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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第58回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年5月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
正宗白鳥
2246

結果発表

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コミュニケーション

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冬の昼
サヌキマオ

 氏家依世が演劇部員になってから二ヶ月が過ぎた。二ヶ月ともなればたいていの環境にも慣れるもので、いまや「中学女子バスケ部のエース」から「演劇部のちょっと変なイケメン(♀)」へのシフトチェンジにもうまく対応していた。そもそも中学の時は校内の王子様(♀)だったのを知っているのは、同じ中学から進学してきた午堂満茅だけのはずだ。もとより、本質的に氏家依世は「変なやつ」だったのだ。
 今は二学期の期末テストの二日目だ。全科目が犇めき合って繰り出してくるテストラッシュも前半戦を終えた。
「犇めくって牛が三頭で辛そうだよな」
「地の文をリアルに引きずり出すな」
 昼下がりの、学校から駅までの道のりだ。二人とも根はすこぶる真面目なので昼食は家に帰って食べる。よって、駅のホームまでの同行二人。
「部長……安部先輩だっけ」
「うん」
「なんで、アレが部長なんだ?」
「アレて」
「あの、全体的にむちむちの、大福っぽい、出るところだけは出た、ボーッとした人が」
「おいおーい」
 満茅の咎めるような視線を受けて、依世は「別に悪口じゃなくて」と付け加えた。
「安部先輩はいい人だよ」
「それは見れば判る。地獄で遭ったホットケーキのようだ」
 満茅が特に返事をしないでいると、依世は続ける。
「でも、いい人だけでいいんだろうか、部長って。もっと、部長って、なんか違うものなんじゃなかろうか」
「そうは云っても、うちの部長って顧問が決めてるらしいから」
 よく晴れていた。雲一つない空にやけに大きく飛行機が飛んでいる。
「つまり、リーダーとは何だろう、ということだ」
「もしかして、安部先輩が部長なのが不満なの?」
「いや……不満なのかなぁ。ううん、納得だ。納得していないんだ。ねぇ、前の部長って誰だったっけ?」
「前の部長って花戸先輩。ほら、見たことない? 眼鏡の」
「……ないなぁ。高三だよなぁ。眼鏡の? ちょっと小太りの?……へぇ。読めた」
 満茅は別に依世の顔を見ていたわけではないが、きっとしたり顔をしていたことだろう。
「伊武先生はぽっちゃりが好きなんだ。それだ」
「いやいや……えー? そんなぁ?」
「単純な推理さ。二人の共通点を見いだしたらそれしかない。もしくはもっと残酷な回答が思いつかなくもないが――」
「何?」
「その学年で最大のへたくそが部長に指名される」
 満茅は初めて依世の顔を見た。冗談半分かと思ったら、わりに真面目に考えているふうに見える。
「だとしたら、今の仮定に対する反駁がある」
「ふぅん?」
「我々の年代――つまり去年、中学部の部長を誰がやっていたか、という話だ」
 満茅と依世の学年――現在の高校一年生の演劇部員は、「内部組」こと万歳中学からの持ち上がりが三人、「外部組」こと他の中学から万歳高校に入学したのが満茅と依世の二人。内部生は麻実蘭、引酉優子、乙恵里。さて、問題です。この中で中学部の部長だったのは誰でしょう?
「ウジイエの論法からすると、引酉さんになる」
「そうなるよな、安部先輩と同じ系列だ」
「ところがそうではない」
「え? となるとあの、乙さんか。あのお嬢様ふうの」
「それもまた違う」
「となると――確かにそうだな。蘭は上手い。すごく上手い。どっかの事務所に入ってるみたいだった」
「そうでしょう」
「お笑いのな!」
「そっちか!」
 おそらく依世は先日の部活のエチュードのことを指して云っているのだろう。薬局を舞台にした寸劇をアドリブでしたのだ。ただし、客はなんらかの薬を求めていて、薬屋はなんらかの事情で求められた薬を出せないという状況がある。麻美蘭は「どうしても日焼けをしないと死んでしまう客」として同じ部員から大喝采を浴びていた。
「ああいうのってどうやって思いつくんだろうな」
「最後の『鰻丼のタレで妥協する』まで完璧な流れだった――と、やっぱり違うでしょ? そういうんじゃ、ないんだよ」
 昼とはいえ、初冬の空気がずいぶん身体を冷やす。気がついたら駅前広場のベンチに座って話し込んでいた。こうなったらマクドでも、と誘う依世を断って満茅は改札を通る。財布に金がなかったのだ。

「なんだか、ずいぶん話し込んでらっしゃいましたね」
 部活前。着替え部屋となる楽屋で満茅が制服からジャージに着替えていると背後から唐突に話しかけられた。
「え、何の話?」
 乙恵里は見た目のお嬢様感以上にお嬢様だと思う。長い黒髪を測ったように揃えて、少しの撥ねも許さなそうな感じがちょっと異様だと満茅は思っていた。天然物であろう長い睫毛さえも培養に見えてくる。
「あ、ごめんなさい。先週の、金曜日でしたっけ」
「金曜日?」
「私も所用があったので車を使わなかったんですが」
 車を使わなかった、ということは電車に乗って帰ったということだ。恵里はそういう、周りが言葉を補ってくれるような忖度をされて育ってきたようなところがある。
「ちょうど萩窪の駅前で、あなたと氏家さんが楽しくお話しされていたから」
「ああ、そのことですか」
「私もお話に加えていただきたくもあったのですが、ちょっと約束の時間に間に合いませんで――それが故に電車だったんですけれども。その、白浜が道路が渋滞していると云うものですから」
「ええと、白浜というのは?」
「ああ、白浜というのは家の使用人です。これからも私の話にはよく出てきますので」
「はあ」
 うっすら話には聞いていたが、話のしにくさは依世の比ではない。上には上がいる、と満茅は思った。
 口を動かしながらもするするとジャージに着替え終わった恵里は、「では」と控え室を出て行こうとする。
「あ、乙さん、ひとついいですか?」
「ひとつといわず、いくつでも」
「去年、中学部の時に麻実さんが部長に決まったときって、なんで麻実さんになったかの理由って、覚えてないですか?」
 恵里はずいぶん大仰にはっとして見せて、ずっと満茅に近づいてきた。
「正確には、我々が中二の十月ですわね。文化祭が終わったあたり」
 ずいぶんでしたのよ、と恵里は続ける。
「今だから諦めはつくんですけど、その時はてっきり私がなるものだと思っていて。伊武先生にもさんざん申し上げたんですけど」
「さんざん?」
「どう考えても、当時の三人の中では私しかいないじゃない? そう思ってたのよ」
 今は、と乙は一拍おいた。
「今となっては、なんであんなに執心していたかは、わからないんですけどね」
 そういえば、と気がついた。もうそろそろ次の部長を決めてもいい時期なのだ。いいや、文化祭が終わってから、もう一月が経とうとしていた。むしろ、遅いのではないか。
「伊武先生よ」
「なんだおっかねぇな」
 ホールにやってきた伊武先生に、依世がのしのしと近づいていった。
「来年の部長というのは、どうなっているのですか」
「やっべえ、忘れてた」

 結論を言えば、この問題は解決した。
「おい中二ども、この中で一番LIMEの返信が早いのって誰? あ、お前か、よしよし、じゃあお前、来年度の部長で」
 部活の後で、中二の子たちを集めてごそごそ話しているのを聞いてしまった。聞いてしまった、というか、満茅と依世でそれとなく背後に忍び寄ったのだ。
「部長って、そんなもんかなぁ」
 またいつもの帰り道だ。依世がぼそりとつぶやいた。
「そういえば、私はラインの返事を返さないのでずいぶん怒られる人なのでしたわ」
 あとからひょこひょこ着いてきた恵里が、嬉しそうにしている。
冬の昼    サヌキマオ

汽車の響
今月のゲスト:正宗白鳥

 山に添うた新しい学校の屋根は、眩しいほど光っている。細い流れを隔てて麦畑が遠くまで続いて青い麦の葉はユラユラ動いている。今日は日曜であれば学校には騒がしい音がしない。薪を積んだ荷車も通り過ぎた。裸馬はだかうまに乗った男も山の隈に消えた。四辺あたりに人影は見えなくなって、人間の声は一時いちじ跡を絶った。
 弥一は小川の縁に立って、目を張って澄み切った空を仰いでいる。空には一羽の雲雀が羽をキラキラさせて晴れ晴れしく囀っている。弥一の目はその雲雀に吸い取られた。
 やがてその雪雀は矢のように麦の中へ下りた。弥一の目は麦畑に注がれた。左右の畑や草叢には数多あまたの雀と雲雀とがかしましく囀っている。間もなく他の雲雀が羽搏はばたきして空に浮かんだ。
 弥一は鳥の声が好きであった。鶯じろ百舌鳥もずとびの声にも聞き惚れた。中にも春の野の雲雀には魂の抜け出たような顔をして、何時いつまでも聞き惚れる。友達との荒々しい遊戯の嫌いな彼は、ただ一人小鳥の声を追うていた。と云って、もち竿を持って鳥差しに行く気はなく、ただ自由に歌う声が好きだった。
 好きなものは鳥の音ばかりではない。蜷蜂こおろぎ鈴虫松虫、虫のに耳を澄ました。秋の夜は壁を隔てて清いそのを催眠歌のように聞いて快い睡りについた。
 村の者は誰一人、虫の鳥の声に心惹かれる者はない。弥一がそれに聞き惚れているのに気付く者もない。
 雲雀が空高くほしいままに唄うその微妙の音は、弥一の耳にのみ意味深く伝わった。
 弥一は十歳とおを一つ二つ過ぎたばかり、身体からだは弱く学校の成績も悪い。唱歌する他の子供のように声張り上げて面白そうに唄うことはなかった。だが、唱歌の時間は他の学科のように厭ではなくて、他人の唄うのは快く聞かれた。折々はひとのない野道を歩きながら、独り小声で唄いなどした。
 三味線や琴のは、弥一が生まれて以来、この淋しい村に響いた事はなかったが、笛の音は一年に一度向かいの峠を越えて訪れて来る。
 時節はまって四月の末だ。桜の散りかける時分、旅から旅を巡る伊勢の神楽が、この土地にも一日足を留める。おもな家々を廻って後、神社の庭でいろいろな曲芸をするのが例になっていて、その日は大人まで仕事を休んでゾロゾロ後から随いて廻るほどで、神楽が来たという知らせは、村の端から端を湧き立たせる。獅子舞茶碗廻し手鞠取、抜刀ぬきみの曲芸、太鼓と笛の囃子が絶えず響く。頬被りした道化おやじ、太鼓叩きの色男は村の子供の物真似の種を播いて、次の村へ越えて行く。
 弥一はその笛の音が悦しかった。神楽の一群の去った後も、忘れがたい響を耳に残した。独り静かな神社に彳んで心を凝らしていると、今もその音が幽かに響いているようであった。旅から旅と神楽の後を追って行きたくもなった。その笛吹者ふえふきは世にも稀な尊い人と思われた。二本の竹の穴から、あんな面白い音を発するのが不思議でならなかった。そして自分の家の物置倉から、古い色取った笛を取り出して試しに吹いて見たが、少しも快い音は出なかった。

 食い盛りにも物を欲しがらぬ彼は、夏になるとますます食気くいけが乏しくなって、顔色は蒼く、手足は螽蟖きりぎりすのように痩せた。
『弥一にも困るじゃないか、お医者に見て貰うて薬でも飲まにゃなるまい』と、両親は気遣い出した。
 でも、差し当たってとこに就く程の病気でもないので一里も隔てた医者の家へ連れて行こうともしなかったが、ある日隣家に大病人が出来て、医者を迎えて来た時に、ついでに診察を頼んだ。
 医者は何病とも云わないで、ただ勝手に遊ばせて置け、出来れば海水浴にやったらそれに越した養生はないと云った。海を見たことのない弥一は、海岸の旅がしたかった。須磨明石と書物で覚えたその景色のいい明石には、叔母の家がある。暑中休暇に彼処あすこへでも行きたいと思った。
 母も永らく会わない妹を訪ねたくもあったので二三日評議の果て、弥一を連れて、馴れぬ旅路に上った。
 弥一は汽車の窓から珍しそうに戸外を眺めた。明石に着いてからは、絶間なく海辺を歩き廻った。恐そうにして海へも浸った。小波さざなみの柔らかい音は嬲るように耳に忍び込む。彼は手で波を追ったり圧えて見たりした。折々は汽船に乱されて、大きな波が強く寄せて来る。 
 叔母の家は線路の近くにあって、練塀の上に柘榴の花が垂れている。弥一は何時も裏木戸から泥溝どぶの上の橋を渡って、海や山へ遊んだ。人丸神社への踏切には番人がいる、汽車の来る度に旗を振っている。弥一は側を通り抜ける汽車のかしましい音に胸を轟かせた。気味悪く覚えた。

 四五日経つ間に蒼白いはだえも潮水に染まりかけて、俄に食気づいて来た。これで一月も此処にいれば丈夫になるだろうから、当分うちへ預けて置けと、叔母は母に勧めた。母は一人子を残して帰るのも躊躇されて、一日一日と帰鄉の日を延ばした。
 弥一はもう土地に馴れて、独りで遠くまで遊びに行った。夜の星明りに畦道をも伝った。友達もないのに淋しがりもせず、行きたい所へ行った。知人しりびとに声を掛けられたり、意地の悪い朋輩に邪魔をされないで、ほしいままに波の音や涼しい風を楽しめるのが悦しかった。何時までも故郷へ帰りたくなかった。学校の教場へ入りたくなかった。
 ある夕方に風呂から上がると、ウカウカ畦道を通って線路へ上がった。向うの番小屋にも灯火がついていた。弥一はふと幽かな汽車の音を聞いた。耳を澄まし首を地に近づけたが、終いには軌道レールに首を載せて聞いた。線路を伝って来る響きにウットリした。い夢の中へ誘われるようであった。

 幾分かの後、弥一の耳は機関車に引き裂かれて、線路には血が迸った。