novel
イグチユウイチ
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HomePage:http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/8364/toppage.html 四畳半シネマ 

南蛮美食倶楽部

寛政九年の長崎では、南蛮文化の影響を受けた長崎料理が生まれようとしていた。それはこの増田半衛門のように、試行錯誤する事から始まったに違いない。

「今日は南蛮の飯を作ってみたいと思う。」
「増田先生、それはこの割正録の中で『蛇腹也』と記してある物でしょうか。」
増田を先生と慕う和田市兵衛は、書物の一頁を指差して増田に問うた。
「そうだ。『じゃばらや』と読む。一言で言えば、雑炊を焼いたような物だ。材料はすでに揃えてある。こちらへ来たまえ。」

奥の炊事場には蛇腹也の材料として、鳥肉、野菜、米などが用意されていた。
「早速取りかかるとしよう。私は材料を切るから、君はそれらを鍋で煮てくれ。」
「先生、書には『くれおうる・そーす』と、『けじゃん・すぱいす・みっくす』なる物を混ぜて、その他の物と共に煮ると記してあります。この二つはどのような物なのですか。」
「『くれおーる・そーす』とは、普通の赤味噌の事だ。足元の壷に入っている。『けじゃん・すぱいす・みっくす』とは、南蛮の香辛料を混ぜ合わせた物だ。混ぜる物は書に記してある。」
和田は書を捲ったところに記述を見つけた。
「先生、『けじゃん・すぱいす・みっくす』とは、黒胡椒、塩、鰹節、たくわんを混ぜ合わせたものだったのですね。」
増田、力強く頷く。

やがてすべてが入った鍋は火にかけられ、炊事場には異国の香りが立ち込めてきた。
「先生、そろそろ煮立って来ましたね。次はこれを鍋ごと焼くのですね。」
「そうだ。この鍋が煮立ったところで釜に入れて数刻焼く。……すると、このようになる。」
そう言いながら増田は釜の横から、すでに別の鍋で焼き上げてあった蛇腹也を取り出した。
「さすが先生。あらかじめ焼かれたものを用意されていたのですか。」
「ああ、千字は短いからな。では、食してみるとしよう。」

二人は鍋から茶碗へ蛇腹也を取り分け、まじまじと見つめている。
「確かに書に記されていたように、褐色の飯になった。香りも香ばしい。」
「先生、味には不思議なうまみがありますよ。これが南蛮の味なのですね。」
「ああ、そうだ。これが南蛮の飯の味だ。」
増田と和田は笑い合い、蛇腹也を平らげた。
それは南蛮食と和食の新しい出会いの瞬間であったと言えるだろう。

「なるほど、蛇腹也。マジで美味しかったです、先生。」
「……和田君、『マジ』とは何処の言葉だ?」









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