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第12回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry1
この話は、私(トノモトショウ)が二十二歳の頃、つまり今から五年ほど前のことだが、実際にあった奇妙な事件に纏わる出来事について語るものである。
詩人仲間のヨケマキルに「ショウ君の好きそうな廃墟を見つけたんだけど一緒に行かない?」という誘いを受け、わざわざ横浜まで出向くことになった。彼とはインターネット上では親しくしているが、実際に会うのはこの時が三度目だった。
新横浜駅に着くと、ヨケマキルが異様なオーラを放ちながら呆然と立っていた。天気が悪いわけでもないのに、何故かビニール傘をぶら下げていた。
「ちょっと歩くけどすぐそこだから」再会の挨拶すらなく、私の目も見ずにそう呟いて、すたすたと出口に向かっていった。人を不快にさせる人だ、というのが私のその時の印象である。
「ここだよ」ヨケマキルが不意に立ち止まったのは、閑静な住宅街の一角にある高い壁の前だった。薄汚れてはいるが白い塗料がキラキラと光り、卑猥な落書きも見当たらない。しかし、壁の頂点で複雑に絡み合う有刺鉄線が廃墟らしさを演出していた。
「刑務所か何かですか?」
「いや、精神病院」
二年前に院長が自宅で首を吊った。遺書は発見されなかったが警察は自殺と断定。原因は一向にわからなかったが、ミイラ取りがミイラになったという噂で盛り上がり、一時はワイドショーを賑わせたそうだ。
「院長は何故自殺したのか」重い鉄の門扉に掛かる錆びた南京錠を、持っていたビニール傘でこじ開けながら、ヨケマキルが独り言のように言った。「何か見つけられるかも」
建物の中も廃墟とは思えないほど整然としていた。等間隔に並ぶベッド、鉄格子が嵌め込まれた窓、テーブルの上に本やクレヨンなどが散らばっている。床に焦げ跡のような黒いシミが広がっているのが気になるところだが、歩き回るヨケマキルを追うのに精一杯だった。
結論から言うなら、その時は何も見つけられなかった。カルテなどは全て撤収されていたし、院長室と思しき部屋には家具一つ置かれていなかった(それが逆に不自然な気もするが)。
大阪に帰った後、好奇心から事件の事を調べることにした。驚くべきことに、院長の死後一年の間に入院していた患者、職員のほぼ全員が何らかの形で死亡していたのである。偶然なのだろうか?
そして今年、あの廃墟の取り壊しが決まったそうだ。院長を死に駆り立てた理由は、もはや誰にもわからなくなってしまったのである。
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