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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第54回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年1月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
井原西鶴/ 蛮人S
3000
3
夢野久作
1853

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

波濤館
サヌキマオ

 渋滞を回避しようとあちこち走り回っているうちによくわからないことになっていた。駅前のロータリーから続く道は海に向かって急な下りで、崖に至ると五差路になっていた。左右の山中からの道三つを、港から崖沿いに続く道が受け止めているかたちだ。カーナビによると、崖に沿って峠を走ればゆくゆくは高速道路に至るらしいが、五差路ゆえに車が集中する。とうとう捕まってしまった。
 それで結局、高速道に向かう道と同じ方向の山道を取った。なにしろ唯一道が空いていたし、稜線に沿って走っていけばいずれ崖沿いの道とも交差するだろう、という一瞬の判断があったからだ。しかしながら、そもそも車の通りが少ないということはその先に何もないということだし、裏道としても使えないのだと気づくのは、またあとの話だ。
 道は緩い蛇行を描きながら続いた。右手には水平線が続く。曇り空のあちこちの切れ間から日が射しているのがわかる。トンネルをふたつほど抜けるとようやく道が下りはじめた。ずいぶん海に近いところまで降りてきてしまった。消波ブロックがずいぶん巨きく見える。
 内心焦っていたのだが、もうガソリンがないのだった。
 方向は間違っていなかった。しかし、いわゆる通行の途でないのは明らかだった。ガソリンスタンドの表示が近辺に一つあるが、曲がりくねった道を、どのくらいかかるかわからない。

 道路の行き止まりにあった建物は古いホテルに見えた。「波濤館」と表札だけは立派でリゾート開発に失敗して打ち捨てられたように見える。
 地元の人にガソリンをわけてもらうのが最適解だと思った。建物はどんよりと朽ちていたが、窓から明かりは見える。建物の脇にマイクロバスが一台停まっている。
 車を停める音を不審に思ったのであろう、二人の女の子が手をつないで出てきた。一月だというのに同じ白いワンピースを来ている。
 なんだなんだ。そう、口が動いている。こちらを遠巻きに見ているので、ガソリンを貸してほしい旨を声を張って伝える。ガソリンだって、と髪の短いほうが云った。ワンピースを着ているから女の子だと思うが、短髪の、眉のキリリとした子だ。どうしよう、ともうひとりの栗毛の子が云った。先生、出てったばっかじゃん。
 電話しようか、と短髪の子が続けた。いや、そもそも、と栗毛の子がいいだしたが、あんまり当事者の目の前でひそひそ話もなんだと思ったのか、少々お待ち下さいね、と言い直して二人は走って建物に引っ込んでいった。

 女の子たちは、自分たちは「エンゲキブ」だと語った。エンゲキブ? あの、学校の部活の? ええ、まぁ。学校なの? ええ、まぁ。
 どうもイメージの像が頭の中で結びつかなかった。公演をするの? あ、しますします。みんなで行きます。
 招かれた建物の入口は、やはりホテルのロビーとして使われていたものだろう。革のソファーが並べられている。「部長」と呼ばれる小太りの眼鏡の子が応対してくれる。さっきの短髪の子が奥からペットボトルのお茶とコップを持ってくる。ロビーには他にも十人くらいの女の子がいて、こちらの様子をずっと凝視したり、各々スマホをいじったりしている。
 すみませんね、おとなは今買い出しに行ってて。部長が申し訳無さそうにする。いま連絡を取っていますから、そうしたら、ガソリンもなんとかなると思いますので。
 すぐに戻ってくるって、と先程の栗毛の子が部屋に入ってきた。まぁしばらくですのでゆっくりしていってください。そう云われたものの、同じような白いワンピースの子がぞろぞろといて、異様な雰囲気だと思う。ここでみんなで住んでいるの? ええ、まぁ。お父さんお母さんは? ええ、まぁ、います。
 急に風が吹く。奥の戸が開いたのだ。続けて朗々とした歌声がしてびっくりする。ロビーの奥、縄のれんのかかった入り口から魚のいっぱい入ったバケツを提げた女の子が歌いながら入ってきた。キンキンとした大漁節だ。髪を後ろにまとめた女の子はこちらを認めると、うわお客さんがいるならいるっていってよ恥ずかしい、と小走りにカウンターのわきの扉に向かおうとする。釣れたぁ? 部長が声をかけると、ぼちぼちだけど一人一匹には足りないかもね、まぁまた行くわ、と返事がある。釣りができるんだ? と聞くと、短髪の子が自慢げに、裏口からそのまま釣りができるんですよと教えてくれた。自給自足? いや、買うものは買いますけど、本当に暇つぶしというか。
 エンゲキブということは、演劇をどこかに見せに行くわけだよね。そうです。外のマイクロバスがありますでしょ、あれに何もかも詰め込んで、役者も道具も詰め込んで旅に出るんです――あ、そうだ。部長に名案が浮かんだようだ。あの、バスのガソリンをお分けしたらいいと思います。え、できるの?
 できるもなにも、と部長は立ち上がった。なんでもやらないと、やっていけないんです――とはいうものの、押し留めた。車から車にガソリンを移動する「安全な」方法が見つからなかったからだ。少女たちの提案した方法は、普段灯油ストーブで使っているポンプでバスからガソリンをバケツに移して、バケツから車に移そうというものだった。いつも顧問はそうやっていますから、と部長は言うが、どうも不安な気配がした。顧問? あ、先生です。エンゲキブの顧問。それはさておき、ガソリンの移動に使った灯油ポンプを、また灯油をストーブに使って大丈夫なのだろうか。後の部屋中にガソリンの燃える匂いが蔓延することは想像に難くなかった。
 じゃあ、と部長が言いかけたところで、あ、帰ってきた! と外から声があがる。この建物まで降りてくるときに使った道路を、灰色のミニバンがゆっくりと降りてくる。
 ミニバンから降りてきたのはワンピースの上からダウンジャケットに着込んだ少女二人と、運転手をしていた背の高い女性だった。ジーンズに革ジャンという出で立ちで、腰までありそうな髪の毛を後ろに結わえている。そこの三人は中に荷物を運んどいて。声は、明らかに男のものだった。手短に指示を出した男はこちらに視線を合わせると、これはお困りでしょう、とニヤッと笑った。
 話といえばそれっきりである。「先生」と呼ばれた男は車のガソリンを買ってきてくれていた。タンクからの給油も慣れたもので、特に長居する理由もなかったのでカーナビを頼りに帰路についた。あの「エンゲキブ」はなんだったのだろう。帰って一服してからそれとなく検索してみたが、世の中に「演劇部」というのは数限りなくあるというのがよくわかった。ストリートビューにも、例のあの五差路のところからの撮影がない。どこをどう通ったものか、航空写真に――ある。確かにあの建物のような気がする。しかし、こういった建物も、その横に停められた車も、こういう僻地には山ほどあった。
 ここでもう一度あの場所に向かおうとしてもいいのかもしれないが、実はそれほどの興味はわかなくなっていた。ただ一様に同じ白いワンピースを来た十数人のエンゲキブ達と、そこで「先生」と呼ばれる美女のような男。なにか確たる痕跡を残していないか。ああそういえば……
 というものも、なかった。ただ、高速道路に乗ってから最初のサービスエリアで食べたラーメンの食券があった。あったからといって、それ以上は辿れない記憶だけが、忽然と脳裏の隅に置かれ続けた。
波濤館    サヌキマオ

ねずみの文つかい
蛮人S
井原西鶴/原作

 この世知辛い世の中、始末の心掛けは大事に御座いますけれど、度を過ぎた御方も中にはいらっしゃいます。
 ある男、毎年師走の十三日と定めて煤払いをなさるのは宜しいが、旦那寺の笹竹を祝い物やからと言うて月の数だけ十二本もいただいてきては、それで煤を払い、そのあと竹の方は屋根葺きの押さえに、枝はホウキに使って塵もホコリも捨てない。ずいぶん細かい御方であります。大晦日には年に一度の特別として家で風呂を沸かし、世話になった方にも振る舞うのですが、ホウキが最後の勤めとしてその釜に焚かれ、さらには五月のチマキの皮とかお盆に供えた蓮の葉っぱとか、そんなものまで後生大事に取ってありまして、お湯を沸かすに変わりはないと、それらを一辺に焚いて得意顔なのでありました。
 かなりハイレベルな御方に御座います。しかしこの家の裏にある別棟に隠居しております一人の婆さん、母親なのですが、さすがこの男を生み育てただけの事はあり、さらに細かい執念の持ち主で御座いました。
 この年の晦日も、婆さん、片方を失くしてしまった塗下駄の一つを風呂の釜に焚いてしまおう、と手にとったまま、つくづく思い出される昔の事。
「このポックリ……まこと、このポックリは、思えば私が十八の時! この家に嫁いだ際に雑長持ぞうながもちに入れてきてより雨にも負けず雪にもめげず、歯のちびるまで履き続けること五十三年。もう、この一足を一生モンにと思うて履いてきたものを……大事な片方を咥えて持って行きよった、憎っくき野良犬! ああ悲しや残った片方では、どないしようもありません。本年本日この釜に、哀れ煙と散るものぞ……」
 と、ぶつくさ繰り返すこと四、五回。ついに釜の中へと投げうって燃える炎を眺めるうち、別の悲しい思い出の、ふと心に寄せるところが御座いまして、はらはら泪をこぼし始めました。
「そう言えば、あの日からもう一年……月日の過ぎるは夢のよう……まったく惜しいことを……」と、しばし泪の留めがたい。折しも風呂に入っておりました近所のお医者様、
「年を迎える日にそない嘆くものでは御座いません……して、どなた様がお亡くなりに」
「はあ?」と婆さん泣き止み、
「人の生き死にごときで、こない嘆きますかいな」
 アホなこと訊いてしもた、と医者も悔やみます。
「私の悔やみきれないのは、ぎんの行方」
「と申しますと」
「今年の元日の事ですわ。堺の妹がお年始に参りましてな、お年玉言うて銀の一包くれましたんや。私も有り難い事と思いましてな、恵方棚に上げときましたんや」
「ほう」
「その夜、盗られました」
「はえっ」
「どう考えたかて、勝手知ったる者の仕業ですぅ。で、何とか見つけたろうと色んな神さんに願かけたけど甲斐も何もあらしまへんさかい今度は山伏に祈祷をお願いしましたらな、七日のうちに見つかる、もし祭壇の上のへいが動いてとうが消えたら大願成就の験じゃ言うてな、そしたら祈祷の最中に御幣が動きよって灯明かて勝手に消えたさかいな、うわ、これ神さんマジすごいわあ思うてな、初穂に百二十文も包んで渡してな、七日待ったけど何ぁんも出て来えへんねん、私それ友達に言うたんや、そしたらな、姐さんそれ盗人に追い銭ちうもんや、最近おるねん『仕掛け山伏』言うねんって。シカケヤマブシて何や、て訊いたらな、祭壇にからくりがあるんやと。手品なら紙人形の土佐踊りとかもっと凄いのもおるけどな、騙すなら逆に単純な仕掛けほど騙しやすいんやと。御幣が動いたんはな、祭壇に岩の台が載せてあってな、御幣を差した壺が置いてあるんやけど、壺の中にドジョウが一緒に入っとんねん。で山伏が数珠をサラサラ揉んで東や西や言うて独鈷や錫杖でガンガン叩くやろ、ドジョウがビビって大騒ぎやろ、ほんで御幣に当たって動くんやと」
「はあ……」
「灯明には砂時計が仕掛けてあってな、勝手に油が抜けるようにしとるんやと、まあアホくさい、損の上に損を重ねて、悲しいやら情けないやら、私は銭を失くすとかこの年まで一文たりとも一切無かったのに、あの銀子の消えたおかげで胸算用の狂うた一年、このまま新年迎えようとは、ほんま情けのうて、情けのうて、泪が出てくるわぁあああ」
 と外聞もなく大声で泣き始めますので家内の者の集まりますも、要は自分らを疑う話で明らかに迷惑顔、神様マジどないかして下さい、との心の祈りが通じたのでしょうか、煤も掃き終えて屋根裏まで検めていたとき、棟木の間に杉原紙の一包みが見つかったので御座いました。見れば紛れもない例の銀子、なるほど、これは神棚から鼠が運んで持ち去ったのであろう、ほんま人騒がせな鼠や、と一同ホッと致しますも、婆さんまるで納得しません。
「いったい鼠がこんな遠歩きしますか、これは鼠は鼠でも、頭の黒い鼠の仕業、あああ、ほんま油断のならん家や」
 と畳を叩き叩き喚き叫んでおりますところ、風呂から上がった医者が取りなして、
「オホン、かかる事は古来より例の御座いますところ、年代記に曰く、人皇三十七代孝徳天皇の御時、大化元年十二月の晦日、大和の国は岡本の都を難波長柄の豊崎へと移させ給うたその折に、和州の鼠も宿替えと、鼠の道具をめいめいに咥えて運ぶとはコリャ愉快。穴隠しの古綿に、鳶から隠れる紙衾、猫に見つからん御守袋、鼬を防ぐ尖り杭、枡落しの罠を支えるつっかい棒、油火を消す板切れ、鰹節曳っぱるテコの枕、さらに嫁入りの時の熨斗、ゴマメの頭、熊野詣での粉餅の欠片、一個一個咥えて二日の路を運んだと。まして隠居と母屋の間くらいは」
「……先生、そんな話を信じてはりますのんか」
 とにかく目の前に見ん限り信用ならんと息巻く婆さん、しかし鼠の曳っ張る所とか人前に実演できるわけも御座いません。と、そこにふっと妙案。せや、近頃人気の芸人、ねずみつかいの藤兵衛、あいつなら出来るやろ。よっしゃとばかりに芸人藤兵衛を雇って呼んで参ります年の瀬。
「はいどうも~、江戸は湯島の天神前に評判のけだものフレンズ長崎水右衛門が直伝の動物芸、私が、浪速のねずみつかい藤兵衛で御座います、パチパチパチ! 本日これから、なんと鼠が人の言う事を聞き入れて? 様々の芸尽くし、まずは『若い衆に頼まれて恋文を届ける文つかいの鼠』はぁいトントコトン、チウ子ちゃんカモーン、これ大事な手紙やさかい頼んまっせ、はい咥えてな、えっと、ちょっとキョロキョロしてますけど、相手を間違うたらあきまへんで、そら、そこの袖口にそおっとな、はいよくできましたぁパチパチパチ、ええ続きましては『餅を買いに行く初めてのおつかい鼠』トントコトン、ここに一文銭が御座います、ほらチウ子ちゃん、これでお餅買うて来てな、そうそう、そこに銭置いてな、はい餅を咥えて見事帰って参りました、お利口さんに拍手ぅ」と次々繰り出される鼠の技。
「ご覧になりましたか、これで納得いただけたでしょ」
「ううむ、なるほど」と婆さんも頷き「これなら鼠が銀子を曳いていく事もあるでしょう。まずは疑いも晴れましたわ」
 と答えつつ。
「せやけどな、そんな盗み心を懐くような鼠を家に置いたんは、あんたらの不始末や。おかげで私はこの銀子を屋根裏に寝かしてまるまる一年、遊ばせとく羽目になったんや。一年間の利子一割五分、払うて貰いますさかいな……」

 こうして婆さん、晦日の掛取りも果たし、独り満足顔で布団に入って良い年越しとなりましたとさ。
ねずみの文つかい    井原西鶴

黒い頭
今月のゲスト:夢野久作

 ヒイラ、フウラ、ミイラよ
 ミイラのおべべが赤と青
 そうしておかおが真黒け
 四つよく似たムクロージ
 五ついつまでねんねして
 六つむかしの夢を見て
 何千万何億年
 やっとこさあと眼がさめて
 九つことしはおめでとう
 とんだりはねたり躍ったり
 とうとう一貫借りました。

 花子さんは夢中になってお友達と羽子はねをついているうちに、羽子板のうらの美しい姉さんの顔の頬ぺたが、いつの間にか羽子のムクロジに当って、ポコンと凹んでいるのを見つけました。
 花子さんはわっと泣き出して、おうちへ駈け込んで、お母さんの膝へ泣き伏しました。
「お母さん、堪忍して頂戴。羽子板の姉さんのお顔がこんなになりました」
 お母さんは背中を撫で、
「そうですか、構いません。これから大切になさい。もう日が暮れますから、御飯をたべておやすみなさい」
 と云われました。
 花子さんは羽子板の美しい姉さんの顔が可愛そうでなりませんでした。どうかしてもとの通りにならないかと思い、ひょいと顔を上げて枕元に置いた羽子板を見ると、ビックリしました。美しい姉さんは、いつの間にか羽子板を抜け出して枕元に座って、頬ペタの大きく凹んだ処を押えてシクシク泣いています。
 花子さんは思わず飛起きて、飛び付きました。
「あら、姉様、堪忍して頂戴。わたしが悪いのですから」
 と泣き声を出してあやまりましたが、姉さんは中々眼をあけません。奇麗な袖で顔を押えて、シクシク泣いているばかりです。花子さんはどうしようかと思いました。
 ところへどこからか、
「それは花子さんが悪いのではない。私が悪いのです」
 と云うしわがれた声が聞えました。驚いて姉さんと花子さんとが顔を挙げてそちらを見ますと、それは恐ろしい、真黒い、骸骨のような木乃伊ミイラでした。
 木乃伊は赤と青の美しい着物を引きずって、恐ろしさにふるえている姉さんと花子さんの傍へしずしずと近寄りながら、白い歯を出してニッコリ笑いました。
「御心配なさいますな。私が姉さんの頬の凹んだ処はきっと直して上げます」
 と云ううちに二人を抱き上げて、赤と青の着物をパッと広げると、そのまま大空はるかに舞い上りました。
 二人は夢のようになって抱かれて行きますと、木乃伊の青と赤の着物は雲の中をひるがえりひるがえり、お太陽様も星も月もはるか足の下にして飛んで行きます。やがて下の方に三角の塔や椰子の樹や大きな川や繁華な都が見えて来ました。木乃伊はそれを指して、
「あれが私の故郷のエジプトの都です。三角の塔はピラミッドで、川はナイル河という河です」
 と云ううちに、都のうちで一番大きな建て物の窓から中へ降りて行きました。その時気が付きますと、木乃伊はいつの間にか当り前の人間の、しかも立派な王様の姿にかわっておりました。
 王様はニッコリ笑って申しました。
「私はこのエジプトの王ラメスというものです。昨日、花子さんが私の生まれ代りの羽子のムクロジにあたたかい息を何べんもはきかけて下さいましたので、二千年も昔に生き返る事が出来たのです。その御礼に今日は国中の者を集めて御馳走をします」
 やがて三人は眼もまばゆい大広間に来ると、王様を真中に、姉さんは右に、花子さんは左に腰をかけました。
 先ずこの国第一のお医者が来て姉さんの鼻をフッと吹きますと、姉さんの頬ペタは忽ちもとの通りにふくらみました。それから、二人ではとても食べ切れぬ程の珍らしい御馳走をいただきました。それから、この国中の踊りの名人の舞踏を見せてもらいました。
 とうとうおしまいには王様も堪らなくなったとみえて、
「久し振りだからおれも一つ踊ろう」
 と飛び出して踊り出しました。
 その時王様はこう云って唄いました。

 ヒイラ、フウラ、ミイラよ
 ミイラの王様お眼ざめだ
 赤い青いおべべ着て
 黒いあたまをふり立てて
 はねたり飛んだりまわったり
 五ついつまでいつまでも
 むかしのまんまのひとおどり
 なんでもかんでも無我夢中
 やめずにとめずにここのとう
 とうとう日が暮れ夜が明けて
 いつまで経っても松の内

 花子さんも羽子板の姉さんも夢中になって見ておりますと、王様の踊りはだんだんはげしくなって、次第次第に高く飛び上って、とうとう大広間の天井を突き破って、虚空はるかに飛び上って、どこへ行ったか見えなくなってしまいました。
 ハッと思って気がつきますと、夜が明けて、花子さんは矢張り寝床の中にいて、羽子と羽子板をしっかりと抱いているのでした。
 羽子板の姉さんの頬はいつの間にか、またもとの通りにふっくらとなっておりました。