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1000字小説バトル 3rd Stage
チャンプ作品
『私』石川順一
高橋源一郎の「オーヴァーザレインヴォー」と「ジョンレノン対火星人」を読んでいる女の子がいた。結構器用に両手を使って交互に素早く持ち替えて読んで居る。既に暦の上では立冬を過ぎたが、陽光に晩秋のぬくみが感じられる12月初めの工業大学の構内で校舎の外付け階段の一段目に腰を下して一身に本を読む女の子に私は声をかけた。
「ちょっと耳をひっぱらないでくれる?」
私ははっとした。私が声をかけるのと女の子が「ちょっと耳をひっぱらなでくれる?」と言うのが同時だったからだ。どうも女の子は本の中のセリフをそのまま声に出して言っているようだった。
ちょっと風が吹けば足元を結構大きめの落葉が通り過ぎて行く。
「あらごめんなさい、あなた居たの?。気付かなくって」
外に居る我々からは一番近い所にある教室では試験が終ったようだった。はいやめーと言う試験管の素っ頓狂な声が間近に感じられる。
「それは高橋源一郎だね。読んだことあるよ」
私は図書館で借りて2回ほど読んだ事があった。セールス的には悪そうな印象を受けたが、彼が生きている限り大きな比重を占め続ける作品だろうと思った。
「あらあら勝手な評価を」
私が普段感じているこの作品に対する評価を遠慮会釈なくこの女の子に開陳すると、彼女も遠慮会釈なく私を責め立てる。
「私はね、こんな小説よりも俳句を愛して居るの、あんたもさー自分が真に邁進できる事に心を傾けた方がいいと思うの。そんな適当な評価をしている暇があったらサー」
本当にこの女の子の喋り方を聞いて居るとこの子のセリフは一番最後の文字だけカタカナになって居る様な気がした。
「どんな俳句がお好みで・・・」
私は恐る恐る彼女の心の襞に迫らんとそして一線を越えんとして躍起となった。
「大根の流れ行く葉の早さかな 高浜虚子
滝の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半
青あらし神童のその後を知らず 大串章。などの句に親炙しています」
「うーむ、高浜虚子に後藤夜半に大串章か・・・。私としては加藤郁乎さんなどに私淑して居ます」
「ふ〜〜ん」
女の子は不信の念を抱いたとも感心したとも分からない不思議な顔をして私の両の目を覗き込んだ。(了)
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