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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage4
第18回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年6月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
ツルゲーネフ/ 森鴎外
1615

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コミュニケーション

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カーテン
サヌキマオ

 初めて彼女の家に行ったのは夏の暑い日だったと思う。でもそうすると計算が合わないので、空梅雨とか、GWあとだったかもしれない。ともかく、規格外に暑い日だった。京急の駅からしばらく線路際を歩いて、線路と線路の間に挟まれた敷地にあるマンションの四階だった。部屋そのものの印象はそれほどない。そりゃあ彼女ももう同い年だったから、そこになにか女の子らしい形跡を求めようとかそういうことはなくて、ただ、なんとかして家に上げてもらったのだからやることをやらしてもらおうとか、そういうことしか考えていなかった(で、散々やった。明け方まで盛った)。
 ただ、一つ印象に残っているのは、部屋が西日の直撃する部屋だったことだ。さらには、その西日を遮る目的で設えられたカーテンのことだ。よく覚えている。人の腐った血肉を思わせる、おどろおどろしい色と柄。
 ときどき「禍々しさ」のことを考える。禍々しい、というのは、本当にロジカルでない、何が自分に害を及ぼそしそうな気配のものということだ。例えば腐った食べ物は科学的に見れば、細菌が繁殖して毒素を出しているから体に悪いという解説が成り立つが、科学が世間一般に伝播する前にだって「食べたらろくなことにならなそうなもの」というのは「禍々しさ」として感じる機能が人間には備わっていたはずなのだ。彼女の家にかかっていたカーテンはそういうカーテンだった。実は何色だったかよく覚えていない。血のような赤だったかもしれないし、反吐のような色だったかもしれない。それは壁を突き破らんばかりの夕日の赤が背景にあるからで。カーテンに柄はあっただろうか。洩れくる西日のほうが圧倒的に強くて、ものの多い部屋だったから、そんなものの記憶と一緒になって、これもまたよくわからない。
 彼女とは間もなく別れてしまったのだけれど、それはあの家の主が彼女ではなく、禍々しいカーテンだったからだ僕は信じて疑わない。あのカーテンに関わってはいけないと、あのカーテンと棲む女と一緒になってはならないと、心の奥底で何者かが叫んでいたのだ。
 それでこの前山手線に乗っていて(御徒町から池袋に行くところだったが)、窓の外を眺めていると、偶然にも彼女の、いや、あのカーテンの住む家を見つけてしまったのだった。電車の窓から見える、線路端のアパートの一室からあの禍々しい顔が覗いていた。きっと彼女もあそこに住んでいるのだろうと思う。
カーテン    サヌキマオ

プライド
ごんぱち

「今日はどうされました?」
「はい、どうも昨日の夕方辺りから、熱っぽいと思ったら、今朝には頭が痛くなりまして」
「ふむふむ、ならば葛根湯を飲みなさい」

「お次はどうされました」
「いつも何となくお腹が痛いんですが、それがどうも今週に入ってから強くなってきまして」
「それはいけない、すぐに葛根湯を飲みなさい」

「その次の方は」
「目が痛くて良く見えないので」
「ほほう、だとすると葛根湯がよろしい、お出ししよう」

「そちらのあなたはどうされました?」
「はい、私は、脱サラして小さい頃からの夢だったペンション経営を始める事を決めたのですが、妻はこれに驚きながらも協力して、献身的に働いてくれました。当初はバブル期のリゾートブームもあって、夏はゴルフ客、冬はスキー客で一定の収入はありました。今後の開発でより大規模な観光地となっていくと聞き、二号店の為の用地を購入した矢先、バブルが弾けました。開発は無期延期となり、タダ同然の土地とローンだけが残りました。不景気のせいでゴルフもスキーもブームが去り、ペンション周辺はゴーストタウン化とも言える状況になりました。町内会では、集客のための努力をすべきとの意見と、これ以上の痛手を防ぐ為に最低限の商売をすべきとの意見とで割れました。結果、町内会は後者の意見を採用しました。けれど夢をあきらめ切れない私は、自分一人でも集客しようと、名物を模索し、役所に掛け合いました。そうするうちに、持て余していた二号店用の用地が、珍しい山菜の群生地である事が分かりました。サラリーマン時代の同僚が分析してくれた結果、糖尿病に対する強力な予防効果があり、反面、鮮度が落ちやすく、その場で食べる必要があるとの事で、ペンションへの集客には持って来いでした。インターネットの普及していない時代、口コミや広報誌への掲載、旅行会社への交渉など、私だけでなく妻もよく働いてくれました。少しづつお客さんも増え、経営も軌道に乗り始めた時、妻が身体を壊しました。病気は治ったものの、予後があまり良くなく、以前のような体力がなく疲れやすくなっています。どうも栄養が足りないようですが、相変わらず忙しい生活のなかで十分な野菜も採れないのです。このままではまた同じ病気にならないとも限りません。知人は超健康ハイパー青汁が良いと勧めてくれているのですが、どうしたら良いでしょう」
「そりゃ心配だね……葛根湯でも、のむかい?」
プライド    ごんぱち

該撤ケエザル
今月のゲスト:森鴎外/翻訳
ツルゲーネフ/原作

 目の前なりし霧は全く消えて、わが脚の下には極みなき野原みゆ。我頬を吹く風の温かさにても、既に此境のロシアの外なることを知るべきに、野原のさま、わがふるさとのものには似ざりけり。見卸せば、暗くまた淋しく、ひともとの草もここにはえずとおもわるるに、ここかしこに湖のおもての鏡に似たるあり。遠く望めば風なく又波なき海原あり。頭の上には広く美くしき雲の絶間より大なる星輝けり。いずこよりも絶間なく物の声の上りきて人の眠を催すに似たり。
「ここはポンチニの沢なり。聞ゆるは蛙の声、立ちのぼるは硫黄の気なり」とわれを負いて飛びゆくエリスささやぎぬ。
「さてはポンチニなりとか。いかなれば我をかかる哀しきところに伴いたる。くここをさりて、羅馬ローマに導け」余はかくいいしとき、心の中の悲しさ、忍びがたきほどなりき。
「羅馬は遠くもあらず、いざ」と我を促がしたてて、ラチウムの道に沿いて飛行けば、沢をわたる老たる牛は、短く曲れる角を戴いたる怪しげなる頭をもたげて、愚なれど猛く見ゆる目をみひらき、暫くあたりを見廻して、湿うるおいたる鼻を高く空中に挙げ、声あららかに息す。飛行く我等をや見たりけん。
「今は羅馬にこそ来たれ、見よ」かく勤められて見卸せば、地平線のあたりに黒き物あり。昔神の作りたる橋か。されどながれの見えぬはいかに。 いかなれば又処々ところどころの断えにたる。こは橋にあらず、むかしの水道のなごりなり。ここは羅馬のカムパニアとて世に聞えたる名所なり。かしこにそびゆるはアルバノの峰なり。昇らんとする月に、水道の穹窿きゆうりゆうと山の頂とはひかりかがやけり。
 雲の通路を忽又たちまちまた上ぼりて、とある古蹟の前に来ぬ。墓か温泉か、さらずば宮居なるか。はいまつわれたる色黒き蔦かずらは、中に鬱したる気を洩らさじとするにや。下の方に喉を開きたるは、半壊れたる堂なりけり。正しく積畳ねたる石垣よりも、包みし大理石の埃となりて飛去りし後は、古墓に似たる陰森いんしんの気たちのぼりたり。
 エリスは高く手を挙げて、「ここなり、ここなり。羅馬のむかしその名聞えし英雄をここにて呼びたまえ」といいぬ。
「そは又何のために」
「唯呼び玉わば見ゆるものあらん」
 余はしばしたゆたいしが声高く「ケウス、カユス、ユリウス、ケエザル」と三たび叫びぬ。
 この声のこだまに響きて、まだ絶えぬほどに、あなや。これを写出さんとするに力及ばず。始はつづみの音とおぼしきもの微に聞えて、極めて遠き処ならずば、極めて深き大地の底にて、数限なき人のにわかに騒立ちたるが如し。立ちあがり、馳せちがい、さて呼びかわすようなれど、此声は千載の眠の夢醒めて、僅に胸より出でたるが如し。とみれば、空中にうごめくものありて、古蹟の上は暗うなりぬ。この時、我面の前を影の如きものの過行くあり。頭のまるきは鎧にもやあらん。尖りたるもの持ちたるは鎗にもやあらん。この鎧の如く鎗の如きものは、月に映じて青き光を放ちたり。この陰兵は往きつ還りつ、ようようにその数加わりて、怪しき力ありて動かす如し。この力は大地をも動かすべう見ゆれど、数知らぬ陰兵の影はおぼろげにのみ見えて一としてあざやかなるはなかりき。こはいかに。むら立つ影は色めきて、あとへあとへと引かんとす。千万人の口より聞ゆるは
「ケエザル、ケエザル、ヴェニット」(該撤、該撤来)
という声。風に捲かるる木の葉の如く、いままで見えし陰兵はなごりなく消失せて、神おどろおどろしく鳴りわたり、古蹟の後の方よりは、頭に桂の葉の冠を戴き、色あおざめたる人の眶を垂れたるが出でたり。見れば帝王の相なりけり。
 この時の我心、おもい出すだにおそろしさに耐えず。此眼の開かんおり、此唇の開かんおり、わが弱き身のいかでかこときれざらん。
「エリス、エリス疾く我を伴いて還れ。このおそろしき羅馬を去れ、このおそろしき羅馬を去れ」
「君の心弱さよ」とつぶやきつぶやきエリスは我をたすけひきて虚空はるかに昇るほどに陰兵の高く呼ぶ声又一たび遠く聞えて、脚の下暗うなりぬ。