500字挿し話バトル
  挿し絵を彩る挿し話 500字のメッセージ。

第6回 500字挿し話バトル

  • 小説・詩・随筆など形式は自由です。
  • 投稿締め切り: 2011年 5月31日(終了しました)
  • 投票の受付:  2011年 6月 7日
  • 投票締め切り: 2011年 6月30日(終了しました)

結果発表ページ


課題絵(クリックで拡大します) 課題絵
(Illustration: 塔南光器)

千早丸
健気と貴族

 同僚の結婚式の4次会はカラオケだった。
 さすがに主賓二人が「初夜か!」囃されながら消えた後、美空は失恋ソングを歌いまくった。
 酔って呂律は回らず、それでも鬼の如くリクエストするのは失恋モノ。ポップも演歌も関係なく、皆が居眠りする中でマイクを独占し、歌い続けた。

 翌週、同僚が新婚旅行へ出かけた日、美空は別人のようになって出社した。
 今までの美空はゆるくカーブした内巻きボブの、ボディーラインを強調したスーツにやや高めのヒールが多く、取引先の年配者には色目的な意味で人気があった、のに。
 今日の彼女はばっさりショートに動きやすさ優先のカットシャツとパンツ、足元もスニーカー紛いの紐靴だった。
 笑顔はキャリアウーマン風の綺麗さでなく、大口開けてケラケラと。
「女ってすげーなぁ」
 職場の男共が小声で話す。しかし聞こえている段階で内緒話ではない。
「いいよな、髪形変えたくらいで別人になれるんだから」
 ……おい、こら、馬鹿共。
 思わず、能天気後頭部をはったおすか、と握り拳。乙女心を、つーか人間の心を、そんな手軽に変えられる訳がない。
 女が健気に虚勢張っているのをカラカウ男なんざ、独身貴族を気取るがいいわ。



恋慕のシーソー

「失恋ソングって、フラれた方の歌だよね」
 彼女はいつだって唐突に呟く。なんてことない休日の昼下がりで、入り組んだ路地を抜けての買物帰り。無口になったなーと思ったら、いきなりの結論で対処できない。だから適当に「そう?」相槌うって、彼女が説明してくれるのを待つ。
 俺の消極的低姿勢は七割方はスルーされるのだが、今日の彼女は気が向いたらしい。
「フル方は理由が明確で、気持ちの整理も、言い訳の準備も、時間をかけてる」
 数学の公式を解くが如く、人間の感情を断面的に解説する。「心」の機微に疎い彼女だが、非情ではなく、口下手なのだ。
 理解している今でも、少し驚くが。
「フラレル方は、昨日も今日も明日も好きなのに、いきなり断絶するの」
 いや珍しく、意外なほど浪漫を語っている?
 買い物袋をガサガサ揺らし、爪先で歩く彼女は淀みなく続ける。
「フル方はもう好きじゃなくて、フラレル方はまだ好きで、行き場のない想いが歌になる」
 やや暗い声音で「一方通行」呟き、くるりと振り向く顔は真面目で。
「私、フラレル?」
「なんでやねんっ」
 速攻のツッコミに、彼女は驚いたのか眼を見開き、次にふんわり微笑んだ。

「あなただから、好きだよ」



結婚ラブソング

世の中の 歌の半分はラブソング
あなたが好き
 楽しい 嬉しい ドキドキ ワクワク
あなたが好きなのに
 辛い 悲しい 胸が苦しく 泣き叫ぶ
ラブ・ラブ・ラブソング

でも私は 分からない

結婚したい! って言うの
女友達 同僚 みぃんな
旦那候補の要求高すぎで 自分は束縛されたくないそうだ
でも「結婚したい」理由を聞いて 誰も答えてくれないよ
結婚したくて 寿退社に憧れて 旦那は高給取りじゃなきゃ嫌だ
半分冗談だろうけど

結婚しとけ って言うの
親とか 上司 オジ様たち
直ぐ離婚しても良いから 一生一度 結婚しとけって
結婚は地獄だ 墓場だ 人生の終わりだ!
日々嘆いているのに 人には結婚しろって勧めるの
人生変わるからって ドッチ方向に?

巷にあふれるラブソング
多分 私に理解できる日なんか 来ないだろう

他人の感情 恐れて 押しやり 逃げ出して
一人で暗がり立つ私 きっとだぁれも気付かない

あかりはホンノリ見えていて 多分そんな遠くない それでも動かぬモノグサで 言い訳ばかりの 理屈な屁理屈
馬鹿な女が 此処にいる



沓 泉
EMBRASSER

 ザフロンテナンス、ペイル・ヴィザーシュ、メナシー……どれもこれも君が書き捨てた架空のブランド名だが、仮にそのうちどれかを実在させることができるとするなら、君は間違いなくメナシーを選ぶだろうねぇ。メナシーは殊更夜に似合うから。
 君が背を向けている間に、僕はそっと自分のベルトを外しにかかるわけだが、どうにもメナシーの夜は見惚れてしまってうまくいかない。指先が縺れてしまって君を待たせることになる。羽化した蝶のような君が振り返ってから急いでスラックスを脱ぎ捨て、夜のなか足許の紅いドレスを跨いで僕の方へ歩み寄ってくる君を、ただ迎え入れる。
 よく様になっているよ。
 君は君が生み出したデザイン、色合い、ネームバリューの足枷で苦しんでいたのだろう。床に置き去りのドレスが寂しそうだねぇ。もう泣かなくていいんだ。だって君はたった今ドレスを……ああ、布切れなんかより、目の前の蝶に、その脇腹に、接吻でもしてあげようねぇ……。


 裏に独白が書かれた見知らぬ男の名刺を洋服箪笥にみつけた。これはなんだと問いつめてはみたものの、そんなもの知らないわと素っ気無く嘯いた彼女は、茫漠な夜のなかメナシーのドレスを脱ぎ始める。


沙汰
Hob.III:48

ずるいよなー。

なんて、
別に、そこまで本気で思ってるわけじゃないけど。

吹き抜け下の、イベントスペース。

あ、始まった。

手すりにからちょっと身を乗り出して、

やだ、この手すりちょっとヤワなんじゃない。

履きなれないヒールに力を込める。

バイオリンの絃に弓がおかれる。

ハイドンね。

しっとりとした穏やかで美しい旋律、

ちょっと狙いすぎなんじゃないの。

最後だけでも聴きに来てよ。

選択肢を与えたつもり?

勝手に過去にしないでよ。

ほんと、
ずるいよなー・・・・・


Hob.III:48『夢』(ハイドンの弦楽四重奏曲第48番)

植木
恋の味をご存知ないのね

トニーさんはNAMで通信兵として従軍した後、日本で除隊になったが、本国に帰ることなく、ハマでジャズを叩き続ける道を選んだ人だ。
「オカーチャンニ出会ッタカラネ、ヒトメボレ」トニーさんはそう云うと、トレードマークである腕に彫られた青いバラのタトゥーを撫でながら、カウンターの中で忙しそうに立ち回る夫人に同意を求める。
 トニーさんにはとにかく伝説のたぐいの話が多い。指十本を賭けて筋物とポーカー勝負をして引き分けたとか、パーティーで駆けつけ三杯をビールのピッチャーでやったとか、今は無き黄金町のちょんの間にハーレムを作って住んでいたと云う話しさえある。その話をぶつけると「若気ノイタリダヨ、ウエキサン」と笑って誤魔化されてしまった。
 「ソンナコトヨリ、カウンターニ、カワイイコガイルヨ」と手だけ内緒話の形で周囲に十分聞こえる声でトニーさんが声をあげる。
 確かにカウンターの逆の端に女性の影がひとつ。表情はよく判らないが赤い服がよく似合っている(赤い靴履いてる女の子か……)。
 店内の照明が暗くなり、トニーさんはステージに向かう。今日のラストステージ、オープニングはYou don"t know what love isで幕を開けた。


石川順一
結ばれました

 雪にけぶる妖艶な少女の後ろ姿。祈祷師はこの女に魅了されて狂って仕舞ったのだろうか。
 祈祷師はスーパーに勤めて居た。
 勤務中に誤って客を殺して仕舞ったのだ。
 とりあえず過失致死罪で逮捕されたが、祈祷師自身過失致死を主張した。
 「・・・・・・・・・と言うやり取りの中、最後に客が馬鹿野郎店員だったら客に合わせるもんだろうと言われたのについかっとなって」
 「そんな程度の事言われただけでやっちゃったの?」
 「その上客に俺を殺めろと何を狂ったのか言われて仕舞ったので、それならお望み通り天国をおがましてやろうかと刺して仕舞いました」
 その後の取り調べで、祈祷師が客が言ったと主張した「俺を殺めろ」と言うのは実は「俺に謝れ」と言って居たのを祈祷師が聞き違えて居た事が事件当時周囲に居た人たちの証言で明らかになった。
 祈祷師は事件当時中耳炎にかかって居た事も判明した。
 祈祷師によって誤って殺された客のナハシバさんの魂は天国へ昇って、雪にけぶる妖艶な後ろ姿の少女と結ばれたのでした。