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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第96回バトル 作品

参加作品一覧

(2025年 12月)
文字数
1
おんど
1000
2
凛々椿
1000
3
サヌキマオ
1000
4
ごんぱち
1000
5
Humanitext Aozora
1372
6
小川未明
1823

結果発表

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Entry1
長編小説(途中まで)
おんど

ニシンスピリットに溢れていた日本ニシンの会が好きだった。もとはといえばニンシンの会だった。飲み食いヤリ性治だった。ピルもなく勃起剤もなかった時代の要請もあったんだろう、自己責任でなんとかしなければならないのだった。若気のイタリーから奔放な思想が輸入され、無軌道な若者たちによって捻り出された日本ニンシンの会が発祥で、その立ち上げには私もことさら一枚噛んでいたというジャーナリストもいるのだが、やがてそれがジャーナリスムス(かねて主張している通り、オーガズムよりオルガスムス派である)に堕してしまった。
さいきん魚屋で見かけなくなってしまったニシンだが、骨ごと食べられるニシンを求めて北海に出かけることもしばしばだった。性春18切符で各駅停車を乗り継ぎ、ストーブ列車でイカをあぶり、市立図書館ワンオペ司書であるところの梶原さんに無理やり有給休暇をとらせて同行を強要し、コンパートメントトイレで窮屈な体勢のまま屈曲位を極め、根室にたどり着いたのは日もとっぷりくれた秋の夕暮れであった。
ウエットスーツに着替えて北海へと二人して飛び込んだのだが、秋の北海は冷たく、腰までつかったところで震え上がり、梶原さんの胸の突起は分厚いウエットスーツを突き破らんばかりに固くなってしまった。これは長期戦を構える必要がある。素泊まりで予約していた民宿からFAXを送り、まずは劇団四季の名称を劇団二季に変える運動を開始した。というのも民宿の看板娘がロシア系女子高生のニキータであったし、素泊まりで予約していたのにもかかわらず身欠ニシンを夜食として振る舞ってくれるなどして意気投合し、その夜のうちに根室水産高校へ非常勤講師としての職を得ることができた。
自慰連立政権と聞いて思い出したのはそんな根室水産高校での日々だった。血気盛んな若者たちは授業の合間も我慢できず、5分休憩の間にトイレで下半身をむき出しにし、連れ立って精液の飛ばし合いを行い、体調管理と急ごしらえの連立の結束を高めたものだった。トイレの床が細かいタイル地となっているのは、正確に精子の飛距離を図るものだと用務員のニコライがそっと耳打ちしてくれた。ニキータの通う壁一枚隔てた根室商業高校の女子トイレから聞こえてくる音を聞きながら、日本から四季は失われてしまったけれども、ごわごわとしたトイレットペーパーで尿の雫を拭き取る音が儚い秋の風情を北方領土へ愛国の思いとともに
長編小説(途中まで) おんど

Entry2
すいとっと
凛々椿

「──そげんこつなかもん!」
 千織が鼻をふくらませて言い張るものだから、あまりにおかしくて、いじらしくて、ついいじめたくなってしまった。
「じゃあさ、なんで唐揚げと、卵焼きと肉じゃがと、サッカーボールごたおにぎりばこしらえて、靴箱にむりやり押し込んできたんよ。ふつうはラブレターば靴箱に忍ばせるっちゃ。それを漆塗りの三段重とか、けなげば通り越してお正月の女房やんか」
 千織と初めて出会ったのは、幼稚園のジャングルジムだった。
 幼稚園は転校と言うのだろうか。それとも転園だろうか? とにかく、千織は年中のときにいきなり幼稚園に現れて、「十文字千織、ここにあり!」と言わんばかりに、ジャングルジムのてっぺんまで一気に登りつめた。東京から越してきた千織はどこか垢抜けていて、とびっきり可愛くて、芸能人が幼稚園の正門をくぐったかのような、華やかでお高くとまった女の子だったのに。
「ら、ラブか……」
 千織のほっぺが、熱を出した子供のように赤く染まって、ぷいっとそっぽを向く。それじゃあかえってまる見えだよ。むしろ見せたいのか? そう言いたくなるくらい、ピュアなラブを私に見せつけてくる。
「って、違うって! 愛子、そげんじゃなかよ! 弘毅がいっつも購買んパンしか食べとらんけん、心配やっただけやけん!」
 だから、それが『好き』なんじゃん。
 焼きそばパンばっかり食べてる弘毅くんのことが好きなんじゃん。あのとき、ジャングルジムの下で口をぽかんと開けて、千織を見上げていた男の子のこと、好きすぎて食生活まで正そうとしてるんじゃん。
 弘毅くんの好きな唐揚げをぎゅうぎゅうに詰めて。
 ナポリタンをびっしり敷き詰めて。
 うちのとはまったく違う、甘ったるい卵焼きをずらっと並べて。
 それをピンクの風呂敷で包んで、さらにレジ袋で何重にも保護して靴箱に押し込む。
 はっきり言って正気じゃない。
「ばってん、好いとっちゃろ?」
 あのとき、ジャングルジムのてっぺんまで登りつめた千織は、降りられなくなってわんわん泣いた。私はあっけに取られた。だけど、弘毅くんだけは違った。弘毅くんは、何度も落っこちそうになりながらも千織を助けた。
「違うもん。別に好いとらん。そげなとっちゃなかよ。ただ──」
「──ただ?」
 千織はぶきっちょだから、お弁当ひとつで指が絆創膏だらけだ。
「……今はな、お弁当ば盗んだ愛子がおなか壊さんか、うちは心配しよるとよ」
すいとっと 凛々椿

Entry3
からんしゃこーん
サヌキマオ

 焼き場からでてきた骨はからんしゃこーんという音を立てて転がりでてきたふうに見えた。ずいぶん軽い音がする。骨粗鬆症ですかすかなのだ、という老人の骨にありがちな能書きが頭をよぎりはしたが、それにしても少ない気がする。たいへん熱くなっていますので絶対に素手で触らないでください、という注意書きのプレートが見える。
 非常に清々しい気持ちだ。ボケて何もかもわからなくなるのと違って、死ぬ直前まで"まとも"であることのなんと空虚なことか。

「老いるとは孤独に耐えることである」
 急に神妙な顔をしてそんな事をいう。もともと若いときから片耳の聴こえなかったのがさらに両耳が聞こえなくなり、補聴器からスピーカーのような音が漏れる。あの音圧を鼓膜にぶつけるのもしんどかろうと思って、電子メモ帳を買って筆談とした。施設にはいる前に白内障の手術を終えていたので目はよく見える。電子黒板に書いた緑色の文字列を読み込むと明瞭な答えが返ってくる。こうすると聞き返すストレスも聞き取れないストレスもない。同施設、胃ろうで管を通し、口からよだれを垂らしながらでも麻雀の異常に強いジジイの話を聴く。手首から先だけが当たり牌を求めて俊敏に動く痴呆老人の姿を思い浮かべる。
「もう何にもないからね、一日の半分くらいは寝ているしかない」
 ひ孫の写真を見せる。夏の空と朝顔を見せる。ナショナルジオグラフィックのベスト盤、戦場の写真を見せる。眼の前の対象への興味のあるなしを見極める。
 従弟に子どもが産まれたので赤ん坊の写真が貼ってある。「あんたも自分の子どもをここにつれてきてもいいんだよ」と云われる。最寄りでない駅まで三十分のバスがある。最寄り駅まで三十分歩いて帰る。途中に生協があり、晴れ舞台というプライベートブランドの日本酒と二十パーセント引の食パンを見つけ出し、帰路につく。
 いまさら、十日ほど前の「酸素飽和度が九十を切っていまして」という施設専属の看護師の言葉に気がつく。

 初七日の法要まで終える。帰り道に雲一つないのもたいへんよろしく、「どうせ結局はからんしゃこーんなんだよなぁ」という結論に達する。愉快な気分になり、高校の同級生のたむろするLINEグループにそんなようなことを書いたら特に反応がなかったので、「あ、次の話題に行っていいです」と書き添える。みんないいやつなので、タイムラインは押井守の「天使のたまご」の話に移っていった。
からんしゃこーん サヌキマオ

Entry4
AIゴースト
ごんぱち

 料理屋の2階に、男女4名が集まっていた。
 テーブルの端に、申し訳程度に瓶ビールが置かれているが、皆、難しい顔のまま、乾いたグラスを手先で弄んでいる。
「……父さん、何か言ってなかったか」
 上座の長兄が、黒いジャケットの襟元をさすりながら口を開く。髪は白く、顔の皺は深い。
「私に『とっても感謝してる』って、よく言ってたわ」
 向かいに座る、中年過ぎの末妹が面倒そうに言う。
「キミが一緒に暮らしていたのは20年も前の話じゃないか。3年前の施設入所の時、向こうのケアマネさんと色々話して契約に立ち会ったのは僕だよ」
 次男が静かに、しかしはっきり言い返す。
「手続きだけは、してたね、あんた。入所した後は、あたしが面会に行ってたけど」
 長女は言いつつ、その指先は忙しなくテーブルを叩いている。
「お前は偉そうに言うが、面会って言っても、正月だけだろ。それで良いなら俺だって、危篤になった時に行っている」
「僕だって見舞いに行ったよ、最大限時間を作ってさ」
「あんた達は来ただけで何もしてないでしょう、あたしは危篤の時も色々と」
「いい加減な事は言わない事だね、姉さん。僕が第1連絡先なんだ、施設の人に聞いてるよ」
「お父さんは喜んでたんだから。大事なのはお父さんの気持ちでしょう!」
「……この話、決着付かなくない?」
 末妹が携帯端末を操作する。
「お父さん自身に判断付けて貰うのが一番でしょ?」

 翌月、料理屋に再び4人が集まる。
 テーブルに置かれたノートパソコンの画面に、老いた男の顔が表示された。
『――お前達、久し振りだな』
 画面の中の男は、穏やかに微笑む。
「やあ父さん」
「ご無沙汰」
「不思議な感じだね」
「お父さん、元気ぃー?」
『何か相談事か?』
「ええと」
 長男が傍らのメモに視線を落としつつ話す。
「父さんは、もう亡くなって、生前情報からAIで復活した状態なんだけど、遺言はなかったかな、って」
『具体的に考えてなかったな』
 画面向こうの「父親」は、少し首を傾げてから穏やかに微笑む。
『……ただ、お前達が遺産の事で争わず、仲良く助け合って暮らしてくれる事が望みだよ」
「父さん……」
『オレの遺産が余計な争いを生むのならば、いっそ、サイバーブレインカンパニーに全額寄付するのも手じゃあないかな!』

「――社長、AIゴースト事業の本年度経常利益はこちらです。利益の7割が、寄付金となっております」
「引っかかるヤツ、こんなにいるの?」
AIゴースト ごんぱち

Entry5
銭形平次 八五郎の年越蕎麦
今月のゲスト:Humanitext Aozora

 江戸の師走というものは、とかく気忙しい。
 北風が吹きすさび、神田明神下の平次の家でも、障子がガタピシと音を立てている。落語に出てくる熊公や八公、あるいは現代の新聞社の社会部員にも似た、少しの英雄的素質もなく、ただおっちょこちょいなだけの男――ガラッ八こと八五郎は、この日、妙に神妙な顔をして、親分の家の台所を占領していた。

 八五郎には、誰にも言えない秘密がある。
 それは、この明神下の親分、銭形平次に対して、あろうことか恋心を抱いているということだ。十手持ちの親分と子分、男と男、それは決して許されぬ想いである。だが、惚れた腫れたはどうにもならない。平次のあの涼しい目元、推理の時の鋭い横顔を見るにつけ、八五郎の胸は早鐘のように鳴るのである。

「八、何をそんなにコソコソやってるんだ」
 奥の間で煙管を掃除していた平次が声をかけた。
「へ、へい! 今夜は晦日でやすからね、あっしが腕によりをかけて、特製の『年越蕎麦』を打ってるんで」
「お前が蕎麦を? 珍しいこともあるもんだ。毒でも入れるんじゃあるまいな」
「滅相もねえ! 親分の長寿と、それから……その、末永いお付き合いを願っての、縁起物でやすよ」

 八五郎は顔を赤くして、お盆を運んできた。
 丼の中には、湯気を立てる蕎麦が一盛り。だが、何かがおかしい。
 平次が箸を入れて持ち上げると、ズルズルと麺が持ち上がる。さらに持ち上げる。まだ続く。平次が立ち上がっても、麺の端が見えない。
「おい八、これはどういう了見だ」
「へへ、驚きやしたか。これは『一本蕎麦』ってえ奴で。最初から最後まで切れてねえ、長――い一本の麺なんでやす。親分とあっしの縁が、こう、ずーっと切れねえようにって願掛けでして」

 これは八五郎の精一杯の愛の告白であった。赤い糸ならぬ、白い蕎麦。同じ丼から一本の麺を啜り合えば、間接的な口づけにもなろうという、奇想天外かつ涙ぐましい乙女心(?)の結実である。

「なるほど、縁起が良いや」
 平次はニヤリと笑って、蕎麦の端を口に入れた。
「さあ、親分、あっしも反対側から……」
 八五郎も反対の端を咥えようとした、その時である。

 ヒュッ!

 鋭い風切り音と共に、平次の懐から一銭銅貨が飛んだ。
 銭は空中で回転し、見事に一本蕎麦の中ほどを、プツリと切断してのけたではないか。

「ああっ! 親分、何を!」
 八五郎は素っ頓狂な声を上げた。愛の架け橋が、無残にも銭の威力で断ち切られたのである。

「野暮を言うなよ、八」
 平次は切れた蕎麦をズルズルと美味そうに啜り込み、悪戯っぽく片目をつぶって見せた。
「年越蕎麦ってのはな、今年一年の『災厄』を断ち切るために食うもんだ。そんなに切れねえんじゃ、悪縁も借金も来年へ持ち越しちまうぜ」
「あ……悪縁……」
 八五郎はガックリと肩を落とした。親分にとって、自分との縁は断ち切るべき災厄なのか。

「それに、お前と俺の仲じゃねえか」
 平次は空になった丼を置き、ニッコリと笑った。
「蕎麦なんぞで繋ぎ止めなくたって、俺とお前は切っても切れねえ腐れ縁だ。のびた蕎麦より、そっちの方がよっぽど強えや」

 その言葉に、八五郎の長い顎が、感激でわなないた。
(ああ、やっぱりこの人は罪な男だ……)
 自身の恋心という煩悩は、除夜の鐘を聞いても消えそうにないなと、八五郎は嬉し涙をこっそり袖で拭うのであった。
銭形平次 八五郎の年越蕎麦 Humanitext Aozora

Entry6
町のお姫様
今月のゲスト:小川未明

 昔、ある処に、寂しい処の大好きなお姫様がありました。どんなに寂しい処でもいいから、人の住んでいない、寂しい処があったら其処へ行って住みたいと言われました。
 おともの者は、お姫様のお言葉だから仕方がありません。たとえ人の誰も住んでいない、山の中にでも、お姫様の行かれる処へはついて行かなければなりません。
 人里を遠く離れた、山の中へいよいよ、お姫様は移ることになられました。そして、お侍の者もついて行きました。
 お姫様は、大変に歌をうたわれるのが、好いお声でありました。また、大変に鳴物をならすことが上手でありました。琴や、笛や笙を鳴らすことの名人でありました。だから平生、歌をおうたいになったり、鳴物を鳴らしたりしておいでなさる時は、決して、淋しいということはなかったのであります。
 けれど、お侍の者は、寂しい山の中に入って、毎日、つくねんとしていて、退屈でなりませんでした。其処に来ました当座は、外に出て、山や、渓の景色を眺めて珍しくも思いましたが、直ちに、同じ景色に飽きてしまいました。また、毎日、お姫様のうたいなさる歌や、お鳴らしなさる鳴物の音にも飽いてしまって、それらを聞いても,決して昔のように感心しないばかりか、またかという風に、却って退屈を感じさせたのであります。
 お姫様は、この世の中に、自分程、好い声の者はないと思っておられました、また、自分程音楽の名人はないと考えておられました。そして、そう思って、実際に座って、山に出た月を眺めながら、好い声で歌をうたい、琴を鳴らしておられますと、辺りはしんとしてすべての草木までが、耳を澄まして、この好い音色に聞きほれている如く思われました。
 この時、ふと、お姫様は、おうたいなさる声を止め、お鳴らしなさる琴の手を控えて、ずっと遠くの方に、耳をお澄ましなされました。すると、それは、自分よりも、もっと好い声で、歌をうたい、もっと上手に琴を鳴らしている者がありました、
「はて、この山の中に、誰が、歌をうたい、琴を鳴らしているのだろう」と、怪しまれました。そして、そのことをお侍の者におたずねなされますと、
「いえ、誰も居る筈がございません。また、私共の耳には、何も聞こえません。ただ、聞こえますものは、松風の音ばかりでございます」と、お答え申し上げました。
「いえ、そうじゃない。誰か、きっと私と腕をくらべるつもりで、あんな好い声で歌をうたい、琴を鳴らしているにちがいない」とお姫様は申されました。
 お侍の者は、不思議に思って、耳を澄ませますと、やはり、松風の音が、遠くに聞こえるばかりでありました。
 夜が明けて、太陽が上がりますと、小鳥が窓の際近く来て好い声で囀りました。お姫様は、眉をお顰めになって、
「ああ、やかましくて仕様がない。もっと何処か淋しい処へ行って住まなければならない」と、申されました。
 お姫様は、山はやかましくていけないから、今度は、誰も住んでいない海のほとりへ行ったらきっといいだろうと思われて、荒海のほとりへお移りになりました。
 お侍の者は、また行った、二三日は、気が変わってよろしうございましたけれど、直に淋しくなってたまらなくなりました、お姫様は、やはり、歌をうたい、楽器を鳴らしなされました。するとある夜、海の上に、振り撤いたような星影をご覧なされて、
「ああ、やかましくて仕様がない、ああ、毎晩、星が歌をうたったり、鳴り物を鳴らしているのでは、少しも私は、自分の歌や、音楽に身がらない、どうして、ああ好い声が星には出るのだろう」と、申されました。
 お侍の者は、私共には、ただ、淋しい、淋しい波の音しか聞こえませんと申し上げました。
 お姫様は、もっと淋しい処が、ないものかとお考えなされました。お侍の者は、もうこの上淋しい処へ行ったら、自分等はどうなることだろうと思いました。その時、お侍の者の二人のうちの一人は、
「お姫様どうぞ何にも言わずに私共についてお出で下さいまし」と申上げました。
 お侍の者は、お姫様を賑やかな街の真中にお連れ申しました。お姫様は、はじめは、びっくりなされましたけれど、もはや、其処では、自分の歌の真似をするものもなければ、また、もっと好い声を出して、お姫様と競争をして、お姫様を苦しめるものもありませんでした。
 お姫様は、結局、気楽に思われて自分が一番歌がうまく、音楽が上手だと心に誇られながら、その町にお住みなされたということであります。