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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第51回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年10月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
白石実三
2793

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ひとの哭きかた
サヌキマオ

 引酉優子は演劇部らしからぬ演劇部である、というとみんなどういう想像をするのだろう。正解は、背が低くで眉毛の太い、骨太なしっかりした女子である。しっかりといえば父親譲りの眉毛も特徴で、たっぷりと長く伸ばした濡れ羽色の黒髪をそこそこ大事にしている。そういえば昔、中学に入る際には髪の毛を切らなくてはならないかもしれないと小学校の担任に言われて、それだけで登校拒否になりかけたこともあった。結局は担任のつまらない(そして救いがたい)冗談で、髪の毛は切らずに済んだのだが、自分の美しいところはきっと髪の毛しかないだろうという意識が当時からあったのだろう。高校生になった今ならわかる。
「え、私ですか?」
 優子はどぎまぎとして、無意識にあたりの友達に助けを求めていた。同じ学年の蘭ちゃんは「なんとかせい」という顔でこっちを見ているし、恵里ちゃんはかばんを背負おうとしていてこちらにまったく気づいていない。高校から演劇部に入ってきた……呂畑さん、だっけ? とはまだ話したこともない。そのうしろの眼鏡の人は名前さえわからない……と、それどころじゃなかった。墨家青子先輩。高校三年生。みんなの憧れ。その墨家センパイから声をかけられたのだ。
「そうだけど、迷惑?」
「いや……あの、なんでしょう?」
「あなた、恋愛映画とか、観る?」
 映画。
「いや、映画じゃないの。『恋愛』映画。だって、見そうな顔してるもの」
「それ、どういう理屈ですか?」
「じゃあ、はずれ?」
 優子の視界の端で蘭が吹き出しそうになっている。えーと、映画。映画。
「観ます。案外、好きです」
「でしょう。だから引酉さんになんかすごい、女優が泣く映画を、いくつか教えてほしいの」
 墨家先輩はそれだけいうと、一週間くらいかけていいから、いいのを見繕っておいてね、と云ってそのままホールを出ていってしまった。いいとこ見繕って、ってお寿司屋さんじゃないんだから。
 ああ、すっかり忘れていた。ここは萬歳学園のホール。いままで演劇部の部活動をしていたところだ。「一度見た月は忘れない」という、恋愛モノ。つまり、ラブロマンスの稽古をしている。そしてこのラブロマンスは、今度の地区の発表会に出す予定の舞台だ。
「じゃあそれだよ。墨家センパイ、泣いたことなさそうだもの」
 蘭ちゃんがしたり顔で云う。麻実蘭。去年まで中学演劇部の部長だった女だ。たしかに墨家センパイの役は、三角関係の末に恋が破れてしまう方のヒロインの役だ。
「役作り、なのかな。だったらネットでもなんでも、評判の良さそうなものから観るんじゃないの?」
「そうか、そうかもしれない」
「あ、でも」優子が納得仕掛けたところで恵里が口を開く。乙恵里。彼女と蘭と優子の三人で、中学の時からずっと演劇部のメンバーだ。
「おそらくね、墨家先輩のことだから、そういうの、いっさいがっさい全部見て、まだわからないから人に聞いて回ってるんじゃないかしら」
「えっ」
 恵里にはこうやって、一言で場の空気を変える力がある。優子はずっとそう思っている。
 今回の場合は、随分目利きのハードルが上がってしまった。
「じゃあ駄目じゃん、中途半端にメジャーな作品を持っていったら『もう観た』って云われちゃうわけ?」
「そうかもしれない」
「え、だって、だとしたら私なんてそんなに、そんなにマニアと云うほど知らないよ。映画なんて」
「大丈夫だよ大丈夫」蘭は随分あっけらかんと云ってくれる。「こういうときはセンパイを信じたらいいんだよ。あの人がなんの考えもなくヒクトリにこんな話を振ってこないって」
「でも、でもさ」優子は息巻いた。「なんで、先輩は私が映画好きなの、知ってるんだろう?」
「そりゃあ、私が云ったからね」
「お前か!」
 優子は蘭の頭を掴むと思い切り振り回した。はひゃひゃひゃひゃ、と当人は笑いながら逃れてホールの壁に激突する。
「いやでもきっと、墨家センパイ、きっと悩んでるんだよ」
 もうとっくにいなくなっているはずの「センパイ」の姿を目で探りながら蘭は云った。
顧問えんしゅつにあれだけ駄目を出されたことも、本人はないんじゃないかな?」

 私は泣いたことがない、というと歌謡曲的に大げさなのだが、墨家青子には泣いた記憶がない。
 きっとどこかで泣いているのだろうが、最後に泣いたのはいつですか、と問われると、答えようがない。
 高三になって、もう部員としての引退も近くなって、さんざん「役が憑依するタイプ」と云われてきた。普段からそう云われていると本人もそんな気になってくる部分もあるのかもしれないが、少なくとも青子にとっては「憑依している」のではないと声を大にして云うことができる。
 「憑依している」のではなくて「識っている」のだ。
 こういうパターンやこういう文脈においては、人はこういう行動や表情をする。そのパターンを、覚えているだけなのだ。
 覚えていれば、頑張って再現することができる。うまく再現できれば楽しいし、それでお客さんに伝われば「うまくコピーできた」と思う。
 それで、中学一年生から五年間、ずっとやってきたのだ。
 なんで今さら駄目を出されなきゃいけないんだろう。

 一週間経って優子が青子先輩に教えた映画は、優子が幼稚園だったころに公開された恋愛作品だ。優子もインターネットで勧められていてレンタルしたのだったか、中学生の頃からの親友の二人が、落研の先輩を巡って三角関係を繰り広げている。
 起用されている女優さんも、今では平気でヌード出演するような女優さんだ。計算すれば、この映画に出ていたときにはちょうど今の部員たちくらいの年代のはずだ。
 テレビの画面に大写しになる号泣。たしかに「なんかすごい、女優が泣く映画」だ。青子先輩が出した条件は満たしている。

 青子は目を閉じて、深呼吸して、自分の顔をイメージする。ぐっ、と力を込めて顔を変化させる。顎の筋肉が横に広げつつ、眉根がぎゅっとする。で、涙を――このあたりが苦手なんだよな。涙は自由に出せるほうだけど、こらえきれないほど出るわけじゃない。ここで一旦己をフリーズさせて、手探りでスマホを操る。撮れた写真を見ると、まぁだいたい、一時停止したテレビの画面の顔に似せられている。……もうちょっと目力があったほうがいいかな。口も想像以上に歪めても、いいかもしれない。それで、

「 」

 渾身の力を込めて哭く。
 かなしいシーンだ。どんなに手を尽くしても願いの叶わなかった女が、哭くところだ。
 優子もわりと誇らしくはあったのだ。自分の勧めたものが役に立ってよかったなぁ、くらいには。

 発表会の会場は、爆笑の渦に巻き込まれた。
 役者たちに動揺が走る。普段の練習では笑いの起きようもない場面。しかも青子センパイの渾身の泣きが――
 客に恵まれなかった、というか。
 人は真剣であればあるほど傍から見る人の笑いを引き起こす。そういうコメディやコントだっていっぱいあるじゃない。だとしたら、会心の演技だったんだよ、きっと。
「ねえ、あの映画の花の泣くシーンさ、引酉さん、笑えなかった?」
「えっ?」
 優子は何を問われたのかもわからずにきょとんとする。青子先輩は
「ううん、なんでもない。映画、ありがとね」
 と言い残すと、また風のように去っていってしまった。
 そんなに笑えるところだったかな。家に帰ったらストリーミング配信を探してみようと、優子は思う。
ひとの哭きかた    サヌキマオ

投込み寺
今月のゲスト:白石実三

 新宿成覚寺の門を、とんとんとんと烈しく叩く拳の音。安永五年十月廿日の真夜中だ。
 寺男は、眼をこすりながら起きあがる。
「急なおとむらいだな、やけに叩く……変死だな? それとも心中かな?」
 しとしとと降る秋雨の中に、叩く拳の音は忙しい。
「待ってくれ、今、あけるで」
 閂をぬくとたんに、
「わあっ!」と叫んで、転げ込んで来たのは二人のより、今の妓夫ぎふだ。
「わあっ!」こちらも驚いて、尻餅をついてしまった。
 見ると、白木の棺桶が、そこへ放り出してある。妓夫が担いで来たのだ。
「ああ、びっくらした、押し込みかと思った」
 寺男の爺さんは、提灯をあげて棺桶を見たが、
「一人だな? これかい?」と、喉に手をあててみせる。
「自害さ……橋本屋の白糸さんだよ」
「白糸さん? じゃあ、全盛の売れッでねえか、それが何だって自害した?」
「ひょんなことから、にわかの変死さ」
 と、妓夫は、鉢巻に白足袋をはいた姿は威勢がよいが、後ろを振り返って、
「ああ怖かった! 来る途中、らんとうのところで、ちろちろっと、青い火が燃えているだろう」
「なあんだ」
 寺男は洟をすすりながら、
「燐の火が怖くて、どうしべい、ここは新宿スンヅクだいの投込み寺だあ、幾百幾千とない女郎衆の死骸を投げ込むとこだあ。見さっし、卵塔場は死骸の山だあ、火の玉の名所だあ……わあっ!」
「わあっ!」
 二人の妓夫は、ねあがったが、怖そうに摺り寄って、
「爺さんも、とんだ人悪だね、ああ驚いた!」
「白糸さんは、どんな死に様だね?」
「どんなってお前さん」
 と、妓夫は首を振って、
「かねて覚悟の生害だね、すずもんの書置きを残したあと、用場の中でこう手拭を口にくわえてよ、紅いしごきで膝をしばって、ごうだいじんが鮫鞘の脇差を持ち出して、それを逆手に、喉に突き刺した姿ったら」
「青い死顔には、血がべっとりついている。それが髪をふりかぶって――」
「わあっ!」
 突然、寺男が叫んだ。
「わあっ!」
 二人の妓夫は、飛びあがって、今度は一目散に逃げて行ってしまった。後を追ッかけるように、天龍寺のあけ七つの鐘が鳴る。
「はっはっ、若い衆、逃げちまやがった。おかげで、一人じゃあ重いぞ!」
 寺男は、棺桶に手をかけて、湯灌場の方へ曳き摺って来る。裏門のあたり、今も残っている成覚寺の広い墓地に、ちろ、ちろと青白い火が燃える。雨は暗く、しとしとと降っている。
 湯灌場には、ぼうと蝋燭がともって、住持はもう起きている。棺の蓋を刎ねて、剃刀をもって、死人の髪を落す引導をしている。

 投込み寺の俗称が語るように、新宿の遊女の死骸は、みんな成覚寺へ投げ込まれたのだ。明治三十年頃まで、遊女の待遇は、犬猫にも劣る扱い。死んでからも着物を剥ぐ、髪飾りをとりあげる。情けがかかって経帷子きょうかたびら、大抵はさらし木綿にお腰という哀れな姿で、みんなこの寺に送り込まれて来たのだ。
 その数は――遊女の高い死亡率と年数から割り出した私の計算では、約三千人!
 三千の無縁仏を、一手に引受けたのでは、成覚寺も手が回りかねる。それで、野良犬が来て死骸を掘り出したり、烏が群れをなして来て、死骸の眠玉をつつく。燐火が、ここの名物となったのも、当然である。
すずもん』の唄で名高い白糸も、投げ込まれた中の一人だったのである。

 唄にもある『春は花咲く青山辺あおやまへん』すなわち今の外苑野球場にちかい権田原に、鈴木主水という侍の家があったのである。
 主水は、その頃、重い病に臥していた。が、忘れられないのは、白糸が深い情けだった。
「あの鐘の音は暁七つ刻」と、床の上で、善光寺の鐘を数える。「追っつけ夜はあけるだろう、それにつけても思いだされるあのきぬぎぬ、夜明けの鐘に追い出されても、惜しまれる床の移り香、まがきへまわってもう一度、見せたあの笑顔がわすれられない」
 うとうとと眼をひらいた枕元。ありあけの灯影に誰かいる。行燈の火を厭うように、なまめいた寝巻姿の女が、しょんぼりと座っている。
「おお、お前は白糸、いつのまにここへ? よくぞ、廓を抜けてまいったな?」
「あい、あんまりお前が恋しいので、夢中で裏のれん窓を破って」
 いって、取り出したのは、金子五十両。
「主水さん、約束の金でありンす。どうぞ、このお金でかさむ借金のかたもつけ、奥様にも安心させて」
 いいながら、さめざめと泣いた。
傾城けいせいが惚れるというのは恥かしい。でも二人が仲は、どういう合縁あいえんえんやら……これほど惚れた真実は、悪縁と申すものでござンしょう」
「で、この金子は、例の田郷大尽から?」
「あい、金でかれたい勤め、あなたに貢ぎたいばっかりに、私も真実、惚れ身になっての手練手管、主水さん、察して」
 と、辛さうに泣き伏しながら、
「身をなげだしてもてなせば、さすがの田郷大尽もころりと騙されて、俄にととのう見請けの相談、この五十両は、身請けの手付でありンす」
 いいかけて、言葉は切れた……と共に、とんとんと門を叩く音。
「ええ、青山の鈴木主水様のお宅はこちらでござんしょうか?」
「どなたじゃ?」
「はい、私は新宿橋本屋からの使いの者、白糸さんが今宵、自害をされました。ここに書置きがございます」
「なに、白糸が自害をした? ははは、馬鹿なことを、白糸はここにいるではないか!」
 いって見た行燈の影には、白糸はいない。煙のように掻き消えていた。主水は、急にぞうと寒気だった。身の毛がよだった。で、間もなく白糸の死霊に誘われて死んだ。

 ……というのが、新宿にあるたった一つの心中咄、『ありンす情話』なのであるが、こんな怪談があれほど広く歓迎されたほど、当時の江戸は心中がはやった。
 紺の暖簾に桔梗の紋。主水が色間夫まぶきどりでうろついた橋本屋は、今の新宿追分、闇に廻る赤車あかぐるまムーランルージュの手前、新歌舞伎座と背中合せにあったのだが、あそこのルンペンまちにあった夜泣地蔵というのも、今は、投込みの成覚寺へ移されている。
 それは子供の夜泣きに験があるという地蔵様なのであるが、その台石を見ると、およそ二十組ばかりの男女の戒名が、一組づつ並べて彫ってある。それが、みんな情死者なのだ。
 が、寺をたずねて過去帳をくってゆけば、まだまだその上に幾百とない変死や、情死の組を発見する。中に『妙栄信女、俗名お糸(変死)』とあるのが、白糸だ。
『定吉廿七歳、かね十七歳』『津村政右衛門三十一歳、ワカ二十六歳』
 そうあるどの組もどの組も、歌われない主水であり、白糸である。そして、墓地の子供合葬碑の付近の穴へ、一緒に投げ込まれたのだ。子供というのは、遊女のことである。

 さて、寺を出れば、新宿広小路ひろこうじ。恋の港のエロ横町、灯の彩りのカフェ十字街は近い。美女給びじょきゅう三千の大軍がエロを売り出すなさけのデパート、その真ん中に、世にも悲惨な暗い「投込み寺」のあることなどを、人は知らない。
 だが、暗い影があってこそ大新宿。大東京は、現代都市としての感じに強く活きるのだ。