第18回体感1000字小説バトル

エントリ作品作者文字数
1幽霊と男佐々瑞山1000
2辻音楽師のロマンスArk415
3ステキビト859
4死にたいトモ875
5よるにぬ子1021
6ガムアフターエイト974
7こんな感じでいきましょうじいさん592
8ただ小さく。641
9夏目君の一日じゅん1074
10トリになれる日黄加773
11秋桜坂本 一平474
12遠い記憶文武734
13通話ボタンかな1033
14Kヒロトモ1152
15チGQ1890
16ラブレターを、どなたに?ナツコ1028
17きつねのうどん屋服部由1000
18形態と不在みっく863
19「逢い魚」Natsuki987
20ふるさとソラ左巻 雅紀1000
21今日の月にお別れを・・・べっそん971
22告白音羽咲姫1358
23櫻の樹金沢隆浩837
24風を感じて黒マテリア774
25ミライトカコ1049
26東京23区の画材通り佐保姫 燈明1002
27ミザリィカノイ888
 
 
バトル結果発表

バトル開始後の訂正・修正は、掲載時に起きた問題を除き
基本的には受け付けません。
掲載内容に誤り等ございましたら、ご連絡ください。






エントリ1  幽霊と男     佐々瑞山


 月の光が白く輝き、風がすがすがしく吹く夜のこと。一人の男が敵に追われて、寂れた路地裏に迷い込んできた。路地裏は薄暗くひっそりとしていた。音といえば、時折聞こえる猫の鳴き声と、自分が蹴飛ばす空き缶の音だけ。先ほどこの男は、屋台でバカ騒ぎをしていた男を注意していて、逆に追われるハメになったのだ。
 正義感が強く、かの男は店に迷惑だとわかっていたので、自分のやったことを間違ったことだとは微塵も思っていなかった。それだけ、今自分のいる状況が理不尽に思えてならない。でも、隠れていることくらいしか出来なかった。
 ふいに遠くの方を横切る白い影を見た。スーっと左に動いた後、それは消えてなくなるように見えた。
「ま、まさか。今のは幽霊・・・?」
男は突然寒気を感じ、震えだした。足ががくがくになり、立っていられなくなった。そしてまた、スーっと動く白い影が見えた。今度はこちら側にやってくるように見えた。だが、男は慌ててその場に伏せたので、それも良くわからなかった。そして恐怖で何も考えられなくなった。
 女の幽霊は突っ伏してる男を見つけ、こう言った。
「なぜ、あなたはそんなに怯えているのですか。」
すると男は震えながら答えた。
「あ、あなたが見えるからです。ゆ、幽霊のあなたが。」
「ははははっ」
幽霊は笑った。
「この世で一番恐ろしいものといえば、人間ではないですか。 幽霊など恐れることもあるまいに。現にあなたがこの薄汚れた路地裏に隠れているのも、人間のせいなのでしょう?」
と、幽霊は言い、笑いながら消えていった。
 男は震えながらも幽霊の言うことを理解していた。そして、少し勇気が湧いてきた。人間を恐れることよりも、幽霊を恐れていた自分がバカに思えてきた。今まで人間のことを恐れていなかったが、人間よりも怖いものがあるだろうか。ならばもう怖いものは無いではないか。と、男は思った。
 男は薄暗い路地裏を抜け、明るい表通りに出た。そしてさっきの店に戻った。店にはまだ、男のコトを忘れ、バカ騒ぎしている男がいた。男はさっきの自分と別れる決心をしていた。
「おい。」
男はバカ騒ぎしている男を、屋台の外から呼んだ。
「なんだてめえは、さっきは逃げやがって。ふざけんじゃねええ。ぶん殴られてえのか、この腰抜け野郎。」
「オレはもう、逃げたりはしない。」
男の顔は少し引き締まっていた。
そしてどこからか、あの幽霊の笑い声が聞こえてくる気がした。



※作者付記:『閲微草堂筆記』より創作



エントリ2  辻音楽師のロマンス     Ark


 さあ、辻音楽師。辻音楽師でござい。
 神聖ローマ帝国の片田舎から、ようよう流れ、流れて、このランの街へ。
 暑い盛りに、ヌースの影で愛をささやきあってるお兄さん、出歯亀してるそこのおじさん。寄っといで寄っといで、唄は「恋女房」。歌詞は1/3グルデン。買っておくれ、買っておくれ。買わなきゃ唄えないよ。
 おっと、そこの売り子の美女が、俺の女房。
 ハイデルベルクのある部屋で、お日様向けてヴェネツィアンブロンドを当てながら、俺の歌声聞いて、惚れこんじまった大馬鹿野郎だ。

 ところが、こいつが小細工ろうしやがるから、さあ、ひと騒動。
 ベランダからわざとハンカチ落として俺に拾わせやがる。おまけに、とっくにぞっこんのくせに嫌がるモンだから、親父のやつと大げんか。
 しょうがないから、ライエル一つと、こいつ連れてパリまで大逃げ打つ羽目になっちまいやがった。
 そんなこんなの恋女房。
 さあ、買っとくれ。買っとくれ。
 辻音楽師。辻音楽師でござい。





エントリ3  ステキビト     操


 馬鹿だ馬鹿だと周りは言う。彼女は馬鹿なのか?俺の親友さえ、何度も頷く。それじゃあ、その馬鹿をそうでないと思ってしまう俺は?親友はかぶりを振った。
「夢は過去の記憶、一度見ていることなのよ」
得意げに話す彼女の横顔が好きだった。こんなに輝いた瞳を、皆は馬鹿だと罵る。先生は笑うけど、これっぽっちも信じちゃいない。
(高校生にもなって)
それが普通の感覚なのかもしれない。高校生にもなって何を言っているんだ、そう思うのが普通なのかもしれない。ただ、俺は普通じゃないだけの話。簡単だ。
「昨日私は、猫が薔薇の花束を持っているのを見かけたわ」
まるで本当に見たかの様に言う彼女。しかしそれは夢の中の話。よく覚えているものだと感心する。俺は夢など覚えていた試しがない。
「白いスーツを着ていたの、それからネクタイは・・・そう確か薔薇と同じ紅色だった」
「それから?」
唇の端が自然と持ち上がる。楽しいんだ、彼女の話は。先が読めない。そして、まるで本当に見たかのように話す。いいや、彼女は見たんだ。俺以外の周りの人間は、同じように唇の端を上げていたが、いやに歪んでいた。きっとまた頭の中は「馬鹿だ」の大行列。彼女は気にも留めない。きっと、わかってる。皆が信じていないこと。
「立って歩いていたのっ!そして、私のところに優雅に近付いてきたわ」
見開いた彼女の瞳はいっそうキラキラと輝いた。両手を胸の前に置いて、うっとりと彼女はため息をもらす。すると、彼女はヒラリと俺の前に跪き、手を取った。
「『こんにちは素敵なお嬢さん、君には薔薇が良く似合うと思ったのですが?』」
どっと、クラス中が笑った。彼女は紳士猫の真似をしたのだ。夢の中で彼女は同じ事をされたんだろう。うん、すごく楽しい。それは素敵は体験だったね。俺はニッコリ笑って、触れていた彼女の手を引いた。
「おかしくないよ。今度俺もその素敵な猫に会ってみたいね」
引いた彼女の手にキスをした。悪戯っぽく笑いかけると、彼女は頬を朱色に染めて可愛らしく笑った。
「あなた程素敵じゃないわ」
彼女に片目をつぶってみせた。





エントリ4  死にたい     トモ


 「死にたい……」
 君は悲しい笑顔でそう言った。


 死ぬって、なんだろう?

 生きる事に疲れている、君。私も疲れている。もしも楽に死ねる方法があるのなら、すぐにでも試してみたい。
 薬をたくさん飲むとか、首を吊るとか、手首を切るとか、水の中で溺れるとか、自分に火をつけるとか、車の前に飛び込むとか……考え出したらきりがなかった。君と二人で、バスに揺られながら真剣に語り合う。

 死ぬって、どんなこと?

 今夜いつも通り布団に入って、次の日の朝、目覚めない。私達の肌は憧れの真っ白で、冷たい。

 どうして?

 君が見せてくれた、胸の傷。左胸に、小さな傷が十一個並んでいた。今まで一緒に死ぬことを考えていたけれど、あまりにも痛々しくて、急に恐怖が押し寄せた。綺麗な胸に、赤い線。それだけ君が、頑張っている証拠。私はそっと、その傷に触れた。指先に伝わる、カサブタの硬さ。
 「痛い?」
 私は問い掛けた。
 「痛いよ」
 君がまだ、生きている証拠。


 死ぬって、なんだろう?

 生きる事に疲れている、君。私も疲れている。もしも楽に死ねる方法があるのなら、すぐにでも試してみたい。
 でも、そんなの無理。


 生きる事への悲しみと、死ぬ事への嬉しさ。
 生きる事への苦しみと、死ぬ事への幸せ。
 生きる事への絶望と、死ぬ事への希望。


 生きていれば、辛い事ばかり。未来への夢よりも、不安ばかり。私達が死にたくなるわけも分かる。生きる事が難しい。でも、死ぬ事だって難しい。楽には生きられない。だから、楽には死ねない。

 「死ぬって、怖いね」
 君はまた笑顔。その笑顔が苦しい。胸が締め付けられた。
 「そうだよ」
 無知な私の返事。

 バスは君の目的地まで着いた。「ありがとう」と、静かな君の声。五百十円を支払い、バスを降りる。窓越しに手を振った。
 一人になった、大きなバス。なぜか気持ちが悪くなる。腹痛。吐き気。涙。
 「……死なないで…!!」
 私は、泣く事しか出来ない。


 私は死にたい。でも、死ぬのは怖い。生きるのも怖い。どうしようもなく、壊れた心。
 「生きようよ、出来るだけ……―」
 私の願いは、これだけ。






エントリ5  よる     にぬ子


米軍基地の金網を、窓から眺めて流していた。
冬の夕日は、冷たい空気を真っ直ぐに迷わず地上へ刺している。
そして、すべてのものに平等に影を落とさせる。

もうすぐ夜。
自分の力で光らなければ、認められない夜になる。

自分を正当化する事に、慣れようと思っていた。
自分を肯定するのに精一杯で、何も見たくなかった。

心を区切って使えると信じていた。
区切った心は夜になると、ゴチャゴチャに入り乱れて
涙が出た。
自分が大事でしょうがなかった。
ギリギリで生きていれば、
死んでいるよりずっとマシだと思ってた。

心の半分は、自分でかばっていた。
昨日の決心なんて、今日になれば効力なんて無いのも
知ってた。
誤魔化す口程、眼は優しくなかった。

疲れても疲れても、何も解決しなかった。


そんな毎日を忘れようと、友達が迎えに来てくれる。

このまま飛ばして行けるなら、
自分の存在さえワカラナクなる。
生きていても、死んでいても変わらないんだと
思った午後だった。

弱さを見せびらかす友達さえ許せる気がした。
すべての人々を理解できる一瞬。
宗教の生まれた意味さえ、理解できる一瞬。
興奮を通り抜けて、気持ちの有無さえ考えられなかった。

「アタマが、イってんじゃねーの!」誰かが叫ぶ。

どうして夜でさえ、やめられないんだろう?
このままイったら危ないなんて、みんなわかりきってるのに。

でも、
それさえ通り抜ければ、もう迷わずイける。
気持ちなんて、後から追いつけばイイ。
今さえクリアできたら、後はすっげーラクになる。
胸クソ悪いあいつの顔さえ、思い出す事もたやすい。

「もぉ、気持ちはイっちゃってるってよー!」
誰かが答えて、
「ギャハハ」
と笑う。

即死リングが鳴ってる。
ケースケはケラケラ笑ってる。
助手席のヤツは
「死ぬぞー−!!」
と怒鳴る。

なんでだろ?
この一瞬、このまま死んでも平気な気がする。

隣の単車がアオってくる。
ケースケが何か怒鳴る。
次の瞬間、バイクが居ない。
ケースケがケラケラ笑う。
助手席のヤツは窓から叫ぶ。

点滅してる信号。
眠りながらヨロヨロ走るタクシー。
バイク達はコーナーで火花!
女の子達の歓声。

一塊の集団が揺れながら歌いだす。
みんな同じ帽子でカワイー!

左は海だとケースケは言うけど、
どこまでも暗く、何も見えない。
ニヤニヤ笑うアメリカ兵。
真っ直ぐな道。

信号で止まるヤツはバカだと、ケースケが前の車に怒鳴る。
「ギャハハ」

空が青くなると、みんな帰りだす。
何処かに隠れてたカップルたち。

何も無かったように、生き返ってゆく町。





エントリ6  ガム     アフターエイト


あの頃私はおにいちゃんっ子で、いつも後を引っ付いて歩いた。
そのせいで体に残った傷が、いくつもある。



「競争っ!」と言ってお兄ちゃんは走り出して、置いて行かれる。

それでもお兄ちゃんは、私が追いつくのをおもちゃ屋さんの前で面倒くさそうに待っていた。

「あっ☆ガム欲しい!!」                      
店の前のガムのガチャガチャを見て、私が言った。           
たくさんの色のガムを覗き込み、狙って出せるわけではないのに品定めをする。
                         
お兄ちゃんがお財布を出して「先に中入ってろ」と言った。      
だから私は、きっと買ってくれるんだと思って、お店の中に入ってもおもちゃより外が気になってた。
ワクワクして、そわそわして、なかなか来ないと思っていると、やっとお兄ちゃんが入ってきた。                     
でも、お兄ちゃんの手には何も無かった。           
    
(なんで?お兄ちゃん一人で食べちゃったの?)
      
「ガムは?」            
お兄ちゃんの口を開けさせて中を見る。…ない。
           
すると、お兄ちゃんが私の手を引っ張って外に出る。
                    
道路の上のひとつを指差して言った。      
                             
「買ったけど、落としちゃった」
             
道路に落ちた空色のガム。
誰かに踏まれてつぶれていた。

急に泣き出した私。        
困って、それでも面倒くさそうになだめるお兄ちゃん。
     
悲しくって涙が出るんじゃないよ。

 でも、落ちたガムを見て、どうしようもなく泣いた。



「や、覚えてるわけないし」

「あー、だろうねー。つか、あの頃は優しかったのにー」
「うるせえな〜。お前いいかげん自分の部屋帰れ!疲れてるから寝たいのっ」

「なんか、あのドア今通行止めらしいよ?」        
「壁抜けしろ」               
「おまえがやれ」            


「5〜、4〜、3〜、2〜」
ガチャッ

あの頃私はおにいちゃんっ子で

「……」
「……1」
「行くよッ」

今もおにいちゃんっ子である。

           バタンッ          





エントリ7  こんな感じでいきましょう     じいさん


 さみしい。どうして? なんで私はこんなことを思っているんだろう。
一瞬彼女は思考にふけった。わかった。私、振られたんだった。
思い返すにはあまりにも嫌な思い出。私はコートに付いていたポケットに
入れてあった四角いものを取り出す。そこには楽しそうに笑っている私と
少し不満げな顔をしてるあいつ。過去を思い出しかすかに笑った。
今日は今年の最低気温を記録していて、私がいる場所には雪がかすかに降り積もっていた。写真に雪がかぶり、すぐに水に変わった。あわててその水を吸い取ろうとしたけど途中で止めた。だって、
私にはもうどうすることも出来ない。雪を払ったってあいつが戻ってきてくれるわけでもない。手袋を通して冷たい空気が手を冷えさせる。手にあったかい息を吐きかける。ちょっとだけあったかいのが伝わってまた元の冷たい手に戻ってしまった。手から視線を別の所に向けると私の視線の先にいるのは寄り添ってあるく人たちの集団。見せつけるなよ。振られた私に。今頃あいつはあの子と一緒に楽しんでるんだろうな。そう思っていた時、肩を二、三回軽く叩かれる。そこにいたのは知らない奴ではなかった。でも親しいわけでもない。彼の手には缶コーヒーが二つ握られていた。何? 私は問いかけた。彼は寒そうにしてたからひとつあげるって言った。顔を赤く染めて。うぶな奴。でもいいやつかな。私はこう言ったんだ。
「ねえ、今日暇? 奈々原くん」





エントリ8  ただ小さく。     潤


窓の外の木漏れ日。
白いシーツに、春風にあおられる白いカーテン、消毒液の匂い...
ここは私の心の傷まで包帯を巻いてくれる場所。
失業して、彼氏はバイク事故で死んで、挙げ句の果てにトラックにひかれて、
そしてここへ運び込まれてきた。
両親はもういない。
誰も見舞いなどに来ないのだ。
「幸い足は擦り傷ですみましたけど、頭部と腕は重傷ですから安静にしてて下さいね。」
白衣の天使が私にそう話しかけていた。

春風が気持ちいい。
体の痛みも感じない。
心の傷も癒えていく感じがする。
私宛に届いた一通の手紙には、恩師の死の告知であった。
人ってこんなにもろいものだったかしら、ともう涙もかれた私の顔は薄く笑っていた。
嗚呼、思い切り息を吸って不幸な事も全部吐き出したい。


そして私は踏み出した。

緑の草を裸足で歩くこの感覚。
太陽が眩しく光り、木々が揺れて光のイルミネーションは素晴らしく。
暖かい風に花の匂いも混じる春の匂い。
両手を広げて、そして痛みも感じなくなった頃に私は体内にある水分を目から流した。
今だけ。
ほんの少しだけ。
息を吸わせて、吐かせて。
笑わせて。
痛いのは体じゃなく心だから。
そして、もうこれ以上痛いことが起きない様に。

白衣の天使が私の所へ駆けつけて、私を抱いた。
私を抱いて、車いすに乗せようとした。
私はもう少しだけ、と空を見上げた、でもぼやけてよく見えない。
生きなければいけない。
今、何もないけれど護らねばならぬ自分がいる。
ただ、今日だけは一休みさせて。
もう大人だけど一休みさせて。
そして私は生き抜くから。





エントリ9  夏目君の一日     じゅん


 白く重たい扉を開くと、玄関正面の裸の大きな木が目に入って即座に寒さが身にしみた。 夏目君は一冊の本を手に、クラッパムコモンの公園目掛けて一直線のチェイスロードを下り始めたが、相変わらずの鉛色の空を見上げると、虚無感を怠惰に感じては右手の本を強く握り締め、自らを戒めるた。

 もう倫敦で三個目となったこの宿の場所にも、慣れたというより住み疲れたといった感がある。 広広としたこのチェイスロードの行き先は狭い鉛色の精神の壷の中である。 夏目君は歩きながらため息八分、タバコの煙二分の白い息を吐いては、冬の無表情な街路樹の姿を前に、春先の満面の笑みを想像することすらままならない自分の精神状態にさらに落ち込んだ。 

 「倫敦の冷たい風は常に激しく自分の正面から吹きつけてくるな。」と小さな声で愚痴めいた発言をしては、夏目君は日本の友人から餞別で貰った紺色のコートからタバコを一本出しては、それをのんでは気を紛らわそうとするのであった。

  赤い明かりの灯った隣家の前で、背の高い英吉利人貴婦人が横目でちらりと夏目君を見た後、後姿のみを残して扉の中へ入って去った。 かつて東京駅のプラットホームで見た西洋人のあまりの美しさに、夏目君は驚きと感嘆のあまりしばらく目を奪われてしまったものだが、いざ西洋の国に住むとなるとその姿も見慣れてしまって、しまいには見飽きてしまった。 

  せめて空さえ遠く開けてさえいてくれれば、その空の下にある我が国を思い描いては望郷の念に浸ることもできるだろうと夏目君は思ったが、低く垂れこめた鉛色の空はそれすら彼に許さない。 ふと子規のことを思い出すと、急に柿が食べたくなったがそれを考えるとさらなる精神の怠惰を促すために、夏目君は後で後悔した。 大の柿好きの子規は、柿をいくらほおばっても腹を壊すことがなくてよく夏目君を不思議がらしたものだ。

  チェイスロードも終わりにさしかかると、いよいよ視界に緑の公園が開けてきた。 歩きながら夏目君はその緑にしばらくみとれていると、何やらほほをさらりと刺激するものがあった。 何だと夏目君はとっさに振り返って見る。 それは一輪の白い薔薇の花である。 家の庭からひょっこり道路に顔を出した薔薇は、図々しくも憎めない愛くるしい姿だ。 そいつは恥ずかしそうに顔を下に向けたまま黙っているが、長く伸びた枝に後押しされて夏目君のほほに触れたわけだ。

 それを見た夏目君は、「こんな小僧に馬鹿にされてちゃいけない。」とうっすら笑みをこぼして、右手の本を強く握りしめては再びチェイスロードを下るのであった。 





エントリ10  トリになれる日     黄加


あの日のあの瞬間。人生が終わった。
道を歩いていた、だたそれだけなのに。
一瞬で私の人生は終わった。
すごく戸惑った。何があったかもすぐには分からなかった。
これからどうすればいいのかとか、今から友達と買い物だったのに
どうこの状況を伝えればいいかとか。
思い出したのは…あの日のこと。私がはじめて死んだときのこと。
…いや、死に掛けたときのこと。花畑が見えて、川があって…。
あぁ、死んじゃうんだな。って、のんきに考えてた。
そのころは学校でいじめにあっていて、ぼーとしてたところに車が突っ込んできたから。ちょうどいいなぁ。とか思ってた。
未練とか後悔とか全然無かったし。川を渡ろうとした瞬間。耳障りな音が聞こえた。その音はドンドン大きくなってきて…。そのうちはっきり聞こえてきた。
「逝かないで…。」
って。そのときはたった一人だけ、話しかけてくれる子がいたから、
その子の声かな??と、思ってた。その声で引き戻されたんだよね。
目が覚めたときにはなんか…とにかくいろんな人がいた。クラスの人とか、部活同じ人とか、親戚とか、先輩とか。なぜか私をいじめてた人もいて。
その人はひたすら私に謝ってた。「ゴメン。ゴメンネ。」って。その理由は、いじめられてたから自殺したのかと思った。だってさ。
…そんなに弱くは無いよ。
まぁ、次に学校へ行った日からいじめはなくなっていたからいいんだけど。でも今は…。とても幸せで、今からやることたくさんあるし、後悔とかたくさんあるし。死にたくなかった。でも私には引き戻っていく力が無かった。
何でだろうな。…誰も来てくれなかったのかな。もう意識が無いから聞こえないだけかな。ははは。もう戻れないんだ。生まれ変われるかな。
生まれ変わったら何になろう。こういう死に方はもう…いや。
…トリになろう。自由を求める。トリに。
  20xx年6月2x日。小枝・S(14)死亡





エントリ11  秋桜     坂本 一平


妻の顔を見たのは一週間ぶりだった。
消毒液の匂いを和らげようと飾ったローズオットーの花も生気を失い花瓶にもたれかかっていた。
妻がこの病院に運ばれたのは9月の終わりごろだった。
原因不明の病気で意識は回復せず、医者が私に伝えた言葉は余命一ヶ月。
バブルと共に弾けた私には借金しか無かったが、最後ぐらいはと妻を特別個室に入院させた。
そして私は、入院費を稼ぐ為に朝から晩まで働きつづけていた。
今日で妻が意識を失って丁度一ヶ月。その間、一回も目を開く事は無かった。
このまま私はおいていかれるかと思うと胸の奥が締めつけられる。
涙に濡れた目蓋の裏に彼女と初めて出会った時の事をを思い出した。

「秋に咲く桜をご存知ですか?」
公園のベンチに座っていた僕に、彼女はなんもためらいも無く聞いてきた。
「桜は春に咲くものですよ。」
僕はそっけなく答えた。
「いえ・・・秋に咲く桜もあるんです。」
それから僕と妻は結婚した。

いつの間にか寝ていた僕を目覚めさせたのは、妻の冷たい手だった。
医者と看護士が病室に駆け込み、首を横に振る。
私は窓の外に目を向ける。
病室の前にはコスモスが咲いていた。





エントリ12  遠い記憶     文武


暗い灰色の空の下で、男はコートの襟を立て背中を丸くした。
静かな帰り道、枯れ葉のざわめきだけが聞こえてくる。
(あれから何年経つのだろうか・・・)
男はコートの内ポケットからタバコをとり出し、火を点ける。
煙を肺一杯吸い込むと、空を見上げ、白い息とともに煙を吐き出した。
空には不気味に輝く満月が浮かんでいる。
男は立ち止まり、何かに取り付かれたかのように、
虚ろな目でただぼんやりと月を見を眺めた....

気が付くと、男は薄暗い部屋にいた。
音の無い部屋、男はここが何処なのかすぐに分かった。
男は下をうつむいたまま、体が凍りついたようにまったく動かない。

「そんな悲しい顔をしないで。」

優しくて懐かしい声がした。
パッと顔を上げると、目の前に白いベットが見える。
見覚えのある光景に男は震えた。
視線を枕元に向けると、そこには色白で長い髪の女性が、身体を起こして男を見ている。
二十歳ぐらいの女性で、薄いピンク色の入院服を着ていた。
点滴や体に繋がれた管が痛々しい。
男はゆっくりベットに近づき、両手でそっと女性の手を握った。
恐る恐る顔を見ると、女性はにっこり微笑んでくれた。
男は思わず涙があふれそうになる。
女性は、震える男の両手を握り返し、こう語り出した。

「あの子を産んだことを不幸だなんて思わないで。
私はあの子を無事に産めたことを、心から幸せに思っています。」

男は思い出した。
妻が残した最後の手紙に、書かれていた言葉と同じだった。

「あなたと過ごした時間、そしてあの子が生まれたこと、私は本当に幸せでした。
だからもう悲しい顔をしないで。」

部屋の窓に、美しい満月が輝いていた....

男は目を開けた。
タバコの火はすでに消えていて、辺りはすっかり暗くなっていた。
男は最愛の娘の待つ家に向かって、再び歩き出した。





エントリ13  通話ボタン     かな


 開いた携帯電話を持ったまま、じっとしていた。押した電話番号は、そらで覚えていた。四年も付き合えば、いやでも覚えてしまう。一度もケータイを変えないあいつもすごいが、四年間で九回も買い換えた私もすごい。そのうち一回はトイレに落としてしまい、あとの八回は、けんかの奴当たりでぶっ壊したのだった。原因はなんだったろう。今となってはわからないが、私はいつもヒステリーを起こしていたような気がする。「早く、早く奥さんと別れてよ!」。そんなことばかり叫んでいた。困った顔で私を見つめるあいつの目が、すごく憎たらしかった。なのにすごく好きだった。
 さっき、大学の男友達と寝た。今までとは違う服の脱がせ方や前戯の仕方にとても興奮したし、今までとは違う男のイキかたに関心を持ったのは確かだった。あんなに早く果てるなんて驚きだった。私はずっとされるがままに身を任せ、あえぎ、ヴァギナを濡らした。それはまるで、パブロフの犬のよだれのようだった。
 男友達は、何度も私を抱いた。何度目かに果てた時、外は雨が降り始めていた。すべてが終わっても、私はまったく眠れなかった。隣りで軽いいびきをかく男友達の顔を見ながら思った。こいつは誰だっただろう、と。ベッドの下に落ちていた下着を着けながら、無性にあいつの声が聞きたかった。
 自分の部屋に帰りつくと、私は床に倒れこんだ。部屋の灯かりも点けられなかった。バッグの中から、かろうじてケータイを取り出す。指が勝手に動き、画面に見慣れた番号が表示される。あいつと別れてから、決してかけることのなかった番号。通話ボタンに親指を置くが、どうしてもそこに力が入らない。ここを押してしまえば、私はあいつと再びつながることができる。なのに、どうしてもそれを押せない。
 灯かりを落とした部屋に、あいつがおいていった煙草が落ちている。あいつの部屋着やスリッパや、マグカップ…。不意にドアを開けて帰ってきそうだ。能天気な声で、「ねえ、寝てんの?」と言ってベッドにもぐりこんできそうだ。あいつの不在は、この部屋にはまるでなかった。
 ケータイの画面に表示された見慣れた番号が、突然見えなくなった。液晶のバックライトが消えたのだ。ふと、私の股間にさっきのセックスの余韻が訪れた。クリトリスを触る、男友達の指の感触。それは、あいつのものではなかった。あいつに抱かれていた感覚を思い出そうとしても、思い出せなかった。
 私はもう、違う男と寝てしまった。
 通話ボタンは決して押せないのだ。





エントリ14  K     ヒロトモ


 「つまりはさ、俺が本当に欲しいのは、金とか女とか、ツーカートンのマルボロとかじゃなくて、もちろんLSDでもないよ、もっと簡単な話でさ、結局は…」
去年死んだKの話をそこまで思い出したのは、川原に座り込んだ僕が、ちょうど三本目のタバコを吸い終わり、近くの子供たちの三角ベースが、3回の裏にして12対15というとんでもないスコアをたたき出した時だった。結局そのKの言葉の続きは、僕がタバコを一箱吸い終わり、三角ベースが延長11回になっても、思い出せないままだった。そして、なぜ今Kの話を思い出したのか、ということも判らないままだった。もしかしたら、突如発生するような、小さな虫みたいに、何の脈絡もなくKの話が僕の中に湧いて出てきただけなのかもしれない。

 川の向こう岸から、冷たい風が僕に向かって吹いていた。その風がボタンとボタンの間から吹き込んで、僕は思わず逃げるように身をよじらせた。川の魚が跳ねた、ポチャリ。

 別に何かが変わったわけでも、何かを失ったわけでもない。そう思う。ただ、何かが違った。Kの言葉を思い出せば、その違いに気付くのかもしれない。しかし、気付いたからといって、それが何か幸福じみたものを運んでくるようには、僕には思えなかった。欠けてしまったウェッジウッドのティーソーサーは、破片を探し出したとしても、欠けてしまったことになんの変わりも無いのだ。それと同じことだ。

 ポチャリ。また魚が跳ねた。そのせいでできた丸い波紋は、腐ったボートに当たって汚く崩れた。

 心の欠けた部分は、昔よりも、どんどん大きくなっている気がした。気付かないうちに、少しずつボロボロと崩れ落ちているのかもしれない。きっと全ての破片を見つけることは不可能だろう。子供たちはボールが見えなくなって、壮絶な試合に終止符を打ち帰っていった。結局スコアは40対39だった。
 誰もいなくなった川原はとても静かで、音を出すことさえ許されていないようだった。そんな時の空気は僕の中にスッと入ってきて、小さな渦を作って出て行く。もしかしたら、欠片はそのとき一緒に出て行ってしまうのかもしれない。僕は意味も無く小さくうずくまった。
 僕の中のKはいつもタバコと酒で目が曇っているような男だった。何度か二人で酒を飲んだが、それほど仲が良かったわけでもない。葬式も若者とは思えないほど参列者が少なかった。泣いていたのはKの祖母と十二も歳の離れた妹、そして驚くほど美人の女だけだった。彼女には右の足が無かった。それはとても自然で、異様なほど葬式に合っていた。彼女に右足が無かったのと同じように、僕の中の欠けた部分もとても自然なもののように思えた。

 ポチャリ。さっきよりも遠くで音が聞こえたが、暗くて波紋は見えなかった。

 Kの言葉はまだ思い出せない





エントリ15       チGQ


三頭の馬が引いている馬車が雪原を駆け抜ける。その後ろには数百頭の数日も腹を空かした狼が血眼になって追っている。
馬車の持ち主が白い歯を剥き出しながら、咽の奥からうねり声で「ちきしょう、食わされて堪るか!」と叫びながら、一生懸命に鞭で馬を打ち続けた。近づけた狼を猟銃で追い払ったが、限られた弾を使い切ってしまえば、狼の餌食になる事がもはや避けられない。
「駄目だ、おい!荷物を捨てろ!」と、馬車主が乗っている若い男女に吼えた。
命令通りに、衣装箱やら、馬車主が仕入れた毛皮やら、お米まで捨てたが、馬車のスピートが落ちる一方。
「じゃ、お前が飛び降りろ!」と、馬車主の猟銃が男に狙った。男はきつく女を抱きしめ、真っ青な顔で灰色の狼の群れと狼達の真っ赤な口、垂らした舌、冷たい光を放す牙を見つめた。
女は男の胸で小さい声で泣き始めた。
「愚図愚図するな!男だろう!女の命を救え!」
「実は」、と震えながら、男が言い始めた。「両親が僕達の結婚を認めてくれないのて、この山で心中する積りだ。」
「おお!ありがでぇな!お前ら二人が心中のお陰で俺が助かる」
「いや、あたし狼に食べられたくない」と、女が泣き崩れた。
「どうせ死ぬから、赤紐で手を綱いて首を吊ると狼に食わされるとおんなじじゃねぇか?早くしろ!」
男がガラス瓶を取り出し、「もう観念しましょう、あの世で夫婦になろう。」と、女にいいながら蓋を開けた。
「何だこりゃ?」
「青酸ガリだ」、と死を覚悟した男が逆に落ち着いた、「これだけの量は200人も殺せる、味見しない?」男の口元に不敵な苦笑が浮かべた。
「あははは、俺達全員助かった!」と馬車主がガラス瓶を奪った。その笑い声に誘われて、狼達も怒りを込めた短い声で返した。
「お前達、馬の事が知らないだろう。」と、小高い丘の上に、馬車主が馬車を止めた。「人間と違って、馬の群れでは、ボスが群れを守る為に、命も惜しまねぇ、だから俺は人間より馬が好き。」
馬車主が馬の綱を緩め、体が一番大きくて、白い馬を引き出した。丘の下に、灰色の狼達はぞろぞろ集まったが、馬車主の猟銃にたっぷり苦杯をなめられた故に、前より慎重になった、馬車を囲むように座り、人間の隙を伺う。言わば大戦前の静げだろうか、唯一聞えるのは、白い馬の荒息と絶えずに前足で土を掻く音。
水筒に青酸カリを入れ、馬車主が馬と顔を擦りながら「白、お前が俺んちに生まれ、そろそろ5年だな。俺はお前を鞭で打った事も、お前を蹴った事も一杯あった。お前も俺の腹に一発蹴りを入れたじゃねぇか?痛かったぞ。今日お前はこの俺達を救ってくれれば、一生お前を供養する、一生お前の恩を忘れない。」と、馬車主が劇毒の溶液を水筒から少しずつ馬の首、腹、背中と足に垂らした。冷たい風に吹かれて、水が氷になり、白い馬に劇毒の鎧が被られた。
突然、狼達が一斉に天に向かい、丸で赤ん坊の泣き声のような声で互いに応じ合った。山林を知り尽くした馬車主は狼達が吠え止む時が一斉攻撃してくる事を予感した、一頭の狼に向かって、猟銃の引き金を引いた。狼が血を吹いて倒れた。血の匂いに誘われ、他の狼は直ちにその死体を引き裂け、肉を食い散らした。猟銃は2発、3発目も撃った。狼の群れは血の匂いで騒動し始めたその時、馬車主が白い馬を放した。
白い馬が矢のように狼の群れに突入した。「一瞬」といっていいほど短い間、白い馬は真っ赤に染められ、大地に横たわった。この光景を目の当たりにした男と女は甲高い悲鳴を上げた。
馬車主が狂ったように「チキショウ、チキショウ」を吼えながら、銃を撃ちつづけた。最後の弾が放され、銃口が線香のように青い煙が立った時、白い馬の残骸の周りに苦しい呻き声をあげる狼達が転がった・・・・・・
二匹の馬がゆっくり馬車を引く。遠い地平線に村の姿が見えた。放心状態の3人が無言のまま空っぽ馬車に身を潜めた。
「俺の事を恨んでいるかい?」と先に、馬車主が口を開いた、「お前らと違って、この土地じゃ活きる事が精一杯だぞ。結婚出来ないとか、金がないとか詰まらない理由で死ぬ事が贅沢なもんだぜ。俺は勝手な贅沢を許せない!」
「俺らは命を粗末しない。命の為に命を使う。」通じるか通じまいかな事をいいながら、馬車主が指で汽車駅を指した。
「早く家に帰れ!2度と心中など馬鹿な事を考えるな!白のお陰で、俺達が今日まで活きられた、お前らまた自殺を思うなら俺は許さんぞ!」
男と女が支えあい、しっかりした足元で駅に向かった。
「おい!命を粗末するな!でないと、うちの白が化け出るぞ!」と、後ろに馬車主が白い歯を剥き出し、笑いながら手を振った。





エントリ16  ラブレターを、どなたに?     ナツコ


私なんでこんなことしてんの?
「さぼらないで探せよ!」
「うるさいなぁ! だいたい何で私が探さなきゃなんないのよ…。」
ホントに、何なのよ。

ちょっと聞いてくださいよ。今の状況を説明いたしましょう。
私は今日寝坊をしてしまいました。「高2にもなって何で一人でおきれないの!」とお母様のおしかりをうけて、ムカムカした気分で9時に家をでました。もちろん遅刻です。どうせ遅刻なんだから、とのんびり土手を自転車こいでいたら、ランドセルを背負った男の子を発見。よく見たら近所の子だったから声をかけました。
「何してんの?学校は?」
「ラブレター落とした。一緒に探して。」

そんでもって今にいたります。
「もぉ!ないじゃない!家に忘れたんじゃないの!?」
30分ぐらい探したけど、全然ラブレターは姿を表してくれない。いいかげん腹たってくるわ。
「絶対持って来たよ。あんなの誰かに見られたら俺どうしよう。」
どうせ誰かに見せるんじゃん。そんな事を思いながら、ふたたび探す。最近の小6はラブレターなんてもの書くのね。
「あんた誰に書いたの?」
「そんなの教えるわけねぇじゃん。」
こんなに探してやってんのに。
今思ったけど、平日に高校生と小学生がいっしょになにやってんだろ。こんなの誰かに見られたら、私がこの子に何かしてんじゃないかって疑われるんじゃないだろうか。
あ〜あ〜、寝坊するからこんなことになるんだよ。
「何ぶつぶつ言ってんの?」
「私自身を恨んでるのよ!」
「意味わかんない。」
…最近の子って生意気。
負けた気分になる自分が情けない。
「もーいや…。」
そう言って前を見る。と
「あれ?…ねぇ!あったよ!」
今探してる場所から少しはなれたとこに、封筒に入った手紙がある。きっとこれだ。取ろうと思い手をのばした。
「あ!だめだ!!触るな!」
「はぁ?何なのよ、その態度。探してやったのに。」
ムカついて、その場を離れようとした時、そいつが私の腕をひっぱった。
「何よ。」
ちょっと怒ったように私がしゃべるとそいつは言った。
「ラブレター貰ったことあんの?」
「…ないけど。」
く…くやしい!
「よかったね、初めてのラブレター。はい。」
そう言って、私に今まで必死で探したものをくれた。
「…え?」
「じゃあね、俺学校いってくる。お前も行けよ。」
手を振って走っていった。
何かの冗談だろうか。わけがわからず今手渡してくれたものを見ると、封筒に下手くそな字で私の名前が書いてあった。

おいおい少年、かっこいいじゃないの。

思わず笑ってしまった。





エントリ17  きつねのうどん屋     服部由


 ある時ふとした気まぐれで、峠にある一軒のうどん屋へと入ってみた。
 『きつねのうどんや』と書かれた暖簾をくぐり、客のいない店内へと入る。
「いらっしゃいませっ」
 御品書きを両手で抱え、和服の少女が小走りでやってくる。
「お一人ですか? ではこちらへどうぞ!」
 案内され椅子に座る。
「お勧めはなに?」
「私達の作る、きつねうどんです」
「へえ。他は手作りじゃないの?」
「いえ、きつねが作らないだけです」
「ふむ……」
 首を傾げたが、頼めば分かるだろうと思い直す。
「じゃあ、きつねうどんで」
「かしこまりました!」
 少女が奥にひっこみ、七分くらい後。
 いい匂いのうどんが運ばれて来るが、少し変だ。
「あれ、お揚げがないよ?」
「それが何か?」
「きつねうどんって、お揚げがのってるんじゃ?」
「何を言ってるんですか、きつねが作ったうどんだから、きつねうどんなんですよ」
「きつねって、動物の?」
「私だって小さいけど、立派な化けぎつねですよ」
「ふむ……とにかく、頂きます」
 きつねのうどんは、食べてみると美味しかった。
 しかしまだ空いた腹は満足しない。それにこの店にも興味が湧いてきた。
「じゃあ……たぬきうどんも、頼むよ」
「はい!」
 やはり、今度も普通のうどん。
「たぬきさんのうどんも、とってもおいしいですよ。幼なじみの私が保証します」
「それは楽しみだ」
 実際、負けず劣らず美味しかった。しかしまだ物足りない。
 もう一品……。
「この店は、私達が代々続けてきた由所正しいうどん屋なんですよ。今は人手不足で、他の動物さんにも手伝ってもらってますが」
「へえ……」
 そして、最後の一品を決めた。
「じゃあ、最後にかけそばを」
「わかりました!」
 運ばれてきたのは、温かいお揚げ入りのそば。
「これは?」
「お揚げ入りきつねそばです。お客様はもう椅子に腰かけてますので、私のお勧めを持ってきました」
 すまし顔で言う少女。これには、思わず笑ってしまった。
「なるほど。それじゃ頂きます」
「はい。水のお代わりお持ちしますね」
 ふと目で追って、着物から飛び出したふさふさした尾に気づいた。今まで出していなかったはずだ
「あれ。尻尾が出てるよ」
「狐はとんちで人を笑わせて一人前と認められるんです。これで私も一人前、お礼の特別サービスです」
「なるほど。嬉しいな」
 水を持ってきた狐の少女は、今までと少し違って見えた。

 そして私は、満腹で狐のうどん屋を後にした。





エントリ18  形態と不在     みっく


 …薔薇はそんなに好きではありません。
 いえ、地面に咲いている薔薇はけしてその限りではないのですが、花瓶に活けられて室内に薫るそれには何故か積極的な好意を感じられないのです。
 ところで、切られた花は…あれは生きているのでしょうか、それとも死んでいるのでしょうか。人間は呼吸が止まり、鼓動が止まってからも、髪や爪は少ぅし伸びるといいますから、蕾のうちに切られた花が、植物特有のやり方でもって水を吸い上げ、大輪を咲かせるのも、これといって面妖でも不謹慎でもないのには違いありません。それでも庭に咲く薔薇と室内で蕾をほどいた薔薇とでは、決定的な香りの違いがあるのをあなたもお気付きかと思います。いうなれば偽の香気…偽りの香水で腐臭を姑息に隠し、死をカモフラージュしているかのような、何とも不吉で厭わしい印象を覚え、気が塞ぎはしませんか? 室内灯で見るオーソドックスな濃紅色が不健康な血液にも想われて、更に心象は下降してゆくでしょう。
 植物の死の瞬間がどう定義されるのか、私などの頭では知りようもありませんが…
 切花は…あれは生きているのでしょうか、それとも…。

 暑くも寒くもない、薄日の差す長閑な午後。とある博物館で、それはだしぬけに私の意識に語りかけてきた。
 私は驚いてそいつを見詰めた。
 彼、若しくは彼女は、どう贔屓目に見ても梟以外の何ものでもなかった。しかも剥製だ。自分が剥製だということに気付いていないのだろうか。
 教えてやるべきかどうか、私は迷った。暫し迷った挙句、切られたことに気付かずに咲き誇る薔薇の話をする、剥製だと気付いていないらしい梟を見詰めている自分は、もしかしたら木乃伊か死蝋ででもあるのかもしれないと思えてきて、不用意な言葉は喉の奥に仕舞い込まれた。
 …さしあたって、切花は生きているのか既にそれは死なのかについて思弁する意外、やるべきことはなかった。しかしその命題も、幾らもしないうちに暑くも寒くもない長閑な午後に溶けてしまい、ふと浮かんだのはこんな言葉だった。
 …薔薇はそんなに好きではありません………





エントリ19  「逢い魚」     Natsuki


暖かい風の吹く南の海。島には水上コテージ。あこがれだった水上コテージ。ウエルカムドリンクをもらって、チェックインして水上コテージへ。荷物はすでに部屋の前に置かれていた。服を着替えてバーに行く。「夜に海に入ったらだめだよ」「なんで?」ときいても「決まりだから。」としか教えてくれなかった。
でも私はそれが何であるかを知っている。

私は「逢い魚(あいぎょ)」に会いにこにきている。ここの島の珊瑚礁は温暖化の影響もうけずに色とりどりの枝珊瑚を見せてくれる。スキューバダイビングをして亀もマンタもくじらもイルカにも会えた。でも昼には「逢い魚」はあらわれない。

だから、この島の人は夜には絶対海に入らない。「逢い魚」が出るから。

夕食のビールやワインはフリードリンクだ。レストランもビュッフェ形式。全部のものなんてとりきれないほどものが並ぶ。

部屋で食べたいから。とトレーをもって部屋に帰る。ベランダにあるテーブルにいすを近づけて夕食にする、パスタがおいしい。

水上コテージだからだれにもみとがめられずに海に入れる。

月夜を見ながら水着を脱いで、だれもいない海の中に入り浮いている。ここ1週間ほどこうしているけれど、「逢い魚」はこない。

「ばしゃ」と突然水音がした。突然、体がごぼごぼと水に飲み込まれる。一瞬息が詰まったが、すぐ楽になった。「逢い魚」も鯨などといっしょで呼吸をする生き物なのでその空気溜りみたいなものがあって、そこに私の頭がきたのだろう。

「逢い魚」にのみこまれた。「逢い魚」には歯がない。食べられても痛くない。私は「逢い魚」に食べられるためにこの島にきた。「逢い魚」がなにか液体を空洞に放出してくる。甘いトロピカルなジュースような液体だ。飲んでみる。美味。

体が温かいものに包まれて意識がだんだん薄れてきた。さっき、「逢い魚」に飲まされた物のおかげかな。大好きな海に帰ることができるなんてなんてうれしい気持ちでいっぱい。

「逢い魚」は一人、人間を食べることによって1匹か2匹の子供をつくる。私の体から栄養を取って幼魚は育つ。そして、子供を生んだ「逢い魚」は死んでしまう。でも魚にたべられてやろうなんて思う人はあんまりいないから、「逢い魚」なんて迷信だって思っているひとはいっぱいいる。

迷信でいいんだ、それでいいんだ。逢い魚に食べられて魚になりたい人だけ食べられればいいんだもの。





エントリ20  ふるさとソラ     左巻 雅紀


 雨の日に泥だらけになって通った帰り道
 虹が出たら空を見上げる
 水溜りはそんなこのまちをうつしてた

「お母さぁん」
 コタツでミカンをほおばるわたしと、せっせと年賀状の返事を書いている母。
「なにー?」
「私もうミカン十個も食べちゃったー」
「太るよ」
 母が笑いながら言う。
「だいたい二十歳にもなって誰と競争してんの。」
 フフッ、と私が笑う。
「あのね、子供の頃はどんなに頑張っても五個くらいしか食べられなかったんだよ。」
「今の胃袋と比べてもしょうがない」
 母の言葉に、わたしはまた笑う。里帰りは、お盆以来だった。

 当然だけど、外は寒かった。カイロ常備のポケットに手を突っ込んだまま、白いコンクリの坂を下っていく。正月だけあって、人はいない。
 空は晴れていた。その青い色が、よけいに寒さをそそった。
「寒ぅ」
 当たり前のことを口に出しながら、空を見上げる。ちっぽけな飛行機が浮かんでいた。
「わあ」
 コンクリートに太陽の光が反射して、雪道のようだった。道の真ん中に、ほとんど溶けた雪だるまが気持ちよさそうに横たわっている。よくわからないけど嬉しくなって、ウフフ、と笑い声を漏らした。
 当たり前のことばかりのこの町が懐かしいのか、わたしは気がつけばいつのまにかここに帰ってきている。
 休暇は明日で終わりだ。

 どの店も三ヶ日は休みだ。だけどそんなことはちっとも構わない。
 わたしはタバコの自販機の前に立つと、ポケットからはだかの小銭を引っぱり出した。
 
 ピッ、ガチャン
 
 一本取り出し、背中で自販機によっかかって、火をつける。
 タバコの味は東京で覚えた。そんなこと、母は知らない。
 
 東京での暮らしは何てこともない。でも、怖いこともある。今まで当たり前に思ってきたことが、いつのまにか消えてしまっていることとかが。
 あの街の空で飛行機を見たことはない。
 空を見上げたことがないから。
 
 思い切り息を吐く。寒々とした青空が、灰色の煙に染まりぬくもっていった。
 
 それを見て、わたしは点けたばかりの煙草の火をねじり消す。眼が熱くなってきた。わたしは泣いた。
 こんなの、違う。東京の空と同じだもん。
 この空の下に、いつか、帰ってこなくなる日が来る。それは、当たり前のわたしがいなくなった時だけど。

 一本しか抜き取ってないタバコの箱を、空き缶入れに投げ入れる。
 当たり前のことが愛しいわたし、深呼吸して、都会の空気を追い出した。





エントリ21  今日の月にお別れを・・・     べっそん


明日ここにあるだろうと、自分の存亡を先送りし、今日もまた戦いの場を去る猫一匹。今回の戦いは、己の種をこの世に残すという使命がかかっているだけに、ミケは性欲の続く限りカタキの尻尾に噛み付いた。しかし、今日の戦いで目が爪でやられてしまい、これでは明日こん畜生の尻尾に喰いついてやりたくても、ひらりとかわされてしまうかもしれない。 ついに自分の血もここまでか・・・なんて猫は考えない。メス猫とやりたいが為に命をかける。それがオスとメスに分かれた生き物の本分だ。
きっと明日この戦いは終わって、あこがれのミンミンとあっちの世界へぶっ飛ぶ。そして自分の務めはそこで終わり、後はおかまいなしでまた自由奔放な生活にもどれる。 猫はそう考える。いや、オス猫はそう考える。メスのことや、生まれてくる命の世話なんぞはオスは鼻から考えていない。
とにかく、自分が最も愛するあの自由な日々を取り戻すには、一刻も早くこん畜生を倒さなければならない。よし、明日こそは・・・ミケは暗闇に落ちるように寝た。

ぺろぺろ。 みけの痛々しい傷を舐める猫が一匹。目の中に月光を宿し、自分を求めて戦っている者たちの傷を舐めて回るこのメス猫は涙を流していた。彼女は悲しかったんだ。血が流されることが。オスたちが欲望のまま自分たちを傷つけることが。

ミケが目を覚ますと、まだ月の光が暖かく自分を照らしていたことにミケは安心した。最後になるであろう戦いの前に、もう一度だけ、いつも見上げればそこにいてくれた友達に会っておきたかったのだ。無事親友との再会を果たしたミケはさっきまで感じていた切るような痛みが少しひいていることに、ふと気がついた。寝ている間に傷がふさがったのかな、なんて思いながら自分で自分の傷を舐めた時だった。一瞬本能的に警戒の姿勢になったが、その匂いが周りからではなく自分の体からすること、さらに自分が今さっきまでそれの為に戦っていた、まさにそれの匂いだとも気がついて、ミケは体の力が抜け切った。 なぜ来たんだろう・・・ 
悲しいかな、月が沈み太陽が顔を出し始めている。また、同士が血を流し合う日の朝がきたのだ。 彼らは知らない。自分たちが傷つくことが、誰かの心を傷けていることを。 彼らは知らない、自分たちの傷は時が治癒してくれても、誰かのその傷は一生癒えてはくれないことを・・・ 



※作者付記:オスとメス。男と女。悲しいかな、そういう無くなって欲しい性を書いてみました。



エントリ22  告白     音羽咲姫


「また明日!」
そう言うと最後の一人が教室を出て行った。教室にはきれいに並べられた机と亜矢だけが残されていた。
(よしっ!今日こそ!)
 亜矢は決心すると佐藤君の机の前で止まった。シャーペンを持つ手は震えている。震えを押さえつけて机に書いた。
 「好きです」

ガタッ!

教室のドアが開き、佐藤君が入ってきた。亜矢は何事もなかったかのようにロッカーを開けた。佐藤君は自分の机のそばにくると、横にかけてあるバックを持ち上げた。
「この机に誰か座ってた?」
「私、知らない。じゃあ、私帰るから!」
そう言うと、亜矢は逃げるように帰った。

次の日の学校は全然身に入らなかった。佐藤君が昨日のことを何か言ってるんじゃないかと心配だった。
放課後、亜矢は早く帰ろうとしていた。
「あれ、亜矢もう帰っちゃうの?」
春香が話しかけてきた。春香は私の一番の友達である。
「うん。風邪気味で・・・。ちょっと熱っぽいの。」
そう言うと、亜矢は鞄を持ち上げた。
 昨日、告白に失敗して、しかも佐藤君に顔を見られてしまったことが頭から離れず、全然眠れなかったのだ。
 後ろから、佐藤君が数人の女子と一緒に亜矢に近づいてきた。
「ねぇ、亜矢ちゃん。昨日本当に誰も見なかった?」
「佐藤、亜矢ちゃんに嘘つかせちゃだめだよ!」
「そんなことしねぇよ!こいつらに俺がもてるんだって証明してくれよ。」
佐藤君はそう言うと、隣にいた女子を小突いた。すると女子は顔を見合わせて笑った。
「ごめん。本当に私見てないんだ。」
亜矢はもうこの場から逃げたかった。
「じゃあ、私が書いたってことにしてあげる〜!」
側にいた子の一人がふざけて佐藤君の手に抱きついた。
「お前じゃないだろ。」
そう言うと佐藤君がその子を引き離した。
「じゃあ、俺と一緒に二人で見張ろうよ。名前も書いてなかったし、今日来るかも。」
「でも…。」
「今日来なかったらあきらめるからさ。」
佐藤君はそう言うと、早々に周りにいた女子を追い払った。
 今日は昨日よりも早くみんな帰っていった。
 亜矢はしょんぼりと机を眺めた。
「そんなに嫌だった?」
佐藤君はそう言うと、亜矢の顔を覗きこんだ。
 嫌なんかじゃない。逆に嬉しすぎてどうしたらいいか分からないくらい。でも、誰も名前を書きになんて来ないのに佐藤君を待たせているのに罪悪感を感じた。
 佐藤君が言った。
「ただの落書きだったのかな。」
「そんなことないよ。…きっと。」
「そうだよね。」
佐藤君は微笑んだ。
 亜矢は何度も心の中で繰り返した。
(私が書いたんだよ。私が佐藤君のこと好きなんだよ!)
 時間だけが過ぎていく。誰も現れないまま。
「このまま待ってたら暗くなっちゃうし、帰る?」
佐藤君はそう言うと机の前に立った。佐藤君は落書きを指でなぞり、残念そうな顔をしている。亜矢は思わず声を出しそうになったが、声の変わりに涙が亜矢の目から流れ落ちた。
「どうした?」
佐藤君は驚いて亜矢のそばに近寄ってきた。
「ごめん。佐藤君ごめん。」
「何が?」
「・・・・・・それ私が書いたの。」
私がそう言うと、佐藤君が微笑んだ。
「知ってたよ。」
(え?)
「ごめん、黙ってて。でも、亜矢ちゃんの口から直接聞きたかったから。」
 力が抜け、亜矢はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「俺も亜矢のこと好きだよ。」
そう言うと佐藤君は亜矢の頬にキスをした。





エントリ23  櫻の樹     金沢隆浩


 女が目覚めると、一週間前と同じ。壁も天井も床も何もかもが真っ黒な一室だった。空気は、寝醒めの女の気分を反映して重く、暗く、憂鬱で、湿ったそれは女の汗に感応しているかのようであった。軽く頭を振ると、女は部屋を見渡した。部屋の中には女の寝ていたベッド以外には何もない。あるとすれば女の目の前に、真っ白なペンキ塗りの扉があるだけだ。
 と、そのドアは突然この部屋に、部屋の空気を乱す訪問者を招き入れた。訪問者の発する明るいオーラに、部屋の空気がさざ波立つ。自分の魂も揺れたように、女は感じた。
 訪問者は、若い男であった。男は堅個であった女の部屋の扉を、前触れもためらいも無く開け放った。男の持つ輝きは部屋の空気を払拭し、部屋に染み付いた黒い感情を、明るいピンクと若い緑の、女本来のものにした。やがて、部屋のなかには彼の物が置かれるようになった。そして彼自信も。二人は時にふざけ合い、一つしかないベッドで愛し合った。彼女は幸せだった。
しかし、二人にも別れの時がやってきた。その理由はわからない。女が黒い感情を男に抱いたかもしれないし、男が他に訪ねるべき部屋を見つけたのかもしれない。しかし、彼女がまた一人きりの、寒い真っ黒な部屋に戻るということ。それだけは痛いくらいはっきりと彼女はわかっていた。…わかってしまっていた。
 彼が出ていった部屋には、二つの色。空白の白と哀しみの青。女は言った。
「私はこれで部屋中に澄み切った空とそこにぽっかり浮かぶ雲を描きましょう。何もない空。移り行く雲。それでも何も見えないよりはましだわ。世の中から目を背けて生きていた私よりも。あの人が与えてくれた光。わたしはこれからもっと豊かになるわ。」
 女は草原に立つ桜の木と、どこまでも続く広大な碧空と、そしてどこか間抜けにポッカリ浮かぶ雲を描き終えると、また深い眠りについた。その顔は、どこか満足げで、泣いてるようにも笑ってるようにもみえた。

 そして桜の木は櫻の樹へと…。
 やがて枯れ、また産まれるために。





エントリ24  風を感じて     黒マテリア


空を見上げる。どこまでも続く広大な青い空を……。
雲と雲の隙間から柔らかい日差しが降り注ぐ……。
それは道標。立ち止まっている僕を導く道標。
もう大丈夫……僕は一人でも歩いていける。


それは突然だった。
「あなたは優しすぎるの。その優しさに私は耐えられない……ごめんなさい」
それは彼女の口から聞いた最後の言葉。
そして別れの言葉……。

僕は何も言えなかった。ただ出て行く君の後姿を見ていることしか出来なかった。
僕は君を引き止めたかった。でも僕の体は動いてくれなかった。まるで石像になったかのように。


君がいなくなった夜、僕は泣いた。泣くたびに君との思い出が消えていくみたいだった。
だから僕は泣くのを止めた。君との思い出を忘れたくなかった。

君と初めて会ったあの場所、君と初めてキスをしたあの時。
僕は今でも思い出す。二人で過ごした時間を。

君が笑う。つられて僕も笑った、あの頃を。
でも君はもういない。


僕は空を見上げる。どこまでも続く広大な青い空を……。
今、君もこの空を誰かと見上げているの?
そう考えると涙が止まらない……。君のことを思い出してしまうから。
僕は君のことを忘れるなんて出来ない。

僕は感じる。暖かい陽光に包まれた風を。
今、君も僕と同じようにこの風を感じているの?
そう考えると涙が溢れてくる……。君のことを考えてしまうから。

ふと甦る。彼女の最後の言葉……。
「あなたは優しすぎるの。だからその優しさをみんなにも分けてあげて……」

僕は笑った。笑い続けた。
ひとしきり笑ったら、もう涙は出てこなかった。
君の言った言葉の意味が何となく分かった気がする。


空を見上げる。どこまでも続く広大な青い空を。
辺りに心地よい風が吹く。
僕はもう大丈夫。君がいなくても一人で歩いていける。
でも逢いたい。君に一目でいいから逢いたい。そして謝りたい。
だけど逢えない。だから僕は願う。君の幸せを。





エントリ25  ミライトカコ     知


 いつもの勉強時間。勉強している時、特に社会なんかしていると、いろいろなことを考えてしまう。教科書を呼んでいた私は次の瞬間、いきなり真っ暗になってしまったことに驚かずにはいられなかった。部屋の電気を消されたみたいに、唐突に訪れた闇。見ると、足元に何かいる。白くてほわほわしたもの。咄嗟にユウレイなんて単語が脳裏をよぎるが、それがよく見ると幽霊なんてものではない事がよくわかった。それは私が飼っている猫で名をシャムという。こいつを他人に見せると「白猫なのになんでシャムなの?」と聞かれる。まぁ、深い意味はない。真っ暗な闇の中で真っ白いシャムを抱きかかえた私の耳に声が聞こえた。
「あなたの願いを叶えてあげましょう」
 見ると、シャムがありえないことににっこりと笑っている。そのままシャムは口を動かして話し始めた。
「私は昨日、あなたに助けられた木です。あなたに助けられたおかげで私は今もあの場所で深く根付いていられます。そのお礼として木が一生に一度だけ使える魔法で、あなたの願いを叶えてあげましょう」
 私はその話を聞いて、近所の公園にある大きな木を思い出した。そして、言った。
「私の過去を消して」と。
 暫らくの間、シャムは黙っていたが、数分の後にこう言った。
「何故ですか?」と。
 帰ってくると予想していた言葉だったので、私はすらすらと言う。
「私はね、今、通っても変わりたいの。だから、面倒くさい勉強を毎日、こなしてるし、学校の校則も守ってる。けどね、いくら勉強したって過去の汚点は消えないの。だから、過去なんていらない。私には必要ないの。わかった? なら、とっとと消して」
 なぜか私は言っているうちにイライラしてきた。それが何故なのかわからない。が、私の答えにシャムは何も答えない。時が建つにつれて、私は余計にイライラしてきた。
「いいんですか?」
 シャムが心配と悲しみを足して、ニであったような顔をして私を見上げる。
「当たり前じゃない。あんただって過去が消えれば、昔折られた枝とかが全て元通りになるのよ。それと同じよ」
「本当にいいんですか?」
「うるさいわね! さっさと消してよ!」
 その瞬間、私は消えた。

 ストン、と綺麗に着地したシャムはそこにちょこんと座って独り言を呟いた。
「木は過去が在るからこそそこに立っていられます。折られた江田だって時間がたてば自然に伸びてくるんです。あの人はそんな可能性と過去という名の人生に気付かずに過去を消してい待った。過去が成り立たなければ、今のあの人はいないというのに」





エントリ26  東京23区の画材通り     佐保姫 燈明


今日のあたしは機嫌が悪い

キャンパスが目の前にあるから
ぎったぎったに茶色のクレパスにしてやった

今日は夢見が悪い所為だ

最悪に悪かった


真緑な怪獣が
カッタ−ナイフ翳して
あたしに襲いかかる夢

もちろん、あたしはカッコよく
一撃必殺で倒すんだけど

その怪獣が吐き出した血の色が

真っ青で

青に緑で気持ち悪かったし

あたしの好きな
ペンキを塗りたくったような青じゃなくて
クレヨンの青だったのも気に食わない


だから今日は機嫌が悪い


そんな日は
好きなモノ寄せ集めて


東京を闊歩する


黒いキャスケット
安全ピンと鎖のついたTシャツ
無駄にポケットのあるジ−パン
真っ赤なロングコ−ト
厚底ブ−ツ
たった一つっきゃない骸骨の指輪
あたしを守ってくれる似非な数珠
焦げ茶な革ひも
黒い肩掛け鞄
水色のMDウォ−クマン
キレイなお歌
ペンキで青にしたケ−タイ


好きなモノだけ持って歩くと
楽しいから好き

茶色くなったキャンパスも
ちゃんと白に変えたげる

晴れた日に
大股で
蛍光色に彩られた信号機見て
歩くのが好き

雨の日には
みんな色鉛筆の真似した傘を持つからいや
蛍光色の信号機も
ただの水彩絵の具だってばれるところもいや
降り続ける雨はいつだってク−ピ−なのも気に入らない

でも、上から見下ろしてみれば
そんなクロッキ−帳な一面も
また、きっとキレイなんだろう


東京は素敵


人の服が
さまざまなペンキみたいなので好き

あたしも人も歩くから
あたしとビル以外は

真っ赤に染まった筆みたいに
みんなぶれて見えるのも良い

ビルはもとより
ペンキの匂いがして
良い感じだとは思っていた

時々
何を勘違いしたのか
クレヨンの匂いもしたけど
まぁ、許せる範囲内

空が曇っているのも良いところ

青い空は水彩絵の具だから

苦手

赤い水彩絵の具は特別だけれど
アレはきっと顔料インクだから好き

そんな感じを目にすると
口笛を吹きたくなる

そこが東京のやなところ

ぶれてる人が
フェルトペンみたいな顔して
あたしを見る


見せ物小屋じゃないんだから
やめてよね、もう


でもあたしには
口が2つ無い代わりに目が2つあるから
良いトコ勝負かもね


ポスタ−カラ−な看板も嫌い
目が痛い

でもだからと言って
サングラスをするとペンキまで見えなくなるから

嫌い


東京は素敵だ

作られた日本画みたいな感じがするから

機嫌が悪いときはいつも

大好きなモノをもって
大股で
蛍光色な信号機を睨み付けて歩く

ビルとあたしだけがぶれていない
時々間違った油絵の具の匂いがする


こんな東京は素敵だと思う

だから
今日のあたしは機嫌が良い



※作者付記:
機嫌の悪いあたしは
今日も東京を闊歩する

好きなものだけ鞄に詰めて

東京を闊歩する




エントリ27  ミザリィ     カノイ


マドを開けベランダに出ると、小学校が見える。まあこんな真夜中じゃ学校なんて黙っているだけだけど。後ろ手にマドを閉め、座り込む。やっぱりさむい。当然だ、雪が降るのを待つつもりなんだから。
天気予報は明け方、雪を降らせていた。当てにはならない、だって昨日も同じだったけど、明るくなっても雨さえ降らなかった。
息が白い、何だか「生きてるんだなあ」と思い、下を向いて笑う。「生きてる」と「死んでる」の間には、「生きてない」と「死んでない」がある。この2つはほぼ同じ意味。大概のヒトには分かると思うけど。
足の先が冷たい、昨日よりさむいな、期待が持てる。
ふと、不安に捕まる。漠然とした、ヒドく大きな、全てを取り込んで見えなくしてしまう不安。今の自分の支配者。そういえば抵抗者はまだ生きているのだろうか。
いつの間にか足首までよく動かない。手の指先も感覚ナシ。何となく嬉しく、楽しい。眼鏡をはずす、視界が悪い方が、モノを考えるにはいい。これ経験則。抵抗者は死んでる方がいいのかも、きっと楽になれる。ああ、ということは、逆にまだ死んでないってことか。未練。苦笑い。
不安をさしあたりおとなしくさせるには、空想。
あれ?ダメみたいだ、困ったな、今日はなぜかほしとほしとがうまく繋がらない。
それにしてもホントにさむいなあ。
眼鏡をかけ直すと、いつの間にか雪。うん、上出来。一匹つかまえる。「生きている感じ」が伝わる。景気づけに白い息をめいっぱいはき出し、寝ころがる。
なんとなく、小学校の教室を思い出す。窓際で、雪が降ってくるのを見上げていた。視線を降ろすと・・・。
目を開ける、雪のひとひらが大きくなったようだ。右ヒザが痛みと共に訴える、「もうやめるべきです」。
体が止まり、頭がねむり、心が静かになれば、自分はリンカクを失い、なにでもなくなれる。
もう少し。また目を開ける。空から何かが降りてくる、うん?、誰かか?
あれは、あれはまるで、真白でまん円い、自分の、ゆくえ知れずの小さなまん円のようだ。
いや、あれは降りてくるのか、それとも昇ってゆくのか、どっちだろう。
抱いていたいのか、放り出したいのか、どっちだろう。








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