第17回体感1000字小説バトル

エントリ作品作者文字数
1自動ドア高橋一麿772
2もう一度笑顔満ちてborder1000
3二人の指タガキミツキ998
4塩粒ごんずい1000
5いやなポケットモンスター木戸 浩次郎1000
6記憶喪失の彼ユウキ0
7視線の先には……紅月赤哉999
8ドロップキックシャイン1018
9冬空ビール草見沢繁1000
10一瞬の出来事が黄加567
11あなたが思うよりも。倉木小唄995
12myself真田由良525
13改札口→地上神代高広1058
14彼女のホクロの秘密のっく651
15普通の日常Natsuki961
16昼下がりの公園のベンチにてナイチング息子1079
17循環の輪YUMEJI1370
18あれ?越冬 楓1000
 
 
バトル結果発表

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エントリ1  自動ドア     高橋一麿


 小学二年の、ある暑い夜のこと。
午前二時を越えていたであろう。親は先に寝てしまい、俺だけ一人起きていた。
さすがに小学生が真夜中に起きているのは、すごく孤独を感じ母の名を呼び続けていた。
親はよく眠っていて、俺の声は聞こえない。
ますます怖くなった俺は布団にもぐりこむ。
なんとかこの怖さを紛らわすため、羊を数え、思いっきり目を瞑り、本を読んだり。
しかし、いっこうに眠る気配はない。
 そのうち父がトイレに向かいだした。俺が起きてるのに気づかなかったらしい 
その場で立ち上がり、ドアを開け、階段を下りていく。
トン、トン、トン、トン
 妙に頭の中に響いてくる。その音に母が気づきうっすら目を覚ます。
ちょっと安心した俺はそのまま眠って行った。
ふと、三時頃にまた目を覚ます。もう、寝たいのに・・・と思いつつも、なかなか眠れずにいる。
 「うん?」
思わず声が出た。
父がまだ帰ってない。どういうことだ・・・。
たしかに二時だったはず・・・。今は三時・・・。トイレの中で寝たのな・・・。すると
トン、トン、トン、トン
 帰ってきた。きっと時計をみまちがえたのだろう。
でも、確かに二時だったはず・・・
・・・ 違う・・父じゃない・・。
 俺の頭はこの時5倍もの速さで回転し、危機を感知した。
バン!
 ドアが勢いよく開く。その音に驚きドアの方を見る。
その時はもう何がなんだかわからなかったが、ちゃんと見えたものがあった。
いや、
 何も見えなかった。何もいなかったそこには。時計の音が妙に大きく聞こえた。
・・・スー
 今度は勝手にドアが閉まる。
音も立てず、足音もせず、ドアだけが勝手に動く・・・。
その瞬間・・・・
 小学二年の幼い俺には衝撃な事。
だけど、何を思ったか次の日に心霊写真にならないかな、と母にその部屋で写真を撮ってもらいました。俺とドアのツーショット。
これが俺の死ぬ、前日の話です。






エントリ2  もう一度笑顔満ちて     border


 正月、クリスマス、祝事忌事、チケットノルマ。イヤなんだよ。
 金がない。
 ギターの弦が買えないから切れてもらっては困るのだが半年も使い続けていると錆が発生、触るたび皮膚が裂けてこれが、とても痛いし治り難く、いつまでも疵がグチャっているので四六時中悪態をついている。そんな事をかれこれ3年も続けていると弦が切れる度に本体の破壊を考えるのだが破壊するとライヴができない、と言う程でもないけど少し不便ではある。
 不便なまま高いノルマをふんだくられてライヴを強行した揚げ句、客から酒瓶を投げつけられた私は「また医者代がかかる」と嘆きながら仰向けにひっくり返って天井に張り付いた面白くもない防音材の毛羽を眺めたまま。頸が動かない。
 仕方なく眼球が千切れるほどに横目を使って様子を伺っていると遂に乱闘に発展、打楽器担当のキモくんは絶好調、満面の笑みを湛えながら外に飛び出して行った。「どこへ?」と一瞬思ったのだが、私は肉体がどんどん麻痺していくのを感じてそれどころではなく、しばらくしてブルドーザーがライヴハウスに突っ込んできた時も「保険に入っておけば」と泣きごとを繰り返していたのだがその瞬間、出入り口周辺にいた客数人がなぎ倒され踏み殺されてしまってアッという間にキャタピラの隙間に挟まった屑肉挽肉に変化、ブルの重圧によって水分が蒸発してしまったのか大して血液が流れず、さほど悪い気分にもならなかったのだが、そこにブルを奪われたと思わしき作業服の男が吠え猛りながら現れ、ブルの後方からキモ君に飛びかかろうとした途端にキモ君は素早い機転でブルを後進させた為に作業員は跳ね飛ばされ血飛沫を全身から噴き散らしながら私の上空を飛空して外に消えた。血の雨が私に降り注いだ。湧き上がる反吐、動かぬ体。「窒息する」と冷静に判断した私は渾身の力を喉に蓄えて思い切り吠えた。反吐は噴水のように噴き上がり、降り注いだ。
 明滅する瞬間はスロウ。
 3年前妻が浮気の末、私のカード及び闇金から金を借り「ごめんね」と言い残して首を吊った。
 走馬燈。高校生の娘は売られて身を投げ3才の息子は臓器を抜かれた。私はギターだけを持って土管の中、冬は痔が出た。
 満ちる笑顔。息子。娘。漆黒の刹那。妻はとても幸せそうに笑っていた。私は安堵して「よかったなぁ」と呟いたのだが空気が漏れて声にならなかった、そして。
 愛。実感した時に訪れた至福の光と無音。






エントリ3  二人の指     タガキミツキ


 大学の卒業式から三日後、一人の友人の自宅で飲み会が開かれることになった。
 都心から一時間半、郊外にある普通の一軒家だったのを覚えている。
 私たちのグループは男女合わせて十人と大人数だったけど、私たちは誰か一人が欠けて「何か」することなど考えていない。
 仲間意識がある…といえば聞こえは良いけど、単に依存心が強いだけなのかもしれない。
 特に私は、彼らと一緒に大学時代の四年間を過ごしていくうち、一人になることを極端に嫌がったりもした。
 寂しくて、孤独を恐れている。
 みんなと出会う前、どうやって一人の時間を過ごしていたのか、私には思い出せなかった。

「…大丈夫か?」
 お酒に弱い私は、ある一人の男友達にすすめられて口にした日本酒で頭を痛めてしまった。
「気持ち悪くはないから…平気」
 彼も仲間だったうちの一人である。
 ベランダに出て、春の少し冷たい風にあたっていた。
「戻って良いよ」
 強がって私はそう言った。
 心からそう思ってなかったことは、分かっている。
 だけど、彼に迷惑をかけるわけにもいかない。
「良くなるまで一緒にいてやるよ」
 ニッと白い歯を見せて、彼は笑った。
 私は素直に「ありがとう」と呟いた。
 私は彼を好きだったことがある。
 告白したが、その気はないと振られてしまった。
 それでも友達としてやっていけたのは、彼の気遣いと優しさだった。
「…つらい?」
 彼は黒いパーカーから、すらっとした手を私のほうへのばした。
 そしてうつむいてばかりの私の前髪を、細い指ですいた。
 だからといって、私は期待するようなことはなかった。
 こうして誰かの髪にふれたり、男女が二人きりになるのは、私たちの仲間では「なんとも」ないのだ。
 誰もなんにも疑ったりしない。
 それだけ、本当になんともないのだから。
「…何?」
 彼の指と、彼の目を交互に見る私に彼が訊いてくる。
「…こうして誰かに髪に触れられるのって…久しぶりだなぁって思って…」
「そう…?」
 彼はまた、私の髪に触れた。
 私はその指を握った。
 彼は驚きもせず、私の指を握り返した。
 手ではない、指だ。
 冷たくて細い、それでいてしっかりして優しい五本の指だった。
 私は、決して自分のものにならない…もしかしたら既に他の女の人のものかもしれない…と分かっているその指を、再び軽く握り直した。

 今私は一人じゃないと確認するため、そしてその優しい感触を忘れないために…。






エントリ4  塩粒     ごんずい


 あいかわらず部屋の中は塩だらけ、不快感を押し殺す自分がいる。大母ちゃんは眠っている。私に気づいていないらしい。小母ちゃんとの雑談も早々に足音を潜め玄関横の和室を出た。塩まみれの廊下、板が軋む度に緊張が走る。15mほど先の突き当たりを曲がれば、後はこっちのものなのだが最後まで気は抜けない。目指すは広い旧家の奥庭に面する古ぼけた台所。無事にたどり着くのは3回に1度程だ。
 2日連続で訪れた甲斐があった。その日私は3週間ぶりに台所へとたどり着いた。
『やっぱりお年を召された方に換気扇の洗浄は難しかったでしょう!』
『あんた胡散臭いけど言う事はさすがにプロねえ。いくらこすっても40年前の油なんてびくともしない!挙句の果てに、あんまり私がガタガタやるもんだから、ネネのやつ起きちまってよ・・・』 
『で、ネネさんなんか言ってました?』
『だめだよ。頭の方が仏さんだろ、話になんねえ』
私が勝手に小母ちゃんと名づけたのは80歳になるモモさん。一方、大母ちゃんは72歳のネネさん。2人は姉妹なのだが、妹のネネさんの方がずいぶん体格がいい。どんな人生を歩んで来たのかは知らないが、肩を寄せ合いこの旧家で暮らしている。しかし、1年ほど前から妹のネネさんが先にボケてしまったのだ。
『じゃあ、これもネネさんが?』
『ああ、前にあんた塩まみれで帰ったじゃろ。あの後、結界がいるいうて、ネネの奴さっそく塩をもりよったで』
『まったく、換気扇の掃除より部屋中の塩を掃除するのが先だな』換気扇にこびり付いたガンコな油、高齢者住まいの旧家、この家にはすべて条件が整っていた。頑固な油をネタに法外な掃除代金をむしり取るための。
『すまんこったな、掃除してくれるのか!』
『ええ。でも今日こそ換気扇も洗わせてくださいよ!』
私は床のいたるところに散った塩粒を掃き始めた。キラキラ光る塩の粒。いずれもボケてしまったネネさんの怒りがこもった結晶だ。
 その時だった顔面めがけて塩が飛んできた!目は一瞬にしてやられ何も見えない!必死で目を越すっていると、ネネさんともモモさんとも判断つかぬ声が聞こえてきた。
『いずれ高い油はあんたにやる、だから今しばらく耐えてくれんやろか?』
諍いが繰り広げられていたようだが再び目が開いたのはその後だった。
『ネネの奴また、塩まきよった。今日は帰ってくれ!!』
 塩まみれの私は、あの声の主について考えていた。その意味とともに。






エントリ5  いやなポケットモンスター     木戸 浩次郎


この話しはノンフィクションです。
「パチパチパチパチ」拍手とともに幕があがった。
とうとう映画「ポケットモンスタ−」が始まった。
幕が上がるとともに推定身長160cmのピカチュウと
約150cmのサトシと140cm以下の
オーキド博士が立っていて、それとともに
通訳さん(?)がマイクを持っていた。
オーキド博士が急に「サトシよ、
ポケモンマスターになってくれ。」と言った。
サトシはどこから連れて来たか分からない
ピカチュウに「よし。行くぞピカチュウ!」
と言った。ピカチュウはなぜか、
「ビガヂュフ(!?)」と言った。
そこからなんだかよく分からない旅が始まる。
 5歩ほど歩いた時点で、
尻尾すらないヒトカゲと甲羅のない
ゼニガメが出てきた。サトシは、
モンスターボールも使わず、二匹を捕まえた。
 舞台を一周ほど歩くと150cm程度の
ポッポが現れた。これまた何も使わずに
すんなり捕まえた。ここでなぜかピカチュウが
「ビガヂュフ」とほざいた。
またしばらく歩くと今度は谷があった。
サトシたちは降りてみた。そこには
すごい数の私服を着ているゴーリキーがいた。
急に「第一関門。綱渡り」
と言う声が聞こえた。なぜかサトシたちも
参加する事になった。サトシたちは、
床に背中を引っ付けて、恐ろしい谷を、
命綱無しで何回も往復した。
そこでサトシの声で「れべるあーっぷ」
と声が聞こえた。その後すぐに何かのメーターが来て
0から5にレベルが上がった。その次に何らかの関門
を『サトシが』クリアしてレベルが5から10になった。
そして第三関門。バトルが始まった。
サトシとゴーリキーが違うサンドバック
をたたき続けた。ここでやっとゴーリキーが現れた
のにもかかわらず、もうレベル10になっていた。
しばらくたってゴングが鳴った。もうどっちが
勝ったか分からない状態で、よく分からないが
またもや何もせずに、『レベル15』で進化
したカイリキーをゲットし、谷を降りた。
谷から降りて10歩ほど歩くと、オーキド
がいた。しかも研究所である。本来なら
ここでサトシがポケモンマスターになるのだが、
オーキドがこんなことを言った。
「サトシ!わしと勝負じゃ!お前の修行の
成果を見せてみろ!」
と修行暦30分程度のサトシに言った。
オーキドは右手の親指と小指を前に出した。
するとピカチュウ以外のポケモン(?)
が自殺した!。ピカチュウは、「もはやこれまで」
と日本語で話したあげく、サトシを盾にして、
逃げた。逃亡した。脱藩した。
そしてピカチュウは日産に車を試乗させて
もらいながら、
付添い人を食って泣く子も黙る79万円の車を
パクッた、こんな行動をしたピカチュウは、
ノーベル賞をもらうことになった。
ノーベル賞はここ200~300年 森総理
が引き受けている。森総理はピカチュウと
林 真●美に死刑判決を言い渡した・・・






エントリ6  記憶喪失の彼     ユウキ


一人の少年の話しをしよう。

彼は寒い冬の夜、後頭部挫傷 とある病院に運ばれてきた。 大量に流れ出す血液と、彼の意識の状態から 医師達は回復は極めて困難だと判断した。
が、彼は奇跡的に目覚めたのだ。

しかし、目覚めた彼には過去がなかった。

「おれは、だれなんだ・・・・?」 そう、彼は記憶喪失だった。

 医師は彼のもっていた身分証明書から住所と名前を告げるが、  彼にとってはすべてが見ず知らずの物だった。 その日からこの病室が彼のすべてとなった。
 医師も看護婦も彼の記憶を呼び戻そうと様々な治療を行ったが、懸命の努力も空しく彼は人間生活のすべてにおける知識を失っていた。
   
 ある満月の夜,彼は自分の「記憶の箱」であるベッドで  ふと、思い出したのである。
 
 「繭・・」

 彼は,繭に会わなくてはいけないと思った。  理由はわからない。でも,何かがわかる。  彼にはそんな気がした。 
 
 彼の記憶の「繭。」は彼を行動に移させた。  
 
 「ひとまず,眠りにつこう。繭。おれは君を捜しにゆくよ。」
 
  夜が明けた・・。

 彼の「記憶」を呼び戻す旅を祝福するように,太陽は明るく,空は澄み渡っていた・・・。 
 

  病室のベッドを抜け出すと,中庭の扉から彼は病院の外に抜け出した。  彼が運ばれてきた日に持っていた数少ない所持品を持って。
 
  街はにぎやかだった。日曜日ということもあって繁華街は人の群でごったがえし,客寄せの音楽や,ビラを配る人たちの大声。 

  彼にはそのすべてが疎ましく,騒々しかった。  
 

  「繭・・・。必ず君を見つけて見せるよ」

  彼は名前だけを頼りに町中を歩き回った。
 
  途中,コンビニに立ち寄ると,商品の入れ替えの途中だろうか,数人の店員が忙しそうに動き回り店の客は少なかった。
 
  彼は,食料と数本のアルコールを買い込んだ。  金銭感覚のことはすべて忘れていたが,病院の売店に何度か看護婦と一緒に買い物につれていってもらった覚えがあった。店員は彼からお金を受け取るとまた、いそいそと仕事に戻った。
 
  買い物袋を抱え,彼はまた歩き回った。
  小さな公園を見つけると、そこで買ってきた食事をとり、少量のアルコールを飲んだ。
 
  少しの酔いが彼に自信をつけさせた。  
 
 「絶対、繭を見つけてみせる・・。」
 
  彼にはそう確信があった。
  小さな女の子達が花を摘んで遊んでいるのを横目に,彼はまた繁華街の中へと歩き出した。
  
 彼の失われたはずの記憶がそうさせているのかもしれない。  
 
 「繭・・・。」
 
  彼がそうつぶやいた瞬間,人混みの中の一人の女性が彼の目に映った。  
  大勢の人の中,彼とその女性,一直線に結ぶ人並みの道ができあがったかのように思うほど,彼のまっすぐ先には彼女がいた。
  
  彼は彼女に向かい歩き続けた。
 
  一歩,一歩すべての記憶を彼女に向けるように・・。
  彼女は長い黒髪をおろし、うつむきあるいていた。
  彼は彼女の目の前につき呼びかける。
 
 「繭・・・。」
 
  彼女がそっと顔をあげる。
  彼と目があったとき,彼女の顔には驚きと恐怖の色が浮き出していた。    
 
 「繭・・・。会いたかったよ・・・。」

  その瞬間,彼は手に持っていたビール瓶を彼女の頭めがけて 振り下ろ  す・・・。
 
  鈍い音,彼女の悲鳴,そして彼女の頭から流れ出す大量の血液。  
  彼女の血液を浴びながら,彼は思い出す。
  

  すべてを・・・。自分の過去のすべてを・・・。   
 

  「そうだ・・。おれは、おれは・・・。あの時・・。   繭に,殺されたんだ・・・。」  
 

  「繭」は彼の恋人だった。あの日の夜,公園で別れ話のもつれから,彼女は逆上のあまり,そばにあった瓶で彼の後頭部を殴ったのだ。
 

  そして、彼が彼女に殴りかかろうとしたとき彼は倒れたのだった・・・。

  「どうして・・・。繭・・・。」    


 少年の頬に涙が流れる。それは、悲しみの涙でも,後悔の涙でもない。
 探し求めた彼女と自分に対する悲惨な記憶。
 明るい未来を予知していたであろう,彼にはその現実が耐えられなかった。

 人は,失った記憶を思い出したとき,記憶をなくした瞬間の行動をするという。
 彼女,「繭」に殺された時,彼もまた「繭」を憎み,殺そうと思ったのだろう。
 
 そして彼はまた記憶を閉じた。二度と過去を思い出さないように・・・。
 これで一人の少年の話は終わりである・・・。






エントリ7  視線の先には……     紅月赤哉


 ただ一度の、本気の恋だった。
 たった二十年しか生きていないけれど、矮小な自分の全てを賭けて愛せる人と出会えることが出来た。ただ、それが幸せだった。
「あなたといるのはもう嫌なの」
 彼女は辛らつな言葉を放って部屋を出て行った。
 僕は時計の針が時を刻む音をがはっきり聞こえるほど集中していたからか、彼女が部屋の外で心の底から暗く重い感情を吐き出したようなため息が聞こえてきた。
 もちろんそれは幻聴だろう。
 部屋と外を隔てる壁はしっかりとできていて、とても彼女が出すような音が聞こえるはずがない。
 それが分かっているからこそ、彼女の事を諦めきれない事がリアルに僕の中に入ってきた。
 内からくる衝動に突き動かされて、僕は部屋を飛び出した。


 外は突き抜けるような青空だった。十二月の青空は冷気を直接地表に運び、僕の体は冷たい風に串刺しにされる。でも、寒さは火照った僕の体を冷ましていく。冷えていく途中で更に体内から放出される熱のために体は熱くなった。
 走り続けることは苦痛だった。
 でも、立ち止まってしまうことはより苦痛だった。
 何もかもを置き去りにして、遠くへと走り抜けたい。
 僕の体を突き動かすもの、それは――死への想いだった。
 やがて目の前に僕が通う大学が見えてくる。
 わき目も振らずに正面から入り、ある場所を目指す。
 それは彼女と出会った場所。
 僕と彼女の思い出の場所。
 彼女との、始まりの場所。
 階段を駆け上がり、動悸する心臓を押さえつけて僕は最後の障害物である扉を開けた。
 途端に吹き込んでくる風。でも僕はそのまま足を踏み出した。


 屋上はそこかしこに雪が積もり、もうすぐ閉鎖されるだろう。その前に僕は自分の人生に幕を下ろすのだ。
 僕から去った彼女に、僕の存在を忘れてほしくないから。
 彼女との思い出の場所から僕は飛び立とう。
 都合よくフェンスは壊れていた。人ひとりくぐれるくらいの穴が開いている。
 僕はそこをくぐり、屋上の縁へと脚をかけた。
 その瞬間だった。
「綺麗だ……」
 そこから見た景色は言い表せないほど綺麗だった。
 青空と街並みが一つの景色に収まっている。今まで見た事がなかった。
「は……ははは……」
 いつしか僕は笑い声を上げていた。
 今まで自分の中にあったいろいろな思いは、全て消えてしまった。何もかもどうでもよくなった。
「はははははは……」
 僕は笑っていた。
 涙を流しながら笑っていた。






エントリ8  ドロップキック     シャイン


 庭で洗濯物を干しながら、私はいい気分に浸っていた。特別いいことがあったわけではないが、空は晴天、家族は健康、それだけで充分幸せだ。

 今日は休日で、夫の一樹も家にいる。大方趣味であるプロレスのビデオでも見ているのだろう。
 あんな汚い男達が狭い所で戦っているだけのもの、一体何が面白いのかわからなかったが、一樹の唯一の楽しみだったので黙っていた。
(そのうち裕二をプロレスラーにするとか言い出すんじゃないかしら・・・。それだけは絶対に許せないわ)
 裕二は二月前に二歳になったばかりだった。手のかからない、とてもいい子だ。今のまま健康で優しい子に育ってくれればいいと思っていた。プロレスなんて野蛮なものに一時たりとも関わって欲しくなかった。

「あっ!」
 ぼっとしていた私を現実に引き戻したのは、白く輝く四肢の伸び上がった姿だった。
(美しい)
 思わずウットリとしてしまう。
 我が家で飼っている猫のサンだ。時々だが、ああしてベランダから庭木へと飛び移ることがある。三毛猫だが、尻尾以外はほぼ体全体が真っ白い毛で覆われていて、その姿は、まるでペガサスが飛んでいるかのように神々しい。
 だが、猫は木から下りることは苦手なようで、サンは、慎重に、爪を精一杯立てながら降りてくる。
 そのギャップに、私は自然と微笑む。


「──え」
 私は凍りついた。

 飛び立ったのはペガサスだけではなかった。見覚えのある青い物体が宙を舞う。
 獲物を捕えんとする獣のような、世にも勇ましいその姿。

 裕二

 一瞬でそのことは理解した。
 だが、ありえない現実を認めることができず、他人事のように見つめていた。

(サンを追いかけてたのかしら。でも、届かないわね)

 時間は私に合わせてはくれない。
 裕二は自由を失い、まっさかさまに落下を始めた。
 
 母性本能のなせる業だろうか。脳より先に体が動いていた。超人的な速度で落下地点へ翔け、ちぎれんばかりに両腕を伸ばす。

(大丈夫。受け止められる。)
 回転しながら大きくなる息子を見つめながら、ようやく覚醒した頭が確信する。
 安堵感。

 刹那

 顔面に激痛が走る。
 視界は消え、鼻は曲がり前歯が折れた。

「ドロップキックきまったぁ!」
 アナウンサーのわざとらしく興奮した声を、その時確かに私は聞いた。

(ああ、この子はプロレスラーになるんだわ。)
 薄れゆく意識の中、確信めいた思いを抱き、しかしながら奇妙なほど清々しい気分で両腕に愛息子の温もりを感じていた。






エントリ9  冬空ビール     草見沢繁


 ふう、と息を吐いた。暗闇の中に白く浮かび、夜気に溶ける。指ではじけば澄んだ高い音がするような、冷たい夜気。
 無人駅のホームで一人電車を待っている。錆びた鉄骨がむき出しの屋根、吊られた蛍光灯がちらついている。
 横に並んだよっぱらい中年が、とんとんと小刻みにその場で足踏みしている。靴の底を鳴らす。閑散としたホームに靴音が響く。電車はまだ来ない。
 午前中のぼたん雪は午後には消え、残ったのはキンキンに冷えた空気。白さはなく、暗く沈んだ透明な鋭さのみの夜。
 とんとん。中年の踵が鳴る。靴音で寒さは紛れるのか。中年はひたすら足踏みを続ける。
 ホームには中年のよっぱらいと俺しかいない。黄色い線の内側で、立ったまま電車を待つ。携帯電話を取り出して時間を確認した。そろそろか。
靴音が止んだ。気配でふっと顔を横に向けた。中年がにやついた顔で俺を見ている。
 どうしたらいいかわからなかったので、とりあえず軽く会釈した。
 すると中年はにやにや笑いながら俺に近づいてきた。おいおい構うなよおっさん。
 「寒いなぁ! にいちゃん!」
 不必要にでかい声で話しかけながら距離を詰めてくる。
 俺は口の端を持ち上げ、そうすね、と小さく答えた。
 「こんなに寒いと、もう、ダメだね!」
 何がだ。「ああ、そうすね」
 「にいちゃんは若いから大丈夫だろうけどね、おじさんはね、ダメなんだよね!」
 だから何がだよ。「はあ」
 ぷぁん、と遠くから汽笛が聞こえてきた。二人ほぼ同時に汽笛の方向を向く。ライトで闇を切り裂いて電車が走ってくる。
 「ああやっと来たね!」
 おっさんが大声で言った。半身が黄色く照らされる。
 コントラストをぼおっと見ていたら、おっさんが不意に俺に向き直った。ポケットからビールの250ミリ缶を取り出す。
 「若いからね、にいちゃんは!」
 言って、俺の眼前にビールを突きつけた。
 電車がホームに滑り込んでくる。中年半身のコントラストは消えた。減速する電車内の明かりに、俺と中年の影がきらきらと明滅。
 俺は眼前のビールを手にとった。中年が満面の笑みで「にいちゃんにあげるよ!」と声高に。
 ありがとう、が俺の口から自然にこぼれた。電車が止まった。ぷしゅう、とドアが開く。
 中年は俺の腕をぽんぽんとたたいて、先に電車に乗り込んだ。
 夜気よりはぬるい、小さなビールを手に持って、中年に次いで電車に乗った。
 とがった冷気は車内で溶けた。






エントリ10  一瞬の出来事が     黄加



「そろそろ時間だけど・・・」

「そんなこと・・関係ない!!行かないで・・・。」
 
 もうすぐ約束の時間が来ようとしている。

私の一番の友達が・・・。この世界にいられる時間が終わろうとしている。

「だって・・・私だって行きたくないよ!!ずっとみんなと一緒にいたい!
だけどほらもう・・・あいつらが来るんだよ。」
 
言ったとたんに窓が開いた。あいつら・・・死神たちがやってきた。

「迎えに来ましたよ。いい加減に魂をよこしてください。」

「期限を1年も延ばしてやっているんです。
もうここはあなたのいるべき場所ではない。」

口々に死神たちが言う。


「いや!!もっとこの世界に・・!!」
 
 友は・・・まだ信じられなかった。
 
自分がこの世界から消えることが。

そして私も、まだ信じられなかった。

そして、その言葉を口にした途端に、死神たちが友の身体の動きを封じた。

「それでは良いですか。この世界とはもうお別れです。」


「・・・っいやぁぁぁぁ!!!」


「・・・っあ!!」

部屋に叫び声が響いたときにはもう友に息はなく

死神は友の魂を持っていた。そして見せ付けるように

「このことは誰にも言うなよ。いうと次はお前の番になる。
現にこいつもそうなったんだからな。」

私は・・・涙を流しながら震えていた。

恐怖と・・・悲しみに。






エントリ11  あなたが思うよりも。     倉木小唄


 空港に降り立ってから税関をのらりくらりと通りぬけ、出発前より重くなったスーツケースを置いて待っていると、ロビーにアスカが現れた。
 「よっす」
 「変わったなぁ。大人っぽくなったな」
 「当然。もう私、ヒトヅマですから」
 アスカはそう言うとくるりと背中を向けて、ダウンジャケットを脱いでタンクトップになった。両手を背中に回すと、あろう事か肩甲骨の例の膨らみを出してみせようとする。
 「ば、ばかっ!何してんだっ」
 「三年前には無かったでしょ?」私はぐっと詰まる。「何よりの証拠だよ。三年って案外長いですね」
 「・・・そうだな」
 言葉もなかった。三年は確かに長かった。私は三歳年わ取ったし、アスカは結婚をして背中が変化してしまった。取り返しのつかない変化だ。もう私の知っているアスカではない。だからどうってわけでもないけど。車に乗る。
 「相手は誰だ?」一応訊いてみる。
 「君の知ってる人。聞きたい?」
 「いや、いい」
 「私もうこんなだからさ。自由なんだか、不自由なんだか」
 「ガキは?」「いない」
 即答。私たちは夜の高速を軽快に飛ばしながら沈黙を味わう。
 「懐かしいね。三年前までは恋人だったんだ」
 「そうだな」
 「フリーセックスだったし」
 「そうだったか?」
 「懐かしいなぁ・・・どうなんだろね、君は。なにも変わってないかな?」
 「誘ってるのか?」
 「不可抗力だよ。高齢化が進んでいるのです。この国では」
 「うん。らしいな」
 別にアスカの背中がもう膨らんでいたから、とかそんな理由で承諾したのではない、と思う。そんな下劣な安心感など私の望む物ではない。まさかそんな。アスカに安心して向かえる?それって最低ですな。ガキができるのが怖いならやるなっつの。
 「ごめんね。帰国早々犯罪者だ」
 「どうせキリスト教徒じゃねぇし。それよりその背中」
 「うん?ああ、これ」
 「本物・・・だよな」
 「えへへー。そうだね」
 アスカはそう言うとベットから飛び降りてまた背中を向けた。空港と同じ。この国における全ての始まりと同じビジョン。その背中には一対の小さな翼があって。
 小さな!?小さいだって!?
 「お、おい、それ!」
 「まさか、まじで信用してたの?私の結婚話」
 「そんな・・・」
 「ハロー。君のつけた翼だ。恥じ入る事なく撫でてやってよ」
 悪夢だった。私の目の端には、捨てられた偽の翼が見えていた。
 あ、そゆこと?






エントリ12  myself     真田由良



友達から嫌われているわけでも、家族にも見放されているわけでもないのに
朝起きると、心に変な空虚感。
本当にポッカリ抜けたような・・・

一番ラフな格好に着替えて私は一番好きな場所に行き
秋空の元、何が原因が考えた。

その時間はゆっくりゆっくり流れ、私の脇を新鮮な秋風が流れた。
空には秋ならではの、きれいなうろこ雲。
傍の家で子どもを叱る母親の声が妙に心地いい。

時間はゆっくりゆっくり流れ、私に大きな夕陽を見せてくれた。

まるで恋人のように、温かい光を出してくれる太陽と
まるで父親のように、暖かい光をだしてくれる夕陽と。

わけもなく涙が最近はよく出てくる。
それが「青春」というものだ。

自分と向き合い、これからの自分を探し大きくなりたい。
素直に自分の言いたい事や、したい事を言えるようになりたい。
勇気を出すのには傷みや痛みを伴うかもしれないけど変わりたい。

傍では、家々の違った晩御飯の匂いが流れ、空や赤色に染まった。
「さぁ、カラスも帰る頃だ」
私はそれだけ呟くと勢いよく家へ駆け出した。

家までの道ではイヌの散歩をしている人がいたり、道端でお喋りをしている奥さん方がいたり。

私はそんなココ風景が好き。

家に着いた。
私は真っ先に大きな声で「ただいま」と言って皆がいる場所へ急いだ。






エントリ13  改札口→地上     神代高広


 地下鉄に揺られて会社へと向かう。ぎゅうぎゅう詰めの車内に熱気が篭り、息苦しい。
 私は乗客の間を潜り、やっとのことで地下鉄を降りる。人の流れに従ってホームの階段を昇り、財布から定期券を取り出す。
 少し前のほうで、改札のがしゃんと閉まる音がして、ブザーが鳴った。
 バーコード頭のオヤジが「おかしいなあ」とぼやきながら、しきりに額の汗を拭っている。私はざまあみろと心の中で呟く。
 改札に定期券を入れ、腕時計を見る。
 通り抜けようとしたとたん、改札が閉まってブザーが駅の構内を反響した。
 後ろの人が私に舌打ちして隣の改札を通っていく。
 私は急いで列から抜けると、定期券の期限を見た。けれど、期限はまだ切れていなかった。
 私は首を傾げながら、もう一度列に並び、改札を通る。
 しかし、改札は再び閉まり、どうしても通ることができない。
 私は「すいません」と謝って列から抜ける。頭の中が真っ白になり、心臓がばくばく鳴っている。
 私は仕方なく隅の手すりに寄りかかり、忙しそうに流れていく人達をぼうっと眺めていた。

 気づいたときには人の流れは消え、始業時間はとうに過ぎていた。
 顔を上げると、改札には、さっきの冴えないオヤジと、黒縁メガネをかけたサラリーマンと、杖をついたおばあちゃんが取り残されていた。
 私は思いきってその三人に話しかけた。三人とも気さくな人で、私はすぐにその人達と打ち解けることができた。
 あの日以来、二度と改札が開くことはなかった。私達は行き交う人達から食べ物をもらったり、ホームのごみ箱を漁ったりして生活した。みんな私達を腫れ物扱いしたが、そこでの生活は思いのほか居心地が良く、不自由なことは何もなかった。

 数年がたったある日、おばあちゃんが突然倒れ、帰らぬ人となった。
 救急隊員がおばあちゃんの亡き骸をふかふかの毛布に包み、地上へと運んでいく。出口からほのかに陽の光が射し込み、おばあちゃんの表情が照らし出される。
 安らかな笑顔が橙色に染まって、とても幸せそうだ。

 今でも私はここで暮らしている。
 いつしか、顔には深い皺が刻まれ、髪にはちらほらと白い毛が混じるようになった。
 いい話相手だったあのオヤジもいなくなり、私は考えるでもなく、次の迎えを意識するようになった。
 ここでの生活に不自由はないが、私はときどき、地上へと続く出口から陽の光が漏れてくるのを見ると、心が掻き毟られ、大粒の涙が出てくる。
 そんな時は誰もいない機械室に飛び込み、湿っぽい空気と、底のない暗闇に身を委ねながら、長い一夜を過ごすのだ。






エントリ14  彼女のホクロの秘密     のっく


直子の腕には無数のホクロがある。よく見るとそれはホクロではなく、何かで突き刺した痕であることがわかる。彼女はいやなこと、辛いことがあると自分で自分の体を突き刺すことに決めている。まるで自分に罰を与えるかのように…
そんな直子の行為のきっかけは単純なことだった。彼女がまだ小学校の頃彼女の母親は、彼女が勉強で間違える度に彼女の体を鉛筆で突き刺していた。あるとき鉛筆の芯が体の中に残って化膿してしまい彼女は病院に行った。その時を境に母親は彼女を鉛筆で突き刺すことを止めた。
「ボールペンなら芯が折れたりしない。」そんな理由で彼女は専らボールペンで自分にお仕置きをする。まるで母親が自分を罰してくれないのでその代わりを自分がしているかのように。そして突き刺した穴から血が出てくると生きていることを認識し安心する。リストカットだと生々し過ぎるので彼女は今のところこの方法が気に入っている。この方法を見つけることが出来たことについては母親に感謝だ。
ある日、直子にも彼が出来た。あるとき腕の傷を彼に聞かれた。
「蚊刺された痕なの。」
いつも高校で答えるとおりに答えた。でも彼は信じてくれなかった。冬に蚊に指されたなんてもっと上手い言い訳があったはずなのに、本当のことを言うきっかけが欲しくてわざと言った。
彼は直子の元から去っていった。そして彼女の腕にはまたホクロが増えた。真実を告げたことの代償は大きい。でも彼女は後悔していない。彼女を本当に理解して、このホクロを優しく撫でてくれる人が現れる日までこの行為は繰り返される…






エントリ15  普通の日常     Natsuki


うちの母はいつも出かける前に私たちの食事の下ごしらえをして出かけてくれる。
私たちは朝は食べないので昼食が用意してある。おにぎりと豚汁。おにぎりの具は鮭とコンブだ。

昼過ぎにもそもそと起き出した私と夫は、温めなおした豚汁とおにぎりを食す。

 母は今日も夜が遅いらしく夕ご飯の下ごしらえができている。母流鳥のみずたき。鶏肉や白菜やねぎなどが切られてタッパーに詰められている。コンロの上の土鍋には水が張ってあり昆布が1枚水に浸っている。冷蔵庫に貼られたメモにはお酒、塩の量などが書いてある。

母のメモ通りに作ればおいしい食事が作れるのだ。なべの最後のうどんも冷蔵庫に入っている。

母とは何日会っていないだろう?最後にいつ会ったか、もうよく覚えていない。すれ違いの生活?
そもそも母が帰ってきているのかどうかもよくわからない。けれど、食事の用意ができているということは、母が帰ってきているという事なんだろう。

昼の薬を飲む。薬の量が多いので、昼、夜、寝る前と小瓶にわけて入れられている。昔説明を受けたけれど、もうどれが何の薬か、わからない。わからないほうがいいかもしれない。

今日もまた「副作用」だ。
褐色に変色してしまった腕に、棘が生えている。毛穴という毛穴からサボテンの棘のような細い棘が生えている。今日はこんなことか。昨日の「副作用」は何だったろう。

とにかくひじから先が褐色に変色して、サボテンのようになっている。褐色は仕方ないとして棘をどうにかしなくては。

棘抜きを出して1本づつ抜く。不思議と痛くないのだけれど、半透明の黄色い液が皮膚から染み出す。タオルでおさえながら端から抜いていく。

確か、前に病院に行った時にこんな副作用があると聞いた気もする。その時にもらった軟膏が薬箱のどこかにあるはず。「皮膚用・棘」と書かれた軟膏を棘を抜いた肌にすり込む。半透明な液が止まって手がすっきりする。抜ききれていななかった細かい棘が自然と抜け落ちる。別に棘抜きでぬかなくてもこの軟膏を塗れば棘は抜け落ちたのか。

棘を軽く水で流してパジャマを着替える。ベッドに戻る。

私の病名はなんだったんだっけ?もう覚えていない。夫は私が病気の話をするとやさしく微笑んで話をかわす。
「薬を飲んで休んでいればいいんだよ。」と。

もう、どのくらい休んでいるんだろう?






エントリ16  昼下がりの公園のベンチにて     ナイチング息子


 オイルのように光る、汗まみれのロシアの女体が、ステージの上でくねり、交じり合う。酔った禿頭の中年はどぶ沼のような舞台に飛び上がり、ダイヤの一粒でも見つけようとしているかのように、真っ赤の顔を白い肉塊の中にうずめていた。
 タバコの煙が与えた隙間に生まれた好ましい記憶の破片を舐めながら、私は目の前をうろつく鳩の透明な瞳との間に、次第に膨らんでくる無防備な一体感を味わっていた。その初めての感覚に対して、私は一切の主体的行為を完全に殺す努力をしているだけでよかった。腐ったパンの滓を啄ばむいやらしい首の上下運動にお構いなく、澄み切った青空を知っている瞳だけが、私自身のものであるような錯覚を覚えさせながら、少しヒヤッとするような風の感覚を送り込んできた。その陶酔的な心地よさは、私を捉えていた記憶の破片を消し去っていった。鳩の瞳と私の瞳の間の透明なつながりに、長い間、我を忘れていた。
 突然、目の前にぼろをまとったお化けが現れた。あらゆる人間のごみに汚された、深い樹海のような色をした布の層からは、腐った糞や死体の臭いがする。鳩の目との理想的な交信のために、主体性を捨て切っていた私は、不快な乱入者に対してあまりに無力であった。鳩の瞳と私の瞳の間に、潤んだホームレスの瞳が無遠慮に割り込んだ。ある種のトランスを貴族的に楽しんでいた私は、穢れた物体を前にしても、相変わらず高貴な姿勢を保ったままだった。その結果、鳩の瞳から大空の感覚が送られてきたほどスムーズに、圧倒的なものを持った新たな実在が私の瞳を通してすべてを送り込んできた。これはいけなかった。働いた後のバキュームカーのホースを口の中に突っ込まれて、内容物を胃の方めがけて逆流させられたような状態だ。楽園は破壊された。
 世界は大きく回っている。すべてがクルクル回っている。私は悶えた。子供が砂場でトンネル工事。主婦は木陰で不倫中。やめてくれ。何もかもが胃をこねくり回して来る。張り裂けそうな肉体をうねらせて、公園の横切り、緑のフェンスにしがみつく。私は吐いた。一度吐いて、また吐いた。吐くことが、さらに吐くことをうながした。ホームレスの与えたもの。その圧倒的なものを吐き出してしまっても、まだ足りなかった。嘔吐はすべてを要求した。鳩が与えた澄んだものはもう生臭い。吐いた。記憶の中の白人女の肉感はもう腐っている。また吐いた。いままで食べたものはすべて吐いた。これから食べそうなものも予想して吐いた。そして、空っぽの体が落ちていた。
 しかし嘔吐つられて出た涙の最後の一粒が、また新たな快感を思わせている。






エントリ17  循環の輪     YUMEJI


 僕は「土」です。僕の上にはいつも何かが通って行きます。それは、僕をしっかり踏みしめたり、見下ろしたりします。
 僕の上には水、鳥の糞なども落ちてきます。鳥の糞は時に植物の種を運んで来てくれます。水はその種を育ててくれます。そうそう。もう一つ忘れてはいけない。太陽の光。太陽の光は僕を包み、水と共に種を育ててくれるのです。
 
 やがて僕は「植物」に命を変えました。
 
 「植物」になった僕は「土」の上で雨に打たれ、風にさらされ、何かに踏みつけられました。それでも僕は生きていました。濡れても、今にもちぎれそうになっても、平になるまで踏まれても、生きていました。そしてある日、僕の目の前に「動物」が現れました。「動物」は僕を口の中に入れると、すり潰し、食道に流し込みました。
 
 そして僕は「草食動物」に命を変えました。
 
 僕は「草食動物」になり、初めて歩くということを知りました。自由に歩く。僕は嬉しくて走り回りました。走って走って走って走り回りました。でも気がついたら僕の周りには誰もいませんでした。広大な大地に一匹で立っていました。その時、僕の前に鋭い牙と爪を持った「動物」が現れました。僕は走りました。「動物」から逃げ出したかったからです。走って走って走って。でもやがて追いつかれ、僕の首に鋭い牙が突き刺さりました。僕の頭に鋭い爪が叩き付けられました。
 
 そして僕は「肉食動物」に命を変えました。
 
 「肉食動物」になった僕は腹が減って減ってなりませんでした。しかし食べ物はありません。「動物」を捕まえようとするのですが、幾度となく失敗しました。空腹が限界に達しても僕は食べ物にありつけませんでした。何か、何か食べたい。その時僕の前に小さな「動物」が現れました。小さな「動物」の赤ん坊。僕は一撃で捕らえて食らいました。遠くで母親かもしれない「動物」が僕を見ていました。月日が流れ、僕は一匹の女を取り合って、一匹の男と争いました。先に力尽きたのは僕でした。僕はやっとの思いでたどり着いた草の陰に横たわりました。
 
 やがて僕は「土」に命を変えました。
 
 僕は「土」です。僕の上にはいつも何かが通って行きます。僕がいなければ皆さんは―…






エントリ18  あれ?     越冬 楓


朝起きると、不思議な違和感を覚えた。
さほど気にせず朝の支度を整える。
「お父さんひげを伸ばし始めたの?」
「いや」
「今朝はひげを剃らないんだね」
「ああ」

静かで無駄なことを口にしない父との会話はいつもこんな感じだ。
高校に入ってからというもの、父との関係はますます薄くなっていった。

台所で母が朝食作り。その横でお弁当を作る私。
いつもの朝だと自分に言い聞かせ、「いってきます」の囁きとともに家をでる。
自転車にのって、刺すような寒さの中を走り始める。
座った瞬間。また違和感が。いつも座ってるものと違う…?
いや、何回かぶつけて歪んだかごも、冷たくて握るのをためらう鉄のハンドルも一緒だ。
家を出て、道路を走る。耳元で響く音楽は最近のお気に入り。
学校でウォークマンは禁止だ。
こういう小さなところで校則を破るのがすきなんだ。

学校に着くと、駐輪場に自転車を止めた。
いつもと同じE−12に止めようと思ったら、別の自転車が…。
「おかしいな」と思いつつ、隣に止める。
教室に着くまで、なんでいつもの場所が空いてなかったのかが気になった。
きっと新入生か誰かが間違えたんだろう。

1、2時間目の数学は普通に過ぎたが、3時間目の国語では先生が漢字を多く間違えていた。
いつもはこんな事無いのにな…。
4時間目の体育はバスケ。
いつもは3周しか走らないのに、今日は5周走った。
走り過ぎはよくないとか言ってたのに…。

昼休みは食堂に行った。いつもの定食を頼んで、窓側の席に座った。
…いつもとちょっと味が違う。
食堂のおばちゃん変わったのかな?

5,6時間目は英語。
文法の先生の雑な字を見る気にもなれず、心は青い空に溶け込んでいった。
あとすこしで夢の世界へ行こうとしている私を後ろから声が引っ張った。
「おい!そこ聞いているのか!?」
私の事らしい。うるさいなぁと思いつつ、顔だけは反省の色にする。
…あれ?英語の先生いつもはちゃんと名前で呼ぶはずなのに…。

ひげを剃らない父。
何か違う自転車。
空いてないいつもの駐輪場。
先生たちもおかしい。
いつもの味も違う。
朝からずっと。昨日とは何かが違う。
そう。少しだけずれている。
そういえば昨日の夜のことが思い出せない。
まるでノートが破り取られたみたいに…。

終学活の時間。いつも話は右から左。
…ん?
先生今なんて…?
…だってここは地球じゃ…?

やっとわかった。妙な違和感。
ここは別の星…。
今日は地球潜入訓練の日。
私は連れ去られた地球人……









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