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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage4
第14回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年2月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
田山花袋
1069

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雪に笑う
サヌキマオ

 二日ほど降り続いた雪が止むと電話がかかってきた。うちの電話はかかってくるしかないので受話器を取るとやっぱりおぢさんからの電話だったのでとっても嬉しくなってしまう。おぢさんは雪で大変だが事ム所まで来てほしいと云う。この雪でもう食べるものも無くなっていたので出かけねばならないことでもある。入口の引き戸を開けると自分の腰の高さまで雪が積もっている。出かける前に屋根の雪を降ろさないと危ない。
 自分は特殊な火薬を作っているのでこうした交通の悪いところに住み込みで働いている。普段は同僚の三人とで暮らしているが、ちょうどふたり外に泊まりの時にどっさり雪が降ってしまって、これでは帰れないからお前独りでなんとかしてほしい。ついてはらめーんもチョコレートも食べて良いという。風呂ものんびり入れるしらめーんもチョコもどうしても三人だと食べにくい部分があるのでそこはそれで幸せなことなのだ。
 深い雪の上では一歩一歩足を進めるだけでひたいに汗が滲んでくる。普段は事ム所まで八三三歩の道もこう一歩一歩がしんどいといつになったら着くかわからないが、自分の背中には弐百参拾七萬円が入っているからちっとも寒くないのだった。この弐百参拾七萬円は自分が火薬の調合をすることで手に入れたお金の全てで、そんな大きな金が背中に張り付いていると思うだけでからだがぽかぽかとしてくる。この弐百参拾七萬円があるだけで駅前のチャーシュウラーメンが三千杯も食べられるのだとおじさんに教えてもらってとても嬉しかった。そのことを思うだけで元気が湧いてくるのだ。その弐百参拾七、
 弐百参拾七、
 にひゃくさんじゅうなな、だったっけ?
 急に不安になてきた。弐百参拾、までは合っていたろうか。最近はそれさえも怪しくなっている。おぢさんや同僚の兄さんは「あんまり部屋にこもって火薬ばかり吸っていると体にわるいよ」と云ってくるが、とうとう頭が悪くなってきたのかもしれない。でも、弐百は間違いないし弐拾ではここまで温かくならないと思う。
 小便は我慢しないほうがいい、と昨日ラジオで聞いた落語でそういっていたのを聞いたということは頭に思いついたことも我慢しないほうがいいはずなので、自分は慌てて肩掛けバッグを開いた。中にはいつも通りゆうちょ銀行の封筒があって、中に一万円札がたくさん入っている。震える指で数えるとちゃんと弐百参拾七萬円あったので、俺はとても嬉しい。
雪に笑う    サヌキマオ

マナー講師
ごんぱち

「うーーん」
「どうしました、四谷流セレブレティマナースペシャルゴージャス&ファイアー道場の四谷京作THE家元? 小笠原流に『お前達がやっているのは、風説の流布だ、マナーと名乗る事もおこがましい、このコントグループが』って素のツッコミでも入れられましたか?」
「怖いことを言うな、田尾師範代。奴らの諜報部隊には気付かれないように、ちゃんとアルミホイルを窓に貼っているし、流鏑馬部隊を防げるようにニンジンもぶら下げている。そうじゃなくて、新しいマナーがなかなか浮かばないんだ」
「ああ、この前の『ビールはラベルを上にするが、ハイネケンだけはラベルを下にする』が、不発でしたからね」
「米国のビールであるハイネケンは、英語だからひっくり返すという実に論理的マナーだったのだが」
「英語ってひっくり返るものですか?」
「英語がひっくり返らなくて何だと言うんだ。『道路』が『ロード』って言うし、『本を・買う』が『バイ・アブック』と逆になるし、英語圏のオーストラリアは上下が逆だし、サンタは夏にやって来るし、」
「なるほど……あれ、ハイネケンってよく考えたら……」
「あああ、新しいマナー、新しいマナーが欲しいよう! マナーが見つかるなら、テーブルの上でダンスしたって良いよぅ!」
「そうだTHE家元、新しいマナーだったら、新しい物でやった方が良いんじゃないですか? 古い物はもう言い尽くされているでしょう」
「なるほど。でも新しいものってなんだろうな。半端に新しくたって、もうマナーが決められているんじゃないか? この世は正にマナー戦国時代なのだぞ」
「新しい物新しい物……そうだ、新しいが付くところで、新聞を調べてみちゃあどうですか」
「なるほど新聞か!」
「早速買って来ます!」
「ふふふ、田尾。オレを誰だと思っている。あらゆる事態に対して備えるのが、四谷流マナー! こんな事もあろうかと、七年前に買った新聞を捨てずに取ってあるのだ!」
「流石は先生……ハッ!? 先生、これ!」
「ああっ、こんな新しいものが!」

「えー、消費税を支払う時は『じゅぺっぽう』と言いながら、頭の上で手をヒラヒラさせる事が、伝統的なマナーであります。これは、江戸時代の御成敗式目の中で示された一〇分の一税に由来する由緒正しいものです」

「……流行ったな」
「もう色々考えずに、ナントカ水でも売れば良いんじゃないですかね、THE家元?」
「それをやったら……外道じゃ」
マナー講師    ごんぱち

追分の古駅
今月のゲスト:田山花袋

 今はどうなっているであろうか。あの大きな油屋の家はそのままになっているであろうか。戸は堅く閉められ、壁は落ちるに任せ、庇は破るるに任せてあるであろうか。あの品の好い老婦はやはり下の一間二間をしきって静かに暮しているであろうか。あの奥の間には夏はやはり好奇の避暑客が一組か二組来ているであろうか。
 それは西鶴の一代男の中にも出ている追分である。昔は殿様の行列や旅客や雲助の陸続りくぞくとして通った追分である。中仙道と北陸道とのわかれ路、女の涙、男の涙はいかに多くそこにそそがれたことであろう。馬の鈴の音、朝立の旅客の音……何もかもみな過ぎ去ってしまった。
 私は御代田から馬車を雇って、その荒廃した有名な本陣油屋の家の残っているのを見に出かけた。交通の絶えた町はすっかり荒れて、新しい家などは一軒もなく、壁は落ち庇は破れたような家屋ばかり、昔の賑やかな宿場はすっかり山村となってしまっているのを私は見た。山畠には徒に桑の樹が植えてあった。
『え、どうか見て下さい』
 こう言って、その品の好い老婦は私達の前に草履を並べた。
 流石に本陣と言われただけあって、大きな大きな家屋であった。広い階段なども昔を思わせた。私達はローマのルゥインでも見るような気分で、塵埃ほこりのたまった中を一間一間と見て歩いた。その時分、女郎がいて張店を張ったという室の前に来た時には、『ははァ、そうですかね、ここに女郎がいたんですかね』こう言って深く考えずにはいられなかった。いろいろな戯れのあと、悲劇の址、涙の址という気がした。
 こうしたルゥインを見せられて、誰か人生の悠久なのを思わずにいられよう。また誰かこうしている自己の時の間に、時という陥穽かんせいの中に陥って行くのを思わずに居られよう。私達はただ押し黙って、塵埃の深く積った中を歩いた。
『Dust, all is Dust……』

 それにしても、今はどうなっているであろうか。やはりあのままにその家はあるであろうか。崩れて、ないしは倒されて、畠になってしまったであろうか。または新しく建てかえられて、避暑客の大勢行くところとなったであろうか。あの主婦は生きているであろうか。それとも死んだであろうか。あの時一緒に行ったV嬢は既にして、二三人の子の母親となった。S君は遠く海外の都会に行った。志賀村のK君はやはり同じ村にいるけれども、滅多に逢うような機会おりすらもなくなった。時はすぎて行く。我々をDustにしなければ止まないというようにして、時は一刻一刻にすぎて行く。しかしその時の中に幻影まぼろしのようになって残っているルゥインのさまの悲しさよ、かつ、寂しさよ。