novel
カメレオン

 世の中に才能のない奴なんていない。
 いじめられっこの坂口もにも、才能があるからいじめられる。
 人の目に付くこと。いじめは、かならずそこから始まる。


 俺はいじめられない。

 なぜなら俺は――

 カメレオンだから。

 それが、俺の才能だ。


 どこのクラスにも目立たない奴はいる。
 それは『目立たない』という才能をもっている奴なのだ。
 なのに、その才能を持った奴らは自分の能力に気づかず、目立とうとする。
 結果、自滅する。
 俺はそんな奴にはならない。
 自分の才能に気づき、そして才能を磨いた。
 暗い奴じゃないと、自信を持っている。普通に話をする友人もいる。
 しかし、ひとたびおれがその気になれば、一日中誰にも話し掛けられないことだっ
てできる。
 そうやって、俺はいじめの対象になることを免れてきたのだ。

「三分しかまってやらねえからな。遅れたらお前のおごりだからな」
 今日も坂口はいじめられている。
 購買まで行って昼食のパンと飲み物を買ってこさせる。
 時間までに帰ってこれれば、お金を払う。無理なら、相手のおごり。
 あきらかに坂口が不利な条件。
「よーい、ドン!」
 いじめっこのボス(古い言い方だな)の高橋は、坂口が走って教室を出て行くのを
笑って眺めている。
 その状況を、クラスメイト達は我関せずの顔をしながら、楽しんでいる。
 いじめられない優越感。自分よりも下がいることの安心感に身をゆだねている。
 よく言う『見てみぬふりは、いじめているのと一緒。それよりもなお悪い』という
やつだ。
 まあ、かくいう俺もその一人なんだが。
「なあ、アイツ何分で帰ってくるとおもう?」
「おれ、五分」
「ばっか。昼だぞ? おれは八分だ」
「よし、じゃあ五百円賭けようぜ」
「おっけー」
 いじめっ子達の会話。余ったお金の使い道は、こういった意味のないことに浪費さ
れていく。
 悪銭身につかず。いい言葉だ。
 何食わぬ顔で弁当を食べている俺に、普段とは違う言葉が入ってきた。
「ちょっと! 高橋君も赤澤君も、いいかげんにしなさいよ!」
 馬鹿がいた。
 もっていた箸が落ちたのにも気づかないまま、顔を向けると、学級委員の西沢が眉
を吊り上げ高橋達の前にたっていた。
 いじめっ子がいじめられっこをいじめる。それによって保たれていた調和に、アイ
ツは一石を投じてしまった。
 その結果がどういうことになるか、知りもしないで。
「……なにが?」
 静まり返った――凍りついた、のほうが正しいかな――教室に、高橋の冷静な声が
通る。
「なにがって……あなたたち、毎日坂口君をいじめてるじゃない!」
「いじめてないよ」
「なにがいじめてないのよ! いまだって、坂口君のお金でパンを買いにいかせたで
しょ!」
「そんなことしないって。ちゃんと、時間までに帰ってきたらお金払うもん」
「そーそー。これ、ギャンブル? あははははは」
 高橋達が笑い、他からも笑いが漏れる。
 この時点で、場の優劣ははっきりした。
 高橋は狡猾だ。決して、自分がいじめているというような状況を作らない。
「そ……そんなの、無理に決まっているでしょ!」
「それは、坂口がトロイからだって。俺だったら、買ってこれるもん」
「じゃあ、買ってきなさいよ」
「いいぜ、じゃあできたら。何でも言うこと聞いてもらうぜ?」
「えっ……」
 高橋のいやらしい笑みに、西沢がひるむ。どだい、西沢程度がどうにかできる相手
ではない。
「ここで裸になれって言っても、やってくれるんだな? そしたら、買ってきてやる
よ」
「そ……それは……」
「ほらな。できるかも、って思ってるんだろ。じゃあ、坂口との賭けも成立だよな」
 無理やりの論法のすり替えにも気づかないほど、西沢は狼狽している。
 結局、引き下がったのは西沢だった。
 しかし、当然のことながらこれで話が終わることなんかなかった。

 次の日から、西沢がクラスの女子から無視された。
 だいたい、いじめっ子の裏には女子も関係しているのだ。それに気づかず行動した
西沢がわるい。
 女子が無視をするということは、男子もそれに習うということ。一瞬にして、西沢
はクラスから孤立した。
 ブサイクではない。どちらかといえば可愛い部類にはいる西沢だが、いじめの対象
になってしまえば、それすらあだとなってしまう。
 CG合成された西沢のヌード。坂口と付き合っているという噂の吹聴。
 援助交際をしているという写真までばら撒かれる。
 俺から言わせれば、全部幼稚で稚拙なネタだが、そんなことは奴らには関係ない。
 数の暴力。黒いカラス。誰が見ても疑いようのない黒。それでも他の全員が白いと
いえば、ソレは白いカラスになってしまう。
 真実など、そこには関係しない。
 それでも、西沢は登校した。
 逃げなかった彼女。
 馬鹿だ。
 だけど、眩しく見えた。

「忘れ物するなんて……俺らしくないな」
 宿題のプリントを忘れ、教室に戻ると、西沢がいた。
 雑巾で、机に書かれた落書きを拭いていた彼女の表情は、いたって普通。
 怒りも、泣きも、悔しがってすらいなかった。
「あ、吉川君。どうしたの?」
 彼女の言葉に、俺の鼓動が高鳴る。
 いじめられている彼女が、普通に俺に話しかけてきた。
 そのことが信じられなかった。
「……忘れ物を取りに来たんだよ」
「そうなんだ。意外だね」
「意外?」
「うん。吉川君、普段からしっかりしてるから。ちょっとびっくり」
 そう言って、彼女は笑顔を見せてきた。
「……なあ、西沢」
 意識より早く、言葉が口をついて出ていた。
「ん、なに?」
「お前さ、くやしくねーの? 毎日いじめられてさ」
「いや、別に」
 驚くほどさっぱりと、即答してきた。
「はぁ? なんでだよ。お前が庇った坂口も、お前を助けてくれねーんだぜ?」
「そんなつもりで助けたんじゃないもん」
 雑巾をバケツに放り込み、袖で額をぬぐうと、西沢はしれっと、とんでもないこと
を言ってきた。
「私が標的になれば、他の子がいじめられることはないでしょう?」
「……はぁ?」
「私がいじめられるのは我慢できるけど、他の子がいじめられるのはちょっと……ム
カツクからね」
「そんなの……偽善だろ……」
「善悪なんて関係ないよ。私がやりたいことをしてるだけ。って、ちょっとえらそう
だね、忘れて」
 そう言って、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた彼女の顔は……
 クソっ。

 翌日、いつもどおり登校して、いつもどおり無視される西沢。
 それでも、彼女は気にしていない。

 俺はカメレオンだ。
 目立たない奴が目立とうとすると、必ず自滅する。
 だから俺は目立たないように生きてきた。
 だけど、俺は、気づけば立ち上がり叫んでいた。
「てめえら、いい加減に――」

 やっぱり、俺は人間かな。

文字数:2711


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