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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage4
第15回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年3月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
前田夕暮
1496

結果発表

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コミュニケーション

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ジョンソン南島から
サヌキマオ

 上野の駅前の雑居ビルの一階にチェーンの立ち食いそば屋があって、ここのおかげで、東京の大抵の立ち食いそば屋の天ぷらそばが四百十円だということを知っている。建物が古いがゆえに汚い店なので、平日の昼時に入っても余裕を持って蕎麦を食うことができる――そんな話をこんな南太平洋の島ですることになるとは思わなかった。
 ジョンソン南島というのはミクロネシアにある小さな島だ。もともとアイオランド島にトローリングのつもりで出かけていたのだが、現地のガイドが「ホエールウォッチングの穴場がある」と誘われて連れてきてもらったのだ。島の中心部であるグータイの港からジョンソン南島には小さな漁船で一時間少し。名前のとおり、かつて十九世紀後半にジョンソンという植物学者が見つけた島で、アイオランド島から南にあるのがジョンソン南島、西にあるのがジョンソン西島ということになる。
 ジョンソン南島は小さいながらも波待港として今も機能していて、二十数人の村人が暮らしているという。グータイ港から見ても切り立った高い崖が屏風のようになっていて、ここならば船が波風の影響を受けにくいだろうというのがわかる。
 幸運にも水面スレスレを往くシロナガスクジラを眺めたあと、南島で少し休んでからアイオランドに戻ることにした。崖の縁に立つ、町で唯一の酒場で地元特産のラム酒のようなものを飲む。サトウキビを蒸留しているからラム、というわけではないらしい。不思議な香料のソーダで割ったものを二三杯も飲むとおしっこがしたくなった。店の人に案内されるままに入口の扉から裏手に出ていくと四阿が見える。四阿には大便用の個室がふたつある。壁の一面に樹脂の板が張ってあって、海に背を向けてした尿は岩に掘られた溝を伝って海に落ちていく仕組だ。ぼーっと用を足していると視線の先に絵の入った小さな額が下がっている。これはなんの絵だろう。どこかの町のくたびれたような扉と、扉にかかった消臭剤入りのお人形。なぜ私は、これを消臭剤だと知っているのだろう。
 ぎくりとして振り返る。あっと声が出る。上野のそば屋のトイレにある写真立ての写真と、眼の前の海が全く同じ景色なのだ。この絵の作者も、このアイオライト島と上野の立ち食いそば屋の両方を体験した一人なのだ!
 今すぐにでもこの奇跡を誰かに伝えたかったが、ガイドも釣り仲間も不思議そうな顔をして首を傾げるばかりなので、とても悔しい。
ジョンソン南島から    サヌキマオ

事件性
ごんぱち

 現場は海を見下ろす小さな一軒家だった。
「ふうむ……」
 通報で駆けつけた坂田は、戸を開け中に入る。
 窓と入り口から差し込む陽光が室内に差し込む。
 仕切りのない一間のせいで、幾分広く見えない事もないが狭い事には違いなく、小屋と称した方が適切だった。
 入り口の傍らは炊事場となっていた。男の独り暮らしにしては本格的なそれは、他の呼び方より炊事場と呼ぶ方が適切だった。燻製棚まで装備されている。燻製棚は使用していた最中だったようで、魚の切り身が並んでいる。
 坂田は切り身をつまむ。
「鰹……か」
 まだ水気の残るそれは、いくらかの抵抗をしながらも容易に曲がる。
「火の気も残っていないが、乾き切ってもいない。昨日の昼間から夜半と言ったところか」
 居住スペースは粗雑なフローリングになっている。
 使い終わったと思しき食器、敷きっぱなしの布団、その他には僅かな着替え程度。
 食器は焼き物の碗が二つ。雑炊か何かを入れていたのか、片方には乾燥した薄膜がこびりついている。もう片方は汁物に使ったようで、底に僅かに残り滓がある他は、汚れらしい汚れも目立たない。
「早朝の仕事を終えて、食事を済ませ……一息ついて出かけた、か」
 部屋の隅に置かれた布団は、起きたときの動きをそのままかたどったように乱れており、整えた様子はない。
 坂田はしゃがみ込み、床を隅々まで見渡す。隅に埃は残っているが、通常の行動範囲と思われる部屋の中央には目立った汚れや埃もない。
「血の跡もなし」
 坂田は家を出る。
「後は職場か」
 海辺へ向かう道を下って行った。

「争いや傷ついた様子は見られませんでした」
 オフィスに戻り、坂田は報告を済ませる。
「恐らく、息抜きに出かけた先の浜で、失踪したと考えられます」
「昼前頃に会ったという目撃者の証言とも合致するな」
「準備が為されていない事や、動機らしい動機が浮かばない事から、意図的な失踪というより、事故の可能性が大きいと考えます」
「急な高波か」
「はい。波は時として常の数倍になります。最後の目撃場所が浜辺であった事を考えれば、不自然な事はないと思います」

「――確かに行方知れずの記録があるが……これは律令の頃のものだぞ」
「とすると……本物でしょうか?」
「そうしておいた方が手続きは簡単だろ。証言は全部事実って事にして記録しとけ」
「検非違使ってのは面倒な仕事もするもんですねぇ。あの……竜宮城ってのも?」
「手を動かせ」
事件性    ごんぱち

青虫
今月のゲスト:前田夕暮

 うす赤いもやの世界である。どこからともなくぼやっとした光りが一面に行きわたっていて、空を掴む波が、ひらりひらりと音もなくおどっている。そして、何かがほそぼそとしてすすりなきをしている。歓楽を追う海獣の歎きか、それとも波のひびきか、眼にみえぬ音楽がひょうびょうとして遠くからただようてくる。
 青い絵の具をべたべたと塗りつけたような葉を垂れた一株の大きな植物がある。その植物の下に群衆が波うっている。群衆の顔は空からさす光に濡れて赤く、手をみな空にあげて幻影を追うている。
 波がしろい手をあげて音もなく群衆の方へ寄せてくる。
 群衆のなかから一疋の人魚が青白い光と一緒におどり出す。すっとからだをうかせて波の上に搖られると、濡れた伎体がただよわされてみるみる遠ざかって行く。波の底から不思議なすすりなきがきこえる。
 群衆の一人がさっと波に飛込む。
 とまた一人、群衆の頭の上をとび越して、ひらりと飛魚のやうに波に入る。一人また一人ひらりひらりと波におどり込む。みるみるまに群衆のすべてが波にさらわれて、広々とした陸地があとに残される。陸地にはうす青い草の芽がうっすらと煙っている。
 そのさみどりの草の葉に、私は今孵化されたばかりの、皮膚のうすい裸身の幼虫である。私は草のわか葉の上にねばりついて今頭をおそるおそる上にもたげたところである。そして、私の生きの日の唯一の仕事である貧婪たんらんなる食欲を全身に感じそめている。


 私はもう立派な一疋の青虫になっている。
 黎明の大地には潤い水っぽい青葉をたわたわにつけた野菜がほき上っている。私は軟かな巻葉のなかに這入って、日が地平線をのろりと放れる前に、野菜の一株を芯まで喰べつくして仕舞う。日がいよいよ地上にその光を放射し、野菜の葉という葉に浸透する。野菜は日光に飢えて一時にさっと葉をひろげる。土から水を盛んに吸上げて日光に醺醸せしめる。南風が陸のはてから野生植物の香気、草の葉ッ葉という葉ッ葉の新鮮な香気をおくってくる。私はこの日光とこの香気に示唆せられて素晴らしく旺盛になり、遮二無二野菜から野菜へと亘って片端から蚕食する。
 まだうっすらと青みがかったばかりの朝の野菜の嫰葉わかばに、私の重い裸のからだをもたせかけると、葉はまだ日光に硬化していないので、私の重みさえ堪えがたい程のしなりをみせて地につくばかりになる。私は葉柄の軟らかい繊維にしっかりと吸いつくように腹をつけて、自分の口に近いところから食べ始めるのである。私の胃の腑はふくらむだけふくらむ、日光に透かしてみると、体の全部が青い野菜をつめ込んだ胃袋にみえるであろうと思われる程に、朝から昼にかけて、昼から夕にかけて、夕から夜にかけて殆んど休息ということすら知らずにただ食べる、食べる。これは自らも驚く怖ろしき貧婪なる食欲である。そして、私は毎日毎日日の光と南風と、あたたかい大地と熱とのなかに、みわたす限りの野菜の海を蚕食しつくして、いよいよ食べきる日が来ると地上にころりと寝てしまうのである。私の変態である次の時代の虹のような華やかな生活を夢みながら、ゆっくりと眠るのである。


 街上に春の雪がほたりほたりと降りつむ宵である。明るい電燈の光のなかにも雪がちらちらと降りこむようにさえ思われる程、私達はホットウヰスキーに酔うている。
 私の前の卓に、白い給仕が一皿の野菜サラダをおいて行く。私は冷たいサラダに私の麻痺した味覚をよびさます。一枚の軟かい野菜の葉を食べながら、食欲から来るイリュージョンが私を陶酔させてくれる。
 硝子戸の外にあたたかい春の雪がまたほたりほたりとふっている。(カフェー・ライオンにて)