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第1回中学生1000字小説バトル
Entry2

紙切屋

作者 : Ruima
Website :
文字数 : 997
「宝石商」
 そう書かれたガラス製のドア越しに、莉亜は店内を覗いた。古び
たショーケースの中で色とりどりの宝石が輝いている。視線を動か
し店員を探す。レジの前に、何かに熱中している青年。彼一人しか
いないようだった。
 いける、と確信しドアを押した。カランコロン、と軽やかな音が
狭い店内に響く。
「いらっしゃい」
 青年は一瞬顔を上げ莉亜の方を見たが、すぐにまた視線を手元に
落とした。莉亜にとっては都合がいいのだが、あまりの無用心さに
思わず呆れる。だが、油断は禁物だ。青年を横目で見つつ、音をた
てずにショーケースを開け、値段が高い物を選んでいくつか掴み取
る。それからまたケースを閉め、宝石をポケットに押し込んだ。
 ここまで済めばもう用はない。あとは気づかれないうちに逃げる
だけだ。莉亜はケースに背を向け、早足で出口へと向かった。
 そして、ドアに手を掛け、成功に安堵した瞬間。
「あんた、ポケットの物、出しな」
 びくりとして振り向くと、青年が意地の悪そうな笑みを浮かべ、
莉亜の方を見ていた。その右手には、鈍く光る銀色のハサミ。
「おとなしく出せば、警察には連絡しないでやるよ」
 脅迫、か。
 莉亜はおとなしくポケットの中身をレジの横にあけた。
「いつ気づいたの?」
「入って来た瞬間。金持ちでさえ高い買い物は控えるこのご時世、
 あんたみたいなガキが宝石屋に入る理由なんて一つしかない」
「なのに気づかない振りしてたんだ。ずるい」
 莉亜は頬を膨らませた。青年は笑っている。
「にしても、ずいぶんと素直に渡してくれたな」
「……ハサミ見せて脅されたら、従うしかないじゃない」
「は?」
 青年はその言葉で初めてハサミの存在を思い出したらしい。右手
に視線をやり、声を出して笑いだした。莉亜はますますむっとする。
「その鋭さなら、人を殺せるわよ」
「あのなあ、ハサミは人を傷つけるための物じゃないの」
 青年はようやく笑いやむと、一枚の紙を莉亜の方に放り投げた。
「ハサミは紙を切るのに使うんだよ」
 それは蝶の形に切り取られていた。。美しい羽を持つ、白い蝶。
 悔しいけれど、綺麗だと思った。
「ねえ、あなた、誰?」
 莉亜は蝶を見つめたまま尋ねた。
「ただの店番」
 青年は指をパチン、と鳴らした。
 とたんに莉亜の手の中の蝶が羽を動かし始める。
「嘘つき。……魔法使い?」
「いや」
 手のひらから蝶が離れる。
「紙切屋、さ」
 蝶は二人の頭上をひらひらと舞った。






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