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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第60回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 12月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
史煮記令奈位
995
4
アレシア・モード
1000
5
紫式部
1290

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昔おとこ
サヌキマオ

 昔おとこありけり。ありを蹴りて昔に自在せしよりそう呼ばれたるぞと。
 ある人の聞く、なんの故に昔を往来すと。おとこ答えていわく特に仔細なし、昔の京と今の今日で別々の楽しみやあらん。

 それはさておき、おとこに蹴られる方のありは溜まったもんじゃなかった。ほぼ十中八九ありが潰れて死んでしまう。
「他に方法はないもんですか」ありの自治会もずいぶん役所などに相談したものだが、どうやらありが持っている蟻酸がタイムスリップに影響を及ぼすらしく、これはありに犠牲になってもらうしかない、と区の公園課の課長はにべもなく言い放った。
「一人のおっさんの趣味で我々の仲間が殺され続けるとしたら溜まったものではない」
「どうせお前らありごときはたくさんに増えるのだからいいだろう」
「それを人の身に置き換えてもおなじように言えるのか」
 所詮人は人のためにしか社会を作らない。

 あり挙りて無量大数となる。一族無尽蔵となりどっとおとこに押し寄せさんざんに食いちぎり、乳首ふたつと骨ばかり残れり。畢竟おとこは冥土の旅に出でり。
 各種のくすりを撒きありを拂うも、骨ばかりなるおとこのことは自業としてねんごろにせず。おとこ冥土の旅を経てゆくゆく閻魔の前に出る。ありを殺せし咎にて無間地獄に落ちたるとぞや。
 おとこ動ぜず「地獄には地獄の楽しみぞある」と笑ひけり。

 昔おとこありけり。女の得まじかりけるを年を経てよばひわたりけるをからうじて盗み出でていと暗きに来にけり。
「マジカルですね」
「マジカルですか」
「女の得るマジカルといえば魔法少女でありましょう」
 魔法少女が心を盗まれて闇に堕ち魔女になったのだ、とおとこは解説した。
「どこかで聞いたような話!」
 川といふ川を率て行きければ草の上に置きたりける露をかれは何ぞ、なむ男に問ひける。
「ジェムですね」
「ジェムだろう」
 女、人の心を喪いて魔に落つ。「あなや」と言ひけれど神鳴る騒ぎにえ聞かざりけり。
 ある人の聞く、なんの故に女まじかると。答えていわく特に仔細なし、少女と魔女で別々の楽しみやあらん。

 昔おとこありけり。そのおとこ身をえうなきものに思ひなして京にはあらじ東のかたにすむべき国求めにとていきけり。
「この『えう』とはなんですか」
「『用』です。つまり、ありを蹴って遊んでいたら急に冷めた。スン、ってなった」
 もとより友とする人ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて惑ひ行きけり。
昔おとこ    サヌキマオ

時そばアフター
ごんぱち

「かかぁ、けえったぜ」
「ふぁふぁ、ぁあお前さん」
「起こしてすまねぇな、売れ残りの蕎麦でも食うか?」
「いらないよあんなの。妙にご機嫌だね、良い事でもあったのかい」
「ふふっ、間抜けな客がいてな」
「……間抜けな客?」
「四つ刻(どき)だったか、その野郎、ベラベラ喋りながら蕎麦を喰ってたんだが、さて支払の段だ」
「はあ」
「『細けえのしかないから、手え出しな』てんだよ。で、子供に小遣いやるみてぇに『ひぃ、ふう、みぃ』って、一文づつ置いていったんだ」
「そう」
「八文まで払ったところで、何を思い出したんだかその野郎『今何時だい』って、時を聞いたんだよ」
「時を、ねぇ」
「オレが四つだてぇ答えたら、こんがらがったんだろうな、『いつ、むぅ、なな、やぁ』って、勘定が戻って余計に払いやがって、四文儲けちまった」
「お前さん……」
「ど、どうした、そんなおっかねえ顔をして」
「あたしはね、お前さんの蕎麦がまずい事はよーく知ってる」
「な、なんだ、薮から棒に」
「手際も悪い、器も汚い、看板もただ自分で丸を書いただけの丸屋。でもね、毎晩欠かさず商売を続ける、その心意気だけは立派だと思ってたよ」
「お、おう」
「その四文、どうして返さないのさ? 商売は信用第一だよ。だから商売人が算盤をはじくんだ、お客さんが算盤持って確かめるようになっちゃおしまいだよ!」
「わ、分かった、明日返すって」

 次の日、蕎麦を喰った方の男が、外を歩いておりました。
「――いやあ、昨日の蕎麦はまずかったけど、勘定はごまかせたなぁ、ふふふ」
「おおい!」
「――ん? あ、あれは蕎麦屋? こりゃあ、気付いて追い掛けて来やがったに違いねえ!」
「お客さん、悪かった、ちょっと止まってくれ!」
「冗談じゃねえ、止まってたまるか」

「……見なよ、よく見かけるマズい蕎麦屋が八五郎を追いかけてるぜ、喧嘩かねぇ」
「大方、勘定でもごまかしたのかな」
「――お客さん、やっと追いついた!」
「ひぃ!」
「おい、どうした蕎麦屋さん、八がやらかしたかい」
「すまねえな、こいつも悪気があってやった事じゃあねえんだ」
「いえ、お客さん、貰いすぎた四文、お返ししまさぁ」

「……おい八、何だってお前が逃げてたんだ?」
「まったくだ」
「いや、おれにもさっぱりだ」
「まあ良いやな。俺達はこれから松つぁんのじい様の通夜に行くんだが、お前もどうだ?」
「結構良い物が出ると思うぜ」
「いやぁ、お斎(とき)はもう、こりごりだ」
時そばアフター    ごんぱち

私小説
史煮記令奈位

仮の私を好きだと言ってくれる人は沢山いた。
「私」も仮の私が好きだった。「私」は仮の私になりたかった。なろうとした。
でもやっぱり「私」は「私」だった。仮の私は私に過ぎなかった。

ああ寒い。人間は皆1人というけど。「私」は孤独なんて嫌。1人なんて嫌。
だからと言って誰でもいいからこの孤独を埋めてほしいとは思わない。
「私」が心から信頼した人と一緒にいたい。友達でも恋人でも関係なんてどうでもいい。
ただただ「私」という人間を受け入れてほしい。嘘偽りなく。
自分勝手なのかな。でもみんなだってそうでしょ?

だから、いつからか、「私」は「私」を好きだと言ってくれる人を探した。
探して、探して、倒れながら、あがきながら。
やっと見つけた。
そう思ってた‥。

昨日、大きなものが1つ壊れた。「私」の中で大きな音を立てて崩れてしまった。
ああ、「あなた」も「私」をおかしいというの。
あんなにも「私」と過ごしたのに、あんなに笑ってくれたのに。
「あなた」は離れていくの。と。

人間だもの。いつか終わりが来る。それが今だっただけ。
そう言われても1つ、また、1つと壊れるたびに喉がきゅっと痛くなる。
鼻がツンとして、視界が揺らいで、気づいたらぐちゃぐちゃになる。
その瞬間この世から溶けていなくなりたくなる。「私」をすべて消したくなる。

そうか。でも「あなた」が言うなら「私」はおかしいのかもしれない。
全て「私」が悪かった。「私」のすべてを直すから。だからそんなこと言わないで。
今までのようにこれからも、一緒にいてほしい。そう思うと思った。
でも違った。

ああ、あなたも違った。それまでの人だった。
これから私と関わることがあっても、一生「私」と関わることはない。
「私」の人生にあなたはもういらない。

そしておかしくなった。「私」の愚かさに笑いが止まらない。
あなたは「あなた」じゃなかったのに
私はあなたを「あなた」だと信じて疑わなかったのだもの。

ひとしきり笑い、そして震えた。怖くて怖くて震えが止まらなかった。
あなただけじゃないの?あなただけだよね?
「私」はあなただけ間違えただけ。他は間違ってないよね。
どうしよう。間違っていたら。
どうしよう。「私」を見せてしまった。
すべてが崩れたら、壊れたら、どうしよう。
怖くて、怖くて震えが、笑いが、止まらなくなってきた。
そしていつの間にか消えてしまった。

そして今日、完璧な私になった。
全てがおかしくなった。
私小説    史煮記令奈位

とかくこの世は朗らかに
アレシア・モード

 スタジオの扉を開けて、朋樹が入ってきた。
「おう、トモキ」リーダーが声をかけた。まるで前のまま、次のライブの練習を始めるような挨拶だった。私――アレシアは、本当はまだ割り切れていない。でもやはり何事も無いかのように微笑んだ。譜面から目を上げたサンジュンも同じ気持ちだったかも知れない。朋樹もまたそうなのだろう。この数日の事など何もない風に「すまね、バス遅れた」とだけ言って楽器ケースを肩から下ろした。彼はいつもそう言って遅刻しては髪をくしゃりと掻くのだが、その仕草を見るのも最後なのか。そう言えばこいつ楽器持って来たな。今日はもう挨拶だけかと思ってた。

 ――ゴッドブラボーズを抜けようと思う。
 そう言って朋樹が皆に頭を下げたのは先週だった。突然の事に動揺する私達に、言葉を継いだのはリーダーだった。曰く、彼の家業の問題で、一家で東京へ出なければならないと、バンドを続ける事はもうできないと。「すまね」とだけ言って、朋樹は顔を上げなかった。
「それって実際、ワシらの解散って話やないのか」
 サンジュンが言った。最近、朋樹が理由も言わず休みがちだった事から、誰ともなく湧きでた懸念だった。サンジュンのギターは上手い。リーダーのミュージックソーは客席を沸かせる。私は美しく立つ。だが桃山ゴッドブラボーズのライブを章立てするのは、オープニングからエンディングまで結局のところ朋樹のアコーディオンだったのだ。
「朋樹なしのゴッドブラボーズとか、無理やで」
「無理じゃない、やるのよ」私は立ち上がった。「私は立ってるだけのメンバーだけど(おい、とリーダーがツッコむ)熱意は誰にも負けない。さあ結成の熱い夢を思い出すのよ! 私達はリズムショウで旗揚げして外タレコンサートの前座を張って東宝の正月映画でドル箱になってテレビで視聴率お化けと呼ばれてお笑いレジェンドになる! 東京での朋樹の売り込み次第でね!」
「ええっ?」と朋樹が私を見た。
 やっと顔をあげた。

 朋樹がケースから自称エキセルシァーを取り出し、ベルトを両肩にかけて抱える。鍵盤がいつになく輝く。サンジュンがスタインバーガースピリットを構える。私は美しく立つ。リーダーがギブソンの胴を叩き、リズムが始動する。
「朋樹の旅立ちと、桃山ゴッドブラボーズの新時代を祝して、ハイ!」
 アコーディオンがうねる。陽気に愉快に、仲よく奏でる!
 ♪笑って歌って、ゴッド・ブラボーズ!
とかくこの世は朗らかに    アレシア・モード

追儺(紫式部日記より)
今月のゲスト:紫式部
与謝野晶子/訳

 十二月の二十九日に自分は実家から宮中の中宮御殿へ参った。初めて御奉公に出たのもこの十二月の二十九日と云う日であったと思い出して、その時分に比べて人間が別なほど宮仕えに馴れたものになっている。自分は悲しい運命の女であるなどとしみじみ思った。みや様の御謹慎日であるためまえへも出ずにそのまま部屋で心細い思いをしながらしんに就くと、近く眠っている人たちの中の誰かが、
「御所は外とは違いますのねえ、どこに居てももう今頃は眠られるものですがねえ、よく聞こえるくつの音と云うものが眠入ねいっていても直ぐ目を醒まさせてしまうのですものね」
と浮気者らしく云っているのを聞いて、

  年くれて我世ふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな

と歌った自分は、自己の老いをほかの形で歎いているのに過ぎないと自ら憐れまれた。

 三十日の夜についの式が早く済んだので、自分は部屋で歯を染めることなどをしている所へ弁内侍べんのないじが来て話などをしているうちに、彼女は寝てしまった。下段の室の方では御裁縫係の女蔵人くろうどが童女のの仕立てている重ね物の折り目を附けてやったり、縫いどころを教えてやったりするのに熱心になっていた。ふとこの時に御前の方でけたたましい人声が起こった。内侍を起こしたが目を醒まさない。恐ろしい目に遭っているように泣く女の声がするので、自分はどうしていいか度を失った。火事が起こったのかと思って見たがそうでもない。自分は縫い物のお師匠さんの女蔵人に同行を求めた。
「ともかくも宮様が御殿においでになる時なのです。私たちは参って見なければなりません」
 と内侍を荒く揺り起こして三人が慄え慄え、廊下を踏む足の感覚もないほど恐がって藤壺へ参ると裸体の女が二人いた。靭負ゆけい小兵部こひようぶである。それと見て自分達は一層の恐怖に囚えられた。どころに勤めている男達も今夜は皆な外へ出ていた。宮様附きの侍も瀧口たきぐちの武士も追儺が果てるのと同時に自宅へ帰ってしまったので、どんなに手を叩いても答える者がない。ようやく出て来たのはお台所係の老女であった。
つね殿てんへ参って、兵部丞ひようぶのじようと云う蔵人を呼んでおいで」
 と自分は恥も忘れて知人の名前を口づから云ったのであった。老女は帰って来てその人の居ないことを報じた。自分は折の悪さが恨めしくてならなかった。式部丞しきぶのじよう資業すけなりが駆けつけて来た。その人は元気よく一人であるだけの灯に油を注して廻った。侍女達の中には意識を失った人のように、ただ目だけを向かい側の人と見合わせたまま呆としているものもあった。陛下からお訪ねの使が参ったりした。どんなにこの晩と云うものが自分に恐ろしかったか知れない。陛下は納殿おさめどのにしまわれた物の中からお出させになって、盗人に遭った二人の侍女へ衣服を下賜あそばされた。その人々のはるに盗人は手をつけなかったので、朔日ついたちの朝の二人はさり気ない風をしていた。しかし自分はその人々の裸体だった時の幻影をその人々から離すことが容易に出来なかった。自分は見るたびに恐ろしさが更に呼び起こされて、可笑しかったと評し去ってしまうことも出来ずに、めでたい元日におびえた昨夜の話を朋輩としないわけにはゆかなかった。