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第11回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry4

風花のように舞っている


 眠るのを諦めて、家を出た。
 歩くたびに雪が嫌な音を立ててブーツに圧されてゆく。でも家にいるよりましだ。いちめんの灰色に、籠められているよりは。頬に降りるさら雪が、ちりりとした違和感を残してゆく。雪は路上に積もり、私の前後に静寂する。
 まだ山井がついてくる。重そうな、冷たそうな、覚束ない足音。雪だるまを抱えたままだ。
 短めの茶髪と大きな黒目は、いつでも雑種の中型犬を連想させる。仕事の時、山井は書類を抱えてこんな風に私について来る。その様子は可愛くもあるのだけれど、今日はひたすら疎ましい。
 昨夜は予報を聞いて酒屋に走り、レンタルビデオ屋でDVDを借りまくった。万全の体制だった。二本目のワインを空け、海賊姿のジョニー・デップの野性的な瞳に射すくめられて、心麗しく、おちた。夜明けも日暮れも知らず眠っていられたはずだった。窓の外に、こいつらが来なければ。
 いつの頃からだろう。降りしきる雪を見ると、喉の奥が詰まる。陽光の下で交わした数多の言葉も、夜毎に重ねた千々の思いも、いずれこうして静寂に還ってゆくのだ、と思い知る。どうしようもない、灰色の、静寂。
「助けて。恵子さん、助けて」
 騒々しい声が耳について、振り返る。山井と雪だるまが、おそろいの赤い毛糸帽子の兄妹に攻撃されていた。あけすけに私を頼る瞳に、急に腹が立った。
「このやろう!」
 私は足元の雪をかき集める。剣幕に驚いた山井が後ずさる。構わず、私は力いっぱい雪玉を投げた。雪だるまが邪魔で山井の動きは鈍い。毛糸帽子の兄妹が嬉々として追い立てる。
 おばちゃん、やっちゃえー。
「ンだとコラァ!」
 私は手首をひるがえす。雪玉は山井の脇をぬけて、男の子の背中に命中した。続けざまに女の子。大笑いする山井の顔面にも一発ぶちあてる。大混戦になった。山井の落とした雪だるまが半分崩れて、子ども達の盾と化していた。

 カーテンを開けて午後の光を入れる。拳二つくらいの小さな雪だるまが、ベランダの手すりにちょこんと座っていた。子ども達の集中攻撃で頬を腫らしたでかい雪だるまは、バスタオルを渡して玄関に待たせたままだ。
 呼吸を、ひとつ。灰色のかけらは喉を降りて、どこかに凝る。こうして積み重ねるのだ。と、私はまた思い知る。
 雪だるまにお茶を淹れてやろうと、私はキッチンへ立った。
「恵子さーん、お湯でないよー」
「やだ、お風呂勝手に…って来るな! 裸でこっち来るな!」




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