第22回中高生3000字小説バトル

1昇華協奏曲香坂 理衣3000
2空の下、君の隣で千希3000
3君の望むままに碧衣亜紀1703
4落葉松の色づくころ芦野 前3000


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  エントリ1 昇華協奏曲 香坂 理衣


 そいつが来た時、俺はついに頭がわいたのかと思った。今まで俺は全てにおいて普通で何か悪い事をした覚えもないのに、頼むから神様いきなり俺みたいな人間に狙いを定めないでくれと呪ったものだ。純白の服に身を包んだその男は、俺を見るとにっこり笑った。
「天使か。それとも天使に見せかけた死神か。どっちだよ。」
 俺はせっかくの休日に、朝からえらいものを見せ付けられた。起きて窓の外を見ると、ありえない事に人が浮かんでいたのだから。
「残念ながらそのどっちでもない。どうせお前みたいな奴はこういう状況で空を飛ぶ人間といえばそんなものか魔法使いかしか思いつかないんだろうけどね。同じようなものだけど一味違うのさ。」
 馬鹿にされたようで俺はムッとした。
「僕は寿命が尽きてしまいそうな人間の中でまだ死ぬには早い奴を選んで、適当に願いを叶えて自殺なんかを止めようっていう職業なんだ。」
 名前も何もない職業だけどね、と男は付け加えた。
「俺は自殺なんかしねえよ。」
「まさか。しようと思ってはいたくせに?」
 人の悪い笑顔でそいつは言った。確かに俺は丁度第一志望の高校に落ちたところで、最近までどん底だった。せっかく今は開き直って第二志望の受験前だというのに、また蒸し返すのかこの男は。
「まあ今する気がないんだったらそれでいいけど?でも一応願いは叶えていこうかな。結構ラッキーなんだよ。抽選なんだし。せっかくだからもらっとけ。」
「抽選?」
「そう。だって世の中の自殺志願者の願い全部叶えてたら自殺なんて考えずに立ち直った人達に不公平じゃないか。」
 そういうところは妙に現実的だな、と思った。俺が別にもう大丈夫だから本当にまずい奴のところに行ってやれと言うと、規則だから無理と言った。
「とにかく、第一志望に行きたいんだろう?」
 そう言われ、俺は考えた。俺はもう第二志望に行く気満々で、推薦で第一志望に落ちた事等忘れかけていた。どうしてもっと早く来てくれないのだろう。第二志望のいいところをかなり見つけた後では遅い。少し前ならばこんなに悩まなかったのに。
「…。いや、いい。」
 俺がそう言うと彼は驚愕した。どうしてだと聞かれるまでもなく、俺は答えた。
「運命は受け入れるタチなんだよ。とりあえず第二志望に受からせてくれ。願いはそれだ。」
「…運命は受け入れるんじゃなかったのかい?」
 それなら第二志望の結果も受け入れろよ、と彼はいった。しかし俺は、もらえるものはもらっておく方なのだ。
「まあいい。解った。本当に未練はないな?たまにいるんだよなあ。お前のいうとってつけたような希望を願う奴。」
「…とってつけたような?」
「だってそうだろう。結局お前が願っていた人生とは別のものになるんだ。本当にいいな?後悔しないな?」
 やけに念入りなんだな、と俺は思って、それでもいいと答えた。そしてどうしてそんなに念入りなんだと素直に聞いてみた。
「どうしてって。人は誰でも手に入らない方が魅力的に見えるからだよ。」
 確かにその通りだ。誰でも自分が持つ事のないものが欲しいに決まっている。そう思っていると、彼はおもむろに懐から冊子を取り出し、何か記し始めた。それは記帳のようなものだろうと俺は勝手に推測した。
「お前は確か、安藤清治だっけ?」
 俺は頷いた。そしてある事思いついて、ふと顔を上げて聞いてみた。
「あんたに名前はないのか?」
 彼は微笑を浮かべてこちらを見た。
「知らない方がいい。天国へ来たら教えてやるさ。お前がお年寄りになった時にね。」
 何となく不本意に思えたが、俺は一応子供のように「約束だからな。」と言ってみせた。彼は思い切り笑ったが、俺は真剣だった。何となく彼の人柄が気に入ったのかもしれないなと思った。
 
 そのまま彼は消え、俺は机に向かって勉強を始めた。受験は明後日だ。やるべき事はやっておかなければ、推薦受験は面接と作文のみだったのであまり勉強面には取り組んでいなかった。今度こそは落ちる訳にいかないと思った。さっきの奴を信用していない訳ではないが、もしかしたら油断して怠けていると落ちるかもしれないと思った。無償で与えてくれる風ではないと感じたからだ。考えすぎかもしれないが。
 いよいよ受験日当日になり、初日は国語、理科、社会だった。やるだけの事はやったが、問題は二日目の数学だ。なかなか勉強しても伸びなかった教科で、先生に出来るだけ質問していたがまだ心配だった。
 二日目、受験が終わった。とにかく努力はしたし、一昨日の事もあるので落ちてはいないだろう。そう思いながら家に向かった。歩道をのんびり歩いたその時、急に俺の視界が揺らいだ。

 俺の目が覚める事はなかった。どうやらトラックが歩道に突っ込んだらしい。人の運はどこまでも理解出来ない。即死ではあったがトラックの下敷きにされたため、死体は暫くそこに倒れていた。死なないと言っていた癖に、とあの男に毒づいて、俺の魂はどこかへ流れていった。

 上空であの日の彼は、相変わらず白い装束で死体を見下ろしていた。
「おかしいとは思ったんだ。死者の名簿から名前が消えなかったから…。」
 悲しげに彼は言った。彼は清治に思い入れがあった。彼の名前を尋ねた者等後にも先にも清治だけだったからだ。ふと彼の懐の携帯が鳴って、彼はおもむろにそれを取り出した。一応人間の機械は活用しているらしい。
「はい?もしもし…ああ部長?そう。あんたの責任ですからね。事故で死ぬ予定の人間を抽選のリストに入れるなんて。え?安藤清治ですか?死にましたよ。ついさっき。当たり前でしょう。既に血みどろですよ。生々しい表現すんなって?ありのままを言っただけです。事実を受け入れて下さいよ。これだから私はあなたの部署につくのは嫌だと言ったんだ。こんな初歩的なミスを犯して…。そりゃ人の事なんて言えませんよ。でも…え?クビですか?どうぞ。それが覚悟出来ていなければあなたにこんな事言いませんよ。それじゃ。お元気で。」
 ピッと携帯を切った。彼は自分の実力を解っていた。自意識過剰ではあるものの上司はいつでも彼を賞賛した。仕事はいつも優秀にこなすのだ。彼をクビには出来ないと、一体何人の上司が言っただろう。それでも昇進出来ないのは、彼の生意気だが関係しているのだろうが。おそらく暫くしたらまた誰かが連絡してくるに違いない。

 こちらに来たら清治にこの仕事をさせてみてもいいかもしれない…と彼は思った。ただ退屈に毎日を魂として過ごすよりも、何かする方が清治は好きそうだ、と思ったからだ。彼はただただ清治を哀れだと感じた。まだろくに恋もしていないだろうし、結婚なんて出来る歳にもなっていなかった。そういえば自分もそんな歳で死んだな、と何となく思い出しながら、彼は暗く染まる空を見つめていた。彼にも夢があっただろう。覚えていないが、自分にもあった。
 後ろを振り向くと学生服に身を包んだ清治の魂が立っていた。
「俺は運命は受け入れるタチなんだ。だから気にすんな。で、名前は?」
「お前のお陰でずいぶん名乗ってなかった名前思い出したよ。会社でも使われてなかったからな。上司は僕を番号で呼んだし。」
  
「相沢だよ。相沢和夫。」
 友達になれる歳で俺が死んでよかったな、と清治は言った。死という言葉がやけに響いたが、その言葉がこんなにも憎らしく優しく感じたのは初めてだった。どうやら僕はこれからこいつと実体のない歌なんかを紡がなければならないらしい。
「運命は非常に残酷だな清治。」
 皮肉を込めて、和夫は呟いた。








  エントリ2 空の下、君の隣で 千希


カーテン開けたらよく晴れてて、空が青かった。
私はうれしくなって笑った。

朝。6時30分。
制服着て、スカートおりおり。
朝ごはん食べて、お弁当も作った。2人分。
今日は鮭が入ってるの。

「いってきまぁす」
返事はないよ。お母さんまだ寝てるし。
電車にのって、おりて学校までちょっと歩く。
「おはよーゆめ」
「んー?」
「いー天気だな」
「かずちゃんだ、おはよぉ」
背中があったかいなぁって思ったら、かずちゃんがいた。
かずちゃんはおっきくてあったかい。
「かずちゃん」
「ん?」
「歩きにくいよ」
「ん?まあいいじゃん」
「そうなの?」
「そうなの」
「じゃあいっか」
「じゃあいいよ」
「んー」
学校に着いたら、かずちゃんは隣のクラス。ちょっとさみしい。
授業はいつもどおりだった。
「ゆーめ、飯食おー」
「あ、かずちゃん」
屋上のコンクリに座ってお昼ごはん。
晴れてるからきもちいいな。ちょっと寒いけど。
「はい、かずちゃんの」
「ん?」
「かずちゃんのおべんと」
「ん?そーか俺のか。わりーないつも」
「んー」
「じゃあたまにはおごっちゃる」
「んー?」
「待っててな」
かずちゃんは走って行っちゃって。
仕方ないから、鮭を口の中に入れてみる。
おいしい。
………。
んー?
なんか首がひやひやするよー?
「はい、カルピス」
「んー?」
「カルピス」
「ありがとー」
「ん」
冷たくておいしいな。
「ゆめー」
「んー?」
「ちょっとかしてー」
お箸持ってかれた。
そのまま私の手が帰ってこない。
「かずちゃん」
「ん?」
「ご飯食べれない」
「まあいいじゃん」
「いいの?」
「いいの」
「そっか」
かずちゃんの手はあったかい。
空を見たら、すごく青かった。
「かずちゃん」
「ん?」
「空、きれいだね」
「うん、綺麗」
「かずちゃん」
「ん?」
「あったかいね」
「うん、あったかくて気持ちいーな」
「うん」
空は青いし、かずちゃんはあったかいし、私はなんだかしあわせだなって思った。
「かずちゃん」
「ん?」
「今日、いっしょに帰ろうね」
「うん」
「…かずちゃん、ご飯食べさせてよー」
「……もうちょっと」

 *

帰り道。
「かずちゃん」
「ん?」
「あのね」
「ん」
「わたしね」
「うん」
「…引っ越すの」
「……うん」
「知ってたの?」
「うん」
「そっか」
「………どこに?」
「アメリカ」
「………」
「………」
「ゆめ」
かずちゃんは急に立ち止まってわたしの手をぎゅって引っ張った。振り向く前におっきな腕が前に回って動けなくなる。
「かずちゃん…」
「……やだ」
「かずちゃん」
「やだ」
かずちゃんの声がかすれてた。
「……やだよ」
「かずちゃん…」
かずちゃんの顔は見えないけど、頑張ったらちょっと見える顎の先が濡れてた。
ずっと知ってたのかな、かずちゃん。辛かったかな、もっと早く言えばよかった。
「ごめんね」
「………」
「ごめんね」
「………」
「…かずちゃん、痛いよ」
肩をつかんでる手の力が強くてちょっと痛かった。顎の先からぽたって涙が落ちた。
「………っく」
おかしいな。今も空は青くてとてもきれいなのに。
なんで私泣いてるのかな?雨の日だってあんまり泣かないのに。
「…っ、かず、…ちゃん……」
「……ゆめぇ」
「……やだよぉ、かずちゃん」
かずちゃんと私は泣いてた。ずっと泣いてた。
空は晴れてるのに。

 *

今日は出発の日。
もうお母さんが手続きはしたって言って、もう学校は行かなくていいって言われたけど、私は忘れ物したからってむりやり家を出てきた。
嘘つくのはだめだけど、だけどもう1回来たかったの。お母さんごめんなさい。
「……あんまりきれいじゃないね」
屋上から見た空はくもってて白かった。日曜日だから校庭にはサッカーとかやってる人がいっぱいいて、でもこっちを向いたりはしないからなんだか悲しかった。
「かずちゃん…」
あれからかずちゃんはいなくなっちゃった。けーたいに電話しても出ないしメールもだめ。家にも帰ってこないんだってかずちゃんのお母さんが言ってた。ほんとにごめんなさい。
「会いたいよ、かずちゃん」
ぼろぼろって涙が出た。ふいてもふいても止まらない。
口をかんでたら切れて血の味がした。風が強くて寒い。
「……寒いよぉ、かずちゃん」
涙が止まらなくて苦しかった。
そしたら急にうしろから首のとこに腕が回ってきてぎゅってされた。
「………なんで泣いてんの?」
1週間ぶりに聞くかずちゃんの声だった。
「かず、ちゃん?」
「ん」
また、うわって涙が出た。
「泣くなよ、ゆめ」
かずちゃんの腕はなんだかほこりっぽくて、でもあったかいのは同じで。
うれしくて涙が止まらない。

 *

「ごめんな、いなくなったりして」
「うん」
「俺いろんなとこ行ってさ、ずっと考えてたの」
「なにを?」
「ゆめがいなくなったらどうしようって」
「………」
「俺、ゆめが好きだ。
 ほんとに好きだ。だから会えないのなんか絶対に嫌だ」
「かずちゃん…」
「だってゆめと会えないの考えるだけで苦しくってさぁ、泣けてくるんだ。情けないけど、泣けて泣けてたまんない。俺、自分の目からこんなに涙出ると思わなかった」
「………」
「でな、思ったんだ。
辛いけどこんだけ泣けるぐらい好きなら、ゆめのことずっと好きでいられるって思った」
「………」
「どのぐらい向こうにいるんだ?」
「…まだわかんない。お父さんの転勤のあいだはいなきゃいけないの」
「じゃあ、俺、高校卒業したら迎えに行く。帰ってきて一緒にどっかに住もう」
「かずちゃん…」
「ほんとは今すぐ高校辞めたいけど親がお金払って高校入れてくれたから、ちゃんと卒業する。それまで待ってて」
「…かずちゃん」
「ん?」
「ほんとに?」
「ん」
「ぜったい?」
「ん、絶対」
「ぜったいぜったい?」
「ん、絶対絶対」
「じゃあね、これみたく書いて」
「ん?」

 *

ゆめがポケットから出したのはノートを破った紙だった。

『私は、かずちゃんのことが大好きです。
 ずっとくっついていたいぐらい好きです。
 だけど私は外国に行かなきゃいけないです。
 ぜったいなるべく速く帰ってくるので、
 そのあいだかずちゃんに侍ってて欲しいです。
 だから私はぜったい浮気とかしないことを警います。
 だからかずちゃんも浮気とかしないで下さい。 早野 夢』

「ゆめ、お前さ」
「んー?」
「こないだのテスト、国語何点だった?」
「……39点」
「…相変わらず国語だけは駄目だな」
「………」
「字は綺麗だけど文章変だし字も間違ってる」          
「…んー」
「まあいいや。ペンかしてみ。…えっと、俺は浮気しないし、高校卒業したら、必ずゆめを迎えに行く、事を誓います、野本一矢…っと」
紙の下の方に書いて紙を半分に破いた。俺が書いた方をゆめに渡す。
「はい、約束な」
「…うん。…あのね、かずちゃん」
「ん?」
「ありがと」
「どういたしまして」
「かずちゃん」
「ん?」
ゆめが俺の方にに手を出す。
「だっこ」
「…はいはい」

 *

それで、私はアメリカに行きました。
その一週間後に、

「うわっ、ゆめ?!」
「ただいまーかずちゃん」
「っ、ちょっと、いきなり抱きつくなって!なんでいるんだよ?!」
「さみしくなって帰ってきちゃった」
「……………」
「えへへ、早く帰ってきたでしょ?」
「…いくらなんでもはえーだろ……お前これからどーすんだよ?」
「わかんない」
「わかんないって…」
「あーかずちゃんはやっぱりあったかいね」
「ゆめぇ…ばかやろー、嬉しいじゃんか」
「へへ」

そんなことがあったのはひみつだけど、
私が相変わらずしあわせなことだけは間違いないです。
○作者附記:この小説は第51回中高生1000字小説バトルに投稿した「んー。」に加筆し、手直しを加えたものです。







  エントリ3 君の望むままに 碧衣亜紀




「どうしたの?」
「・・・」
まただ。君は最近良く遠い目をしてるね。話しかけても、気付いてくれないし、
一体どこを見てるの?僕を通り越して、何を見てるの?
僕だけを見てくれればいいのに。
「どうしたの?僕にできることがあったら、なんでもしてあげるよ?」
「・・・なんでも?」
「うん。なんでも」
何かぼくに問題があったのかな?『別れて』なんて言われたら、ショックだけど、君がそれを望んでるんだったら、しょうがないか・・・
君が望むのならば、何でもできる。君が僕を見てくれるのならば。
「・・・んで」
「ん?ごめん。よく聞こえなかった、もう一回言ってくれる?」
また、遠い目をしないうちに、僕を見てくれているうちに聞かないと。
もう、君は僕を見てくれないかもしれない。

「死んで」

僕はその言葉の意味を良く理解できなかった。
いや、意味は分かっている。けど、それが、君から発せられた言葉なのか、それが、僕に向けて言われた言葉なのかが良く理解できなかった。
僕は君を見た。君は僕を見ていた。
そこでようやく分かった。
僕に向かって、君から発せられた言葉なのだと。
やっぱり僕が問題だったのだと。

死んで。たった3文字が僕に圧し掛かってくる。
僕のせいだ。と思うと辛い。でも、その反面、僕が死ぬことによって君が遠い目をしなくなるのならば、君が僕を見てくれるのならば、僕はそれで満足だよ。
死への恐怖より、喜びの方が勝つなんて変な話だよね。
君が本当にそれを望んでいるのかは分からない。
でも、その言葉が僕に向かって発せられたのならば、僕は死ぬよ。
君のために。

「ぃ・いやぁっっ!!」
君が「死んで」って呟いたから、僕は此処に倒れてるんだよ。血みどろで。
なのに、なんで泣いてるの?
僕は君のために死のうとしてるのに、そんな顔しないで?
これは、君が望んだことだろう?
「なんで?なんでっ??どうしてっ?!」
何でそんな事聞くの?それは君が望んだからじゃないか。
君が死んでって言うから、君にそんな目をさせたくなかったから、僕は君の望んだ姿でここにいるのに。
僕は君の腕の中から消えていく。君のために。
最後に言いたい言葉があった気がするけど、意識が朦朧としてきて、喋ろうにも口から出てくるものは血だけで、上手く言葉に出来ない。
でも、君の腕の中が気持ちいいからそんな事どうでもいい気がしてくる。
このまま、君の腕の中で僕は死んでいくのかな。
でも、全然怖くない。これで君が僕を見てくれるのならば。

ん?なに?どうしたの?
君が僕を見つめてくる
君は何か呟いて
僕に刺さってる ソレ を抜き取って

                            とって

                                     トッテ・・・・・・・

意味無いじゃないか。何やってるんだよ。
僕は君が望んだから、死のうとしてたのに、望んだ本人が死んじゃったら意味無いじゃないか。
僕は君に「死」なんて望んでないのに。
君を見たら、口から血を流しながら何か言っている。僕もこうなんだろうと思うと、笑えてくるよ。
ん?なに?よく、聞こえない。
君が何か必死に言ってる。

「・・・ん。ご・・・めん・・」

ごめん?なんで謝るの?僕は謝られるようなことしてないよ?

ねぇ、僕聞いてるんだよ?目を開けて答えてよ。ねぇ!
その、笑える顔で、必死に口から血を流しながら答えてよ!
あの、僕を通り越した遠い目でもいいから。目を開けて!
僕を見てよ・・・

あぁ、そうだ。君に言いたかった言葉。今思い出したよ。
「生きて」だ。意味無いね。もう、君はいないというのに。
生きて欲しかった君に言いたかった言葉、君がいなくなってから思い出すなんて、笑っちゃうよ。
たぶん、僕ももう終わりだろうな。
君の抜け殻が笑って見える。君はもうその中にはいないというのに。
ついに 終ワリかな

ナニ か 流レテ る

あァ、ナミだ か・・・

ボク ニも ナミダ が ナがれ ルンダ

ナンで ナイて ルの?

あァ、そっカ キみに サイごニ イいたカッタ コトバ は

「いキテ」
ナンか ジャなクテ

「 ア り ガ ト う 」

キッと ボクは モトめていタんダ  キミに コロさレる ことヲ・・・








  エントリ4 落葉松の色づくころ 芦野 前



「血が出てるよ」
 ぎくっとして蘭は振り返る。
 井戸の近くに男の子が立っていた。
 華奢な体に、白い着物。
 見慣れない顔だった。
 朝の参拝に来たのだろうか。
「すみません、ここは立ち入り禁止なんです」
 本堂へまわってもらえますか、と言い終わらないうちに、男の子はこちらへ近づいてくる。
「窓、割れたの?」
 見えるなら聞かんでもええのに、と蘭は思う。
 幸いまだ誰も起きてこないが、早く片付けを済ませて住職に謝りに行かなければいけない。
 昨日も寺の床に傷をつけてしまったばかりだから、もしかするともうここには居られなくなるかもしれない。
 考えると、だんだん不安になってくる。
「なおしてあげようか」
「え?」
 手元を見ると、流れていた血が止まっている。
 ガラスでぱっくりと裂けていた傷口は、跡形もない。
「これ、あなたがやったん?」
 にこりと笑い、男の子は繰り返す。
「なおしてあげようか」
 今度は窓ガラスのことを言っているのだとわかった。
 半信半疑のまま、それでも蘭はこくりと頷く。
「それじゃあ君は、僕に何をくれる?」
 しばらく考える。
 けれども、身一つで寺に引き取られたばかりの蘭には、あげられるようなものが何もない。
「うちは、うちしか持ってへんよ」
「じゃあ、僕の友達になってくれる?」
 そんなんでええなら、と言うや否や、男の子は笑顔になる。
「約束だよ」
 そういって、男の子はスタスタと去ってしまう。
 なんやの、と蘭はため息をつく。
 結局、そんなにうまい話なんて転がってるわけがない。
 そう思ってまた窓に向かうと、割れたはずのガラスは朝日を反射してピカピカと光っていた。
 きれいな元の姿で。

「蘭、食事が済んだら荷物をうつして頂戴。午後から本堂は使うから」
「わかりました。御堂の中でええですか」
「そうね。ついでに椅子を拭いて陰干ししておいて」
「はい」
「何だ、本山から荷物がきたのか?」
「ええ……改築のために預かってほしいのだそうですけど、いい迷惑ですよ。法事のたびに移動させなければならないし、傷がつかないか心配で。いつ返せばいいのか早めに伺っておいてくださいな」
 ああ、とあいまいに返事をして、住職は逃げるように席を立つ。
 千代子はせわしげに食器を片付ける。
「蘭、くれぐれも気をつけて扱って」
「はい」
「それと」
 眉をしかめた千代子を見て、箸を動かしていた蘭はぴしっと背筋を伸ばす。
「ここにいる以上は、ちゃんと標準語を使いなさい」
 蘭はまた、はいとこたえる。

 からまつの秋の雨に 私の手が、濡れる。
 からまつの秋の雨に 私のこころが、濡れる。
「難しいうたを知ってるね」
 男の子の名前はシラトリと言った。
 ふらっと寺を訪れては話がてらに仕事を手伝ってくれるので、シラトリは嬉しい存在だった。
「学校で習ってるんだ。うちは下手だから、練習してきなさいってセンセに言われた」
「ふうん。学校って楽しい?」
「こっち来たばっかりだから、ようわからん。でも……」
 竹箒を動かす手は休めずに、蘭は今日のことを思い出す。
『田舎者の親なし子!』
『方言使うなら、田舎へ帰れ!!』
 投げられる言葉の石。
 距離を置いた瞳。
 楽しいか?
 そう聞かれれば、否と答えるしかない。
「前は西の方にいたでしょう」
「あ、ごめん。方言出てた? 気をつけるようにはしてるんだけど」
「どうして謝るの」
 きゅ、と雑巾を絞りながらシラトリは言う。
「謝ることないよ。僕だって本当の家はここにはない」
 そう言って、シラトリは桶の水を替えに行ってしまった。
 蘭の手元には半畳ほどの木箱がある。
 この間本山から届いた荷物だ。
「あとは、これを飾ったら終わりやな」
 幾重にも重なるたとう紙をかきわけ、木彫りの像を取り出す。
 蘭の手が止まる。
───それは、シラトリと同じ顔をしていた。
 そよ、と御堂の中を風が通り、髪を揺らす。
 扉にシラトリの気配がする。
「……なあ、シラトリは、神様なん?」
「そうだよ」
 シラトリの向こうで、夕日が燃えている。
「やっつけてあげようか」
 初めて会ったときと同じような気安さで、シラトリが言う。
「蘭を苛める人間がいるなら、やっつけてあげる。君は友達だから」
「そんなこと、できるの」
「できるよ」
 蘭はごくりとつばを飲み込む。
 秋だというのに、御堂の中は空気が生ぬるい。
 親なし子、田舎へ帰れ、標準語を使いなさい、親なし、田舎、標準語。
 頭の中を言葉がまわる。
 クラスの子にひっくり返された自分の弁当。
 すっかり治った自分の手の怪我。
「あかん!」
 蘭は叫ぶ。
「あんたがそんなことしたらあかん! シラトリはうちの怪我、治してくれたやんか。人に痛いことするのは、絶対にあかんよ」
 いくら神様だからって。
 最後の言葉に、シラトリは少しうつむく。
「何か、君にしてあげられたらと思ったんだ。僕は何も持っていないのに、君とまだ友達でいたいと思っている」
 でも、ダメみたいだ。
 シラトリは続ける。
「昔、君と同じように約束をしてくれた子がいた。けれどその子は、今僕の隣にはいない」
 夕日が、ゆっくりと沈んでいく。
「神様と人間では、友達にはなれないのかな。神様とか人間とかって、そんなに大事なことなのかな」
 シラトリはポツリと呟く。
 その横顔が寂しそうで、蘭は少し前の自分を思い出す。
『どこで生まれたとか、親がいるとかいないとか、そんなに大事なことなん?』
「大事じゃあらへん」
 蘭は力強く言う。
「全然、大事じゃあらへん」
 シラトリが笑顔になる。
「よかった」

 そのあと、蘭は落葉松のうたを教えてあげた。
 一緒に繰り返しうたって、陽がすっかり沈んでからシラトリは帰っていった。
 けれど、それから二人が会うことはなかった。
 本山に荷物を送ったと蘭が聞かされたのは、幾日も過ぎてからのことだった。

「なんで!? なんで連れてってしまったん!?」
 食卓から身を乗り出して蘭は怒鳴る。
 千代子は不快感と同時に、軽い驚きを覚える。
 この家に来てから、この娘がこんなにはっきりと意思表示をしたことがあっただろうか。
 いつもオドオドし与えられた仕事も満足にできない蘭と、目の前で怒りをあらわにする娘は、同じ子供なのか。
「うちの……友達やったのに」
 気まずい沈黙が食卓におり、見かねた住職が声をかける。
「ほら、今日はもう休んだらどうだい」
 ほとんど手付かずの膳に箸を置き、蘭は立ち上がる。
「まったく、私が何をしたというのよ。ただ本山の都合で預かっていたものを返しただけではないの」
 千代子の小言に是とも否とも答えず、住職はただ蘭の消えていった方を見つめる。
 遠い廊下の向こうを。

「少し、いいかね」
 襖の奥から応える声はない。
 部屋に入ると、蘭は正座をして窓の外を眺めていた。
 目の下が赤く腫れている。
「憶測になるが」
 住職が控え目にひとつ、咳払いをする。
「君の経験は、おそらく私の幼いころの経験と似たものだろう」
 蘭は姿勢を変えずに、黙って庭を見ている。
 ぴかぴかに磨かれた窓越しに。
「ずっと覚えていなさい。その思い出は、君の宝物になる」

 もうすぐ、秋がくる。
 今年こそ、シラトリに会えるかもしれない。
 そうしたら教えてあげよう。
 窓を磨くのがうまくなったこと。
 誰からもいじめられなくなったこと。
 沢山の楽しいことを。
 蘭は今日も寺で働く。
 あの日秋の空に響き渡った、落葉松のうたを口ずさみながら。