かれる、エログロで言えばグロに属する、イロモノの類だ。つまり、その地力の面では、メインヒロインの優位性は変わらない訳だよ」 「そ、か」