日向さち

緑になる

 ビタミンCと糖分とカリウムが摂れるし、手間がかからないから、バナナは夜食に向いていると晋也が言っていた。カップラーメンを食べてから、バナナを一本。取りすぎた塩分は、帳消しになる。
 下手をすれば、明け方まで机に向かっている。大学受験までは出来る限りの努力を、と二人で決めたから。
 あと三日で新年が訪れる。
 今年の元旦は、高台にある公園へ初日の出を見に行った。冷え込みが厳しく、枯れた芝は霜に覆われていたけれど、手袋越しに、晋也の手が温かく感じたのを覚えている。赤くなった晋也の耳は、寒さのせいなのか、日の出に照らされたせいなのか、二人でいたからなのか、いずれにしても印象的だった。
 今年最後の登校日に、年末年始休み中に会うのはやめよう、特別な用事が無ければ連絡もやめようって決めてしまったから、学校が始まるまでは晋也の状況が何も分からない。決めた時には、それでもいいと思っていた。休みなんてあっという間に終わるって、思っていた。
 なのに、問題集や参考書と向き合っていると、晋也のことばかりが浮かんできた。晋也も頑張っているのだから私も頑張らなければと思い、集中しようとするが、方程式を解いていてもたった一つのエックスの値には辿り着かず、メールとか禁止だからな、って言った晋也の気持ちをあれこれ想像している。
 無理して上を目指さずに、できるだけ近くへ通いたいと思って、地元の大学を第一志望にしている。学園祭も賑やかだし、高校の先輩が通っているので聞いてみたら、教授の評判も上々だった。けど、晋也の志望は、東京の大学なのだ。お互いに志望する大学へ入ったら、今度は全く別の土地で暮らさなければならなくなる。休み中どころか、一ヶ月や二ヶ月、当然のごとく会えなくなるだろう。
 晋也にくっ付いて東京へ行こうか、とも思う。私の志望しているのは心理学部で、将来は児童相談所や小学校などのカウンセラーになりたい、と思ってはいるけれど、必ずしも希望どおりの職に就けるとは限らないし、大学へ通っているうちに気が変わることだって、充分にあり得るだろう。カウンセラーになりたいと思い始めて、まだ半年ぐらいしか経っていないのだし。それでも心理学を学びたい、という気持ちが確かなものになった場合も考えて、東京の大学も調べてみたけれど、一浪すれば入れそうな大学で、面白そうな研究をしている教授がいるのも見つかった。
 しかし、地元の大学よりも入りたい、というわけではない。
 バナナの皮をゴミ箱へ放ったが、中に収まるわけでもなく、外れたわけでもなく、中途半端に縁へぶら下がった。拾い上げると、今度はゴミ箱の底へ叩きつける。
 コートを着て、マフラーをぐるぐる巻いてから外へ出る。
 行き先を決めていたのではなかったが、駅前を通り過ぎ、橋を渡った所にある洋食屋の駐車場へ自然と足が向いた。奥の方に電話ボックスがあって、店の営業時間が終わって外灯も点いていない中に、電話ボックスの緑の光だけが浮いて見える。そこだけが異世界であるかのように。
 電話ボックスに一歩踏み込めば、受験勉強で疲れた心と、体中が、緑の光に包まれる。緑は目に良いと言われているけれど、それだけではないような気がした。風が当たらないからなのかもしれないが、ボックス内の空気に潤いがあるように思える。
 電話を掛けるわけではない。携帯電話もコートのポケットに入っているけれど、声を聞きたいと思っているのは私であって、晋也もそうだとは限らない。邪魔はしないでおこう、と思う。声が聞けたら嬉しいだろうけど、後悔するに違いない。
 ボックス内の手すりに腰を下ろすと、道路へ体が向く形になる。ときおり、自動車が素通りしていくのが目に入った。仕事帰りだろうか。これから仕事という人もいるかもしれない。
 晋也に肩を抱かれた時みたいな、気持ちが解けるような感覚が、前触れもなく訪れた。放り出された感情が暴れ始めて、意味の分からない涙がこみ上げてきた。生後間もないヒヨコみたいに、ピーピーなきまくって、赤くなった眼が戻るまでうずくまっていたい。体中が緑になっても、うずくまっていたい。
 数分の間、涙が止まらなかったが、目が赤くなったかどうかは分からなかった。けど、ずっと電話ボックスにいられるわけがない。体の芯まで冷えて、風邪を引いてしまうだろう。
 駐車場を後にした。来る時より足取りが軽くなったと感じるのは、気のせいだろうか。
 駅前では、酔っ払いのオヤジたちが騒いでいた。彼らも、家族のことが気になって仕事が手につかない、なんてこともあるのだろう、と想像してみる。普段なら何という理由もなしに腹立たしく思うのだけれど、許せる気分になっていた。
 まだ十二時は過ぎていない。部屋に戻ったらバナナを食べて、勉強に集中しよう。あれこれ考えてみたって、他に何もできないのだから。そう思い、頬を両手で叩いた。


タイマンtopに戻る