QBOOKS中高生第31回1000字バトル
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 エントリ 作者 作品名 文字行数 得票なるか!? ★
 1 神風夜月  雨  1000   
 2 男挫折  前へ進む  998   
 3 水葉けい  蚊。  996   
 4 歌羽深空  金のムダ  955   
 5 庵崎 侑   この家と両親についての僕の考え及び想い  1000   
 6 天霧  人魚姫  981   
 7 南 那津  ボクは黒子。よろしく。  1000   
 8作者の希望により掲載を終了いたしました。   
 9 ユタ  クモの巣  914   
 10 lapis. 臭い女  1000   


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バトル結果ここからご覧ください。




Entry1
雨  
神風夜月
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/2317/top.html
サイト名■小さな人魚の見た夢
文字数1000

 ちよこは雨が大好きだった。
 雨を見ると心が騒いで、ピンクの長靴と雨傘をもって、水溜りを踏みに行った。ちよこはその遊びが一番のお気に入りだった。
 そんなちよこにとって、大人には忌まわしく感じられる梅雨も楽しい季節の境目であった。
「大介くんとひなちゃんと、ひみつきちにいってくる」
 ちよこはママにそう言い残し、
「五時までに帰ってきてね」
と笑顔でいってらっしゃいを告げられた。
 ちよこはこの時期、毎日のように大介くんとひなちゃんとよく秘密基地にいる。秘密基地は小学校の裏山にあって、到着するまで様々な冒険が繰り広げられた。大きな岩を小さな体でよじ登り、ぐしょぐしょの土を長靴で踏みしめ、草木を掻き分けていく。小さなちよこたちだからこそ体験できる冒険の数々だった。
 秘密基地に到着してまずすることは決まっていた。三人が捕まえてきて、水槽に移されたおたまじゃくしに餌をやり、そして足が生えて飛び跳ねるようになるまで成長日記をつけ続けた。
 三人はとても仲が良かった。幼稚園の年少組からの幼馴染で、何をするにもいつも三人一緒だった。時にはおやつを取り合い、時には一緒に泣いて笑っていた。
 ちよこは何よりも今が好きだった、この雨よりも。三人で過ごす宝物の時間。
 ちよこは皆には内緒だったけれど、大介くんが好きだった。初恋だった。
 だから、永遠にこの楽しい時間が続くであろうことを、幼いちよこは疑うはずもなかった。
 そう。疑うことさえ知らなかったのだと思う。


 だが、不幸は突然、日常に訪れるものであった。
 ある雨の日の下校途中、車にひかれそうになった子犬を助けようと、大介くんは車道に飛び出した。子犬の代わりに血だらけになって、ぴくぴくと震えていた。でも、よかったねと、子犬に笑いかけていた。
 ちよこはひなちゃんと、大介くんが動かなくなるのを訳も分からずに見つめることしかできなかった。呼びかけて、うなり、そして雨に打たれ、生命の灯火でさえも消えていく様を見ていることしかできなかった。


 ちよこは今、十六歳だ。あの事故から十年が経った。
 ちよこは雨が大嫌いだ。
 雨はあの日の悲劇をいつも思い出させた。雨を見る度、あの楽しい思い出と悲しい思い出が心の中で渦巻き、拭いきれないほどの涙を流させる。
 あの日、大介くんが助けた子犬はそんなちよこの傍らに寄り添い、泣き止むまでそっと側に居た。
 
 それでも雨はやむことはない。


Entry2
前へ進む  
男挫折
文字数998

 僕はマウンテンバイクを走らせた。
これに乗っている時僕は歩道を制した気分になる。

 結局、何も解らなくて毎日を無駄に過ごしている。
考えれば考える程答えは遠い存在に思えてただ僕は時に流される。
今となってはもうだいぶ昔の事さえも今の僕を支え続けるかたわら突き放している。あの時、僕の信念に基づいてとった行動の一つ一つも今の自分の存在価値と取り返しのつかない大きな絶望を運んでくる。

 前に前と後ろに買い物袋を積んだ毎日を考える暇もなく過ごしているであろう中年の主婦が運転している自転車が見えた。堂々と道の真ん中をマイペースを保ちながら走っている。僕はうまくタイミングを見つけてその横につき一気に距離を離した。突如背後から抜き去った僕に対して中年の主婦は不平を僕に吐く。僕は見知らぬそぶりでどんどんと小さくなっていった。

 人が寄せる好意という物を僕は素直には信じられない。
そんなんだから人の信頼は僕から薄れていきその時に僕はどうせそんなもんなんだろうと自分の身ばかりを守っている。
だから僕は人の大きい君の存在が信じられなくて君の好意を台無しにしてしまった。気付いた時にはもう手遅れで僕は大事な物がなんなのかさえ考えるようになってしまった。そんな僕は君をもっと遠ざけた。

 信号が僕を遮ろうとしている。
かまうもんかと今にもアクセルを吹き上げ発進しようとした原付の前を横切った。原付は驚いてアクセルを戻し僕に何かを言いたそうに僕を見た気がする。もうその時には僕は前しか見えていなかった。

 人生に一度だけとはよく言ったものだ。
一度だけの勇気。使ってしまえばそれは一つの結果ではなく多数の結果を運んでくる事を僕は今信じたい。その勇気は永遠の勇気に変わることも。今度は僕が大きくなる番だと。

 ザッ、僕は乗ってから初めてのブレーキをかけた。
目の前には二人の男女が立っている。どちらも知っている顔だ。僕の登場にとても驚いているようだ。
「お前、どうして来るんだよ諦めてくれたんじゃなかったのかよ?」
男が言う。すまない今から僕は本当の自分の為に君を裏切ってしまう。
「やっぱり、忘れられない。君には悪い事をしたけど僕は彼女を忘れられないよ」
僕は大切な友人に殴られて大切な人に抱え起こしてもらった。
「やっと、貴方の口から本当の事が聞けてとっても嬉しいわ」
そして僕は自転車を押して彼女と二人これまでの空白を埋めながら来た道を戻った。


Entry3
蚊。  
水葉けい
文字数996

…そして、私は目が覚めた。
夢だったのだろうか?
ぼんやりとした頭で考える。しかし、私は一つだけ決意を固めていた。

別れてやる。



目が覚めた。すがすがしい朝だった。
羽が生えたように体が軽い。
う〜ん、と伸びをして、ふと思った。
さっきから、耳元がうるさい。ぶーんと、何かがこすれるような音がする。
何気なく腕を見た。おかしい。棒のように細い。
机の上の鏡の前に移動する。
また奇妙な異変を感じた。
距離がやたらに遠い。

そして鏡の前で唖然とした。

蚊だ。
蚊が居る。
そして私が居ない。

つまり、私が蚊になったのだ。


どうしようどうしよう。
とりあえず混乱をする。
無防備に開け放っていた窓から外に出る。
高校に入って一人暮らしを始めたため、親兄弟は居ない。
ある意味好都合だったと言える。

向かったのは、近所に住む彼氏の家だった。

これまた無防備に開いている窓から中に入り、寝顔に接近する。
自分が小さいため、毛穴まで拡大して見える。
耳元に近づいて、猛スピードで飛ぶ。

「…ん…」

起きそうだ!!

『卓!!卓!!』
大声で、彼氏の名を呼ぶ。
そして、同時に不安になった。
聞こえているのだろうか?

「ふぁ…る…り…?」

よかった、どうやら聞こえるらしい。
『卓!!そうだよ、るりだよ!!』
「何でるり…」
『ここだよ!!ここ!!』
愛する彼氏は、視線をゆっくりと私に向けた。
しかし、ノーリアクションだ。
「…夢か」
『夢じゃない!!ここ!!蚊!!』
「は…?」

今度は、目を細めて私を見る。
卓は近眼だ。

「…マジ?」
『マジ』
「うっそぉ…」
『ほんと』

卓はしばらく考え込んだが、すぐにうなづいた。
単純な性格ゆえに、順応能力が高いのが、コイツのいいところだ。
「るりは蚊になったのか」
『…ギャグ?』
「冗談。…しっかし蚊か…」
腕を組んで、私をマジマジと見つめる。
「でもさ……」
『何』
「なんか、普通の蚊より可愛い気がする」

彼氏が卓でよかった。
しみじみとそう思った。

そして卓は学校に出かけた。
彼は私に言った。

「俺以外の血は吸うなよ」


蚊で言うのもなんだが、目に見えない何かをぎゅーっと抱きしめたい気分になった。


午後。
階段を上る音。
卓だ!!
バタンとドアが開き、学ラン姿の卓が入ってきた。
そして、ぱっと私のほうを見る。
『おかえ……』
「あ、蚊だ」

ぷち。

瞬時だった。
遠のく意識の中、はっとしたような卓の声が聞こえた。

「…って忘れてた、コレるりじゃん!!」




この世のはかなき物。
蚊の人生と、人の愛。


Entry4
金のムダ  
歌羽深空
文字数955

ねえ・・・。
黙って。
ねえってば。
黙って、って言ってるでしょ。
・・・何してるの?
ここから逃げ出したいの。
私だって、逃げたい。こんな、鉄格子の中なんて、もううんざり!
私だって嫌よ。
なんで、あなたはそんなに冷たい言い方をするの?
じゃあ、なんであなたはそんなにうるさいの?
別にいいじゃん。そ・れ・よ・り!ここ、いやだ。
さっきから、同じこと言わないでよ。私も嫌なのよ。
・・・ねえ。
何?
なんか、苦しくない?
うん・・・。苦しい。
なんか・・・、息が・・・でき・・・
ちょっと、大丈・・・

「うまくいきましたかね。」
「ああ、大丈夫じゃないか。」
「でも、かわいそうな殺し方をしてしまいましたね。」
「まあ、あれで多重人格症が直るんだ。いいだろう。」
「先生、多重人格症を治す方法と言うのは、どういう・・・?」
「それは、片方を殺すしかないさ。」
「でも、先生は一人を・・・いや、二人を殺してしまいましたが?」
「そうだね。」
「そうだねって、先生!」
「君は、わかっていない。」
「何を・・・ですか?」
「君、自分の顔を見てごらん。」
「顔・・・ですか?」
そばにある鏡を見る助手。しかし、すぐに顔をそらす。
「・・・え?」
「おめでとう、君の多重人格症は見事に消えたよ。」
「じゃあ・・・あれは・・・」
「君は、自分の死ぬ姿を見たわけだ。」
「・・・あんな、死に方を、私もするんですか?醜い。そして、意味がなさ過ぎる!」
「まあ、自殺なんて、むしろガス自殺なんて、君はしないだろう?さあ、お帰り。君にはまだ人生が待っている。多重人格症が直ったんだ。君はまだ生きて行ける。」

「・・・気がつきましたか?」
「・・・誰?」
「君は、自分の部屋で自殺をして、ここへ運び込まれたんだよ。」
「そうですか・・・夢・・・か。」
「何がだい?」
「なんでもないです。ただ・・・、死にたくはないな。と。」
「自殺する苦しさを知ったんだ。そうだろう。さ。ゆっくりおやすみ。」

患者の部屋を出たあと、医者はポツリと呟いた。
「あいつ一人ののために、アレだけ手の込んだ映像を脳波に送り込むなんて・・・。金のムダなことを政府もやってくれる。・・・まあ、奴が最後のクローン人間なんだ。あいつが退院後、実験台に使われるのは目に見えてるな。なら、あれだけの費用も少しはましか。」

医者は苦笑いをして、病室を後にした。


Entry5
この家と両親についての僕の考え及び想い  
庵崎 侑
文字数1000

両親が死んだ。

交通事故だった。猛スピードで突っ込んできたスポーツカーと正面衝突。即死。

上京していた兄は、眼を幼稚園生の描いた兎のように真っ赤にして、事故の晩に帰ってきた。


2日後、葬儀は行われた。
僕は遺影を、兄は位牌をもって、葬儀にきた人たちに深々と頭を下げた。
遺骨は、なんだか寂しく笑っているような、そんな表情をしていた。





葬儀の晩、家に泊まった親戚たちの声が僕の部屋まで聞こえてきた。
「2人をこれからどうするんだい?」
「陸斗君はもう19歳だから大丈夫だろうけど」
「問題は巧くんよ」
「お前のところではダメなのか?」
「うちはもう3人もいるもの。お兄さんの方こそどうなのよ」
「おれは・・・」




優しかった両親の笑顔は、なんだかずいぶん遠くへいってしまい、僕の名前を呼ぶ声は、2日前に聞いてきたのに、もう何年も耳にしていないような気がする。



とにかく
  
悲しいとか、苦しいとかじゃない。





昔よく父が口にしていた言葉を思い出した。
「お前が一人になったらどうする?何ができる?何をすればいいと思う?」



嗚呼。




隣の部屋からまだ口論がうるさく聞こえる。
小さな嗚咽がもれたから、好都合だった。
この人たちに頼らなきゃ生きていけないのかと思うと、自分が弱く小さな存在なんだと認めざるをえなかったから。





気がついたら公園にいた。夜中の公園はしんとしていて、命を感じさせてはくれなかった。
鎖の錆びたブランコに乗ると、ギィと軋む音がする。
夜空にむかって高くこいだ。あの空の上には優しい両親がいて、死んだ犬のジョンがいて。天使とか神様とかもいるんだろうな。



今度は母の言葉。
「たくは大丈夫。だって私たちの子ですもの」


生暖かい夜の風が、頬につたるモノをふわりと包んでくれた。




「巧、お前これからどうするんだ?」
「昨日みんなで話し合ったんだけど・・・やっぱりアナタの意見が一番大事でしょう。だから・・」
翌日の朝、親戚の人たちがあつまって僕の顔を覗き込んだ。
うつむいて、まだ鉄臭い掌を握しめた。


「ぼく この家に残るよ。
 父さんと母さんが建てた家が、僕の居場所だから」

兄は何も言わず僕のことを見つめ、言った。
「俺もここにいます。弟だけじゃこの家は守れませんから。」




晴れても曇ってもいない、牛乳をこぼしたかのような薄い空に、両親の温かい笑顔と、2人の優しい言葉が浮かんだ。


「大丈夫 きっと」



その顔は、遺影に収められたものよりも、ずっと安らかで、美しかった。


Entry6
人魚姫  
天霧
http://sakika.ee.tc/
サイト名■櫻/アイ色
文字数981

「声、を……? かわいそうに。私の家は近いんだ、さ」
 音が聞こえた。低い音が。その人が出すように口を動かしてみても私に音はなかった。目の前にいるのは青年だった。浜辺で倒れていた私を、彼は無条件で家に招きいれた。
 彼の家は静かで質素だった。波の音しか聞こえない。時々お手伝いさんという人が家の中を小奇麗にしては帰っていった。私は食べ物は要らないと、最初の何日かは食べなかった。その間彼はいい顔をしなかった。
 4日目、おなかがきしんで私はようやく食べ物が大切だと言うことを知った。それまで知らなかった。その頃からか彼はまたいい顔をするようになった。
 彼は絵を書いて日々生活していた。水彩、と彼は私にいった。彼がそれとなく私用に道具を一式そろえてくれたから、私も水彩をかくことにした。彼の動きを見ていると大体やるべきことは分かっていて、色を水で溶かして白いものの上にかく。それを主な動きとして、きれいなものに仕上げる。
 言うことも書くこともできなかったから、私はひたすら水彩ばかりをした。
 スケッチブックというのを渡されて、何かあったらコレにかきなさいと言われた。食べたいもの、行きたいところ、やりたいこと。
 窓辺に立っていると道路を歩いている人を見たので、外に出たくなった。鉛筆で歩く二人の絵を書くと、彼は私の手を引いて外へ連れ出した。

「あまりはしゃぐと転んでしまうよ? ……ほら、ごらん」
 転んだのは芝生の上で身体に痛みはなかった。足元にいたそれをつかむと、彼を手招きした。近づいた彼にそれを投げつけると、彼は笑いながら怒った。
「全く……不思議な子だ。こころが安らぐ……これからもずっと、そばにいてくれたら……」
 彼の言った音の意味がわからず、私は首をかしげた。ただ広げられた腕の中の胸に抱きつき、確かにそのぬくもりを感じた。気持ちの良い、彼の腕の中。
 それだけで幸せなのに。
 それから数日後、私を一人で留守番にしたあと、彼は帰ってきてからかわってしまった。もう、スケッチブックに反応してくれない。食べたいものも行きたいものも。私はそんなもの要らないけれど、あなたのこころが欲しい。
 あなたが大好きだから。
 けれどあなたは別の人を好きになってしまった。それなら私はここにはいられない。海辺に私は行って、その海へと足を一歩踏み込んだ。記憶とともに流れる、海の音楽……


Entry7
ボクは黒子。よろしく。  
南 那津
文字数1000

 ボクは黒子。カゲの存在。
 フツーの人には見えない。すごいだろ。
「おーい、どこにいるんだ?」
 ボクの相棒が呼んでる。ボクはこの相棒のお家でお世話になってる。
「いた」
 大きな相棒がボクをのぞき込む。相棒だけはボクが見えるみたい。
「ゴミ箱好きだな。食うか?」
 ボクの好物、ポテチ。このパリパリがたまらない。
「うまいか?」
 ボクはうなずく。相棒が5枚食べる間にボクは1枚しか食べられない。一人で一袋食べるのがボクの夢。
「安上がりなやつ。あっ、いてっ」
 変なことを言うからだぞ、相棒。
「お前、自分の姿ってみたことあるか」
 ボクは首を横に力いっぱい振った。相棒は鏡をボクの前に置いて、見えるか、って言うけど、そこにボクの姿はない。ポテチがふよふよと浮いている。ポテチを食べるとポテチがお月様みたいに欠ける。もひとつ食べるとまた欠ける。もひとつ食べるとまたまた欠ける。おもしろい。
「じゃ、俺が描いてやろう」
 相棒は真っ白い紙の上で手を動かし始めた。ボクは気になって相棒に近づくと、こらこら動くなと言って、もとにいた場所に立たされる。
「じっとしてろ。ポテチ食べたいだろ」
 ボクは我慢した。単純なやつだなと言われた。ムッとしたけど、ボクは相棒よりポテチの方が好きだった。
「ほらできた」
 これがボク?
「そっくりだろ? な」
 紙の上に張り付いていたのは、真っ黒な毛もくじゃらに白い目が二つついた生き物だった。これがボク?
「衝撃の事実だったか。わははははは。ほれ、ポテチ」
 がーん。ボクってヘンなの。
「おい、こら、どこに行くんだ」
 ボクは一人になりたくて、相棒の部屋を飛び出した。
 ボクは風に乗って飛んでいった。
 今まで行ったことがないところまで、飛んでいった。というより、いつの間にか知らないところにいた。
 ここ、どこだろう。
 ヒトがいっぱいいる。
 でも、ボクはだれにも見えないからだれもボクに気づかない。
 みんながボクを無視する。ボクなんて最初っからいなかったみたいに。
 いつものことだから慣れてるもん。胸を張ってみる。
 でも、寂しい。
「おいっ!」
 あっ、相棒。ボクを捜しに来てくれたんだ。相棒に向かって走り出した。
 あれ、いきなりボクの体が急に軽くなった。
「なにこれ、カワイイ!」
 ボクの目の前には見たことない女のヒトがいた。
「えっ、君もしかして妖怪?」
 きれいなひと。
 ばいばい、古い相棒。
 ボクは黒子。よろしく。


Entry9
クモの巣  
ユタ
文字数914

 朝起きたら、壁にクモが張りついていた。
 真っ白な壁に、それは可笑しなくらいういていた。美とはかけ離れたコントラスト。白人のほくろのようだった。
 僕ははえたたきを探した。しかしはえたたきというのは、肝心な時に限って見つからない。はえたたきは叩かれるのが嫌いなのかもしれない。
 仕方なく、昨日読んだ新聞をこん棒のように丸めた。丸めたこん棒を二、三度左手に打つ。
 僕はパジャマを着た戦士となる。
 狙いを定め、叩きやすいように体を少し傾ける。振り上げ振り下ろし、こん棒がクモに当る瞬間、壁にへばりつくクモの姿を想像してしまった。人間の色とは異なる血を撒き散らし、クモにしかわからない断末魔をあげる。そのさまは、なにか一生そこに痕跡が残るようで許せなかった。
 そして、僕は勇敢な戦士になれなかった。
 クモは壁とこん棒の間から落下していったのだが、僕には堂々と立ち退いていったようにも見えた。
 クモはベッドの隙間に入っていった。
 しまった。
 瞬きする暇さえなかった。
 しまった。
 こんなことならきちんと息の根を止めるべきだった。
 しまった!
 慌ててベッドの下を覗いたが、そこには今は不必要ないかがわしい本ばかりが見え、クモを見つけることはできなかった。
 背中の痒いところに手が届きそうで届かない感じだ。
 ベッドを少しずらしてみた。右側に少しずらしてから、今度は左側に大きくずらした。
 クモはいなかった。
 自分が思ったほど汗をかいているころに驚き、クモへの憎悪がどんどん深まっていった。いや、クモへの憎悪ではない。あのとき手加減した自分自身へのものだ。そう気がつくと冷静になり、朝っぱらから自分は何をしているのだろうと失笑してしまう。
 時計の秒針の音さえ聞こえた。
 一応殺虫剤を撒いた。クモに効くかどうかは書いていなかった。気晴らしにはなった。
 しかし、ここはもう僕の部屋ではない。クモの巣だ。
 クモはベッドの下に潜んでいるのか、タンスの隙間へ逃げたのか。いきなり足下に現れるかもしれない。天井からぶら下がっているのかもしれない。枕で眠っているのかもしれない。背中に貼りついているのかもしれない。
 僕はただクモの巣に囚われた無残な生き物だ。


Entry10
臭い女  
lapis.
文字数1000

「出口は入り口で、入り口は出口で〜♪」
 そんなことばかりを口ずさんでいた。もっとも流れる蛇口の水音でその声は遮断されるばかり。多分、自分で作った歌だ。
 隣の部屋の、鼻のかかった流行曲も遮ってしまう。あぁ、なんて私可哀想なんて歌ってる奴が一番幸せなんだよと悪態ついてた。
 夜には幸せそうな甘ったるい声とか聞こえるのに、不幸せだとか思っている奴が幸せとか手に入れられるんだろう。
「私が一番可哀想」
 小さく私が呟いた事、誰も知らない。私がどうして手を洗い続けているのか、隣の奴も知らない、管理人も知らない。親も兄弟も、誰も知り得ない事。

 ペットとか飼おうかな〜とか思った。知らないことの一つ。また思い始めたの。同じ事の繰り返しなのに。もう一回、今度は失敗しないの、多分私、馬鹿じゃないもん。
 でも、血統書付きのは嫌ぁ。だって気取っててなんかペットのクセに私を見下してんの。中卒だって、触るなってっ!例えて言うなら隣の奴みたいに、私を拒絶すんの。ヤダヤダ、あーゆーの嫌い、だからいっつも散歩した帰りに見つけるの。
 そーゆーのは苦労しなくても見つけられる。私よりもずっとずっと可哀想なモノ。生まれる事さえも億劫(おっくう)とされるなんか嫌な視線を浴びせられながら、生きる事の辛さを知らないガキに泣かれながらそしてすぐに忘れられる、私よりもずっとずっと悲しいモノ。

 コンコン、最初は気づかなかったの。ううん、知らなかったの。
 ドンッ、ドンッ!強く木の扉が震えるのに気づいた。初めて知ったの。
「はあ〜い」
 とびっきりの声でそう言ったら、扉の向こうに知らない男がいた。誰アンタ?同級生でもないし、年から見て市役所の人間でもなさそうだ。
「どちらさまですか?」
「隣の、302の住人だけど」
「……」
「臭いんだけど」
「は?」
「だから、臭いんだってば何か生ごみとか放置してない?腐臭(ふしゅう)がするんだけど」
 気づかなかったの、隣の奴が男だったなんて。知らなかったの、首締めたら死んじゃう事とか、可哀想なモノを可哀想だと思う事が可哀想な奴だって事とか。
 知らないの、知らなかったの。
 流して、排水溝に流れたらまた新しい自分が始まるんだって思ってたの。
「知らない」
「は?」
「知らないったらっ!」
 荒々しく扉を閉めると、後は静寂だった。床に座り込むとなんかべたべたしてた。
「また、か」
 自嘲的(じちょうてき)に呟いた。臭かった。