「ほほぅ」 物売りを見ていた男は、ニヤニヤしながら言った。「それじゃあ、その何でも貫く矛で、絶対に貫かれない盾を突いたらどうなるんだ?」 物売りは何も言えなくなる――事はなかった。「では、突いてごらんなさい」 眉一つ動かさず、矛を差し出しす。「えっ? いいのか?」 男は半ば呆気に取られた顔で、矛を受け取る。 一人、二人と見物人たちが増えて来た。「納得いったならば、お買い上げいただきましょう」「おう」 男は矛を構える。「だああああっ!!」 渾身の力を込め、壁にかけた盾を突く。 ガキッ。 矛は盾を貫くことなく止まった。 見物人たちは笑った。「ほれ見ろ、なまくらのガラクタだ」 男は矛を投げ捨てようとする。「では、この盾は認めるのですね?」「盾はな、ははは!」「よろしゅうございます」 物売りは男の手から矛を受け取ると。 スガッ!! 一分の無駄もない動きで繰り出された矛は、盾を深々と貫く。 貫かれた盾は真っ二つに割れた。「これで、何でも突き通す矛でございますね」 にっこりと物売りは微笑む。「なら盾、盾の方が、その」「物売り風情をからかって喜んでいるような武人殿には、いずれもただのガラクタにしか見えますまい」 ぴしゃりと物売りは言い放つ。「武具は武人の腕一つでいかようにも働くもの。この矛も武芸を知らぬ者が扱えば布一枚貫けず、達人が扱えば竜の骨さえ貫きましょう」「申し訳、ございません。天下乱れるこの時代、大した働きも出来ぬ己が口惜しくてならず」 男はその場に膝を付き頭を垂れた。「名のある武人とお見受けしました。何とぞ、私にその技お教え下さい!」 物売りは穏やかに微笑み、首を横に振った。「私はただの物売りでございます。ただ、試し突きをするうちに扱いが分かったまでの事」 物売りは割れた盾を拾い、値札を指差す。「さあ、納得いただけましたな」「はい……」 男は財布を取り出す。「使った矛と割れた盾を売りつけるのも、感心しない話。せめて矛は、新しいものをお買い上げ願いましょう」 物売りは、箱から一振りの矛を取り出す。「こ、これを……おれに?」 長さ一丈八尺の、巨大な蛇矛だった。「これを使いこなせるようになった時、あなたは真の武人となりましょう」「兄者、帰ったぞ」「おう翼徳、無事で何より。どうした、その矛は? 立派なものだな」「あ、ああ、これは、物売りから……じゃない、大蛇退治の時にだな――」
研究員シャーレは科学雑誌を片手に、ドアを開ける。「フラスコ教授。『剣計画』が雑誌に掲載されています」「本当か?」 なめし革のソファーでうたた寝をしていたフラスコは飛び上がって叫んだ。そして、「可愛いシャーレ。またニッケルに潜入してくれるか?」 と愛人でもある彼女に仕事を命じた。「ニッケルめ」 フラスコはごちる。フラスコとニッケルは共に『具現化プロジェクト』の研究員だった。『ありえない物質の具現化』を目標に掲げ、『決して折れない物質』を筆頭に、数々の発明をしビッグプロジェクトに発展していった。 絶対耐久合金開発:通称「盾計画」の最中、事件が起こった。ニッケルは計画のために最小ポリグラムパターンのを研究していたのだが、どこまでも鋭利でどんな圧力にも分子が剥がれない合金:通称『剣』が出来上がり、『盾』を貫いてしまったのだった。 投資家の援助は打ち切りられ、ニッケルは研究所を追い出された。 ニッケルはひとり『剣計画』を発案し、軍備開発から援助され研究を進める。新しい支援団体を見つけ研究を再開したフラスコ研究所開発の、第二号『盾』を『剣』はまた貫いたのだった。そのときから、両計画は互いの物質の意義を無くすべく、激しくいがみっていた。 シャーレはその麗し脚線美を持つ足をスポーツカーへ納め、山奥にある研究所へ向かった。廃校の校舎を思わせるニッケル研究所の引き戸を開ける。「よく来たね」 研究素材をイメージする切れ上がった鋭い目でニッケルはシャーレを見て言う。「君の言う通り、五年待ったよ。でも、もう無理だ」「研究の発表を延期すること?」「いや。君の幸せを願い続けれること」 シャーレは目を伏せる。「帰らないでくれ」「いいわ。ただ、私にあなたの『剣』を貸して? 研究費用のためよ」(フラスコの社会性や援助も捨てがたいけど、つまらないわ) シャーレそんなことを思い、『剣』を車に乗せ、テレビ局に放映を依頼した。 フラスコはその日のシャーレの報告書を不振に感じた。そうして彼女の捨てたメモの中から放映の事実を知った。 その晩、フラスコはシャーレを毒殺し、ニッケルの研究所側に浅く埋めておいた。後日、彼女の美しさから事件は取りだたされ、『盾:剣』計画に世間が注目しだした。 『盾:剣』対決放映の前夜だった。ADが映りを考え、二つの物体を磨くことにした。両物質を水につけたとたん、それは跡形もなく消えた。
※作者付記: 「ニュートン」を読むことが好きだった頃、がありました。。
「使い方が悪い」 哉胡は太々しく言い切った。 敗走濃厚な戦場近く、兵士の詰める街の大通りには物乞い紛いの露店が並ぶ。 茣蓙もなく転がるのは武具や雑貨。出自は戦場から拾い、それは買い手も分かっているが、支給もない徴兵は少しでも使える物を求めていく。 その中で哉胡の露店に客が集まるのは、そこらの孤児が拾物を売るではなく、修繕されているから。そして客引きの調子良さである。「この武具は呪い物だ。矛は百の敵を突き刺し、盾は千の凶刃を凌ぐ」 嘘も並べれば真実。蹲る子供より、年嵩の哉胡は二枚舌で縁起を担ぎ、客を釣る。徴兵も承知で、妙な印を呪いと見立て、気休めを買う。「毎度」 哉胡はわずかな銭と、周囲の嫉みを代償に武具を売った。 そんな長続きはしない日々で、物好きにも難癖をつける客がいた。「何が呪いだ。餓鬼の屑と同じだ」 矛を選んでいた客が、やおら盾を串刺した。が、哉胡は平然としていた。「矛と盾、買って下さい」 冷淡な哉胡に対し、客は「ふざけるな」怒鳴り散らす。「兄貴は手前の武具を買って死んだ。屑なんぞ売りつけやがって」 難癖つける客はいるが、今日は性質が悪い。そして周囲の露店の孤児もひそりと笑い、意地が悪い。商売敵が減るを喜び、明日は我が身と考えない。 それでも哉胡は、逆に太々しい。「使い方が悪い」 立ち上がり、片足をヒョコリと引きずる。哉胡が徴兵されないのは足の為か。客の嘲る耳汚い言葉を流し、盾を抜き、矛は客に渡して身構えた。「この盾は千の凶刃を凌ぐ」 野次馬がざわめく。洒落にならない展開に、しかし客は暗い笑顔で矛を突く。誰もが血臭を予感した。 けれど穴明きの盾は死刃を凌ぐ。一度二度、三度目で矛は落とされ、歓声が上がった。 少しの移動で見事にさばいた。「矛が紛い物だろう」 手首を押さえる客がまだ吠える。その顔面に盾を投げつけ、哉胡は矛を拾う。「使い方が悪い」 微笑を浮かべ、低く構える。この辺では見ない形だ。「この矛は百の敵を――」 口上の途中、客は悲鳴を上げて逃げた。野次馬は呆気れ、次には手を叩いて大笑いだ。「いい見世物だった」 喜ばれたが、傷物商品は買ってくれない。哉胡は「丸損だ」矛盾を捨てた。 その武具を拾おうとした子供に、素っ気なく言う。「役に立たないぞ」 確かに襤褸だった。 その三日後、哉胡は消えた。翌日には露店の孤児の大半も消え、さらに三日後。 街は戦禍に燃え落ちた。
頑張って 頑張っているモノ いらないモノとにかく全部欲しがってぶくぶく太った心を「どうしようもない」と嘆いているそりゃどうすることもできないさどんなダイエット法も通用しない必死で断食しても無駄だよどうすればいいか教えて欲しい?例えばこのはちみつレモン梅ソーダ確かに美味しいけれどはちみつレモンも美味しいんだよ「梅ソーダ」は人間の欲望はちみつレモンがないと梅ソーダは存在しないんだあ〜ら不思議次第に大切なモノが見えてきてしかも心がスリムになってきたでもはちみつレモン梅ソーダあれはかなり美味しいね
「今こそ、世界最強の命題の真偽を証明する時が来たのです」 兵器産業界の重鎮が集まる壮大なレセプション。豪華な舞台の中央で、青年は高らかに宣言した。そして、舞台袖から見守る華奢な開発者に、ちらりと視線を送る。君のために、世界最強の盾になるよ――これが、僕のプロポーズ。「わが研究所がこのたび開発した、このオートディフェンス方式の盾は」今日僕は、君の最高傑作を発表する。企画が成功すれば、ボーナス、そして昇進だ。やっと結婚できるんだよ。「まさに世界最強の盾なのです。人を守りたい、という強い心を組み込んで造られたこの盾は、たとえ世界最強の武器が相手でも、決して負けることはありません。人の心こそが矛盾を解決できるのです」 青年は舞台端に用意された切っ先鋭い武具を睨む。ライバル会社が去年開発した矛だ。ねえ、比べることに意味なんて無いの。盾は盾の、矛は矛の使命を果たすだけよ。「私が今から、この身をもって証明します」兵器マニアの癖に、妙にセンチメンタルなんだから。大丈夫。君の盾は自分の意思で僕を守ってくれるんだろ? 青年が右手を上げると、屈強なSPが歩み寄り、戦車砲にも耐える特殊装甲七枚重ねの盾を掲げた。体に固定された盾を青年は強く抱く。目前に敷かれたレールの端で、台車に括りつけられた矛が禍々しく輝いた。何度もやめてって言ったのに。あの矛は、去年私があの会社で。「さあ、ご覧ください」見てみたいのは、私なのよ。我慢できなくなったじゃない。 青年が誇らしげに手元のレバーを下げると、台車の輪留めがごとんと落ちた。矛先が僕に向かって加速する。凝固する君の視線。大丈夫だよ。僕は今世界最強の盾。あれ、怒っているの?怒った顔も素敵だよ。その視線、世界最強。どんな矛よりも鋭く僕を―― 直進する矛先が盾に届こうとする刹那、矛が急に軌跡を歪め、盾をするりとかわして右脇から青年の首筋を狙う。青年は恐怖して身を竦めるが、体に固定された盾がそれを許さない。盾は果敢に矛へ向かい、戦車装甲十枚をやすやすと貫く矛先を自ら受け止める。骨の軋む衝撃とともに青年の胸元で火花が散った。 矛が青年を狙い、盾が防ぐ。鋭い刃が髪を削ぎ、肌を刻むが、急所には決して届かない。数十合を結んで、盾も矛も傷一つつかない。青年の心臓は既に恐怖で停止している。誰も止めることのできぬ世界最強の戦は、哀れな青年の肉塊を挟んで何時果てるとも知れない。
※本作品は掲載を終了いたしました。
人は矛盾に満ちている。心と体というか「理性と本能」もしくは「魂と肉体」という相反するものを内に秘めて生活している為、常に矛盾が形成され、都度どちらかに傾いて暮らしている。 田畑三郎は次男である。彼がこの事実を語るとき、全ての人は「三男ではないか」と聞き返す。入籍前に他界した兄がいるわけでもなく、彼の両親は二番目に生まれた子供に『三郎』と命名したのだ。甚だ矛盾している。もちろん、彼の矛盾は名前だけではない。「部長、おはようございます。お呼びでしょうか」 朝一番、三郎は所属部署の長に呼び出された。「ああ、田畑課長、おはよう。君、今晩時間あるかね」「あ、はい」 即答したが、実のところ今日は一人息子マコトの誕生日。家族揃っての会食は、子供だけでなく三郎にも何よりの楽しみだった。「例の視察団の接待なんだが、生憎、ボクは専務に呼ばれちゃってネエ『ハネ満荘』に葱しょって行かないとなんなくてナ。よろしく頼むよ」 専務は麻雀をやらない。大方、部長が慣れない英語を使って、深夜過ぎまでお供させられる視察団の接待を嫌い、どっかの女性としけ込む計画でも立てたのだろう。「かしこまりました」 矛盾である。 自席に戻り、妻に帰宅遅延の連絡を入れた三郎は、いきなり罵倒してくるかと思った妻の声音がたいへん優しいことに驚かされた。「お仕事ならば、仕方ないじゃない。マコトには聞き分けさせるわ。お父さんあっての家族だもの。早く帰れる日に延期しましょう」 と(書いていても引いてしまうような)高い理解度を示した。しかし、三郎の不安は募る。プライドの高い彼の妻がここまで譲歩した受け答えをするということは、何か魂胆があるか、何かの失敗を隠しているかに違いない。裏の裏を読んだ三郎は、総合的な危険を感じた。 今夜は早く帰らなければならない。 矛盾だ。 昼食後、課員の高見沢を呼び出し接待のピンチヒッターの代理を頼み込んだ。こんなこともあろうかと、日頃から手塩にかけてきた高見沢は、デートをキャンセルして接待すると約束してくれた。 終業後、大急ぎで帰宅。そっと開けた自宅の玄関に大振りの革靴を発見し、息を殺して辿りついたダイニングに、見知らぬ男と乾杯する妻子を発見した。妻も息子も若くて大柄で優しそうな新しいお父さんと一緒にはしゃいでいる。「やっぱり、思った通りだった」 三郎は自らの推理の的中に大いに満足した。 悲しい矛盾だ。
私はこの男を殺さねばならない。もう時間も残されていないのだ。 男の経営する店へ通い始めるより少し前、店の隣のビルで殺された女性が、この男の恋人だったらしい。依頼主の組織に属していない私に与えられた情報は、それぐらいだった。「香りのいい豆を見つけたんですよ」 私が席に着くより前に、男が話しかけてくる。「良かったらいかがです? まだメニューに入れてないんで、お安くしときますよ」 男は、私が初めて来店した時から、よく話しかけてきてくれた。恋人を失ったばかりとは思えない雰囲気だったが、男の妹から聞いた話では、コーヒーのことを考えていれば余計なことを考えずにいられるらしい。「きっと、気に入っていただけると思います」 じゃあ、もらおうかな。そう伝えると男は、えくぼを作って、ありがとうございます、と頭を下げた。手伝いに来ている妹も、洗い物をしながら振り返り、ありがとうございます、と言う。この男とは豆の好みが合うらしいと気付いてから、薦められたものは飲むことにしているのだった。 まだ二十六歳。殺されようとしているなんて気付いていないように見える。今まで依頼された仕事を必ず成功させてきた私は、この男も、足が付かないように片付けることができるはずだ。 が、私は、心の内で、男を殺すことを拒んでいる。ターゲットの人物に好感を抱いたことは今までにもあったが、自分の命が惜しくて、感情を持ち込まないように努めてきた。今さらターゲットの殺害に躊躇う時が来るなんて、思いもしなかったのだ。 店が閉まって、男がゴミ捨て場に出てくる。男は裏口の戸を開けっ放しにしたまま、中へ戻っていった。いつもどおりだ。今日までに殺さなければ、私の命が保障されない。 コンクリート塀の陰になっている裏口に立つ。「こんばんは」「あれ、どうしたんですか」 男は、目を丸くして振り返った。「ちょっと忘れ物をしちゃって。ジッポ落ちてなかったかな」 いや、気付かなかったですね、と男がカウンターのほうへ振り返った瞬間、私は、男の喉へ銃口を向けた。 男の妹の笑顔が、頭に浮かぶ。彼女は、男と違って控えめなところがあり、空気を和ませる力を持っているように感じられた。まだ幼さの残る顔は、私の妹を彷彿とさせる。私が家を飛び出したころの、妹の姿を見ているような気がしてしまう。 男が再びこちらを向く前に、銃を懐へ戻した。しかし、チャンスは残っている。