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第4回パラ1000字小説バトル

  第4回テーマ:「日差し」「砂」「騒ぐ」


エントリ作品作者文字数
01ピアス海月1000
02x→0ながしろばんり1000
03夏至の谷とむOK1000
04ぽう越冬こあら1000
05星の夢千希1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  ピアス     海月


空は弧を描き、涼の空っぽの目には波が映っていた。足の指の間の砂をかきわけて、蟻が這い上がってくる。ある地点まで来て引き返すことを繰り返す。直射日光が当たる場所を避けるかのように。

「泳ごう」
沈黙に耐え切れずに、僕は重い空気を砂埃と共に振り払った。
「よせよ、気分じゃねぇ」
「こんなに晴れてるんだぜ」
寝そべって空を見上げる。まるで無関係なふりをして、砂浜に突き刺さる光線は、耳の奥に親子のはしゃぎ声を木霊させた。

「そんなに落ち込むんなら別れるなよ」
潮風がサッと涼の髪を煽った。透き通った横顔に施された左耳のピアスが刹那に光った。
「綺麗」
ピアスを褒めたつもりなのに、言ってすぐ後悔する。昔から涼に本心など見せまいとしてきたのに、ふとした拍子に零れてしまう。自分に嫌悪がさした。
「なに?」
「え?」
「見てるから」
「あぁ……。ピアス、いいなぁって」
「やるよ」
「え?」
涼は手早くピアスを外すと、海へ投げ込んだ。
「あっ!もったいねぇ!」
怒った表情で振り向くと、涼は拗ねたように顔を背けた。
「泳ぐか。そのピアス、みっけた方が、勝ち」
「は?」
「見つけられなかった方は、何でも言うこと聞く」
「男同士で王様ゲームかよ」
やけになっているのか、急にはしゃごうとする涼にたじろぎ、僕は彼の背中をじっと眺めていた。
「早く来いよ」
「分かった!」
泳ぎは涼に負けない。嫌なことがある度、泳いでたんだ。
「冷てぇ」

「見つけたぜ」
僕が海に入って間もなく、涼は浜に上がっている。
「嘘つけ!卑怯な手つかっただろ」
「つかってねぇよ、ほら」
浜に戻って涼の掌を覗くと、銀のピアスがちょこんと座っている。
「嘘だろ……」
「俺には勝てねぇの。じゃ、願い、聞いてもらおっかな」
「なに?」
語気を強めながらも胸が空洞になっていく。遊びだというのに耳に細胞が集中し、ドクドクと血が耳たぶを駆け巡った。
「俺、アイツと別れたのは」
「うん」
「いや、いいよ」
そう言ったとたん、涼はまた朝の空っぽの目に戻っていた。何も映さない、映さまいとしている目。


「お前と付き合いたかった」
「え?」
空っぽだった涼の目に僕が映っている。潮でベトベトになった涼の手が、急に繊細で不器用な小動物に思えて、涼の手をサッと握った。
「バカ!冗談だよ!」
涼は僕の手を振り払い、下手な演技者のような笑みを投げ捨て、サッと目を背けた。
その時、また強い潮風が涼の髪をふわりとかきあげた。
あれ?右耳のピアスがない。






エントリ02  x→0     ながしろばんり


 畳に転がって縁側の向こうを見ている。開け放たれた向こうは砂浜で、そのまま海に続いている。朝は海を真二つにして日が登るので、きっと真東なのだろうと思う。
 銭湯で会っては珈琲牛乳を飲む仲だった。別にしめしあわせたわけでもなく、ちょうど居て、ちょうど冷蔵庫に並び、ちょうど同じに飲み干した。向こうは八十一、こちらは十八。ふとある日、しばらく爺さんの顔を見ないなと思ったら、番台のおかみさんが封筒を差し出した。送り主は見知らぬ苗字で、弥助さんが死んだと書いてある。いついつまでにここそこの駅に出て、坂を下ったら国道を脇に折れろとある。地図は無かったが電話番号が漢字で書いてあって、妙に納得したものだった。
「あすこの障子を開け放しておくとな、ざーっと風が入ってきてじつに気持ちのいいもんでな、特に台風なんぞ通った後は月の前をぐんぐんと雲が流れてな、いいんじゃ。ンまぁ、婆さんに言わせりゃ、開けたら開けただけ家の中に砂が入ってくるんですから、いい加減にしろなんてぇ吐かすんだけれどな、その婆さんも来なくなっちまって、部屋の隅でとぐろォ巻いちまって」
 月のひざしは明暗分けて照らす。海の黒々は波頭を覆い隠し、うねりが軋んで吼えるとき、月の光を浴びてぶつぶつと煮立つのが見える。海中の生命が、精気が、すべての生き物が、すべての生き物の性器が躁いで、膨張して、精気の中で沸騰した熱情、闇暗の奥底で真っ黒く燃える生が、不意に吸い込んで、音を、光を、うねりを、月を、星を、光を、みんな吸い込んで、怒涛を吐き出すとずっと寝転がったこちらへ向かってくる。
 肌寒いほどで、がくがくと振るえが止まらず、なにもかもあの大きな生命の海壁に吸収分解されることを思い、いよいよ砂浜を埋め尽くし、擂り潰して進む生命の壁に飲まれ、る、瞬間に一瞬、あの爺さんの、弥助さんの無表情が眼前にくっきりと思い出されて、もしやこれは、あの、などといってもなにもなく、ようやく、アキレスと亀の引き伸ばされる時間、されど怒涛は身体に触れず、縁側の先が浸かり、畳を侵食し、額縁の勲七等の授与証をからげおとし、それでもなお、まだ、終わらない。吸収されない。時間が限りなく0地点に近づくが、決して0にはならない、この肉薄、されど、駄目で。
 海壁の向こうに満月が見える。触れようと手を伸ばすとようやく、海水の中にて刹那、粉微塵の自分を自覚することも無く、さよなら。





エントリ03  夏至の谷     とむOK


 予兆である蒼の満月は尖った墓標のような岩壁の遥か高みをわたり、光届かぬ谷の底で横たわる少年は灰色の上着を掻き合わせる。村の夜ならば、そこはかとない獣の息遣いや砂の流れる音が子守唄となるが、この飛砂竜の谷で夜に蠢くものはない。裸の足に触れる砂さえも硬く冴え冴えとして、棺の中にいるように一切の音がなかった。
 組んだ細い腕が懐の短刀に触れた。夏至の太陽を十数える年になると、村の子どもは大人になる支度を始める。焔鳥の革で自分の凧を作るのだ。風の恵み豊かな日は、大人たちは凧を掲げて神の山の尖った頂に立つ。焔鳥の革は生きていた時のままに風を孕んで熱を持ち、凧は空へ舞い上がる。村人は崖に巣を作る焔鳥を狩り、岩に根を張るハルカアオイの熟した甘い実を採る。神の山に湧く僅かな泉を守る砂漠の村の、それが暮らしであった。
 少年の兄は誰よりも綺麗に空を舞った。蒼の月がまだ太らぬある日、彼は卵を抱えた飛砂竜の巣に知らず近づき、凶暴な黒い尾の一振りに弾き飛ばされた。崖下に遺された血まみれの短刀で、少年は作りかけの自分の凧を切り裂いた。まだ飛べぬ少年を兄はよく肩に乗せてくれた。遠い空を掴めるようなその時間が少年はとても好きだった。
 永遠を思わせて凍りついた谷の夜がまばゆい地平の光に破られ、一年で最も大きな太陽が姿を見せた。力強い日差しが、遠く東へと広がる砂の海と鋭く切り立った岩を金色に染めあげると、足元で砂が騒ぎ出した。どおんと大きな音がして大地が沸き返る。たちまち十以上もの飛砂竜が姿を顕し、黒々とした節が幾つも連なる胴を空に向けて艶やかに伸ばした。
 少年は一番に頭を出した大きな竜に駆け寄り、節の間を狙って短刀を突き立てた。竜はものともせずに身をうねらせて空へ昇る。少年は柄を握りしめて竜の背にとりついた。指の太さほどもある黒い剛毛を掻き分け、短刀と節を手懸りに這い登る。幾度も突かぬうちに刃が折れた。少年は折れた短刀を咥え、硬い毛を掴んでまた登り始めた。幼い手の皮が赤く剥ける。歯をぎりっと噛みしめて耐えた。砂と血の味がした。
 一際黒く光る頭に辿り着くと、風が轟々と頬を切りつけた。今や遥かなる天をおよぐ飛砂竜の複眼の上で、少年は幾つもの黒い波を従えて東の日輪へと巡航していた。金に輝く砂の地平にゆっくりと夏至の蒼茫が降りていき、光に洗われた新しい世界が生まれる。少年は折れた短刀を、空へ高く突き上げた。





エントリ04  ぽう     越冬こあら


 日差しが眩しさを通り越して網膜を焦がす。渇きを通り越した喉は疼痛自体も薄れてきた。瞼は開いているのか、いないのか。何もかもが曖昧になり、脳味噌の中の自我が蒸発していきそうに感じられたとき、視界の隅っこが小さな黒点を感じた。
「……島……助かるのか……」
 事故から五日が経過していた。

「たいへんじゃったぽう。船が嵐にあって、流されたんだぽう」
 小さな島の小さな民家には漁師の奥さんが一人いるだけだった。
「亭主はぽう、漁に出てるんで、明日には帰ると思うぽう。戻ったら、本土まで送ってもらえるからぽう、それまでゆっくり休むが良いさぽうぽう」
 不思議な訛りのある親切な奥さんの名は「砂」と書いてスナ。
「若い頃はぽう、サッちゃんとか呼ばれておったんよぽう。ははは、恥ずかしいぽう」
 スナさんは明朗闊達だった。
「それを食べたらぽう、ゆっくり眠りなさいぽう。奥の部屋にぽう、床とっといたでぽうぽう」
 スナさんは、腹いっぱい食わせて、寝かせてくれた。俺は生き返った。

「……あれえ、帰りは明日じゃなかったのんかぽう……ああ、お客があって……」
 どれくらい眠っただろう、隣室の物音に気付くとスナさんの声が聞えた。
「……そんな、えったって……可哀想じゃ……そりゃあ、そうだけど、薬は入れたから、大丈夫だぽう……わかってるぽう、そんことは……だけどぽう……ぽう」
「大丈夫だ。家族も警察も絶望視してる。久しぶりに宴会だ。たらふく食えんぞ」
 亭主の低いだみ声が終わると、二人の忍び笑いが長いこと続いた。不穏な雲行きを察知して、すぐにでも逃げ出したいと思ったが、手足が痺れて自由が利かない。よほど強力な薬を盛られたのだろう。舌も根元から痺れて、声も出ない。ただただ、胸だけが騒ぎ続けた。消耗した体力の所為か、薬の作用か、意識は再び遠のいていった。

「ひ、人喰い人種、はっはっはっはっ。オラ達がそんなもんに見えましたか。こりゃあ面白い」
 本土に向かう船上で、亭主が快活に笑った。全ては極度の疲労と緊張が生み出した幻聴だったのだ……と安心した刹那、後頭部に激痛が走り、意識が遠のいた。今度こそ終わりだった。

 船は高い煙突のある港に着いた。スナと亭主が獲物を抱えて上陸すると、連絡を受けたたくさんの人が迎えに来ていた。
「よく太らせた獲物が安心して喜んでいる瞬間に捌かないと、肉にエグミが出てしまう」
 頭で理解していても実践するのは難しい。





エントリ05  星の夢     千希


 夏は、暑くて嫌いだった。
とは言っても私にはこれといって外出する理由も必要も無く実際にその暑さを体感する事などめったに無かったのだけれど。暑さにあえぐ人々を見るのが嫌いだ、と言い換えるべきだろうか。自分の身には起こり得ない出来事であってもやはり、他の人々が苦しいのはこちらとしても少々心苦しい。
毎年私の夏は他の季節と同じように過ぎる。彼等は私の家の小さな一室の空調の効いた心地よい空気の中でじりじりとその寿命を使い果たして死んでゆくさだめなのだ。
 私は蛍光灯の灯が嫌いだった。白すぎて目に痛い。だから昼間はなるだけカーテンを開けて光を部屋に入れている。それは例えば本が読み難かったりだとか、その紫外線が窓越しでも少々肌を焼いたりだとかという不都合もあったのだけど、私はやっぱり蛍光灯は嫌いなのだ。夏は嫌いだけど、その日射しだけは嫌いでは無かった。強すぎて融通の効かない、不器用そうなところが特に好きだった。
 いつもの時間が来て、いつもの通りに窓際のテーブルの上に行儀悪く腰掛ける。耳を澄ますと近所の子供達が無邪気に騒ぐ声が聞こえる。窓に額を付けて下を見下ろすと真っ黒に日焼けした彼等は安っぽいビニールプールとホースでもって水遊びをしていた。思いっきり顔に水を噴射された子の泣声もする。私はそれを眺める。夏はこうして外の様子を見て過ごす事が多かった。日射しのせいで本が上手く読めないからだ。しばらくして飽きると窓の縁に飾られた小瓶を手にとる。
その掌で覆えるサイズの小瓶に入れられているのは大部分は橙色に染められた粒、残りが星の砂だった。小さい頃に父が旅行へ行った土産にくれたものだ。白い尖った角を持った小さなその粒は何度見ても繊細できれいな形をしている。昔は、空の星が流れ星になって落ちてくる、その一筋一筋の成れの果てがこの砂なのだと信じていた。今はもうそうでは事を知った。けれど、思考も知識もそこで止めてある。その真相は私の人生に必要無いものだ。小さい頃には本当の星ではないにせよ確かに私の夢の欠片であったそれを美しいままで留めておきたかったのだ。それは、わがままだろうか?
 私は『もう本当の星ではないけれど、私の夢で有り続けるそれ』を古くて幾分崩れてきてしまったコルク栓で封じ込めた小瓶をゆっくりと掲げた。それを夏の強い日射しの元で透かすようにして見る。それはきらきらきらと、星のように光を放った。