QBOOKS中高生第28回1000字バトル
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  INDEX
 エントリ 作者 作品名 文字数 得票なるか!? ★
 1 恋  それだけ  635   
 2 岩田直子   胎動  966   
 3 緋桐  君の愛だけを...  1000   
 4 天霧  サクラニネガフ  1000   
 5 Ruima   つまりは単純に君が好きだから  1000   
 6 たけの  夢物語  1000   
 7 彩霞  八重桜  1000   
 8 朝霧  自己満足  1000   
 9 神風夜月  光  1000   
 10 犬宮シキ  或る演劇部の日常  1000   
 11 隠葉くぬぎ  狂気の桜  1000   
 12 加賀 椿  宝探し  1000   
 13 大介  重い出の袋  583   


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Entry1
それだけ


「将来に希望?そんなもの持てない。
もう何を信じたらいいのか分からない。
夜は寂しくてどうしようもなくなる。
生きている意味って何?」

弱音を吐きまくる私を彼女は黙ってみていた。
実際何も口出しされたくなかったし
下手に励まされたりしたら
『分かったような口聞かないでよ。』
と言っていただろう。
そんな私の性格を知り尽くしていたとは思えないが
とにかく彼女は黙っていた。

「かなえたい望みを石にたくしたら
すべてを両手に乗せることは出来ないし、
小さな悩みは絶えることがない。
自分の思い通りにいかないことで
世の中は溢れているし
そんなこと私だって分かってる。
分かってるよ!!!」

自分でももうどうしたいのか分からなかった。
ただただ弱音を吐かずにはいられなかった。
彼女に聞いてほしかった。
いま思えばあの頃の私は、少しだけ
ほんとうに少しだけだけれど
彼女に恋心を抱いていたのかもしれない。

何も言わずに私の隣にじっと座っていた彼女は
私が一通り言い終えたのを見て
「それで終わり?」
と言った。
弱音を吐く私にそんなことを言った人は
今までに1人もいなかった。
もっとも私が誰かに弱音を吐くなんてこと自体
滅多になかったけれど。

私はとまどった。彼女は何が言いたいのだろう。
私は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
でも何故かすごくすっきりしていた。

ふと見上げた空は抜けるように青く、
頬をつたう涙は暖かく、そしてしょっぱかった。
頑張らなくていいから
生きてみようと思った。
涙は暖かく、そしてしょっぱかった。


Entry2
胎動
岩田直子

 マリ姉の腹の中の人間。マリ姉の身体から栄養分を吸い取ってそいつは生き長らえている。いや、只生きているだけじゃない。そいつは日々成長しているのだ。やがてこの世に“排出”されるその日まで。

 5つ年上の従兄弟マリ姉が父親の分からぬ子を妊娠したのは、僕が13才の夏のことだ。数少ない親戚たち誰もがマリ姉に子の父親について問い詰めたが(それはまるで警察が犯罪者に対して行う尋問のようだった)マリ姉は頑なに沈黙を守った。その時のマリ姉はとかげか何か爬虫類のような瞳をしていた。ガラス玉の様に丸く乾いたその瞳から僕は目を離すことができなかった。きりきりと長すぎる爪を腕に食い込ませ唇を固く結ぶマリ姉の姿はどこか異世界の生物のように異様で、それでいて、美しかった。
 宇都宮に住んでいるマリ姉は一週間ほど、僕の家に泊まることになっていた。少しでも地元から離れた場所で手術を受けるためだと母さんが教えてくれた。“手術”。母さんの口から突然飛び出したその言葉を理解するのに僕は数分もの時間を要したのだった。

 その晩、小便に起きた僕はベランダに黒い影を見つけた。
「誰?和之?」
 この声は…
「マリ姉?」
「やっぱり和之か。ねえこっちおいでよ。星が見えるよ。」
 不審な影は両膝を抱えるようにうずくまるマリ姉だったのだ。僕は言われるまま、マリ姉の隣に腰を下ろす。
「あたしね、妊娠してんだ。お腹の中に子供がいるんだよ。」
「…知ってる。」
「しかもその赤ちゃん降ろすんだよ。人殺しとおんなじ。」
「…」
「本当は産みたいんだ。でも心のどっかでは産まないこと分かってる。まだ高校生だからとかは関係ないの。あたしはあたしが子供を産まないってことを知ってるの。予感とかそんなんじゃない。確信とも違う。“知っている”としか言いようがないの。…あんたは別に分かんなくていいよ。」
 僕はその時返事をしなかった。それになぜかマリ姉もそれを望んでいるような気がした。
「あたし自分は今まで生まれさせられたと思ってた。それだけでもものすごく不条理なのにこの子はその上勝手に殺されるんだよ。この子はあたしを恨むよね。」

 マリ姉は次の日帰っていった。手術は地元でしか受けないと彼女が言い張ったからだ。そしてその一週間後、マリ姉は浴室で手首を切って死んだ。手術を翌日に控えた土曜日の夜のことだった。


Entry3
君の愛だけを...
緋桐

「姫様!」
「あ、あなたは?」
衰弱しきったお姫様を前に僕は高ぶる胸を抑える。
なによりも欲しかったものが今、目の前に。
「迎えに参りました」
薄暗い監獄に閉じ込められた彼女はそんな僕の言葉にさえ懐疑的で。
「あなた様を助けに参りました」
驚いて見開かれた目はすぐに悲しみの色へと変わる。
「私はここから出れませんわ。私がここから出てももうなにも元に戻らないですわ」
荒廃したこの世界もなにもかもが・・・そうつぶやいて流す涙がすごく綺麗で。
「過去はかえられないけど未来はかえられますよ」
どこかで聞いたようなベタなセリフ。
そんな言葉しかいえない僕。
その言葉に少しだけ首をかしげる君。
「だから僕と一緒に行きましょう」
そう告げて手を引いた。
英雄という称号よりも君の愛が欲しくて。
君を助ければ君の愛は僕のものだから。
夢にまで見た逃避行は現実と化した。
ただそれは夢よりも厳しい現実として。

「もう今日は休みましょう」
目を伏せがちな君。
つないでいた手は振り払われ僕の手はむなしく宙をつかむ。
「そうだね」
監獄から逃げ出してまだ間もないのに。
疲れは互いを気遣う余裕すら生まない。
深い闇の森を追っ手から逃げ惑いどうにか抜け出して。
彼女の元へたどり着いたのが奇跡なのかもしれない。
そんな考えがふと浮かぶ。
奇跡でもかまいはしない。
君さえいれば・・・。
すでに眠りに落ちた君を見つめ自然と笑みがこぼれる。
そして僕も泥のような深い眠りへと落ちる。
朝を迎えるため。

「あなたをお待ちしておりました、勇者様」
勇者?
君を助けたのは僕なのに。
「どうかここから私を救い出して。そして世界に光を・・・」
君は隣にいる『勇者』を見つめてる。
なぜ僕ではないの?
君の隣にいるべきなのは僕なのに!
そして僕は隣の奴に手をかけて紅に染まってゆく。
彼女の綺麗な涙を見ながら。

そんな悪夢から目覚めて横で眠っている君がとても愛しくて。
そっと頬に触れる。
そのまま可愛らしい唇へそっと触れる。
「勇者・・・様・・・」
その言葉に絶望した。
たとえそれが寝言だとしても。
頬に・・・唇に・・・彼女に触れた手は首へとかけられ、
僕は夢と同じように紅に染まっていく。
ただ相手がお姫様なだけで。
僕は勇者でもなんでもないただの村人だから。
望んだ未来はいったいなんだったの?
結局なにもかわらなくて前よりもひどい結末。
「君を想ってしたことなのに・・・」
動かぬ君を見て呟いた。

朝は来ない。
君はもういないから・・・


Entry4
サクラニネガフ
天霧

 彼氏と別れた。五回目の別れ。
 いつも通り別れたはずだった。いつもと違ったのは彼から別れを言い出したこと、彼氏が浮気をしていたこと。私は彼氏の浮気を知っていた。いつもなら別れた。けど、……彼だけは別れたくなくって、言い出せずにいたある日の宣告。
 目の前は真っ暗になった。時がたつにつれて実感からか涙が出た。一通り涙で悲しみが消えると、空っぽの心は浮気相手と私を捨てた彼氏を憎んだ。
 そして、ある日突然の訃報。
 こころのなかでザマァミロと思った。

「香川君のお通夜、今日でしょ? 行かないの?」
 私たちが付き合っていた事実など知らない母親が、テレビを見ながらソファで寝っ転がり、ポテトチップスの袋に手を突っ込む私に言った。
 一瞬手を止め、起き上がると、テーブルの上においてある携帯へと手を伸ばす。
 未読メール一通。別れた直後、あいつから来たメールだ。憎らしくって未読のまま。と、携帯の画面が変わり、メールを一通受信する。友達からだった。
 まぁ内容は単純。これから香川君のお通夜行くんだけど、来ないか……と。
 こいつは何でまた私と香川が付き合っていた事実を知り、事故の前日に別れたことを知り、それでもなおヤツの通夜に誘うのか。なんとも言えず、読んでいない未読メールを添付して、誰が行くかよバーカ、と打った。送信。
「ねぇっ、蓮深?」
 質問の答えを要求してきた母親に、行かないと言うと、二階に上り、ベッドに寝そべる。そういえば処分する暇なかったな、と、ベッドの横の棚にある香川君とのツーショット写真その他諸々の香川君関連のものを、死者を偲ぶ意もなくダンボール箱へと詰め込む。貧乏性のため、使えるものは捨てずに、棚に置いた。
 携帯のストラップが目に付く。一番最初にもらったプレゼントはコレで、器用なヤツがHASUMIと名前入りで作ったものだ。男が作ったとは思えないほどかわいい。
 コレは捨てるのをやめる。携帯のストラップをプレゼントでもらうことは多そうで意外にないし、自分の携帯に一番あってる気がするのだ。
 うなずいていると、さっきメールを送ったやつから返信が届いた。
「『さっき送ったメールの添付ナニ!? ウソ!?』……別に大したもんじゃないでしょ……?」
 一呼吸してから、未読メールの表示をじっと見つめる。サブメニューを選択、削除。これで、いい。
 ストラップのついていない携帯をテーブルの上において、私は喪服を着た。


Entry5
つまりは単純に君が好きだから
Ruima

 卒業するんだって自覚したら、なんだか突然に怖くなった。
 彼ともう、口実なしには会えないということ。今までみたいに、当然の顔をして、毎日会えたりなんかしないんだ。
 それどころか、あるいは、もう二度と。
 そう考えたら、途端に彼が、自分にとってどれだけ大切になっていたか気がついた。
 すごく、ものすごく、癪だけど。
 私はどうやら、彼が好きらしい。

 だって、長い間、見ない振りを、気付かない振りをしてきたけれど。
 彼の態度は露骨過ぎて。いくら私でも、気付いてしまう。
 どうして、あんなに正直になれるんだろう。どうして、あんなに素直に自分の気持ちを表せるんだろう。
 私には、ない物ばかり。あまりに違う思考回路は、理解不能。
 だから「苦手だ」とばかり思い続けてきたっていうのに。間違いなく苦手だったはずなのに。
 いつの間に、こんな感情が生まれていたんだろう。

 ……でも今更、どんな顔してこんなこと言えっていうのよ。
 責任とって、悟ってよ。私のこの感情を。




 おまえこのままでいいのって友人に聞かれて、あっそっか卒業じゃん、って気が付いた。
 永遠に続く気すらしてたけど、あっけなく終わろうとしている楽園。俺は馬鹿だから、そういうことに気付くのはいつだって遅い。
 やだよって首を横に振ったら、じゃあちゃんとしろって怒られた。
 好きだって、言おうと思った。
 いつも好きだビームを目一杯発してきたけど、でもちゃんと「告白」したことはなかったから。ただの一度も。

 正直、望みはあんまりない。いつも冷たくされるしさ。
 だから、今まで言えなかったんだ。欲を出さなければ、彼女は怒りながらも、眉間に皺寄せながらも、俺の相手をしてくれるから。
 だけどこのまま会えなくなるかもって考えたら、そんなの絶対ダメだと思ったんだ。それくらいなら、いっそ、って。
 もしもこれから先、会うためにすら口実がいると言うならば。
 「俺が君を好きだから」じゃ、不十分?

 君が好きだよ、三年間、変わらずずっと。
 そして、多分きっと、これからも。




 「君が好きです」と、珍しく緊張した様子で彼は言った。
 素直になれない彼女は、真っ赤な顔で一つ大きく頷いた。

 今は、これだけでいい。
 だって、会うための口実ができたから。あるいは、会うための口実なんかいらなくなったから。
 理論公式の得意な彼女と、理屈法則の苦手な彼と。
 大切なのは、単純無条件な理由、ただ一つ。


Entry6
夢物語
たけの

 あぁミミズ君。僕はあの後水槽に閉じこめられたんだ。長い間ここで生活していたけど今日で最期だと思う。悔やんでも仕方ないけれどもっと僕自身の命を大切に思えていれば良かった。
 閉じこめられてから色々とやりたい事を思い浮かべたけれどもう遅い。ここでは何も出来ないんだ。結局僕は夢を諦め、閉鎖されたこの場所から何が出来るか考える事にした。……終わりを迎えようとしているこの人生は僕の為でなくあの人間の為に使おうと思う。悲しいけれど自分の為に使う時期を逃してしまったからせめて何かの役に立ちたいんだ。それは僕が死ぬ事で成し遂げられる、ささやかだけれど素敵な事。

 「おはようミミズ君。今日はどこへ行くの?」
「やぁ蛙君。あの岩のてっぺんへ行ってこの周辺はどうなっているか調べようと思うんだ」
「へぇーおもしろそうだね。僕は今日も暇だし一緒に行ってもいい?」
「いいよ!」
「ミミズ君はいつも忙しそうで大変だね」
「忙しいけれど苦ではないよ。むしろ毎日楽しいよ!」
そんなミミズは疲れているはずなのに終始楽しそうに登っていた。蛙はそんなミミズが羨ましく思えた。何で毎日幸せそうに生きているのだろうか。
「ミミズ君には夢があるからかな」
そんな結論に行き着いた蛙は自分の夢を初めて考えてみた。脳髄がグラグラする程考え込んだ。暫くすると希望と焦りの波が足下をさらい得体のしれない灰色の何かが思考を曇らせるような感覚がしてきた。何も考えたくない気分になった。でもここで逃げたら何もつかめないと思い気持ちを奮い立たせた。
 鼻歌を歌うミミズ。灰色の妙な気持ちと闘う蛙。正反対のオーラを放つ二匹は無事頂上へ到着した。その数分後に体力的にも精神的にも疲れて無防備だった蛙は人間に捕獲された。

 あぁ本格的に眠たくなってきたよ。そろそろかな……
 僕の死は僕を閉じこめたあの人間を悲しませるだろう。そしてそれは生命の儚さを教える事になる。僕の命と引き替えにあの人間は大切な気持ちを得るんだ。うん、嬉しいな。
 生まれ変わる事は出来るかな。何にでもいいから生まれ変わりたい。そして今度こそ自分の夢を見つけたいな。

 「兄ちゃん、僕の蛙死んだみたい」
「弱いなぁ。もっと元気なのを捕まえに行こうか」
蛙は葬られることなく水槽から投げ捨てられた。その目には液体が浮かんでいる。
 子供達の言葉を聞いてしまったのだろうか。涙の理由を確かめる術も涙を拭ってやる者も無い。


Entry7
八重桜
彩霞

 学年最後の授業は校庭の桜の木を見ている内に終わった。明日の卒業式が終わってしまえば、私たちも三年生だ。正に光陰矢のごとし。
「八重、一年って早いねえ」
 梓が私に笑う。
 私たちは皆心に小さな爆弾を抱えている。彼女の爆弾のタイムリミットは間近だ。前から彼女は意気込んでいた、卒業式に好きな人に告白する、とかで。その相手は私にも教えてくれない。
「明日、頑張ってね」
「あいっす」
 長い髪を揺らして、彼女ははにかんだ。
 恋をしている人はすてきだ。
 それが恋という妙薬の効き目なのだろうか。きれいになるのは恋をしている証拠だと言うけれど、恋をするからきれいになるのだ。
 私は独り図書室に行く。廊下にたむろする三年生、彼らは今は普段と変わらない。けれど明日になったら魔法がかかって、晴れ晴れとした顔が講堂に並ぶ。すてきだ。私の歩調は少し速くなった。
 図書委員の私は今日も仕事がある。奥の書庫整理が終わっていないのだ。司書さんと前から手分けをしてやっているのだが、なかなか終わりそうにない。
 チェックするノートを手に書庫へ行くと、見覚えのある人が熱心に本を見ていた。ひょろっとした三年生だ。どこかいい大学に受かった、というのを風の噂に聞いていた。彼は図書室の常連でもあったし。
「あ、すいません」
 私に気づいて彼は本を棚に戻した。
 『ヴェルレーヌ詩集』とその本の題をノートに書き込みながら、私はちらりと彼を見た。草食動物のように優しい顔の彼は些か残念そうだった。
「好きなんですか」
 本を指して言うと、あ、うん、と彼は口ごもった。口ごもる彼はすてきではない。
「…卒業祝いに貰っちゃったらどうです」
「図書委員がそんな事言っていいの」
「その本だってあなたに貰われた方が嬉しいんじゃないですか。新しいのを注文しますから」
 彼は躊躇った後で本を持って、ありがとう、と言った。とてもすてきな笑顔だった。
「でも、秘密で」
「あいっす」
 そこで私ははじめて梓の時限爆弾のスイッチを知った。
「良い卒業式を」
 一瞬変な顔をして、名も知らぬ彼はもう一度同じ返事をした。
 私の爆弾のスイッチはまだ押されていない。けれどもそのきっかけは案外簡単にやってくるものなのかもしれない。
 窓の外の桜はほころびだしている。こっちはまだだな、と校庭の端の八重桜を見た。八重桜は咲くのは遅いけれど一番きれいなのよ、という叔母の言葉を思い出して私は少し微笑んだ。


Entry8
自己満足
朝霧

どうしよう…何も見えない。
先が見えない。
こんな事は今までになかったのに。
ここまで不安になるとは思わなかった。
せっかく、わかってきたのに。
その先は?
この先は一体どうなってるの?
先の見えない不安に駆り立てられた私は、両手で耳を塞いで立ち尽くした。
先が見えないってこんなに怖い事だった?
心臓の音が一際大きな音をたて出した。
それに押しつぶされそうになった私は足を踏み外す事になる。

−あそこの鳥が落ちてくる。
頭にヒュンと走る電気のような言葉。
それは、早口のような早い早い文字。
少しでも見逃せば分からなくなってしまう。
私は、その言葉を見るのが…読むのが大好きだった。
脳内を掠める微弱な電気は、私を痺れさせ心地よい麻痺状態にしてくれる。
鳥は、木から落ちてピクピクと次第に動きを失っていく。
−あたった。
自分の能力に浸る。
目の前で失われていく命さえ、未来予知の能力には劣ると思っていた。

ある日の事、階段の最上段で電気が走りぬける。
−…最上段から落ちる。
最初の方を聞き逃した私は、首を傾げて階段を見に行った。
それがあたったら、大変かもしれない。
珍しく助けてあげたいと思いつき、階段の最上段に立った。
−誰が落ちるの?
ちょっとした好奇心と不安感に心臓がドキドキと鳴り続ける。
暫く見ていると、屋上からふざけ合いながら出てきた男子生徒が自分にぶつかる。
強い衝撃でもなかったのに、私はよろめき階段を踏み外した。
体勢を立て直せなくて、そのまま落ちていく。
驚くほどに周りがスローに見えて、痛みが直にこない。
もうだめかと目を閉じた時に、床とは違う質感が背中にあたる。
鈍い衝撃と痛みが走り、恐る恐る目をあけるとクラスメートの男の子が自分を抱え込んだまま頭から血を流している。
慌てて起き上がり、相手の頭を支え起してやるとヌメリと指に血液が絡みつく。
−どうすればいい?
咄嗟に、未来予知の力を使おうと脳内に命令をかける。
いつもなら、すぐにヒュンと頭の中を走る言葉がでてこない。
−どうして?
何度同じ事をしても変わらない。
「お願い!未来を教えて!!」
叫んでも変わらない。すっかり動転した私は両耳を抑えて立ち尽くす。
辺りはざわめきだし、パニックは最高潮まで高められてしまう。
言葉が見えない不安に。
目の前で血を流しているクラスメートを見るたびに。
頭は混乱して、何も分からない。
未来が見えない。
何も見えない。
また、足元がふらつき私は階段から落ちていった。


Entry9

神風夜月

放課後。
 いつものように君の病室を訪ねている。君がマンションの屋上から遺書を残して飛び降りた日から既に一ヶ月が経っていた。奇跡的に君は重体ですんだけれど今も意識を取り戻さないまま。これほど毎日が重く感じられることはなかった。君と楽しげに会話を交わしたあの日を遠い昔にさえ思う。
 今日も病室の前で小母さんが泣いていた。目が真っ赤で涙が枯れるほど泣いたのだろう。泣いても泣いても涙は決して枯れることはない。それは時にして痛みでしかないのだ。
「聞こえるかい?」
 いつものように俺の声は君に届くことなく病室の空気を揺るがすだけ。
 狂ってしまいそうだった。胸がぎゅっと締めつけられて、呼吸が苦しくて。
 嗚呼、君よ。
 目を開けて。
 他に望まないから。君以外、いらないから。
 切に願う。神が奇跡を起こしてくれるようにと。
 無宗教者の俺らしくない。そんなの分かりきっている。
「何で相談してくれなかった?」
 手を握った。握り返さないと知っているのに尋ねた。
 俺は結局、君の何だったのだろうか。俺は君の恋人だったはずだ。街で肩を並べて歩いて、見たばかりの映画の討論をして。そんな仲だったはずだ。
「答えろよ!!」
 我知らず大声で怒鳴っていた。もう一度、君と話がしたくて。その一心で。
「……大声だしてごめん」
 君には届かないというのに。
 なぜだろうか。
 なぜ、こんなにも君を想うのだろうか。
 いくら考えても分からないんだ。
 胸の奥で何かが渦巻いて、喉まで姿を現しているのに吐き出せない。
 この気持ちは何?
 ふいにあの日の光景が脳裏に襲いかかってくる。
 鮮やかな紅く滲む空を二人で眺めていたあの日、夕日に照らされる君の横顔を見ながら俺は幸せに浸りきっていた。
 だから気づかなかったんだと、今更ながらに思う。
 翼が欲しいと漏らした君の、寂しげな横顔の意味をつかむことができなかった。
「あぁ、そっか」
 やっと分かった。この得体の知れないものは『後悔』だったんだと。
 今もベッドへ横たわる君に目を落とす。
「今度は、今度こそは絶対に君を死なせたりしないから」
 君に頬を寄せ、口づけた。
「生きて」
 その時、君のまぶたが微かに震えた。そして、少しずつ瞳に光が戻っていく。
 それは、闇の中で眠っていた君が未来を受け入れた瞬間。
 思わず君を抱きしめた。

 あぁ、なんて……。
 君がいるだけで世界はこんなにも……。
 
 

 光が世界に溢れていた。


Entry10
或る演劇部の日常
犬宮シキ

 分厚い装丁の本が床で弾む。森永ココアの缶が宙を舞い。詰め込んであったスワロフスキービーズとパールビーズが綺羅星のごとく飛ぶ。枕は哀れにも大きな鉤裂きができ、羽が舞い散った。ペンキの缶は見事なまでに辺りで弾け、前衛的過ぎる絵画を描く。借り物のシャネルの口紅が弾丸のように頬をかすめた。照明の色付けのための透明なシートが大量の薄い台本とともにばさりばさりと落ちてくる。
 小道具だけには恵まれていた、クロヅカ高校演劇部室崩壊の瞬間であった。

「何故こんな事になったのか、説明できる人」
私が言うと、二年現会計のアッキーが手を挙げた。彼は赤い髪が全く似合わない現役パンク少年である。
「掃除をしようと思って、ドアにひっかかっていた暗幕を力の限り引っ張ったら全てが崩壊しました」
しかし言葉遣いはパンクではないのだった。
「オッケー、良く分かった。じゃあ此処までほおって置いたのは誰だ」
私も含め、全員が手を挙げた。
「よろしい、では全員で片づけようか。ところで暗幕を引っ張ったのは」
一年現ヒラ部員の鳶ヲが手を挙げる、私は舌打ちをする。
「悪い事じゃあないんだけどさ、ちょっと考えてみてよね」
 鳶ヲは、がくんと頷いた。ロボだから動きが堅いのは仕方ないのだが、もう少し何とかならなかったのかと思う、外観は人間そのものであるため非常に残念だ。滑らかな動きも可能らしいが、速度が落ちるため実用的ではないのだという。
  
 ロボが高校まで進学できるようになったのは、今から丁度三年前の事だ。義務教育なら十年くらい前から可能だったから、今、私のクラスにいる三体のロボのことをとやかく言う気はないが、ちょっと扱いにくい気はする。
 二年現副部長の岸ぽんはロボット介護士になりたいと言っていた。物好きなと思ったが、これから必要になっていくだろう。案外良い仕事かもしれない。三年元部長のハルさんは人間の医者になりたいと言っていたが、それこそ要らなくなっていく仕事だろう。
 そういう仕事は大体ロボのすることだ。医療ミスが無くて安心!という触れ込みだが、所詮人間の作った物だということを忘れてはいないだろうか。それとも研究の方に行くのだろうか、白衣のハルさんを想像すると思わず顔がにやけてしまう。
 アッキーが右手の鋲付黒皮のブレスで私の背をつついた、片付けなければ。
 明日鳶ヲに機械油でもさしてやろうと思いながら、私は埃まみれの造花を拾い上げた。


Entry11
狂気の桜
隠葉くぬぎ

「また、か」
 関白である藤原基経は眉をひそめた。
「殿は」
「まだ寝所に」
「衛門府の役人に調べさせろ。殿には私から申し上げよう」
「かしこまって候」

 今年に入って二度目だった。今上天皇の寝所の近くで人殺しが起こった。
 近くなどというものではない。一度目は寝殿を守る警備、二度目はその穢れを祓うための僧が。まさに天皇の枕元でそのような忌忌しき事が行われたのである。
 基経が舌をうつと付き人がびくりと体を震わせた。
 忌み事である。それが、関白へと就任した早々にこんな不手際だ。下手人もあがらない。だいたい天皇の寝所は一番警備が厳しいはずなのだ。それが、衛門府も陰陽府も怪しい者すら見つけられないとはおかしすぎる。
 だが、基経が気になることはそこだけではない。
 賊は何のために警備を殺したのであろうか。当然天皇の命を狙うからではないのか。しかし、まだ天皇は生きている。襲われてすらないのだ。僧を狙うというのもおかしな話だ。それとも場所は関係なかったのであろうか。殺したい相手がたまたま天皇の近くに……いや、それならもっと隙があるときはいくらでもあるはずだ。ならばやはり……。
 関白殿、と付き人がふすまを開けたため、基経の思考は中断された。
 見ると、御簾が隅のほうにうっちゃってある。それをやった本人は、目を輝かせて基経を見ていた。青年、といってもいいくらいの年だというのに何も知らない目。
「もとつねぇ、知っておるか。ひとがあやめられた」
 けらけらと笑った。不吉だ、と思ったが、御前だから顔にもだせない。側に控えていた女房はまともに顔を歪めた。時平は目配せをして自分の付き人と女房を退室させる。
「どうしてそ、……穢れがあったことを」
「血は、紅いのだあかいのだぞぉ。あはあはははははははは」
 基経が耐えられず目をそらし、ふすまを閉めようとすると、ふと、真顔に戻って言った。
「基経、ゆきがふっておる。閉めてはいけない」
「え、」
「しろい、雪だ」
 それは桜だった。

「基経どっ……関白殿っ、源頼義衛門府督がっ」
「きたかっ」
 もはや伝えた者は声もでず、ただこくこくとうなづいた。
 時刻は丑の刻。基経は寝殿にほど近い部屋に潜んでいた。

「ひっ」
 刃先が松明の火を照り返して目を射った。それが軌跡を描くたび紅く花が咲く。
 人と松明と。その真ん中で、また切先がひらめく。夜を薙ぐ。
「……っとのっ」
「もとつねぇ」
 にたにたと笑い、刀をからんと取り落とした。
 ゆきだぁ。
 血に染まる手を花に掲げて、今上天皇はいま、急速に人の心をなくしていった。


Entry12
宝探し
加賀 椿

 「これ見て」
 そう言って妹が見せたのは、地図だった。この一軒家のもので、赤く×印を付けられている場所は第二倉庫だ。
「宝探ししよっ」
 今年小三になる妹は、無邪気に僕を見上げる。でも、地図の黄色いシミを見るとそれっぽいけど、家の中に宝があるなんて信じられない。
「何処で拾ったんだ?」
 訊くと、妹は洗面所の方を指差した。
「戸棚の中」
 なるほどあそこか。あの開きっぱなしの戸棚はほとんど使わなくて埃だらけだから、古いものが眠っていてもおかしくない。
 ここは妹に付き合ってやるか。
「じゃあ、行ってみるか」
「うん!」
 足にじゃれてくる猫のクロを軽く蹴飛ばし、僕達は第二倉庫へ行った。ここには滅多に入る事がない。
 ×印は、倉庫の中でも端の方に付いている。そっちを見ると、地下への階段があった。
「おい、行ってみよう」
 初めて見る地下室の中は狭く、あまり物がない。一番目立つのは、ずいぶんと古そうな大きな樽だ。二人で押してみると、樽はゆっくりと倒れ――木材が割れる音がした。
「あっ、お兄ちゃん!」
 水のような液体が、床に噴き出す。その勢いに、僕は慌てて飛び退いた。
 その時目に止まったのは、壁際に置かれていた容器だ。小さなペットボトルの半分くらいの大きさで、蓋は付いていない。
「お母さーん、助けて!」
 母を呼ぶ妹を横目で見ながら、無気味な容器に近付いてみる。暗いせいで中身は見えない。
 取ってみたいけど、どす黒い色のそれは、毒が入ってそうな雰囲気だ。
 そんな時、樽からこぼれた液体の波が容器を襲う。そして信じられない事に、容器はあっけなく倒れてしまった。
「空……?」
 容器を拾おうとすると、突然上から母の悲鳴が聞こえた。
「ああ、お酒が!」
 母はこっちを見ると、はっとした顔をした。
「それ、早く拾ってちょうだい!」

 容器の中身は、三万円だった。地図は、隠した場所を忘れた時のための物だったらしい。
「すっかり忘れてたわ」
 母は妹の頭を撫でる。
「お手柄ね。おかし買ってあげる」
「やったー」
 妹は満足しているようだが、僕は違う。不満顔に気付いたようで、母は顔をしかめた。
「文句あるの? お酒を全部だめにしておいて」
「それは謝るけどさ。何で、地図を古く見せようとしたんだよ。本気にしちゃったじゃないか」
「え?」
「黄色いシミがある」
 母は苦笑した。
「ああ、これは多分クロが……」
「うっげえっ!」
 こうして、僕達の宝探しは終わった。


Entry13
重い出の袋
大介

 久々に会社を早く上がり、まだ日のあるうちに家路へついた。
町では子供の笑い声がまだ遊びはしゃぐ。
空は茜に染まり、飛行機雲が一筋。地面へ映る影は伸びていく。
  ・・・不意に思い出す。
 もう昔になった「あの頃」を。
今もこの町に息を潜めている思い出を、そして、この町がくれた仲間達を・・・
あの頃も今も僕は、この町が大好きで仕方ない。
町中を知り尽くし、毎日駆け回り、子供にしか通れない抜け道を探し、祭りには必ず出てはみんなで仕切って。
「うるさいおまえらっ!!」
漫画に出てきそうな雷ジジイもいた。
学校から帰るなり鞄を玄関に投げ込んで 宿題もせずに毎日通った公園、駐車場、駄菓子屋。
商店街でみんなでかじったあのコロッケ。
幼馴染に告白した土手。
毎日が楽しくて、時間がいくらあっても足りなかった。
おかげでいつでも夕飯にはみんな間に合わなかった。
今思っても、夕飯までのしのぎのコロッケ、やっぱり高かったよな・・・。
そう思うだけで笑いがこぼれる。
いつの間にか気が付くと肉屋の前。 僕もおじさんもあの頃のままだった。
「おじさんコロッケ14枚!みんなに配るからおまけして!!」
力はあるほうだと思っていた。
が、コロッケ14枚の袋は何故かずっしりと手にきた。
それはおじさんがおまけしてくれたのもある。
でもホントはこの町での消したくない思い出がいつの間にかそれだけ増えて袋を重くしてたってことかな・・・。