←前 次→

第37回1000字小説バトル Entry44

バスドライバー・4


 朝からブルーグレイの空が広がっている。
 乗客はいない。

 今日は運転なんてしたくない気分だ。ワイパーが手を振っている。悲しそうだ。雫のラインが。
「雨は空の、涙か」
 どうでもいいが、飽きてきた。玩具の猿みたな運転、考えるだけで自爆だ。ルームミラーに老けた猿が映っている。
 今日は、あの停留所、パス。
「通過します」
 誰もいなくて良かった。いてもパスだ。
「運転手さ〜ん!停めて」
 いつもの婆さんが、小学生の孫二人と100メーター先の鋪道で杖を振っている。
 キキキィ〜ガシャン。
「いつも、すいませんネ」
 孫たち、どうした。元気ね〜ぞ。
「僕たち、学校休みか?」
「49日の法要の帰りでねぇ」婆さんが答える。
 小学生たちは、白兎みたいな目をしている。口をヘの字に曲げて覗き込むように俺を見ている。
 俺は冷や汗と同時に思い出した。こいつらの父ちゃん先月死んだんだ、病院で。
 このままでは収拾がつかないぞ。何とかしなければ。俺は苦手なんだ、カラオケと涙が。
 俺にできる事は、運転しかないぞ。安全運転はしたくないし、とにかくぶっ飛ばして現状を誤魔化すしか手はないな。
 俺は向日葵の花をイメージして、満面の笑みを浮かべた。
「高速ドライブでも行くか、気晴らしに」
「うん、行く」
「僕も」
「私ゃ、死にたくないけど、行こ」
「進路変更。急ハンドルに御注意願います」
 バスの前後パネルは『回送』に替わっている。

 150Kmで走行を続けながら、摩天楼を後にする。婆さんも孫たちも満更でもない様子だ。追いこし車線に入り真っ赤な観光バスを追い抜いて行く。弘前中学の修学旅行か。皆こちらに手を振っている。170Km出しているからな。市営バスを嘗めんなよ!
 右手に競馬場を見ながら左手にはビール工場が見えている。
 子供らは、無邪気だ。走り回ったり、ゲームボーイで対戦したり、道行く車に「あかんべー」したりして、手を振っている。お前等、あと60年はがんばるんだぞ。いつだって只で乗せてやる。

 名古屋インター付近でUターンして帰るとするか。あいつらと同じ長い道のりだ。 
 前方車両のテールランプのハレーションが飛沫に舞っている。飲まずにいられねェ〜な。

 俺の速度でも及ぶことができない深くてはかり知れない少年達の慟哭。雫に変えて吹き飛ばせ。俺は時速130Kmの中で、ふとそんな事を考えていた。

 バスは霧雨の高速道路を、蛍光を滲ませるように駆け抜けて行く。

←前 次→

QBOOKS