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novel 8148(略)ソランディフェンダーの夏
レモンのハチミツ漬けは、輪切りを半分に折ってかぶりつく。ちょうど、ひと口で皮だけ残すように。
「向こうの10番、上手いな。」
ハチミツの甘味の中に、レモンの皮の苦味が残る。僕は見事に抜かれたニ点目を思い出していた。
残暑の土曜日。我がサッカーチーム、喜多町ホーネッツは草サッカーリーグのハーフタイム中。前半終了時点では2-0でリードを許している。僕は3バックの右のディフェンダーだが、今日の出来は最悪。一点目は右に、二点目は左に、僕が10番に抜かれて失点していた。
前半の10番への守備は完全に後手になっていた。悪い意味で「良い選手」とでも言うべきか。ドリブルの中でボールを蹴る、止めるという動作が抜群に上手い。加えて緩急自在のスピード。"蝶のように舞い、蜂のように刺す"。正にそんな感じだ。さらに面白くないのが、一点目の直後から明らかに右サイドにボールを集めていると言う事。それはつまり、僕が「穴」だと言っているようなもんだ。レモンの種を飛ばして誓う。絶対に三点目はやらん。覚えてやがれ。
そして後半、スコアボードの「2」が「3」に変わった。10番は3得点でハットトリック達成。今度は僕が股の下を抜かれたのだった。さすがに仲間の視線が痛い。落ち着け、落ち着け、と呪文のように唱えて唇を舐めると、ほのかにハチミツの味がした。そう、この味は自分のお守りみたいなもの。ゆっくり、落ち着いて、思い返せ。お前、ディフェンスの基本を忘れていないか?
10番にボールが通り、また独特のリズムで間合いを詰めて来る。
でも、焦るな。
思えば今までは10番を意識するあまり、無理にボールを奪いに行って抜かれていた。今度はディフェンスラインを確認しながら、間合いを保ってみる。そして中央寄りにポジションを変える。わざと右にスペースを作って、その先のコーナーに追い詰めてやるんだ。
ディフェンスの基本、それは相手の目を見る事。
10番の脚が動く。
一度目はフェイント。
二度目も。
そして、三度目は、右だ。
舞う蝶が、蜂になる瞬間。
速い。
が、狙い通りだ。
追いつける。
ドリブルの切り返しを狙って滑り込むと、
精一杯伸ばした右のつま先がボールに触れた。
ボールは斜めに走り、ラインの外へ。
思わず叫んでいた。
試合終盤になったが、ようやく10番に勝てたのだ。
相手と少し目を合わせて、唇を舐める。
もう、ハチミツの味はしない。
でも、結局試合は3-2で負け。早く来週になれ。
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