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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage4
第25回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年1月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
横光利一
1273

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

日本庭園にて
小笠原寿夫

「和の心得は、ありますか?」
唐突過ぎる質問に、絶句した。
「いえ、ですからお茶道とか生け花とか。」
その手の質問に、慣れていない私は、
「料理の心得なら、少し。」
という答えを出すのが、やっとだった。
「素晴らしい。どんなお料理を?」
私は、躊躇った。料理といっても、カレーライスか肉じゃがしか出来ない私に、よもすれば、挑戦状にも似た質問だった。
「いえ、母から齧った程度で。」
獅子脅しが、鳴った。
「音楽番組は、見られますか?」
相手は、目を見開いて言った。
「第九が大好きでね。ベートーベンは、交響曲第九番に『運命』と名づけた。それを見極めた貴方は、やはり私と気が合うのかもしれません。」
相手の声が、高らかに成れば成る程、私は俯いた。先ほどの質問に、答えようと思った。
「和の心得というと、日本の風情だとかそういった物にこだわりがあるのでしょうか。」
自分でも、かなり芯を突いた質問の積もりだった。
「見てください。この日本庭園を。ここには、和を催した四季折々が、全て詰まっています。例えば、あの灯篭。灯篭には古来より魔除けの意味合いが含まれていて、それが今の日本にも息づいている。こんなに素晴らしい国に生まれた貴方に会えて私は光栄だ。」
日本人女性なら、数多にいるのに何故、私が国家を代表して、この人の話し相手にならなくてはいけない理由が解らなかった。後で、母に文句八百言ってやろう、と思いながら、笑顔で頷いた。
「光栄です。」
私は、嫌われる覚悟で、質問を捻り出した。
「お笑い番組とかには、興味がないでしょう?」
相手の表情が、少し曇った。
「日本にはね、古来より三河万歳というものがあります。シテとツクリテに別れて、舞と音楽を奏でる。その文化が絶えようとしている事に、私は若干の悲しさを感じます。」
チャンスだ。この人は、笑いを知らない。
「毎年恒例の笑ってはいけないシリーズは、拝見されますか?」
どんどん相手の表情が曇っていく。
「文化というものは無害であるべきだ。しかし笑いという文化には、若干の攻撃性があります。それは、日本のあるべき姿ではない。」
「いえ、質問に答えてください。笑ってはいけないシリーズはご存知ですよね。」
「笑ってはいけないのですか?」
突拍子もない答えに、私は鼻を鳴らした。
「それでは年末は、何をご覧になるのですか?」
「年末は北米で和を広めるビジネスをさせていただいております。」
私は、この瞬間、赤旗を揚げた。
日本庭園にて    小笠原寿夫

ねずみ
サヌキマオ

 家にねずみが入ったであろう日のことはよく覚えている。小雨の日だった。帰ってきて家の木戸を開けようとすると視界の下端を何かがかすめて、見るとねずみがひょこひょこと木戸の下をくぐるところだった。入口のガラス戸の横は車庫になっていて、ねずみは車庫の奥にそのまま消えていった。築七十年を超えた古い家なので、裏手の家二軒との垣根がない。三軒の中心には今は使っていない井戸がある。ねずみは足を怪我しているふうだった。通り抜けるだけで、よもや家に用事があるとは思わなかった。
 半月もするとねずみの走り回る音が聞こえるようになった。足音の数が増えていき、床に落としていた飴玉の袋が食い破られているのを見かけるようになる。あるときには、仕掛けていたごきぶりホイホイが部屋のあちこちに移動するようになった。装置が使命感に目覚めて動き出したわけではない。ホイホイのネバネバが走り回るねずみの脚に着いては一緒に移動して、やがて外れているのだ。ようやくなにかする気になった。
 きっとどこかの壁に穴が空いているはずだが穴が見つからない。落ちている包装くずの量から、だいたいねずみの動線が見えてくる。古くて閉まらなくなった押し入れが怪しかった。開けて覗くと、天井の板が横にずれている。きっとここから出入りしているに違いなかった。糞の形からクマネズミであることもわかった。ドブネズミでなくてよかったと妙な安心をする。
 それで、とうとうねずみホイホイをしかけた。ものすごい粘着力で、張り付き防止のシールを剥がして設置するにも一苦労というやつだ。ねずみは飢えているので次々に捕まった。捕まってもがいて糞をたれ、人が寄ってくるのに恐怖してさらに糞をたれた。一族が一匹一匹と捕まって、最後に巨きなのが取れた。親玉に違いなかった。あの雨の日に見かけたやつとはまったく違う個体の気がする。抵抗して食いつかんばかりに首をふるのが怖くなって、観音開きのホイホイを左右から閉じてみた。するとどうだろう、ねずみが裂帛の気合とともに一声叫ぶと、閉じかけたホイホイが、また開いた。まったく嫌になって市指定のゴミ袋にねずみを逆さに押し込んで、そのまま玄関の脇に置いた。しっぽがしゃいしゃいとよく動いた。
 駅前なので燃えるゴミの収集が深夜に来る。眠れずに床に伏していると「ちゅーっ」という叫びと、清掃員の「うわぁ」という声が聞こえて、思わず寝たまま敬礼する。
ねずみ    サヌキマオ

一見さんお断り
ごんぱち

 連なる山に日は落ちかけていた。
 ぽつぽつと続く街灯りに照らされる路地を、男が独り歩く。
 バッグを持っていない右手でコートの襟を立て、顔を覆いながら進む男の目が、一軒の小料理屋に留まった。
 路地の右手側にある小料理屋で。すりガラスのはまった格子戸に無地の暖簾がかかっている。店内の様子は見えないが、明るく営業中のようだった。
「――やってますか」
 店内はカウンター席が四つ、小上がりでテーブルが二つ。他の客はいない。
「ようお越し下さいました」
 カウンター越しに店主が会釈した。和帽子の隙間から黒髪混じりの白髪が見える。
「けど、えろうすんません」
 男が席を目で探る間も与えず、店主は続けた。
「一見さんお断りさせてもろてまして」
「そうですか」
 男は踵を返しかける。
「すんません」
 にこやかだが、有無を言わせぬ雰囲気がある。
「では」
 男は向き直る。踵を返そうとしていたのではない、バッグの中身を取り出していたのだった。
「カツゲンさんならどうです」
「ぬぁっ!?」
「北海道のソウルドリンク、雪印メグミルクのソフトカツゲンさんならどうなのだ!」
「ぐ、ぬ」
 初撃の奇襲、そして本命の二撃目、これに耐えられる料理人は決して多くはない。
「――そして、これが!」
 店主の表情が凍り付いた。
「期間限定のブドウカツゲンさんだああああああ!」
 抜く手も見せずに現れたブドウカツゲン。その五〇〇mlパッケージを指二本で開くや、ストローを挿し、店主の口元に到達させる。その間僅かコンマ二八ナノ秒。呼吸のタイミングを完全に読まれ、店主は回避の術がない。
「うぎゃあああ!」
「日中事変の最中に生まれた、一〇〇年近い歴史の力、思い知ったか!」
「ぐぐ……ぐ、ぐぐ」
「カツゲンさんの直撃だ、無理はするな」
 その時。
 壁にめりこんだ店主の、指先が動いた。
「ぐ、ぐ、ぐふふ、ぐふふふふ、ふははははは! 笑わせてくれはりますな!」
 壁から飛び出した店主は、二回転して音もなく調理場に降り立つ。
「な……無傷!?」
「京の歴史は一二〇〇年! 一〇〇年なんぞ、ついさっき! 乳製品の歴史においても、それは同じどす!」
 店主の背後に猛牛の幻影が浮かぶ。
「喰らえ、大般涅槃教にその名を残す、『醍醐』!!」
「うおおおおおお、う、うんめえええええ!」

「――え、あの店一見さんお断りじゃなかったか、四谷?」
「ああ蒲田。カツゲンと交換でなんかチーズみたいなのだけ喰えた」
一見さんお断り    ごんぱち

よってって七草
アレシア・モード

――昔、唐国の楚の地方に大しゅうという者が居た。

「いきなりだけど、しゅうって漢字でどう書くの」
「知らない……きっと難しい漢字でしょ……」
「じゃあ私が決めるね。䯂でいいかな」
「……読めないよ。まあいいわ……」

――孝行者の大䯂は、老いた両親の衰えを悲しんでいた。はや百歳に及んだ両親の、腰は曲がり、目は霞み、大䯂の言葉もよく聞こえず……

「いや、百歳って」
「……大䯂は二人を再び元気な姿にしたいと仏神三宝に祈り……」
「あ、スルーした。ていうか大䯂こそ何歳? 自分の心配した方が良くね?」

――何とぞ父母を若返らせてください。叶わぬなら私の身を老い朽ちさせても代わりに、と山に籠って三七、二十一日。

(孝行とかいって三週間も放置か……)

――遂に帝釈天が降臨し、お前の願いを叶えると仰った。

(折れたな……)

――須弥の南に白鵞鳥あり、長生八千年。春の初めに七色の草を服するが故なり。その術を汝の両親に転じよう。七種の草を集め、柳の木の盤に載せ、正月六日、酉の時より玉椿の枝にて打つべし。酉の刻よりセリ、戌の刻よりナズナ、亥の刻よりゴギョウ、子の刻よりタビラコ、丑の刻よりホトケノザ、寅の刻よりスズナ、卯の刻よりスズシロ、辰の刻にこれらを合わせ、東より岩井の水を掬って若水とて白鵞鳥の渡らぬさきに七草を炊き……

(面倒だな。誰がそこまでやるか)

――服せば、一口で十年、七口で七十年、若返ると……

「いやいやいや!」
 アレシアは叫んだ。
「これ、そんな効果あったの? ヤバくない? 十口食べたら親若返りすぎて消滅するじゃん」
「……そう? ヤバいかな」

 アレシアは手元の椀、先刻より二人で食べている七草がゆの椀を見た。三口は食べただろうか? ただし、お代わり三杯目である。途中から酒を飲みだしたので食が進んだのだ。ご飯だろうが汁だろうが草だろうが、味さえあれば酒を飲めるというのは人としてかなり末期的だが、今はそれどころではない。マリが妙な所で病的な集中力を発揮して病的な成果を上げる事をアレシアは思い出した。マリが本格的七草がゆを作ったと言うなら、それは度を越えた本格なのだ。アレシアは自分の迂闊を呪う。マリの言う本格的とは味の話と思い、まあ美味しいし頑張ったな程度にタカを括っていたが、
(今の蘊蓄で明らかだ)
 彼女は、七草の呪法を本気で仕掛けたのだ。
「図ったなあ、マリ!」

 マリは微笑んだ。
「……あなた、面白いわ。もっと飲みなさいな」
よってって七草    アレシア・モード

今月のゲスト:横光利一

 私は頭の病気になった。悪くなりだすと頭は加速度的に悪くなりだす。これは頭の一つの特徴だと、そう博士が私に話したことがある。例えば私が町を歩く。自分が町のどこへ行こうかと考える。すると、もう君の頭はいっそう悪くなっているのだと博士は言った――
 私は私の頭が良くなりかけているのか悪くなりかけているのかと考える。すると、自分の頭の悪い部分で自分の頭の悪い部分を良いか悪いかと考えるそのことがすでに、いっそう自分の頭を悪くしているのだという。私は友人の薦めで頭に効く山中の温泉場へ行ってみた。すると、そこには頭の悪い者ばかりがうじうじと集まっていた。私が湯に浸っていると同じく浸っている者が私にあなたも頭が悪いのですかという。そうだと答えると、その病人も実は私も悪いのだという。どんなに悪いのかというと、こうこうにしてかように悪いなどと言い合って、つい話はまた自分の頭の悪い部分のことばかり探り出す。そんなにして自然とまた私は、終日ここでも自分の頭の悪いことばかりを考えて暮さねばならなかった。
 いったい私の頭の悪くなる一番の原因は、自分で自分の頭を試験ばかりしたがるからだ、と私はそこで友人になった頭の悪い男に話したことがある。すると、その病人も自分もそれで困っているのだがこれは枕がいけないからだと言い出した。枕は一日の中の三分の一のあいだ頭に送る血を首の所で圧えている。それがいけない。頭へは出来うる限り多くの新しい血を送らねば頭は癒るものではないと言った。ところが、この男の哲学は不思議に私には魅力があった。これほど簡単で素朴な説は今まで私は聞いたことがなかったからである。それからというもの、私は寝ても醒めても枕のことが気になってきて困りだした。夜寝るときはもちろん道を歩いているときでも、いつも枕が首の後にひっついているように思われて来たのである。ふと頭のことを考え出すと、手がいつの間にか首の後ろへ動いている。手が動くと枕がそこにないにも拘らず、急に枕がそこへこびりついたと同様に首に枕をしているように思い出す。このように枕のために苦しみ出している、その矢先に、また私の友人は私に逢うと枕のことばかり話し出すのだ。どうも今日はいつもより頭が良いと言うと、それは枕の仕方が良かったからだと言う。今日は頭が曇っていると言うと、それは枕が堅すぎたのだと言う。枕、枕――枕、枕、とそんな風に行く先々で私は枕にばかり追っ馳けられて暮らしていると、ふと私は枕に追っ馳けられているのは私だけではないということに気がついた。この温泉場にいる頭の悪い病人は、私の友人から殆どことごとく同じ枕の話を聞かされていたのである。そのためその者たちは私と同様に日々枕と闘いながら枕の話ばかりをしていたのだ。この枕の伝染病の中へ浸っている病人たちは、昼は山を歩きながら枕のことを考え、夜寝るときは枕のことを考え、その枕と枕との間でどうすれば枕のことについて考える生活費が出るかと考えながら、ますますと不思議な頭の作用で頭を壊していっているのだった。
(昭和四年十二月)