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第4回高校生1000字小説バトル
Entry6

君にささげる僕の歌

作者 : nkyysk
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文字数 : 941
 そこは教室だった。休み時間の喧噪に包まれたそれは、午後の緩
やかに傾く暑さの中で、夢と愚劣に満ちていた。
 後ろから入ってきた少女が何か物を落とした。近くを通りかかっ
た少年がそれを拾い、少女に手渡した。少女は顔を笑みに染めて
「ありがとう」の一言。しかし少年はごもごもとしか言葉を発する
ことが出来ず、自分を恨みながら自席に戻った。
 時間の駆け足は速く、喧噪の中、聞こえたか聞こえないかのベル
で授業が始まる。しかし少年は集中するべき授業と自覚しながら、
集中できずにいた。身体の不調というわけでも、午後の陽気に逃げ
出したくなったわけでもなかった。
 少女の席と何の接点さえない後ろの席で、少年は少女のことを気
にしていた。
 先生が少年を指す。「ここの活用形は」少年は内心慌てるが、机
に開かれていた教科書から答えを見つけると「終止形です」と何事
もなかったようにはっきり答えた。「果たして本当に終止形だろう
か。」少年は沈黙する。
 そんな少年をよそに授業は流れ、今度は静寂の中でベルを聞いた。
少年は足早に教室を出ていった。

 教室に喧噪は無かった。少年の机のそばで少女が少年に笑いかけ
ていた。「ありがとう」それに対してどういたしましてと返した少
年の動作にはぎこちなさは無かった。「優しいのね」「ありがと」
「どういたしまして」少女は少年の口調をまねたようだ。二人は楽
しそうに笑った。
 喧噪の中だった。少年は居眠りをしていたようだ。少女は前の方
の席で授業を受けていた。少女のことが前より強く気になっていた。
しかし見つめるしかない。
 喧噪の中だった。授業が終わって、少女をはじめ、誰もが帰り支
度を急ぐ中、少年は虚空を睨んでいた。徐々に喧噪も小さくなる。
そして、少女が出ていく。こちらを見るような気がしたが、そんな
わけは無かった。少年は「サヨナラ」もとい「さようなら」さえ言
えない。まだ、夏だった。






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