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第14回中高生1000字小説バトル Entry8

あるいはうさぎのように

それはとても寒い日だった。

吐く息さえも凍りつくように冷たくなって、いつしか雪だって振り出していた、そんな折に彼女は来た。雪をかぶったままの彼女に熱いタオルをわたした。消えそうな声で彼女は「有難う」と言って、着けていた真っ赤なコートと真っ赤なマフラーを掛けた。
「……あの、わたし。」
コーヒーをオーダーした彼女は、カウンター席の真中へと座った。そして少しつっかえるようにして喋り出した。
「……あの、わたし。わたしがなんだかわからないんです。」
彼女はうさぎだった。
「あんたはうさぎじゃないか。」
僕はコーヒーをうさぎの目の前に出した。砂糖を2つと、ミルクを一つつけてやった。
「うさぎじゃないんです。これは本当のわたしじゃないんです。」
うさぎは赤い目をきょときょととしながらコーヒーに砂糖を2つ入れた。
「うさぎでもコーヒーは飲めるのかい?」
少し気になって僕は聞いた。うさぎのお客は始めてだったが、何でもない風を装ってうさぎに聞いた。
「…おかしい、ですか?」
「いや。ただあんたがうさぎだからさ。」
「ただわたしがうさぎだから?」
口の中で転がすように、うさぎは僕の行った事をもう一度繰り返した。酷く苦いキャンディーでも舐めているかのような表情だった。それはあくまで『うさぎ的に』だけれど。
「……」
「……」
コーヒーは静かに冷えていき、店の中は静かにうさぎ色に沈んでいった。
僕は暫くグラスを磨いていたが、コーヒーに口をつけようとしないうさぎに向かって言った。うさぎはずっと僕のほうを見ていた。
「…つまりさ。つまりあんたはコーヒーに砂糖を2つ入れて飲む、本当はうさぎじゃないうさぎ、でいいんじゃないか?」
「つまりわたしはコーヒーに砂糖を2つ入れて飲む、本当はうさぎじゃないうさぎ?」
うさぎはまた繰り返した。僕は大きく頷いた。うさぎも頷いた。
「ありがとう。」
うさぎはそう言って、コーヒー代をお釣りのないように数えてカウンターの上に置いた。なまぬるくなったコーヒーには、結局最後まで手がつけられなかった。そしてまた、うさぎの目と同じ、真っ赤なコートと真っ赤なマフラーを着けて雪の振る中に出ていった。

僕以外誰もいなくなった店の中にはストーンズが流れていた。うさぎもストーンズを聞くのは好きなのだろうか、と僕はぼんやり思った。

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