第57回中高生1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1歩美花村彩邪1000
2良い夢を。ラトル997
3母へ捧げるレクイエム香月1000
4蜻蛉の翅ひとひら。香坂 理衣1000
5彼女と私と桜の日瓜生遼子1000


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  エントリ1 歩美 花村彩邪


 「ねぇ歩美、あの男のどこがいいの?付き合う時だって“俺、まだ好きな子のこと忘れられないけどそれでもいい?”って言われてたじゃん」
私は語尾を少し強めた。だって付き合っていてもあいつは違う子を見ているの。そんなの歩美が悲しむだけ。そしたら歩美が答えた。
「だって一年以上も片思いしてやっと、叶ったんだもん」

 「ねぇ歩美、あの男のどこが好きなの?」
私はまた聞いた。だってあいつは“歩美に実際興味がないんだ”って私に話したから。そしたら歩美が答えた。
「あんま自分のことを話さないクールなところ〜」
  
 「ねぇ歩美、あの男は好きって言ってくれるの?」
私はまた聞いた。だってあいつは“俺、ウソは言いたくない。正直者だからさ”って私に向かって笑って話したの。そしたら歩美が答えた。
「うん!この間みんなで飲んでるときに、“俺、チューハイよりお前の方が好きだよ”って!」

 「ねぇ歩美、どうしてまだ夢中なの?冷めないの?」
私はまたまた聞いた。だってあいつは私がメールくらい送りなって言ってやっと返すような奴で、しかも内容も私が考えた通りに送る奴だから。
歩美はそんな奴にいつまでも惚れてるわけないでしょ?そうでしょ?
 そしたら歩美が答えた。
「だって最近はちゃんと長いメールが返ってくるんだよ?優しいんだもん」
  
 「ねぇ歩美、最近会ってる?」
私が聞くと少し俯き加減に歩美が答えた。
「……会ってない」
 持っていたグラスに涙が溜まりそうになるくらい、歩美は泣いていた。
「それでも、だって、好きなんだもーん」
うわぁ、と大声を張り上げて泣き叫ぶ歩美に私は胸を貸した。
「よしよし、それなら歩美が振り向かせれば良いだけじゃない」
私は歩美が泣き止むまでなだめた。

 でも、私は知っている。あの男と付き合っている以上、歩美は幸せになれないってことを。

 ごめんね?

 
 ……だってあいつは彼女がいるのにも関わらず私にスキっスキっと告白してくる様な奴で、しかも私には自分のことばんばん話してくる奴で、メールも毎日のように送ってきて、この間は私と寿司を食べに出掛けていたの。
“世界で一番愛してる”って言われたし、キスもした。

 
 そんな奴と付き合っていて歩美が幸せになれるはずがない!
歩美が悲しむことなんて、何も知らずに私と友達続けていることだけでいいんだから。ねぇ、歩美。あんたが好きだと言う男は私が好きなの。

 これで何人目だろうねぇ、歩美チャン?







  エントリ2 良い夢を。 ラトル


 悪夢は現実の幸せの証よ。そう言ったのは俺の姉だった。夢を見ることが多くかつ夢見の悪い俺は夢が大嫌いだった。姉も同じように良く夢を見ていたらしいが、そのことに対し不平不満を言うことは殆ど無かった。
 夢を見たら疲れるじゃないかと言う俺に姉は微笑む。夢は楽しいわとはにかむように微笑む。俺はベッドに寝転んで楽しくなんか無いとそっぽを向いた。姉はそっと俺の額に手を伸ばし、ゆるく俺の額を撫ぜる。子供扱いするなよと憤慨しても姉は目を細めるだけだった。
「何の夢を見たの?」
「ワニに追い掛け回された。追い詰められて喰われて、そしたらなんでか学校にいた。姉ちゃんもいた」
「ワニの口から教室にワープしたの?」
「多分」
俺は姉のすべすべの手の柔らかな感覚が心地よく目蓋をゆっくりと下ろす。子ども扱いするなと口にしながらも、俺は甘やかしてくれる姉のその掌が大好きだった。俺は悪い夢についてよく姉に話した。姉はその度にこう言った。
「悪いことと良いことは、きっと同じ数だけあるのよ。悪いことがあった数だけ、良いことがあるの。大丈夫。あした、現実ではきっと良いことが待ってるから」
姉の言葉は体の髄まで浸透するように甘く優しく響く。その声色があまりにも穏やかだったから、俺は容易く睡魔に眠りへいざなわれた。俺は目を閉じた。――同時に、朝が来た。
 燦々たる太陽がカーテン越しに届く。俺は起き上がり背伸びをした。まだ夢の残像が脳内を占めていたけれど、それは一時胸に閉じ込めて制服に着替える。優しかった姉が交通事故で死んでもう四年。当時小学生だった俺は中学生となり、自転車で学校に通っていた。
 俺が悪夢にうなされることはもう無い。あの事故以来、見るのは姉の夢ばかりだった。
 日差しの下を自転車で駆け抜けながら俺は空を見上げる。今日の夢は良過ぎたような気がした。いつもなら俺から姉に手を伸ばしその瞬間に姉が消えてしまうという結末になるからだった。それは俺にとって或る意味の悪夢であった。脳に姉の言葉が過ぎり、捻くれ者の俺は自嘲する。
 夢で良いことが起こったら、きっと現実で悪いことが起こるんだ。だから、今日、きっと。
 交差点を渡る時、俺は信号の青と迫り来るトラックの存在を確認して道路へ飛び出す。その瞬間不思議な浮遊感に身を包まれ俺は姉の掌の柔らかさを思い出した。俺のこの行動の理由は単純。ただ姉の元へ行きたかったからだった。







  エントリ3 母へ捧げるレクイエム 香月



 幾度となく繰り返される、レクイエム。

 母から教わったピアノと、自らの歌声で奏で続ける。あぁ、主よ、神よ。そんなものただの迷信、人間の作り事にすぎない。世界を制する力、それを私は「科学」と呼ぶ。
 人それぞれに、欲望はある。私にとってその対象は「科学」の持つ莫大な力だった。はじめはささいな願いが、ひとつ叶うごとに、スピードを増して巨大化して行く。

「では、お時間になります。」

 勝手にはしり続ける指にブレーキをかけ、ピアノの鍵盤を端から順に下がっていく。最後の音に触れた瞬間、何かが流れていった。

 幼い私にとって、母は世界のすべてだった。窓から差し込む光と、通り抜ける風の中、微笑む母の横顔に今でもまだ魅了されたまま・・・・今日という日を迎えた。私にとって、母を失うことは世界が終わること。だから、それだけを怖れていた。

―――ママを連れて行かないで

暗い、ピアノもない部屋なんかに、ママを連れて行かないで

おねがい

おねがい

ママは僕が助けるから・・・―――

母は、私の願いに微笑んでくれた。「ありがとう、愛してるわ」と、涙を流してくれた。こんなに愛しい人を、助けたいと、心より願った。

 男どもに促され、暗い地下室から、遠く見える光のもとまで一歩一歩階段を踏みしめる。ひとつ、上るごとに、ひとつ、愛の言葉を。きっとあの光の先に母がいることを信じて、私は微笑んだ。
 のぼりきった先に広がるのは、広大な海でも、ましてや母の懐でもなく、さびれた町と、そこに似つかわしくない群集だった。浴びせられる罵声など、もはや私の耳へは届かない。聞こえるのはただ、奏で続けたレクイエムと、母の声。
 

―――ねぇママ、もう少しだけ待っていてね。すぐに僕が助けてあげるから。

そんな薬なんて止めなよ、僕がつくるから

もう少し、あと少しなんだ

きっとママもすぐに元気になるんだ

ねぇ、ママ・・・?―――

母の死に気づいたとき、私はとうに二十歳を過ぎていた。ピアノの前に座ったままの母は、幼かった頃のまま美しかった。「あぁ、だからずっとピアノの音が聞こえていたのか」
手元に残った薬など、ただのゴミになってしまった。

 首を固定されたまま、横に立つ男に問い掛ける。

「母は、病院にいけば、助かったのだろうか・・・」

男は小さく、「いえ」と。

科学など、所詮無意味だ。

今はじめて、神に祈る。たとえ母のもとへ行けないとしても、どうか、ピアノの音が聞こえるように、と。







  エントリ4 蜻蛉の翅ひとひら。 香坂 理衣


 流れる池の水の音を聴きながら、僅かに肌寒く背を打つ風を感じ、少しばかり眉をひそめた。写生の勉強と称して菊乃がこの家に通わせてもらってから、もう半年になる。親類でありながらも、菊乃はこの男のことを「先生」と呼ぶことを常としていた。事実上菊乃が美術の勉強をする限り、何であろうと正しく彼は先生であるのだから、と。
 庭で白い画面と向き合いながら、菊乃はふと懐かしいものに気付き、彼に呼びかけた。
「もう秋茜が飛ぶ季節ですね、先生。」
「ええ…昔は私も子供でしたから、彼らには大層酷いことをしたものです。」
 彼の話によると、蜻蛉を捕まえた挙句に虚弱な羽根をむしり取るような真似をしたこともあったらしい。目の前に座る温和な男性にそんな過去があるとはとても思えなかった。大体、彼にとって子供であった時期というのは、それこそまだ最近の話だ。
「あなたの手は白いから、秋茜がよく似合いそうですね。」
「え?」
「白い手にはね、永遠でないものがよく似合うんですよ。」
 今にも死にそうに儚いものがよく似合う、と彼は言う。それが褒め言葉なのかはよく分からなかったが、菊乃は何も言わずに黙っていた。
「…可哀想な生き物だ。」
「…トンボがですか?」
「そうです。生きとし生けるものであれば、結局最後には全てが世界に侵食されてしまいますからね。」
 死ぬまでこの世界に縛られたまま、突如としてふっと消えゆく。それはどんなにか悲しいことでしょうね。そう言いながら彼は、まるで飛んでいる蜻蛉を写生しようとしているかのように、彼らのことを目で追い続けた。菊乃はそれを見つめながら、ふと呟く。
「…それならば貴方は、いつまでこの場所に縛られていらっしゃるのですか。」

 菊乃の言葉に、彼は微かに狼狽してみせた。丸くした目をそのまま細め、口の端を上げる。彼がこの家に帰ってきたのは一年前のことだ。彼の両親が亡くなった時に、親の生きた場所に縋るかのように越してきた。
「…永遠に、ですよ。私は弱い人間ですから。」
 分かりますか、菊乃さん。そう言いながら筆を置いたかと思うと、次の瞬間彼は背後の浅い池に身を投げた。生温い水が彼を覆ったかと思うと、そのまま彼が続ける。
「どうしても、自分より脆弱なものがいると認識しなくては生きることなど出来ないでしょう?この世に危篤ではない人間など、いやしないんですよ。」
 分かりますか、菊乃さん。もう一度、彼は繰り返した。気が付くと池の水面には秋茜の薄い羽根が浮かんでおり、池から差し出された彼の腕には秋茜の残骸が握られていた。彼はそれを慈しむように一撫でする。
 菊乃はその光景を、悪いことだとは思いながらも口唇を吊り上げながら眺めていた。この世に滑稽なものがあるとすれば、それは一つしかない。そろそろ引き上げようかと思ったが、自分の視界に広がる紅い世界がたまらなく美しく思えて、ふと庭に咲いていた彼岸花を手折ったかと思うと、そのまま池に投げてやった。彼岸花から滲み出た紅い色素が、池の水を更に染め上げていくような気がした。







  エントリ5 彼女と私と桜の日 瓜生遼子


 祖母と私が最後に会ったのは、私が十のときだ。彼女はひどく狷介な人で、私は彼女が嫌いだった。
 今、私の目の前で静かに横たわっている人を、彼女だと認めたくなかったのはだからかもしれない。彼女は小さく見えた。それは、私が長年、彼女に抱き続けたイメージとは真反対だった。
 饐えた臭いが部屋いっぱいに広がっていた。普通の祖母と孫の関係だったなら、この臭いに哀しさを覚え、泣けただろう。しかし私が感じるのは、ひどい嫌悪感だけだった。
「麻子、これ、お義母さんの棚を整理していたら出てきたの。この写真、遺影に使おうかと思って」
 母が黄ばんだ封筒を寄越した。封筒には、昔流行った漫画の絵柄がついていた。
 そっと開ける。中から出てきたのは、三つくらいの私を抱く、彼女の写真だった。ああ、と声を漏らす。その風景には見覚えがある。近所の土手の桜並木だ。彼女はぶっきらぼうな顔をしていた。それでも、どこか満足げに見えた。
「いいんじゃない、使えば」
 そうね、と母は答えた。じゃあ、それを使いましょうか。
 そのまま、写真を残して、母は出て行った。私は写真を手に取った。こんなときもあったのか。私と彼女に、一般的な祖母と孫がするようなことをしたことがあったなんて。
 十年以上も、私たちは会わなかった。そのことを、後悔はしていない。私は彼女を好いてはいなかった。その感情は、一枚の写真が知らせる事実ごときで溶けるものではない。
 ふう、と溜息をつく。じっくりと彼女を見つめる。皺の寄った肌。私は彼女が化粧をした姿を初めて見たことに、いまさらながら気がついた。かつて、この唇から、悪言雑言が飛び出していたのだ。閉じられた眼から、冷たい視線が落ちていたのだ。
 そう思うと、泣けた。ただ泣けた。泣く気など毛頭なかったのに。気管支が握りつぶされたように息苦しかった。耳の奥がざわめいていた。
 泣きながら、私は彼女の手に触れた。気持ちの悪い冷たさを感じた。
 どこからか桜の匂いがした。耳の奥のざわめきが、葉擦れの音のように聞こえた。
 彼女は私の「おばあちゃん」にはなれなかった。祖母ではあったけれど。
 彼女の狷介固陋さを許す気にはなれない。許す許さないの問題ではない。彼女は、その狷介さも含めて彼女だったのだ。
 母が緑茶を淹れて持ってきてくれた。何も言わずに、二人並んで茶を啜る。饐えた臭いはまだ部屋中に充満していたのに、もう何も思わなかった。