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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第49回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年8月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
H. G. ウェルズ/ 蛮人S
3000
3
高群逸枝
2381

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

井祝町奇譚[R-1]remix
サヌキマオ

 なんだか最近そぞろ虫のうづきもなく、しかたなく、さがしにいくことにした。
 そもそも予約の取れない性分で、どうも当日思いついて、なんとなくいってみて、駄目でしたー、ということのなんと多きことか。でも、まぁ、ジゴージトクというやつです。予約を取れない性分が悪い。でも、予約すると前日に急にいきたくなくなるぢゃない。
 そういうそぞろ虫が、いない。どこにもいない。
 潰して食ったか便所に捨てたかどうも動機がみつからない。動機の無い旅は息切れする。いづれにせよドウキとイキギレはワンセットらしいですよ同期と行きギレ。銅器と生き布。どちらも呪いと怨念のにおいがします。
 しかたなし。こうしてとどまるもえうなし、中野に行こうか図書館で寝よか。しかしこうしているうちにふと思い出す。思い出したのである。なんでこう思い出すか。あなたあたしをパカにするあるか。
 自分にとって大事なことというのは喧騒にあきれ、つかれ、いやんなり、にげたくなり、どうしょーむなくなったときにふと開ける。すべてを失って「もう一度やり直そう」と思うらしい。
 そうだ、イノリ町にいこう。いくのだ。
 旅に出ようという気持ちは、そう往くべくして往くことになるらしい。普段十円二十円電車代をケチって嬉しそうな人物がこういうときは六百円でも七百円でも出す(そして、レニングヤードへ行く)わけで、行くとなったら早いものです。ええ。いいんです。いいんだと上沼相談員も云うてはる。
 ――で、どうやって往くんだったか子、イノリ町。

 東京八百八町、駆け抜けるにはメトロに限る。あれ往ってこれ往って、ここの筋からこっちに乗り換える。江戸城の石山仙道駆け抜けてヒイコラパフューム、六月のじっとり気圧もなんのそのだ。電車降りて、階段のぼって降りてのぼって降りて、次の電車、次の電車とやっていくうちに多摩のやまなみから汐の香よ月島よ。山から海へ、路地から都市へ。東京のメトロは国三つ越えて、はてさて、イノリ町はここぞに、ややどこぞに。
 イノリ町、いのり島、井祝町。東京都港湾特区井祝島。島だった。そういや島だった。島の前は海だった。この辺の歴史はおいおい遡ることになろうが、まぁ、それはそれで、成り行きである。人生成りゆきである。井祝島も成りゆきの島だ。東京湾の州に、州に、ぼんやりと浮かんでいたが港側から橋がかかった。埋め立てられた。スーパー玉蘭ができた。そう、島とTOKIOの間にはスーパー玉蘭がある。高度経済成長という酔い戻しの時期に、島と島との橋の上におっ建てたスカポンタン、ボケナス、しゃらくせえ野郎だ玉田一郎太。スーパー玉蘭の創業者である。
 井祝島と浜を埋めた広い道路だ。昔は占領軍の枚挙にいとまなく娼館を軒並み建てたとか、休日ともなると米軍の男どもが山ほどジープに乗ってやってきたとか、そうしてまもなく瘡っかき、お国のためよと集められた品川女郎、吉原のくず星ども、みんなどうしたやら。用済みとなって橋のこちらで現地解散になったかもしれぬ。病気に動けず海に帰ったやもしれぬ。戦後まもなくにぎわって、すたれて、建物だけがずらーりぞろり。からっぽう、の、楼だけが立ち並んだ。
 玉田一郎太、もともとは大正天皇の御車だったというが判然としない。本人がそうだといっていたわけでもないが、なんとなくそういうことになっている。で、目をつけた。橋の向こうはまァだ瘡の毒が回っているに相違ない。しかし、だがしかし、いづれここに店を開いておかばなんかなんじゃない。そうして数日後道路の真ん中に縄を張って、小屋を建てて、そのまま居ついてしまった。そのまま居つくくらい人が通らなかったのだとすれば、浅草の観音はんも「このへんにいてよろしい」と思ってくれたらしい。で、あちこちから物を拾っては、くすねては、ねだっては、よく売った。犬を置いておいたら番犬として役に立った。
 まぁ、いづれ、出てくる。玉川も必要に応じてこれから出てくるだろう。それよりもイノリ島の、イノリ町の中に入らないと話が進まない。戦後まもなく拓かれた玉川商店は、昭和三十五年にはスーパー玉蘭となった。高度経済成長の流れに乗って、周りの街が見る見る立派になっていったからでもあるだろう。当時小金を溜め込んだ太一郎の妾が玉蘭だったからだ、とは人々の暗黙の事実であった、らしい。ちゃんとした根拠はない。
 産業道路がスーパーのおかげで三車線になって、それから住宅が立つようになった。橋の下には漁船の群れ群れ、橋の欄干の変わりはずっとしばらくガードレールだけで、見下ろす運河は停まって見えた。水面には大きな魚が陽に腹を見せて浮かんでいる。どう見ても鯉だ。このあたり、汽水だったろうか。汽水にしても鯉にとっては辛いに相違ない。

 雨である。煙って見えるのは水面に雨粒が無限の波紋を作るからだ。橋を渡りながら、筆者は銀座や中野や浅草にたむろする多くの人々の往来を思うのだ。観光の人、地元の人、爆弾を仕掛けようという人、レンタカーで人ごみに突っ込もうという人、おのおのそれなりの目的を持ってあまねく雑踏すれど、されど地面に、ガードレールに腰掛けて眺むればいかでかひとつの流水となりて、雷門から駒方のうんこビルへと流れ往く。
 大川には凛坊島、東京湾には井祝島。井祝島にはどうにかこうにか、水を引いたという言い伝えがある。玉川兄弟が玉川上水を引いて江戸の人々は水に事欠かなんだが、それでもなほ度重なる埋め立てに水が届くも難儀だ。そこへどうにかして水を届けようという話、どうにかこうにか石造りで一本渡した。これもまたうまくいかず、水管を通すなば内の町も、うちの店もというので水管をいくら伸ばしても水が届かなくなってしまう。掘れば埋め立て地だもの。塩水しか出ないさァーとは道理。
 だがされどめげずくじけず井戸となった。その実は上水の脇から地下にむぐらせたのだが、比較的うまくいった。いまでも幅たった三寸の水道管がやうやう井祝島の州丸稲荷の境内に続いている。それでも水、命の真水。井を祝ぐ島としてこれを井祝島と名づけた。いづれも埋立地である。

「柳さん、柳ヤコさーん」
 ヤコは井祝中学校の教師である。もともとは大手マンモス大学の端の端、芸術学部なるところで美学などやっておったが、なんと芸術学部なのに英語の教員免許が取れたので。おそらくは文藝学科なるもののおかげだと思うが、そんな教員資格の端っこの、ギリギリのところでどうにかこうにかこつこつと教員免許を、取った。名の有る美大ならいざ知らず、ヤコのいた美大などは社会人になるに向けて「どうやって自力で生き延びるか」を教え込まれるような学校であった。とどのつまり、何も教えなかったのである。学生課の広々に比べれば就職活動課は隅の隅、段ボール箱で代替の効くありさま。
 気づいてみれば大学もあとにし、井祝中学校1年B組"Hello Emily."と書いたところで、自分が英語教師であることにはっと気がついた。
 ヤコが目の前からいなくなっていることに気がついた。そりゃあアレですよ。呼ばれてたぢゃない。診察室。ほぁれ、もう出てきた。
 ノースリーブから流れ落ちる二の腕は百合の蕾のようで、肘窩に脱脂綿を留めている。やぁ、採血。スマホがなる。画面に「玉蘭」とある。

 なに字数が尽きたァ? 構わねえ、止しちゃえ止しちゃえ――
井祝町奇譚[R-1]remix    サヌキマオ

剥製師の功績
蛮人S/翻訳
H. G. ウェルズ/原作

 ここに幾つかの剥製術の秘密がある。これらは剥製師が得意げに語った事だ。それは彼が一杯目のウィスキーから、四杯目を飲むまでの間――つまり一人の男が用心を解き、かつ完全に酔ってしまってもいない間の話となる。私は彼の居室に座っていた。そこは書斎にして居間、さらには食事の部屋であり、彼が生業に精を出す不快な部屋からは、目に映る分については、ビーズカーテンで仕切られていた。
 彼はデッキチェアに座り、カーペットスリッパの遺物をサンダルのように履いていた。石炭の燃えがらを突付く時以外、足は硝子の瞳に囲まれた暖炉の上に乗っていた。彼のズボンは――彼の業績とは関係ないが、黄色の格子柄という恐るべきスタイルで、まるで先祖の時代――男が頬髭を貯え、女がスカートを鳥篭にしていた頃を思わせた。髪は黒く、顔は仄かに赤らんで、瞳は焦がした褐色、そして元はビロードだった上着は、ほぼ獣脂まみれだった。煙草のパイプは美神たちを描いた陶製だ。眼鏡が常に傾いていて、鋭く小さな左眼は直に私を見ている。レンズを通した右の眼は、拡大され優しげに見えた。かくて彼の弁舌は働き出す。

「俺ほど剥製作りの出来る男はいないよ、ベローズ。俺は、象に綿を詰め、蛾に綿を詰め、みんな生きてる頃より生き生きするのさ。人間にも詰めた。俺の仕事は主にアマチュアの鳥類学者向けだけど、黒ンぼも一回詰めたな。
「別に、法には触れてないさ。俺は彼の指を全部使って、彼を帽子掛けに仕上げた。でもある日の夜遅く、阿呆のホーマスビィがあいつと喧嘩をおっ始めてな、台無しにされたよ。まあ昔の話だ。皮が手に入れば別のを作ったろうがな。
「厭な話かね? 俺はそうは考えん。思うに剥製術ってのは、土葬、火葬に続く第三の方法だよ。自分の愛する者達をみんな自分の元に残せるんだ。この種の骨董を調えるのは、色んな付き合いと同じくらい良いし、金もかからない。時計仕掛けで何かやらせるも良い。
「もちろんワニスの処理は必要だが、光らせる必要はない、人が自然とそうなる程度でよい。マニングツリーの禿げ頭が……ああ、ともあれ、邪魔される事なく彼らと話す事ができる。叔母さん達とでも。剥製術の未来は間違いなく大きい。さらに化石が……」

 彼は不意に黙り込んだ。

「いや、これは言う事じゃないな」彼は思慮深げにパイプを吸った。「ああ有難う……うん、水はそのくらいだ」

「まあ此処だけの話だ。俺が絶滅種のドードー鳥を数羽、同じくオオウミガラスを一羽、手掛けたのは知ってるか? はあ、なるほど君は剥製については素人だな。ねえ君、世界に飾られてるオオウミガラスの標本、半分は信用できる。聖ヴェロニカのハンカチとかトリーアの聖衣くらいにはな。ああいう標本はカイツブリの羽とかで作るのさ。卵も作ったぞ」

(なんて事だ)

「きめ細かい磁器で作ったさ。全く値打ち物でな……最近も一つ三〇〇ポンドで売れた。正に本物だと俺は信じるね、けどもちろん保証はない。良い作品だが、後仕事として汚しを入れにゃならん。高価な卵の持ち主には、それを掃除するような度胸は無い、ここが商売のミソだ。彼らは例え卵を怪しんだって詳しく調べたいとは思わない。脆くて壊れ易いお宝だからな。
「剥製術の世界がこんな高度だとは知らなかったろ、坊や、さらに俺は、自然の業と肩を並べるまでになった。本物とされるオオウミガラスの標本……」彼の声は囁きとなった。「……その中の一体は、俺が作った」

「……駄目だ。鳥類学を勉強して自分で見つけるんだ。さらにだ、俺は北アイスランドの未探検の岩礁に標本を仕入れるかと業者の組合に誘われてる。いつかやるかもな。でも今は、ささやかな別件を抱えてる。ディノルニスって知ってるか?
「近世にニュージーランドで絶滅した大きな鳥だ。一般には『モア』と呼ぶ。今じゃもうどこにも居ないからそう呼ばれてる。ノー・モアだ。解るか? でその骨と、あと沼地で羽毛や乾いた皮膚の欠片まで見つかった。それで俺は、完全なモアの剥製を仕立てようと思う。骨は作る必要ないけどな。現地の知り合いが防腐性の沼地で見つけて腐らぬうちにすぐ剥製にした、という筋書きにする。モアの羽毛は独特のものだが、俺はそいつを造る素敵な方法を編み出した。ダチョウの飾り羽の小片を焦がすんだ。そう、気付いてるだろ、その妙な臭いだ。この細工は顕微鏡でしか分からんし、その為に素敵な標本を切り刻む者も居るまい。
「な、俺はこうして微力ながら科学の発展を助けてる。
「でも、こんなのは全て自然の紛い物だ。だが俺はそれ以上の事もやった。自然に……勝ったのさ」

 彼は炉棚から脚を下ろし、秘密ありげに身を寄せた。「造ったさ」彼は低く呟いた。「新しい鳥、改良だ。他のどの鳥にも似ていない、見た事もない鳥だ」
 彼は印象的な沈黙を残し、元の姿勢に戻った。
「世界を豊かにしたってとこかな。俺の造った鳥は、幾つかは新種のハミングバードでな、小さく美しい。で、まるでおかしな鳥もあった。一番いかれた奴は、あれだ、アノマロプテリクス・ジェジュナ……空っぽという意味だが、全く空っぽなのでそう呼んだ。中身は何もない――綿以外はな。今はジャバーズの所にある。たぶん俺に劣らず、あれに誇りを持ってるだろうよ。あれは俺の代表作だ。いわゆるペリカンの馬鹿な振舞、勿体つけたオウムの下品、気取ったフラミンゴの痩せっぽちの不調法、オシドリの成金趣味の色の衝突、みんな備えてる。そんな鳥だ。俺はコウノトリとオオハシの骨格、そこらの沢山の羽であれを創造したんだ。ベローズ、こうした剥製術こそ、まさに純粋の喜び……真の、芸術家の喜びだ。
「なぜそんなのを作ったかって? 偉大な発明と同様、始まりは単純だ。新聞で科学記事を書く若い秀才さんの一人が、ニュージーランドの鳥に関するドイツの冊子を手に入れて、一部を翻訳した。辞書と、きっと母譲りの語学力でな。で、絶滅したモアと現存のキーウィ鳥が混ざって書かれた……北島の密林に五フィートの鳥が居て、レアとかシャイとか入手困難だとか。ジャバーズという奴は蒐集家としても奇跡的に無知な男でな、記事を見て、幾ら金を積んでも手に入れると誓った。で業者へ飛び込んだのさ。成し遂げようとする人間の力――意志のパワーに何が可能か? ここに一人の蒐集家がいて、実在しない、実在した事もない鳥の標本を入手すると誓った。もし彼が低俗で不調法な振舞を避ける人間なら、鳥は今も実在できなかったろう。そして彼は手に入れた。成し遂げたのさ」

「もう少し飲もうか、ベローズ」
 蒐集心と意志のパワーの謎に関する束の間の思索から戻った彼は、再び酒に満たされるや話を続けるのだった。彼が最も魅惑的な人魚をどう仕上げたか、そして人魚に聴衆を奪われた巡回説教師が、偶像崇拝を理由に(かの低俗のバースレムの祭で)どう人魚をぶち壊してくれたか……だが、この愉快な事案の当事者――制作者、自称保護者、破壊者の会話は、公表するには悉く不適切な内容のため割愛したい。
 蒐集家の怪しい手口に馴染みのない読者には、剥製師の言葉を疑う向きもあろうが、少なくとも卵とインチキな鳥のぬいぐるみに関しては、高名な鳥類学者らの太鼓判がある。そして信用ある新聞の朝刊には、ニュージーランドの鳥の記事が確かに掲載されていた。取っておいた紙面を私は見せられたのだ。
剥製師の功績    H. G. ウェルズ

守護神よ
今月のゲスト:高群逸枝

 守護神よ。
 予はいま帰って来た。予の前には窓がある。その窓は閉されている。壁がある。
 だが、此等のものが何を予に暗示し得るか。恐らく無効であろう。予は夜にして昼を眺めている。と云うのは、何か特異なものを認めていると云う事だ。
 守護神よ。
 君が人間であるか、また人間のような者であるならば聞いて呉れ。予は彼女に就いて、複雑な予備知識を有っていた。


 最初彼女は私に醜婦論の一部を送り届けて呉れたのです。それに依ると、客観的価値と云うものは、有り得べからざるもので、猫も芋虫も人間も、自由平等だと云うのです。つまり、善悪、美醜、真偽、不正、尊卑と云うようなものは、観念の牢獄、理知の奴隷――だと云うのです。で、社会主義が、富の分配に就いての、実際運動を開始したのと同様に、我々は、美の分配に就いての、実際運動を開始しなくてはならない、と云うのです。
 そこで私は気の毒になった。と云うのは、彼女は屹度きつと醜婦である、と直覚したからです。――で、醜婦でしたかと余は訊ねた――
 え、案の如くです。だが驚ろいたのは、十四五歳の少女に彼女が見えた事です。しかも平気で、三十九歳だと彼女は云うのです。(或る哲学者の談)

 僕は彼女を軽蔑する気にも、憎悪する気にもなれない。まして彼女を、醜婦だなど思うもんか。彼女は実に窈窕ようちようたる美人だ。しかも深遠な美、清純な美、その美がつて傷づいた事を僕は知らない。――君は精神美を云ってるのかと予は訊ねた――
 いや肉体美を云ってるのだ。なるほど僕は別れた。そして再び恋しようとも思わないし、よし思っても不可能だと云う事を僕は知っている。(或る青年の談)

 僕は青年時代から、彼女を恋していたんだが、爾来じらい十何年間不遇であった。それが君、先日になって(面倒だから中略するよ)肉体関係が出来ちゃったんだ。すると『お金を貸せ』と彼奴あいつ吐かすんだ。僕は彼奴を軽蔑している。(或る中年者の談)

 五月のお天気のいい朝でした。まだ家人も起きない――だから早朝の事です――うちに、エム森林へ行った。すると向うのカムバニヤの野――僕達が命名した――の霧の中から妙齢の婦人が馬を飛ばして来るんです。それがあの人ですよ、ちょっと驚きましたね。(或る大学生の談)


 守護神よ
 予は此の外にも色々知っている。或る一人の旅人から『彼女が喜んで強姦された』と云う話も。
 予は、どうかして一度会いたいものだと思った。そして、つくづく考えるには、彼女をしかく複雑にした原因は何であるかと。
 そして不覚にも予は断定した。

  一、驚くべき性欲
  一、貧乏

 守護神よ
 予は不覚にも斯く断定した。
 そして、予が彼女を訪ねた時、彼女は窓にもたれていた。余は彼女の詩の一節、

  わたしは窓に靠れよう
  彼方の村に
  灯が点いたかと眺める為め

を思い出して、思慕の思いを禁じ得なかった。と云うのも、眼のあたりなる少女の清純な姿に魅せられたからでもある。日が沈むと直ぐに月が出た。彼女は恍然と山野の景色を眺めていた。
 予は仕方なしに、立ち上って口笛を吹いた。月の光は、窓から、戸口から、霧のように流れ込んだ。そして一帯のもの――樹も水も丘も傾斜も凹地も――漠然と其所に見渡された。
 守護神よ
 その数分間後に、予らは野の中を歩いていた。彼女は非常に快活に見えた。そして、つぶやいた。

  タンダラダイ!
  小鳥も内密でいてお呉れ!

 畜生! と予は思ったが諸君! いや君! 予は確かに魅せられた。予は一本の松の樹の下で、彼女を抱いた。彼女は小鳥のように、予に抱かれて歌を歌った。

  何て夜の美しいこと!
  そしてあなたの優しいこと!
  女よ娘よ可愛いい子よと
  あなたは仰有る微笑んで

 予らは汎ゆる仕方で以て巫山戯ちらして。
 守護神よ
 そして、予が最後に何をしたと思うか。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇。驚くべき世界が其所にはあった。一個の肉体は予の前に横わり、月は醜悪な予の姿(塵を払っている)を照らした。予は侮蔑の目を以て彼女を見た。そして汎ゆる不潔な思い出が(彼女に関する)、予の精霊を傷けた。予は彼女を引き起して、道を急いだ。しかし予は、未完成なる或る何ものかの、圧迫を感じた。
 守護神よ
 予は彼女を救う事に依って、予自身を救いたいと思った。彼女は静かに歩いていた。そして時々予を見上げて憐れみを乞うかの如くであった。予は腹立たしさと苦しさとを感じた。そして左の如く考えた。
 ああ、此の獣類に依って、予の生涯の一部は汚された。
 予は併し、彼女のみを責めようとは思わなかった。罪は寧ろ予自身にあるのだと考えた。予は彼女の前に懺悔したく思った。そして其の如くした。然るに予は彼女が身動き一つしないのに驚かされた。(予等は路傍の芝生の上に座っていた)
『どうしたんです?』
 彼女は、すると嫣然につこりした。そして暫くの後、予の手を取って、
『解りました、解っています、して結論は?』
 予は少なからず面食らった。そこで云うには、僕は同情してるんです、人の云う事なぞ信じやしません。僕は貴女を愛する、よしや今夜の行為が、不自然な衝動からであったとは云え僕は貴女を捨てようとも思わねば……彼女はにこりと笑った。予は急き込んだ……。僕は早速貴女と結婚しよう、僕等は既に重大な契りを結んだ!
 守護神よ
 う云って予は泣きたくなった。一の高尚な感動が、予の胸を衝き走った、予はらに繰り返した。
『僕は貴女に同情する、貴女を理解する、貴女を愛する。誰が何と云おうと構わない、僕は貴女を救う事に依って、僕自身を救いたい』
そして予は云った、貴女は僕をうお考えです? と。
 守護神よ
 もしも君が人間であるか、人間のような者であるなら聞いて呉れ。君は彼女が什う云ったと思うか。彼女は云った。
『わたしは、あなたを、軽蔑しています』