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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第55回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年2月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
アントン・チェーホフ
3000

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

これから恋愛をします、と顧問は云った。
サヌキマオ

 事情がわからない人にはさっぱりだと思うのでもうちょっとおひれはひれハラホロヒレハレをつけると、あたしの所属する演劇部の顧問が、次回はラブコメを舞台にかける、と宣言したのだった。演劇部の面々の一部は「おー」とか「わー」とか言っていたが、大半は「はあ」という顔をしていた。これは「はあ?」でも「はあ!」でもない。「やるんですか」という意味の「はあ」だ。
 恋愛もの、というのは世間の女子の間で流行るものらしい。映画館の前を通れば、三本ロードショーしているうちの一本は「恋愛ものです」とラベルが貼られている。もちろん実際にラベルが貼られているわけではないが、恋愛ものだとわかるように、美男美女の俳優のアップがポスターに並び、恋愛は大事、みたいな煽り文句が付いている。役者本人の数倍はある大きな壁面で、幸せそうな様子で見つめ合う二人を眺めながらあたし――こと呂畑翠は頭を掻く。映画館の前だった。センパイと待ち合わせをしていた。同じ演劇部の俵村曲センパイだ。
 どちらから云い出したのかははっきりしないのだけれど、恋愛ものって一応どんなものか予習しておきますか、ということになった。今日は二月の十日。平日だ。平日なのになぜこんなところに居るかといえば、通っている高校では今まさに高校受験が行われているからだ。せっかく平日に降ってきた休みである。芸道のために有効活用しようではないか。などと誰かならば云うかもしれない。誰だかわからないけど。
 月曜の十一時なのでさすがに人が少ない。客席も半分うまるかどうかくらい。五十人くらいの人の入りに、大学生らしきカップルが二組くらい。

「映画は始まる前の予告編が面白い」
「それね」
 曲センパイは持ってきたハンバーガーをさておいて先にもさもさとフライドポテトを食べ始めた。よほどお腹が空いていたのだろうか。
 映画本編が終わってもスタッフロールの間はふたりとも立たなかった。そこは趣味を共有してくれてよかった。ホールの灯りがつくと、どちらから言い出すでもなく立ち上がって「飯でも食いますか」という話になった。
「まぁ本編もだけど」
「面白かったですか」
「面白いっちゃあ面白い……あー、そうかーってなった」
「そうかーってなりましたか」
「観てるとなんか見せ方に無理があるなって気はする……とにかく人気俳優の表情は画面に見せなきゃいけない、みたいなさ。ただ、その無理も自分が演じる側からすると『やむを得ない』ってわかる」
「いや、そういうことではなくて、恋愛的な意味の話で」
「うーん、なんだろう、ああやって他人が『好きだ』って云ってるのを見ると自分もキュンとなるというのがわかった」
「確かに」
「翠ちゃんも?」
「あれが感情移入なんでしょうね。好きだ、って云う側も、云われる側も」
「翠ちゃんはどっちサイド?」
 どっちだろう。あたしはしばらく映画のシーンを回想していたが、
「あれですよ、そんなに臆面もなく『好き』って云えてしまうリアリティの無さですかね」
 という結論に至った。この結論は変わるかもしれない。
「リアリティの無さ、に感情移入するの?」
 センパイはよくわからないという顔をしているが、でも、リアルではそんなにまっすぐに自分の気持なんか伝えられないから、恋愛映画って需要があるんじゃないか。
「リアリティの無さ、というのは……なんて云ったらいいか。そんなに簡単に感情をむき出しにできていいなぁ、みたいなのがあるんですよ。見ている側の気持ちとして。センパイは?」
「私はアレだよ、きっと自分はイケメンに興味がないんだろうなぁ、というのが判った」
「そこですか? もしくはもっと年上がいいとか」
「年上かなぁ。そういうんじゃなくて、なんか、恋をするのにも才能が要るらしいよ?」
「だからこそ」あたしの中ではうまく回路がつながった気がする。
「だからこそ、人は恋愛できることに憧れるんじゃないですかね」

 そんな「デート」から一ヶ月、学年末テストが終わると台本が配布された。「その先は崖っぷち―由美子の七日間戦争―」と題された手折りの冊子が三十二ページ。毎度のこと、視聴覚室に集まって読み合わせる。
 由美子は高校を卒業したばかりの社会人だが、うっかり恋に落ちてしまったのが定年退職で由美子と同時に学校を去る美術の先生。由美子は果敢にも卒業式の日、先生に告白するが、先生は「まずは自分の夢を叶えてこい」と由美子に云う。その気になってしまった由美子は、バイトの傍ら、かつての夢であった漫画家を目指し始めるが……といった話。あたしの役はバイト先の弁当屋の店長だ。
「ねえ、これってさ」この声は同じ学年、今回は主役の由美子役を射止めた小星ちゃんだ。「タイトルからすると、『どうせ結婚しても崖っぷちだよ』ってことだよね?」
 台本では由美子が結婚したところまでは描かれていない。紆余曲折を経て出版社の新人漫画賞の佳作に選ばれて、読み切り作品が掲載されるのが決まるところまでだ。
「漫画家も賞をもらってデビューしたはいいけど、人気が出なくて辞めていく人も多いって聞くし」
 それでもなお、ということだろう。それでもなお、人は恋のためにはどこまでも突っ走っていくのか。のか?
「どうしよう」小星ちゃん本人もまさか主役に選ばれると思っていなかったらしく、しばらくは目を白黒させた後で呆けていた。
「どうしよう、って頑張るしかないじゃない」
「いや、私ね、よくわかんないんだ、恋愛とか。しかもおじいちゃんとか。私のお父さんより上の人だよ?……この『由美子』はお父さんがこの先生と同い年なわけだから、なんかそういう理由があるんだろうけど」
「なんだろうね。でも、だからこそ、先がないと判っていても突っ走るしかないみたいなのが恋だ、ってことじゃない?」
「そうかな?」
「今適当云った。ごめん」でも、おそらくはそういうことなのだ。舞台の上で赤裸々を叫ぶことが、もしかすると見に来てくれたお客さんの救いになるのかもしれない。
「あー」小星ちゃんは頭を抱えて机に突っ伏した。「どうしたらいいんだろう、私、わかんないよ」
「誰かと付き合ったりしたことって、ないの?」
「ないないない。そもそも、たぶん男の人とか異世界過ぎて。私一人っ子だしお父さんしか男がいないし」
「顧問は?」
「呼んだか? 早く帰れ」
 周りの部員が三々五々帰る中、なかなか帰らないのにしびれをきらせた伊武先生だ。
「先生は……そもそも、男ではないし」
「喧嘩売っとんのか」
 これは、女性の格好が趣味の顧問のことだ。こう見えて結婚していて、二人の子どもがいるのを知っている。
「先生、小星ちゃんは恋愛したことがないんですよ」
「ないのか。まぁ、そうだろうと思ったけど」
「ひどい!」
「だからこそよ。これを機に、何もかもなげうってでもなんとかしたい相手やモノを見つけなよ」
「えーと、それっていうのは……男女の恋愛も、ものに対する執着みたいなのも一緒ってことですか?」
「一緒の人もいるだろうね。あえて恋愛じゃなくても良かったんだけど、そういうまっしぐらなひたむきさってのが、今回の本のテーマかも知れない」
「はぁ」
 小星ちゃんは腑に落ちない顔をしていたが、あたしにはよく解る。決して恋愛ではないけど、何を犠牲にしてでもやりたいことのある人には羨望と嫉妬の気持ちがある。
 観客に羨望されなきゃいけないんだな、と思った。
これから恋愛をします、と顧問は云った。    サヌキマオ

カメレオン
今月のゲスト:アントン・チェーホフ
蛮人S/訳

 警察署長オチュメーロフは、マーケット広場を横切って歩く。新しいコートを纏い、包みを腕に抱えている。赤毛の巡査は「押収」したベリーの実でいっぱいの籠を手に、彼の後を進む。静寂が一帯を掩う。魂の失せた広場……店や酒場の開けるドアは寂しげに広場に相向かう、空腹に開く口のように。辺りには乞食の姿もない。
『噛みやがった! てめえ何様だ?』突如、オチュメーロフは声を聴く。『逃がすな! 今どき人を噛むとかねえぞ! とっ捕まえろ! ああ……ああ!』
 犬の鳴き声がする。オチュメーロフは声の方を見る、その目に犬の姿が映る、足の三本で飛び跳ね、左右を見回し、ピチューギンの材木場から逃げ出す。一人の男が犬を追う、ボタンを外したチョッキ、糊の効いたコットンシャツを着る男は、飛び込むように身を投げて犬の後ろ足を掴む。再び犬の悲鳴が聞こえ、「放すな!」と叫びがあがる。店々から寝ぼけたような顔が突き出し、程なく群衆らが、地面から湧き出るように材木場の周りに集まっていく。
「トラブルみたいですねぇ、署長……」と巡査が言う。
 オチュメーロフは左に向き直り、群衆の方へと進む。
 ボタンを外したチョッキの男が、材木場の門近くに立って、右手を高く揚げ、出血する指を群衆に見せている。その半ば酔いしれた顔は、『よおし借りは返すぜ、悪党!』とでも言いたげで、掲げる指はまさに勝利の旗にも見える。彼は署長の知る男で、彫金師のフリューキンだ。そして騒ぎの張本人たる白い仔犬……尖った鼻、背中に黄色い斑をもつボルゾイの仔犬は、群衆の真ん中に前足を広げ、地面に座って震えている。潤んだ目に悲愴と恐怖が滲んでいる。
「何事だ?」オチュメーロフは群衆を押しのけながら尋ねる。「君はここで何をしてる? なぜ指を振ってるんだ……? 叫んだのは誰だ?」
「旦那、私はただ歩いてただけです、誰の邪魔もしてません」フリューキンは口元に手を寄せて咳こむと、話し始める。「焚き木の事でミトリー・ミトリッチと話してたんすよ、そしたらこん畜生が指に噛みつきやがって、道理も何もありゃしません……お願いしますよ、私は職人で……細かな仕事なんです。こいつは賠償してもらわないとね、きっと一週間は指を使えませんよ……こんなの法律以前の話ですよ、旦那、こんな畜生に私一人の我慢するばかりか……皆んなに噛みついたりした日には、暮らしていけませんよ……」
「うむ、よく分かった!」オチュメーロフは厳めしく咳払いをして眉を上げる。「よろしい、それは誰の犬だ? 見逃すわけにはいかん! 犬を好き放題に走らすような連中には思い知らせてやる! 規則に従わない奴らは、警察がお世話してやろう! 悪党には罰金だ、そして犬や家畜を野放しに飼うことが、どういう行為なのか叩き込む! 教育が必要だ! ……おい、エルディリン、」署長は叫び、巡査を呼ぶ。「そいつが何処の犬か調べて、報告しろ! 犬は処分するのだ。遅れるな! 狂犬かもしれん……いったい誰の犬なんだ?」
「ジガロフ将軍の犬じゃないかな」と群衆の中の誰かが言う。
「ジガロフ将軍だと? ええっと……エルディリン、儂のコートを脱がしてくれ……恐ろしく暑いな! 雨の前触れに違いない……ああ、ひとつ分からぬことがある、犬はどうやって君を噛んだんだ?」オチュメーロフはフリューキンの方に振り向く。「こりゃお前の指までは届かんな。犬はこんな小さいし、お前は立派な図体の男だ! お前は釘で指を傷つけ、この犬で金をせしめてやろうと思いついたんだな。お前がどういう人間か……儂は、全部お見通しだ! 悪者め!」
「旦那ぁ、そいつはね、ふざけて仔犬の顔にタバコをつけたりしてますぜ……そりゃあパックリやっちまうよな……馬鹿な奴ですよ、旦那!」
「嘘をつけ、ロンパリ野郎! 何も見てないくせに、なぜそんな嘘を言う? 旦那は立派な紳士で、誰が嘘をついてるか、誰が本当を言ってるか、神様みたいに分かるんだ。俺が嘘つきだってなら、裁判で決めようじゃないか。俺たちは今や法の下に平等なんだよ。俺の兄貴は軍警察に勤めてるんだぜ……言わせてもらうが……」
「争いはやめろ!」
「いやあ、それは将軍の犬じゃないですねぇ」と巡査が深い確信をもって言った。「将軍はそういう犬は持ってません。将軍の犬は、ほとんどセッター犬っすから」
「知っているのか君、本当か?」
「はい、署長」
「俺も知ってるね、将軍の犬は血統書つきの立派なやつだ、こいつは何だい! 毛並みはダサい、形もダサい……ちんけな犬じゃん。そんなのは飼ってねえな!……こんな犬とか、もしペテルスブルグやモスクワでうろついてたら、どうよ? 法律とか考えるまでもねえイチコロよ! フリューキン、お前は怪我をしたんだ、諦めるんじゃねえぞ。俺たちは奴らに教育してやらにゃあならん! 今だよ、今……!」
「いやあ、やっぱ将軍の犬かもしれないなぁ」声に出して考えながら、巡査は言う。「はっきり分かるもんじゃあないけど……こないだ、彼の庭で似た感じのやつを見たなぁ」
「ああ将軍の犬だな、間違いない!」と群衆の声が言う。
「うむう、コートを着せてくれないか、エルディリン……風が強くなってきた……寒気がする……君は、犬を将軍のところへ持って行って聴取したまえ。儂が発見して、君に連れて来させたって言うんだぞ。それから犬は通りに出さないように伝えろ……貴重な犬かもしれん、タバコ咥えて歩いているブタどもに会えば、たちまち台無しなんだからな。犬はデリケートな生き物なんだ……それから、そこのウスノロ、その手を下ろせ。お前の馬鹿なんぞ、指あげて見せられたって何の役にも立たんわ。みんなお前の責任だな」
「あぁ、将軍のところの料理人が来ますねぇ、彼に聞きましょう……やあ、プロホールさん! こっちへ来て! あの犬を見てください……あれはあなたの家の一匹ですかね?」
「とんでもない、うちのじゃありません!」
「これ以上、時間を無駄にする必要はない、」署長は言う。「そいつは野良犬だ! もうそいつの件で時間を無駄にする必要はない……そいつは野良犬だって彼が言うんだからそいつは野良犬だ……そいつは処分だ、それで終いだ」
「うちのじゃなくって」プロホールは続ける。「先日いらっしゃいました、将軍のお兄様の犬で。私どもの主人はハウンド犬には興味がありませんが、お兄様は大好きで……」
「閣下の御兄弟がお出でとは、聞いておりませんでした。ウラジミール・イヴァニッチ殿で?」そう尋ねると、オチュミーロフの顔は恍惚とした笑みに輝く。「ええ、全然、存じませんでしたので! お兄様がご滞在されていると?」
「はい」
「いやはっは! 本官は決して……兄弟とは離れ難いものに御座いますな……まったく、不徳の、致すところ! こちらがお兄様のお犬様で? ご紹介いただき光栄です! ああどうぞ、お連れ下さいませ、いやあ良い子ですねえ……この、悪いおじさんの指をパクッてやったのかあ! うーん元気でよろしい、はっはっはっ! ほぅらワンちゃんおいで、どうしたかな震えちゃって? レロレロレロ! 素敵な可愛い仔犬ちゃん!」
 プロホールは犬を呼び、一緒に材木場を離れる。群衆はフリューキンをあざ笑う。
「解ったか? お前には教育が必要だな」
 署長はフリューキンに念を押すと、ロングコートに身を包み、広場を横切って行く。