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第8回パラ1000字小説バトル

  第8回テーマ:「帰ろう帰ろうと鳴いている」


エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)
02取り付く島つぶ丸1000
03マッチ、あるいは歌われることのない詩とむOK1000
04からんからんと鳴いている千希1000
05宇宙暦5548_1586越冬こあら1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ02  取り付く島     つぶ丸


 そいつは確かにそう鳴いたのだ。

 ──帰ろう……帰ろう……帰ろう……

 僕は、紺乃美佳に悟られないよう、細心の注意を払いつつも、可能な限りそれに耳を近づけ、そばだてた。
 やはり、帰ろう帰ろうと鳴いている。そいつは確かに、僕に向かってそう鳴いていた。

 僕は一瞬にして、自分の記憶の奥底に埋め込まれていた真実を思い出した。
 そう、その鳴き声は、僕の記憶の封印を破るトリガーだったのだ。
 僕は、自分が、この世界に派遣された、上位世界からのエージェントであったことを思い出したのだ。
 長い転生を繰り返しつつも、幾数多の宇宙を駆け巡り、宇宙的危機を影から修正し続けてきた調停者。それが本当の僕だった。
 今はこうして、原子力文明期にある地球と呼ばれる世界の日本という土地の人間として生まれてきた。この世界の認識では、「高校生」と呼ばれる存在である。転生してから(この世界の時間で)十七年ぶりで自己に目覚めたことになる。

 問題は、そいつが、なぜ「それ」でなければならなかったのか? ということだ。

 僕は腕組みして、斜め左前の席に座る、紺乃美佳の後ろ姿を見ながら、考え込んだ。
 制服の白いブラウスに、紺のニットのベストを着た、その胸の膨らみが、斜め後ろの僕の位置からもはっきり見てとることができる。

 ──何だってそこなんだよ!
 念話で呼びかける僕に、そいつは答えた。
 ──次元的制約で、この時間、この場所しか取り付く島がなかったのだ。この世界は不安定すぎる。時間がない! 速やかに帰還せよ。
 ──そんなこと言ったって、そんな場所では……
 ──時間がない!
 わかっている。無数の人生に及ぶ経験から、一瞬の躊躇も命取りになりかねないことは身に染みてわかっている。
 仕方がない、ここはまあ、むしろ役得だと思って、さっくりと……

 僕は、紺乃美佳の巨乳に向かって、スッと手を伸ばした。それは、あまりにも、あまりにも、流れるようで、自然な、滞りのない動作だった。
「古池や蛙飛び込む水の音」
 僕は、この人生で知った、松尾芭蕉という人物の詩を思い出していた。
 どうせ触るか触らないかの瞬間に、僕の体はこの地球上から消え失せ、元の世界に帰還しているのだ。
 僕の手は、紺乃美佳の巨乳に吸い込まれていった。

 手に、はっきりと、生々しい、たぷたぷの胸の感触──あれっ!?
「キャーッ!! なにすんのよ!」
 平手打ちを横面に感じ、僕の意識は遠のいた。





エントリ03  マッチ、あるいは歌われることのない詩     とむOK


 割れたガラス窓から差す夕日に廃工場の空気は星の砂のようにざらざらと輝く。スポンジのはみ出たソファーで私は目覚める。埃まみれの制服の肩から、世界を拒んだしるしの透明な砂がきらりとこぼれた。でも私の吐息は白く濁り、何億万回キスをしても彼みたいには呼吸できない。
 科学者の彼は、彼の人形の傍を片時も離れない。精密な作業をする指がオーケストラの指揮者のように空気を揺らすと、透明な砂がきらきらと体じゅうあふれた。彼の人形は科学と錬金の粋を集めた兵器だ。腐った肉と腐った金属で造られる巨大な装置。でも人形は小さなうつくしい顔をしていた。
 藍色の闇が来ると私は地下を抜けて丘の上へ出る。私達の工場は、荒々しい光の輪に包まれながら黒い染みになって沈んでいる。
 バリケード。

「バラバラだ。世界はもうバラバラだ。完璧な詩だけが、このバラバラな世界を破壊するんだ」
 冬の初めに彼は私の隠れ家を占拠した。胃の捩れるようなひどい臭いの装置が高い天井に届いていた。
「どこにいても詩なんて聞こえないわ」
「心配いらない。たった一つの詩が世界を包むんだ。もうすぐね」
 彼の息に混じって透明な砂が舞う。なんてきれいなんだろう。私の頬が熱くなった。

 街へ出た私は籠一杯のマッチを抱えて、凍った月がしんと染みこむ裏路地に立つ。客は若い男が多く、誰も肩口にほんの少し透明な砂を降らせている。私達は冷え切った頬を寄せてマッチの灯の見せる短い夢に籠る。
 私は少しの食料と精液を手に入れる。彼は精液を循環槽に入れ、私は本棚からブリタニカを運ぶ。古いブリタニカは綴り糸が切れてバラバラだ。順番が狂わないように一ページずつ人形に食べさせる。やがて白く明ける窓の中で私は眠る。全てのブリタニカを食べた人形はうつくしく歌うだろう。

 大勢の重い靴音が浅い眠りを突き破った。朝の光の中で灰色の警官達が彼を押さえつけ、死肉を啄む禿鷹のように楯を鳴らし警棒で突く。彼は透明な砂になってきらきらと崩れた。
 私は灰色の腕を振り払って装置に駆け寄り、赤いレバーを下ろした。鈍い音で装置が起動する。人形がもの憂げにまぶたを上げた。

かえろう
帰ろう
カエロウ
還ろう

 まだ数冊のブリタニカを食べただけのうつくしい人形は、腐った唇で意味のない言葉を鳴く。私はマッチを擦って装置に火を放った。
 深紅に燃えさかる私の夢の中で、世界は透明に砕けた。全ては砂の繭に包まれ、目覚めを待つ。






エントリ04  からんからんと鳴いている     千希


 本当に、今日は寒い。
首に巻いたマフラーを引き上げて口元を埋める。下腹から絞るように吐き出した自分の息は白く、眼鏡が曇る。手袋をした指先で拭って現れた夜空は空気が澄んで、星がきれいだ。

からん からん からん からん

寒さの中にこだまする音が響き、見上げる踏切が降りてくる。目の前の道を塞ぐ。目を向けた線路の奥の暗闇から、微かな光が見えやがて音が聞こえてくる。じわじわと闇の中の光と音はその存在を増していき、それからようやく列車を形作る。
編成の短い最終列車はあっという間にわたしの前を通り過ぎた。鳴り響いていた音が止み、踏切が開く。辺りは再びしん、と静かになる。耳を澄ませても自分の呼吸しか聞こえずなんだか怖くなって
「……寒い」
一言呟いた。自分の声が心細げでなんだか可笑しくて、少し笑う。それから唇を引き結んで一歩、線路の中へ力を込めて踏み込む。
鋪装がはがれ、線路内にはコンクリートの固まりがぽろぽろと散らばっている。ゆっくりとわたしはその中心へと座り、それから手を支えにそっと、こわごわ背中を地面につけた。眼鏡を直して、コートの裾を押さえた。行き場を失った手をもう片方が握る。ぐっと痛いくらいに握る。
 それから息を、吐いてみる。
静かだった。コンクリートに接する背中は少し痛い。落ち着かず緊張で心臓が高鳴っていた。こんな夜中、車はまず通らない。始発の列車はもっとずっと後。そう自分に言い聞かす。バカみたい、と少し思う。怖いものは、それでも怖いのだ。
仰向けのまましばらく自分の呼吸音だけを聞くうち次第に気持ちが和らいだ。手足を伸ばして力を抜き、ゆっくりと、深呼吸。目をつむる。寒くて、冷たくて痛くて悲しかったけれどもう、何も考えずとも良いのだ。


からん からん からん からん

白くけぶる視界。何も見えぬ中踏切が鳴いていた。

 気が付くと、朝のようで、周りは白く霧が出ていた。すぐ近いところで踏切が鳴っていて地面が少し揺れていた。
2、3秒を呆然として一気に血の気が引く。立ち上がろうとしたが足が冷えて動かなかった。それでも必死に、腕の力で半ば這いずるようにして線路を出た直後に列車が通過した。今さらに跳ね上がる鼓動を抱えてわたしは、震える足でやっと立ち上がると、抑え切れずに泣いていた。
自分がまだ生きていたいのだと気が付いて、情けなくて涙が出た。
鼓動がからんからんと鳴り止まなくてわたしは、うちへ帰ろうと思った。 






エントリ05  宇宙暦5548_1586     越冬こあら


 ぼんやりと光が浮かんで来た。ゆったりとした浮遊感……シールド越しの星空が回る。私は星に囲まれている。

「……ピーピー、ゴーホーム、ゴーホーム、ピー、ゴーホーム……」

「ゴーホーム? 帰ろうって?」
 装置が繰り返えす警告音によって、我に返った。私は恒星間貨物宇宙船にエンジニアとして乗船し、航行中だった。酷い宇宙雨漏りを修理すべく、船長と屋外作業に出て、足を滑らせた船長に引っぱられ、宇宙空間に放り出されたのだった。

「……宇宙漂流」

 絶望感が蘇える。

「おー山ちゃん、お目覚めかい。随分遠くに来ちまったなあ」
 五メートルほど後にいる船長がレシーバー越しに話しかけてきた。
「なあ、山ちゃん。さっきから観察してたんだが、俺達だんだん近付いてんじゃないか。どう思う」
 緊張感のない声が続いた。見ると確かに船長との距離が縮まった気がする。ポケット光波測距器で計測、データを分析する。
「船長、確かに近付いてます。計算によると、あと二十分ほどで手が届く迄に接近し、その後は少しずつ離れて行きます」
「そうか、それが最後のお別れか。わしが足を滑らせたばっかりに、すまんなあ」
「それは、言いっこなしですよ。それより船長、二人が最接近した時、一方が力を与えれば、その作用で、運動方向を変更することが可能です」
「おおお、それは本当か。宇宙船帰還への最後のチャンスだな」
「二人の回転を考慮して計算すると……十九分三十秒後に、私が船長の足先に接近します。私の頭を右四十度に思いっきり蹴飛ばせば、その反作用で、船長は宇宙船の方向に戻ることが出来ます」
「そうか、凄いぞ。すると、わしが船に帰って、山ちゃんを助けに来れば良いんだな」
「いいえ、船に戻ったら直ぐにワープしないと、冥王星基地までの燃料が持ちません。基地に帰ってから、救助を手配して下さい」
「し、しかし、冥王星基地までワープして、ここまで帰るには、通常時間の百八十年以上はかかるぞ。大丈夫か?」
「それは……」
「大丈夫なわけないな。その作戦は却下だ。山ちゃんを残して一人助かるわけにはいかん」
「しかし、船長」
「うるさい。もう言うな!」
 船長の剣幕に絶句した。十分、十五分、十九分、二人はだんだん接近した。
「あと三十秒です」
「黙れ!」
「十五秒……十、九……三、二、一」
 ゴツッ! 頭に衝撃が走った。

 結局、船長のキックは、涙のせいで当たり損ねた。

「ゴーホーム、ピーピー、ゴーホーム」