第3回中高生3000字小説バトル
Entry1

アニーと私(前編)

黒髪、全体にシャギーの入ったショート、186p、大きくてつぶらな瞳。これが、彼女だ。
「ハーイ。ターナー。」
彼女が歩けば、思わず誰もが熱い視線を送る。壇上のスーパーモデルのように。端から見ると、もはや慣例化しているのが分かる。今回のコンサート会場は、私の仲間もよく通う小さなクラブ。下はジーンズ生地のロングスカート、上は黒のタンクトップに、青いスーツ。耳のピンク色のピアスは、今日もつけている。着こなしも文句のつけようがない。
「やあ。アニー。どうしたの、今日は地味な装いだね。」
「だって、あんたと飲むのにそんなに着飾る必要ないでしょ。」
彼女はさばさばしている。まあ、それも魅力の一つと言えばそうか。
今日、2人で飲むのには、幾つかの理由があった。一つは、他の仲間の予定がたまたま開いてなかったこと、もう一つは、アニーと私の予定が開いていたこと。
「…ということは、初デートね。こりゃ。」
「止めてくれよ。胸がむかむかする。」
「踊ろ。一緒に。」
「俺が踊れないの、知ってるクセに。」
「ふーんだ。じゃあ、浮気してくるから。」
彼女は席を立つと、早速数人の男達から誘いを受けた。ああいうのは、大体が店に入ってきた時点から目を付けてたんだ。
 まあ、とにもかくにも、ドリンクを飲み干して喉をすっきりさせた。私がとりわけ好きなのが、このエメラルドグリーンの炭酸水。何より喉ごしがいい。
 それからしばらくもしていない内に、アニーは元の席に戻ってきた。かなり不機嫌な様子で私の隣りに座ったので、見てみると、細い眉と眉の間に鉛筆で書いたようなしわが寄っていた。まるで、時代劇の役者だ。
「…いかが致しやした?親分。」
「あの野郎、俺をゲイだとぬかしやがった。」
 私は、吹いた。思いっきり。吹いたら吹いたでむせかえった。さすが、吹くときも喉ごしは爽やかだった。
 「笑ってる場合じゃないわよ。」
 「え?だ、だって、半分以上当たってんじゃないのか?」
 彼女はまた不機嫌になり、膨れかえって視線を斜めにした。
 「まあ、気にするな。飲もう、飲もう。」
 彼女が好きなのは、イングリッシュティー。特に、甘ったるいミルクティーには目がない。炭酸は飲まない。筈だったのだが、やけになっていたのか、私のエメラルドグリーンをつかみ取って一気に飲み干した。
 「お、おい。俺の分も残しておけよ。」
 「あ゛――っ!!」
相当頭に来ていたらしい。飲み干したグラスを机に叩き置くと、深く息をついた。
「ターナー。」
「何だ?」
「踊るわよ。」
私は、足もおぼつかないまま壇上に引っ張られた。まあ、そんな事が、つい最近の彼女との出来事だった。今日は、なんと彼女から直々にデートの誘いを受けてしまった。
私はもちろん断った。
「なんで?」
「だって、男同士じゃないか。」
「関係ないわよ。誰も気にしてないじゃない。」
私は気にする。
 道を歩くと、彼女は否が応でも人の注目を集める。身長186pで美人の女性など、まずいない。たとえ何も知らない他人が私達を見て、本当の恋人同士のように見たとしても、私がずいぶん小物の男に見えてしまうだろう。
個人的にも社会的にも、彼女と一緒に歩くのは辛い訳だ。
「どうしても、駄目?」
彼女は、迫り来るようにしてせがんでくる。こういう時には、本当に迫ってきている。何か、私と遊ばなくてはならない理由でもあるのだろうか。
「鳥肌が立つ。」
「けち。」
「駄目なんて言ってないだろ。」
「じゃあ、約束ね。」
指切り。彼女は、こういう時になると急に子どもっぽくなるのだった。

 2回目のデートは、遊園地だった。私はさっさと切り上げたい思いでいっぱいだった。何しろ、寒い。木枯らしを通り越して、涼風“熊殺し”が吹いている。
私は、熊になるタイプだった。つまり、寒いと冬眠する。ああ。眠い。眠い。眠い。
「ハーイ。」
陽気な声を上げて、彼女は私のところへとやってきた。黒のセーター、チェック柄のマフラー、同柄の赤いミニスカートと黒のタイツ。
「おいおい、加減しろよ。仮にも男だろ。」
「ほらほら。暖かいでしょー。」
ピンクの毛糸で編んだ手袋を、私の頬に当ててきた。ぬくとい。嫌なぬくとさだった。
「ついさっきまでねー、ホットドッグ握ってたの。」
「自分の分だけか。」
そういう嫌みは止めてくれ。
「ううん。はい、ターナーの分。」
彼女は、肩に下げたミルク色のバッグの中からチリドッグを出して、私に差し出した。
「……マスタードが多いな。」
「一々文句言わない。さあ、行きましょう!」
彼女は決して、悪い人間という訳ではない。いい奴だった。
 その日の最初は、観覧車に乗った。乗ってから気付いた。やばい。ゴンドラの密室で2人きりだ。
「ターナー。」
彼女、何しでかすか分からない。私はおっかなびっくり返事をした。
「…な、なんだい?」
「私の事、どう思う?」
なにやら、真面目な話になってきた。彼女はいつも割り切った人間かと思っていたが、本音では、この間のことについて結構悩んでいるみたいだった。
「気にすんなよ。背が高いから間違えただけじゃないか。」
「いや、その事じゃなくて。」
どうやら違ったらしい。彼女は、顔を赤らめて言った。
「…女の子として…。」
今一、現状が理解しにくい。彼女は男だ。その人が、女の子として、自分をどう思っているかということを私に聞くと言うことは、この先女性としてやっていくことに何らかの不安を感じているということではないのだろうか。
「うーん。わかんねえなあ。俺、女装もしたことないし。」
「そうじゃないよ。」
急に、声が小さくなった。やばい、としたら、あれだ。
「……お前…はさあ、綺麗だと思うよ。うん。」
話が続かない。やばい。なんだかよく分からないが、とにかくやばい。とにかく、落ち着いて考えてみた。ここはいつもみたいに笑い飛ばせばよかったのかも知れない。が、彼女、今本気で悩んでいる顔をしていた。この事を相談するために、私とこの遊園地へ来たのだとすると、多分、本気で悩んでいる。そんな冗談めいた受け答えをすることが果たして、友として、仲間として許されるのだろうか?
そういった心理が働いて、私を閉口せざるを得ない状態へと追い込んだ。が、やはり友の為だ。ここから先は、男同士として、真面目に話をする事にした。
「アニー、お前さ。」
「うん。」
しおらしい。嫌だ、こんなアニーは見たくなかった。
「好きな奴が出来たのか?」
「ううん。」
なんだ。どっと疲れが出た。どうやら私の予想は、ことごとく外れてしまっていたようだ。私の自由意志は、肩の荷が下りたのと疲れが一気に出たのとで、冬だということも忘れて冬眠から目覚めた。
「ほら、言ってみなよ。何があったんだい?」
どーんとでかく出た。彼女は、言いづらそうな顔をして言った。
「あのね。この間、お母さんが言ってたの。」
「おう。」
軽く受け答えをしてしまった。本当はその先はまだ聞きたくなかったのに。私の心臓は、再び暗く濁った血流を送り、体の各所で混沌としたもやを作った。
肉親が絡むとなると、どんな答えが来るのかは、私の頭の中で既にパターン化していて、分かっていたのだ。両親どちらかの都合による、引っ越し。あの子とは付き合うな命令、あと、勉強に専念する。
「ほんとは、女の子なんだって…。」
「…………。」
 もやがかかっていて、上手く聞き取れなかった。観覧車は、2週目に突入していた。






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