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3000字小説バトル

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3000字小説バトルstage3
第41回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 12月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
井原西鶴/ 蛮人S
1823
3
田村俊子
1719

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あるいは猿でいっぱいの浜
サヌキマオ

 砂浜に首まで埋められている。中った河豚を出したのは海岸の国道に建つ観光ホテルで、宿のスタッフは「河豚に当たったら砂浜にフグ埋まればフグ助かりますよ」などと軽口を叩いて実に手際が良い。一緒に来ていた友達三人もあっという間に掘られた穴に流し込まれ、すっかり砂に埋められてしまった。実に手慣れている。きっと河豚に中る客がちょくちょくいるんだよ、と俺の横に埋められたヨシジがボツリとつぶやいたが、俺もそう思う。
 河豚に中ったとわかったのが宴会が始まってすぐだから、もう九時を回ったところだろうか。猿がやってきた。はじめは白銀灯に照らされてひょこひょこ動く影がいたので肝を冷やしたが、おそらくは野生の猿であった。そういえば、浜の端から降りてくる崖の上はずっと松林が続いていて、そのあたりであれば猿が住んでいても不思議はない。別に動物の生態に詳しいわけではないが「いかにもそれっぽい」という雰囲気はあった。夕方にチェックインしたときには、空を旋回するのが鳶か鷹かで遠山と論争になった。
 猿は波打ち際で何かを拾っては口に運んでいるふうだった。我々の埋まっている場所と猿の位置はそこそこ離れているので、まだ精神に余裕がある。考えようによってはのどかな自然風景であるが、急におしっこがしたくなってきた。当然の話である。宴会当初から瓶ビールの一本は飲んでいるし、なんにせよ冬の浜である。冷えてくるに決まっている。冷えてくるに決まっているのにこう、身動きの取れないように埋められているということは、このまま出してもいいということだろう。先に温泉に入って下着は替えてしまったが、頼めば洗濯くらいはしてくれるに違いない。と股間を緩めようとすると「うぎゃひゃををう」と阿呆の声がした。隣のヨシジのふたつ向こう、つまり右端の牟田口である。牟田口は阿呆である。阿呆は牟田口である。阿呆は「げーっ、あすこになんかいるじゃねへか」と大声で叫んだ。牟田口は阿呆で声がでかい。その上足が臭いときている。「ありゃあなんだ、なんなんなんだ」多分猿じゃねえかな、と答えてやる。「猿かぁ」牟田口が嬉しそうに笑う。「おっかしいなぁ、猿かぁ。猿かよぉ、ヒャーッヒャーッヒャーッ」阿呆で足が臭くて声がでかい上に引き笑い。それが牟田口という男だ。「よう」と声がした。今度はヨシジである。「なに?」「猿、こっち見てる」確かにこちらを向いた猿の目だけがどういうわけか爛々と光って見える。ああ、こういうの、テレビで夜のサバンナのライオンを撮ったやつで見たことあるなぁ。ふと思い出した。そうか、我々の背後の水銀灯が猿の目に反射しているのだ。納得がいった。猿はのそのそとこちらへ寄ってきた。三匹に増えていた。たあぁん、と破裂音がする。猿たちが驚いて身を翻したが我々はそれ以上に驚いた。
「やぁすみません、大丈夫ですか」さきほど我々を砂浜に埋めたうちの一人だ。「猿のことをお伝えするのを忘れていました」
 我々の前にしゃがみ込まれると女性だというのがわかる。一瞬だけ火薬の匂いがして風に吹き消されていく。三十代前半だろうか、こういう二十代もいる気がするが、フロントで見かけたときの顔のそばかすのような痕がちょっと気になっていた。なにしろ手に持った猟銃と幼い顔立ちがなんともミスマッチだ。
「猿、ずいぶんいるんですか」
「猿というのは群れますからね」こともなげに云う。「ともかく、そろそろ河豚の方も大丈夫だと思うんですが、みなさん、体は動きますかね」

 すっかり酔いが醒めていたし、おしっこは放ちきっていた。我々は案内されるままにホテルの脇の入り口に案内され、そこで裸になるとそのまま露天風呂に通された。
「やっぱりアレかな、さっき尾崎君が云ってたけど」埋められている間、ずっと眠っていたらしい遠山が湯船に浮かびながらつぶやく。「こういう事故がいくらもあるから、こういう裏口みたいなのが作られてるんじゃないかな」水面に浮いた亀頭がぐんにゃりと曲がっていて、俺と目が合う。
「そうは云ったものの、掃除とかなんかのハンニューとか、いろいろ正面から入れられないものもあるんじゃないかと思うんだけど」尾崎芳治というのがヨシジのフルネームである。普段は建築家として働いているらしいが、会うと必ず酒を飲んでべろべろになっているか青白い顔をして部屋の隅でうずくまっているので信用できない。「ちゃんと途中に脱衣スペースみたいなのもあったしね、そういうこともあるのかもしれないね、うん」たまにこうしてまともな見解を述べだすと、やはりこいつはケンチクシなのではないかという疑いを新たにする。
 牟田口は耳や鼻に入った砂が気になるらしく「この鼻毛と鼻毛の間の鼻くそにめり込んだ砂が砂が」とずっと指を突っ込んでいる。こいつだけはずっと浜に埋めておいて猿の椅子にでもなっていたらいいのではないかと、切に思う。
「うっ」
 遠山が呻いた。視線の先を辿ると、海の見えるあたりの囲いに幾匹も猿がいて、じっとこちらを見ている。

 飲んだ割に早く目覚めた。外の水銀灯が消えて、薄っすらと明るくなっているのがわかる。五時半。早く起きるにもほどがあるだろう。
 存外すっきりと寝覚めてしまったので便所で小便をして出てくると、部屋の入口がスルスルと開いて驚く。
「おっ、お前も起きたのか、ちょうどいい、いいものが見られるぜ」
 興奮した口調の牟田口は旅館の浴衣からすっかり着替えている。なんでも昨日の夜から全く寝られなかったので、夜明けを待って外を散歩していたのだと云う。いいからいいからと急かされて俺も着替え、旅館の外に出ると冬の冷たい空気に息が詰まる。フロントから正面玄関、牟田口を追って昨日埋まっていた海岸に出ると、鈍色の空に熱した鋼のような暁が燃えている。そんな空の下、波打際では大量の猿が大量に魚を掬っていた。波打際だけではない、目を凝らせば波の間に間に猿が跳んでいる。猿は大小様々の魚を抱えている。猿は泳いでいるのか波の上に浮く術を知っているのか、波の上に飛び出してきては腕に抱えた魚を浜に向かって投げつけている。投げられた魚は浜辺の猿がきゃあきゃあと拾い、浜の端の崖の上へと運んでいく。恐るべき光景だった。
「こんなの、ガイドブックとかに載ってたっけな」
「俺は温泉の箇所しか見てなかったからなあ」
 思いがけず壮大な光景が見られて、俺は知り合って十五年してはじめて牟田口に感謝したくなった。たまには役に立つのだ牟田口。畳の上を歩くと脂でベタベタ音がするけど実はいいやつなのだ牟田口。
 後で起きて来たあとの二人には信じてもらえなかった。昨日のお詫びということで舟盛り(しかも懲りずに河豚刺だ)が付いてしまった朝食を食いながら牟田口と二人で力説したのだが、ヨシジが鼻で笑ってくれる。遠山にいたってはまだ河豚の毒が残っているのか回らない舌で「まぁ飲もえひぇ」と朝からビールの大瓶を差し出してくる。栓を開けてしまったものは仕方がないから一人あたり一本ずつ飲む。
 ほろ酔いで食う卵かけご飯もすこぶるいいもので三杯もお代わりしてしまう。いろいろあったが楽しい旅だった。もうそれでいいじゃあないか。
 しかし、我々は、見たのだ。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
 そう言われてスタッフに見送られる、包丁を持った猿を、我々は確かに見たのだ。
あるいは猿でいっぱいの浜 サヌキマオ

神様だってお目違い
蛮人S/訳
井原西鶴/原作

 諸国の神々、毎年十月には出雲の大社に集まって、民の安寧を談じあそばし、さらに国々への年徳の神をも決め、春の支度など取り急ぐのであるが、京、江戸、大阪へは中でも徳の備わりし神を選び、奈良、堺にも老功の神を、そして長崎、大津、伏見と手分けする。さらに一国一城の町、船着、山市、繁盛の里々、果てはどんな田舎であっても、餅つき門松立てた家ならば年神の訪れぬ所はない――のだが、まあ神様だって、どちらかと言われれば都の方が嬉しかろう。
 月日の過ぎるは水の流れの如く、やがて年波打ち寄せて歳末を迎えることとなる。泉州堺の町といえば、みな身代を大事に心懸け、万事の商いは内々に構えている。表向きには仕舞屋しもうたやと見せ、奥深く銀高を積んでいる。胸算用には油断がない。例えば娘を授かれば、疱瘡ほうそうの後の容色までも見極めて、十人並の娘と思えば三歳五歳のうちから嫁入支度を毎年拵え、男タダでは受け取らんと思えば持参金を本業の他に商って備える。家は傷む前から直す。立ち振舞いは上品に、これで着物も擦り切れない。年忘れの茶の湯にしても、大事に伝わる道具を使えば、風流にしてさほど物入りでもない。賢い世渡りといえよう。豊かな家でもこうだから、持たざる家など算盤を枕に寝ているうちさえ大晦日を心に思い、米は赤米、旬の鯛など京へ売り、自分では客でも無ければフナも買わない。これが堺の商人である。
 しかし、燈台元には闇もある。
 大晦日の夜、とある店付きの良さげな商人の家へと、一人の年徳神が案内もないまま入って行った。見れば、恵方棚はあるが燈明も上げられていない。何とも寂しく、気味の良ろしくない家ではあるが、折角この家と見立てて入ったのに、また他へ行って誰かと相宿というのも嬉しくない。どう祝うものかと様子を覗っていると、この家の女房、表の戸の鳴るたびにびくびくと震え上がり、
「まだ帰りませぬ、再々お越しいただきましたのに、心苦しい限りで」
 と、みな同じ断りを言って帰している。支払いを求めて次々やって来る掛取りどもだ。程なく夜半も過ぎれば、掛取りどもの集まって、亭主はまだかまだかと恐ろしい声をあげる中へ、店の小僧が息を切らせて帰ってきた。
「旦那様は、助松すけまつ辺りで、四、五人の大男に松林へ引きずり込まれ、命が惜しくばという声に、私は逃げ帰りまして」
 女房が驚き、「おのれは、主の殺されるのに、それでも男ですか、軟弱者……」と泣き出す。掛取りどもも一人、また一人と帰って行き、夜は白々と明けて行く。
 彼らがみな帰ってしまうと、女房はけろっと泣き止んでいる。小僧は懐から袋を投げ出す。
「田舎の方も不景気でして、銀三十五匁に銭六百、やっと取って参りました」
 上が上なら、下も下、まるで詐欺師の家である。さて主人はと言うと、ずっと納戸の隅に隠れていて、因果物の本など読みふけっていた。貧しさのあまり年を越せず妻子を刺し殺す浪人の哀れが、我が身につまされ密かに涙を落としていたのだが、「掛取りどもは納得して帰りましたよ」の声にそおっと出て来る。さてさて本日わずか一日、大変な年越しにしてしまったと、空しい後悔をしながら、他所では雑煮を祝う時分になって米を買い薪を整え、元日というのに普段の飯を炊き、ようやく二日の朝になって雑煮を作って神仏にも供え、
「うちではもう十年この方、ずっと二日に祝うてますんで。折敷も古いですけど堪忍ください」と言い、夕飯は無しで済ませたのであった。
 まさか神様もここまで貧しい者とは知らず、三が日の過ぎるを待ちかね、四日には家を立ち退くと、今宮の恵比須様の社殿へと訪ね入った。
「いやいや、見かけによらん悲しい宿の正月でしたわ……」
 年徳神が愚痴をこぼすと、恵比須様も呆れ、
「あんたにしては、またえらい失敗やったなあ。戸の召合せの白い家、内儀が下女の機嫌を取る家、畳の縁の切れとる家、そういう家はあきまへんな。せやけど堺広しと言うたかて、そこまでの御方もなかなかおらんやろに、あんたもほんま不運な神様やなあ……まあ、商人たちが志と納めてくれた酒と掛鯛のあるさかいに、お口を直して、出雲へお帰りなはれ」と慰めると、年徳神に馳走して饗すのであった。
 と、これは十日ゑびすの朝早くに参詣した人の、本殿で聞いたという話である。神様でさえ、こうして貧と福との境がある。いわんや人の身上など、定め難き浮世なれば、みな家業には油断なく、年に一度の年神に不自由は見せぬようにしたいものだ。
神様だってお目違い 井原西鶴

その日
今月のゲスト:田村俊子

 お桂は男の濡れた唇を見つめながら襦袢の襟の間へ口を埋めて、ふところ手をしている自分の指の先を肉の食い切れるほど力いっぱいに噛んだ。
 外はしぐれているのに窓の障子の上の方だけ軒に桃色のきれでも干してあるように薄っすりと赤味が棚曳いている。今しがた、かああ、と鴉が寒い時雨しぐれつ日を呟くような声をして鳴きかけたが、かすかな羽搏はばたきだけを残して掠めたような影を障子に映して消えるように飛んで行ってから、今にもばらばらと落ちてくる雨の音をじっとして待っているように、座敷の外はすっかりねずみ色の流れに押し包まれて何の響きも動きも見せずにひっそりとしている。
 薄い裾の中に足の先をくるんで、男は肱枕をしたまま、時々腫れぼったい眼を開けて女の顔を見た。その度に女の眼は自分の眼と合った。女は始終自分の顔を見ているのだなと思うと、男はそこ恥しい気持もして直ぐにその眼を閉じる。けれど閉じた瞼の外に、此方こっちを見詰めている女の眼の光が真っ直ぐに透していることを思うとやっぱり眩しい気がして、一度つぶった自分の瞼毛まつげが、自身にも引っ切りなしにふるえているように思われた。火鉢の火から紫の焔がぽっぽと開くように燃えている。お桂は自分の好きな男の顔を、輪廓から生際から、水色の襦袢の袖が隈をとっている男の色の白い肱から、少し段のついてる高い鼻の横から、眼許の肉がこけているけれども口のまわりにはふつくりした肉が押しつけたようにむっちりと高くなっている頬から、口尻のところがぽっちり窪みを含んで其所だけに仇気あどけない色をこぼしているような薄い口許から、さんざ見て見て見尽してしまうと自分の眼に涙をもってくるほど疲れてきた。お桂は男の顔が笑うか怒るか、何うにでもいいからその筋肉がちょっとでも動けばいいと思いながら、自分から何か云い出して男に口をきかせるのはいやだった。男の眼がちょいちょい開くたびに、自分の瞳子ひとみをその眼の中にとろけ込ましてやりたいと思うように、唯じっと見てやるより所在がない。
 いつまで二人は口をきかずにいるだろう?
 この家で逢う約束をして、この家へ来たのは女の方が先だった。
「どうしたの」
 後から来た男に、お桂はそう云って――今坐っているところから眼を上げて男の顔をちらと見た。男は何も云わなかった。それぎりお桂もなんにも云わない。そうして、男は外套を着たまま寝ころんで、意固地に口をあかずにいる。
 お桂は男の顔から目をはなして紫の焔をじっと見まもっているうちに、胸がじりじりして来た。丁度逆上のぼせたときの歯茎のように身体じゅうの神経がむず痒く、うずついて、脈管を破られるほど力いっぱいにぐるぐると身体を縛められたいような、手にさわるものは悉く触覚のつよい掌の底の真ん中へきゅっと掴み入れたいような、いらいらした気分がお桂の血を潮のわくように荒びさせてくる。お桂は男の顔を見ながら、唯じっと自分の唇を噛みしめた。
 男の方の感情はしぐれた空と同じように、冷めたくひっそりと静かにながれている。女の顔によって自分の心を彩られる華やかな色と云ったら、やっぽりその障子に映ってる紅葉の薄い影ぐらいな、かすかな淡い色気だった。これぎり女が口をきかなければ、黙って帰ってしまえるほど、どうしたはずみか今の男の心には粘りがなかった。
 だまっている男の眼の内に、他に物を思っているような空ざまな色のただよっているのをお桂もさっきから知っていた。斜から見おろすと、蔭を作っている男の眉毛が殊に淋しい――。
「その女は歌麿のあね様のあたまのようでしょうと云って後向きになって、自分の潰しの髷を私に見せ申し候、松葉いろの根がけをかけていたが、頸あしが馬鹿によくって、ちょっと掘出しものだと思わせたっけ…………」
 昨夜男からよこした手紙の中の文句を、お桂はふいと思った。
「いけすかない」
 大きな声で云おうとしたが、何か重っ苦しくおさえ付けられてる様で調子よく言葉がはじき出なかった。
 お桂はいきなり男の傍へ居退いざっていって、男の片手をつかむと無理に引きおこそうとした。男は柔順に女の手に引き上げられるように身体を横にして起きかえった。骨のぬけたような男の柔らかな手答えがお桂の胸をふるわせていた。