ピリ…ピリリリリピリリリリ……無機質なケータイの電子音。今日が最後だろう。たぶん、彼女からの呼び出しはこの先必要なくなるはずだから。「それでね…」彼女が幸せそうに、でも口調だけはちょっと不服そうに語った内容。それは、今付き合っている彼氏からプロポーズされた、ということだった。小さなダイヤのついた指輪を見せびらかし、ちっさいでしょ、と口を尖らせる。「でも、嬉しそうだよ」「うふふ、嬉しくないって言ったら嘘になるかなぁ」つい先日まで、浮気されただのなんだの言って泣いていたくせに…。『浮気のことはどうなったの?』言いたかったが、止めておいた。この様子じゃ忘れているだろうし、わざわざ悲しませる必要もないのだ。「ねぇ聞いて。この前ね、二人でドレス見に行ったんだけど…」延々と話し続けるのは彼氏のこと。あぁ…君の全てが大嫌いだ。こんなに愛しいのに、僕を見向きもしない。そんな尻軽男より、僕のほうが君にあう…いくら考えたところで、言葉には出来なかった。何を言っても、僕と彼女の関係が変わることなど、ない。♪…♪〜♪〜〜軽やかなケータイの電子音。最近流行っている、何とかってミュージシャンの曲。「ごめん、彼から呼び出し」唐突な終わりだった。「じゃぁ…ガンバってきますっ」椅子からすっくと立ち上がり、満面の笑み。長い髪が、動きにあわせてなびく。こんな時に限って、目が彼女を追う。「君のことを…想ってる」「ありがとう、あたしもだよっ」僕の言葉を、どう解釈したかはしらない。ただ彼女は、軽やかに笑って「ばいばい」と言った。
彼曰く、「人の心が読めると言っても、あくまで心情が読めるってことで思考が読めるわけじゃないんだ」 長いトンネルを抜けるとそこには、彼の生まれた場所があった。 トンネルに入る前のビルやマンションが建ち並んでいた風景が、暗闇を抜けると時間が緩やかに流れる田園風景に変わる。どこかで時が流れることを止めてしまったかのような景色が続いていく。 まるでタイムスリップをしたかのような錯覚に陥る。 彼曰く、「昔は日本に住む人たち皆に備わっていた能力らしいんだ。だからこそ曖昧な言葉使い、中庸的な文化が育っていったらしいんだ。それが美徳だというわけじゃなくて、はっきりさせる必要性が無かったんだ。だってもっと深いところで分かり合えてたんだから…」 目的の場所は、駅からそう遠くは離れていなかった。 すぐそばに見える、紅葉の美しい小高い山。 僕の住んでいる街とは違い、もう一枚羽織らなければ少し肌寒く感じてしまう。 彼は無口な人間だった。しかし沈黙と静寂は、決して息苦しい空気をかもし出すものではなかった。むしろ彼と一緒に過ごす時間は僕の心を和ませた。 周りは似ても似つかない、相反する僕と彼がいつも一緒につるんでいることを不思議がっていた。 彼の影響のせいか、僕のろくでもない人生は少しずつ矯正されていった。 原付をパクるのを止めた。禁煙するようになった。家庭裁判所に厄介になることも少なくなった。卒業したら美容師になろうと決めた。 彼曰く、「でも僕にとっては、これは苦しみでしかないんだ。他人を理解できるのに通じ合えないジレンマにいつも悩まされるんだ。だって僕は、最も近い他人であるはずの肉親にすら通じ合っていないんだから…」 彼は、鳥になって大空を飛んでみたいと言っていた。晴れた日の空を飛ぶことはきっと気持ちいいんだろうなあ、と言っていた。 僕は、頷いて短い返事をした。 彼は、もういない。「もし輪廻転生ってのがあるんならまた来世で会おうゼ」 さらに無口になってしまった彼に向かって語りかける。 数羽の雀が僕と彼の周りで戯れている。ここの鳥たちは人間を恐れない。この土地に住む人たちの人間性がうかがえる。 カシャッ! 不意に聞こえたシャッター音に振り向くと、一眼レフカメラをこちらに構えた青年がそこにいた。「すみません。あまりにも絵になってたんで、不謹慎とは思いつつもつい…」 僕は、笑顔で返事する。少しだけその青年と会話をする。 ここのもみじはホントにキレイですよね、と言う。 僕は素直な気持ちで同意する。 土に帰って、もみじを育て、雨に流され、海に戻って、ときには雲になって空を漂って、また振り出しに戻って循環を繰り返す。 巡り巡ってきっとまた、いつかどこかで会うことができるさ。 きっと通じ合うことだってできるさ。 だって僕らは友達なんだから…。
ヒフ。ヒフ。ヒフ。ヒフ・・・・・・・・・・・・・・。 焼け付くような痛みを伴って、手の甲は赤く染まる。薄くなった皮膚は無数のささくれとなって意識をかき乱す痛みとなる。それは、花びらをむしり取る残酷な占いを彷彿(ほうふつ)させる。 眠りたいのに眠れない。気がつくと治りかけの手が催すかゆみのままに、もろくなった皮膚をかきむしる。水疱となって現れた部分の上皮は破れ、透明な液体が、吐き出したくなるような気持ち悪さを、体のどこからか呼び起こす。 後悔をするくらいなら、いっそ考えない方がいい。そして、痛みをやかましい騒音とでも思い込むのだ。しかし、油断をすればもうろうとした意識が無意識に潜んだ、快楽を求める本能に従って、かゆみを押えようと必死になって爪を立てる。そしてまた歯を食いしばり、焼け付くような痛みに耐える。朝が来ることなど望まずに、永遠の絶望に身を委ねるのだ。 私は何が悲しくて安らぎを得られないのだろう。時として人は罪や過ちを苦痛だとか、後悔や己の非力を絶望のように表現する。しかし、罪は罪。後悔は後悔だ。苦痛や絶望のがなれの果てのように用いられても、そこに希望や目的がある限り、今を否定するようにしか思えない。なぜなら、私の手は絶望などで終わるモノでなし、まして苦痛で全てを否定できるほど、私から完全に独立して存在しているわけでもない。 ならば、誇張された絶望や後悔はどこから来たんだ? もしかすると、それらには絶対的な権力を誇示するための作用があり、学校の教師や政治家が思い通りにならないことを嘆くのはそのためだろうか。どちらにせよ、私は心までも病んでしまって、見えないことにも、気が立っているのだ。 ふふふ。こう思うのも、所詮は世の中と言えど、先のことを考えられない者が中心になって、結果的に膨れあがってしまったモノ。欲望のなれの果てと成り下がっていたということによるのか。 苦しみに悶え、声を殺し、湧き上がる怒りにも足掻いた。だが、決して死は選べなかった。しかし、選んでしまった生のためにも、この苦しみと向き合って生きていく他に道などない。
※作者付記: 彷彿(ほうふつ)とは・・・一、非常に似ている こと二、ぼんやり浮かぶ こと三、思い浮かべる こと
驚いた、この土地でこんな人に出会うのは…いや、こんな人が足を踏み入れたことが果たしてあっただろうか。しかし驚くことでは無いのかもしれない。 瞳、隠された微笑、しぐさひとつとっても良家の出身であろうことが推測され、その上背が低く、女性的で、ほほに小さなほくろがあるその女性は私を混乱させた。なぜって彼女は…言うまでも無く洗練されていたし、若くも無くおそらく子供すら持っていたのではないだろうか。 今こんなことを熟考していてもしかたがない、それは私にとって全く意味を成さないであろうことに思えた。今はただあのひと、私の夫であるあのひとを探しているのだ。「おかあさま」ほらこんな風に私の二人の娘はいつだって私を離さないのだから。だけれども私たち夫婦はもうこの子達を引き離そうとしているのだから、全くもって皮肉な問題である。「おかあさま、おばあちゃま方がお見えになりましたわ」あら、ほんとうだわ、と私は実際目にした。そしてあの女性が夫の母親やら、親戚やらに親しそうにお話ししているのも。なぜだろう、あの貴婦人のように見える女性は、何者であろうか。一瞬の思考に自分でさえ戸惑いを感じた。そして…今し方キッチンに通ずるドアーを開けて、皆様方がお座りになられているきっちりと、もちろん私の手で、磨かれたテーブルに、今そっと手を触れた、こちらを見つめているのが私の夫である。娘たちはすでに彼女たちの祖母に飛びつきに走っていて、私は少し蒼くなるような心持で夫へ向かった。さあ、夫は微笑む。そして優しい敬語で私をなだめるであろう。私はいつだってみじめになり、下を向いて優しい、哀れな夫を困らせよう。しかしそれは恋愛の幸福たるものやの何者でもなく、一種の芝居にさえ追いつかない。 あの日私は過ちを犯してしまったのだから。私はまた自分にまで虚言を吐くか。あの日。違う、もしくは違ったのだ。年下の金持ちと私は何度寝たことか。そして愛とは。愛している、一緒にいようとは何なのか…。夫は許した。しかしもう二度と有り得ないよう忠告した。しかし私は主婦という、静かな日常から、まるで裏切りおはこの娼婦のような心の外見をもって逃げたのだ。 私は下の娘を抱きかかえて最後の催しものを後にしようとした時、夫の瞳を見た。不思議なことに今まで何も見えなかったはずの瞳に、何か映っているのを見た。そこに美しく疎ましいあの貴婦人の赤と黒があった。
『目の前の事だけを考えればいいの』いやはや分かってますよ。ハイ、次の試験でイイ点数取れば満足でしょ、アンタは。……でも私は不安だよ。目の前の事をどんどん乗り越えていけば必ず今考えている『将来』にぶつかる。その時どうすればいいのさ?「私は獣医になりたい」「私は薬剤師になりたいな」なんでそんな簡単に決められるんですか? 両親がそういう仕事だから? 小さい頃からの夢? 私も両親の職業継ぐっていう道はありますよ。でも私は他にも興味のある事がいっぱいあるの!! 16っつう歳のくせに小学生みたいにいっぱいなりたい職業があるの!! 他の子みたいに一途じゃないんですよ私。だから不安なの。分かって。自分はどう進めばいいの? 次のテスト受けてその次のテスト受けて……テスト受けるの終えちゃったらどうしたらいいの? 親の仕事を継ぐ気はないの。そりゃ、継げば他のこと考えずにすむもんね。でもさっきも言ったけど、私は他に興味のある仕事がいっぱいあるの。でも、絶対なりたいものなんて、ない。私はいつも曖昧。悲しい、いつも悲しい。テストの事も考えなきゃいけないのに、ついつい先の事ばかり気になって、泣けてくる。ねぇ、誰か教えてよ。私の納得のいく道を、絶対の道を、教えてよ。
家の前の砂利道をまっすぐ進んでいくと、両手を広げたのより少し小さいくらいの穴に、白緑色の液体が溜まっていた。手を突っ込もうとしたら、通りすがりのおばあちゃんが、そこに近づいちゃ駄目だ、と、私を叱った。なぜかと聞くと、からかいかたわごとか、そこには神さまが住んでいるんだといった。次の日から、私は毎日こっそりとその場所へ足を運んだ。液体はいつもその場所にあって、雨が降っても陽が照りつけても、いつでも同じ色、同じ量だった気がする。何とか中を見ようと一生懸命覗き込むが、底の方がどうなっているのか、全く見えなかった。でもなんとなく深かったように思う。ある時から、私はそこに何かを投げ込むようになった。最初は近くにあった石だった。初めて味わう緊張感が、幼い私を興奮させた。投げ込んですぐに逃げた。しばらくして戻ってくる。また投げ込む。逃げる。戻ってくる。何回かそれを繰り返して、石じゃ神さまの気が引けないんだと思った。次からは、なくなっても対して困らないものを投げ込むようになった。かんづめのふた、みかんの皮、小さくなったクレヨン。投げ込んだものは決して戻ってこなかった。ここの神さまはかわいそうな人なんだ。ふとそんなことを思った。こんなちっちゃな穴に変な水を張って、誰にも見られないように姿を隠して、ひっそり暮らしている。それに私以外、神さまの家を訪れる人をみたことがない。次からは、おみやげを持ってくるようになった。今日あった出来事を神さまに話すようになった。神さまは、いつも黙って、私の話を聞いていてくれた。慰められた時もあった。私がお願いをすると、いつものお礼にと、叶えてくれることもあった。神さまが姿を見せることは一度もなかったけれど、それでも私にとって神さまは、なくてはならない存在になっていた。ある日、今日出た給食のプリンを神さまに持っていくと、大きな男が四、五人、神さまの穴を取り囲んでいた。タオルやらヘルメットやらをかぶった、強面の男達だった。一人が私に気付き、振り返った瞬間、私は家へと走り出した。内臓がひんやり冷える思いがした。翌日、恐る恐る神さまのところへいくと、もうそこに穴はなく、ただ目の前に、平坦な砂利道があった。頭が真っ白になった。逃げ出してしまった償いにもってきた、神さまの大好物の林檎が、私の腕からごろごろ落ちた。次の日も、その次の日も、その場所に行った。雨が降った次の日みたいに、なんにもなかったみたいに穴がひょっこりあらわれるんじゃないかって期待してた。そうじゃないんだって分かった時、ようやく私は泣いた。からからに乾いて寂しいような、いっぱい詰まって苦しいような、自分の中ではじめて味わう痛みだった。神さまが何故こんなところにいるのか、考えた時、きっと辛い目に遭って、頼るものもなくて、ここにながれて来たんだと思った。きっとずっと長い間、一人で悲しい目に耐えてきたんだ。だから神さまは誰よりも優しいんだ。それなのに私はまた神さまを悲しみのどん底に突き落としてしまった。あの男たちが何をしに来たか私は知っていた。知っていたんだ。「弱さ」故の「裏切り」。もし私が彼らに飛び掛っていたら、ううん、結果は同じかもしれない。それでもきっと、こんなに痛くはなかった。神さまは『居場所』をなくしてしまった。ごめんね、ごめんね、ごめんなさい――――――――大人になった今でも、あれがなんだったのか、分からない。でも時々、あの感情があせることなくこの身体を駆ける。むせ返ってくる孤独に、それでも私は優しい風が吹き抜けるたび、神さまが今でも慰めてくれているような、自分勝手な想いを、抱いてしまうんだ。
※作者付記: 1000字って難しいですね;皆よくこの中で表現できるなぁと感心してしまいます。神さまの穴は子供が両手広げたより小さいくらいなのでマンホール大だと思ってください。
四月一日。空港の出発ロビーにはたくさんの人がいる。俺は荷物を預け終わると、はぐれてしまわないように彼女の手を握りながら、人込みを歩いていった。エスカレーターで三階の見送りロビーにむかう。大きなガラスの前に二人で立ち、飛び立つ飛行機達を眺める。彼女は何も言わない。 「寂しいな、あんな風に俺も行っちゃうんだぜ。一緒についてこないか?」 「うん。」 彼女は本当にそうしたいという顔をして俺の顔を見た。 「ちゃんと帰ってくるからさ、そんな悲しそうな顔するなよ…」 俺はそんな気のきかない言葉しか言えなくて、彼女はただ黙って外を眺めている。彼女を残して、俺は一人アメリカへ行くことを決めた。それを彼女に告げた時、彼女は黙ってうなずいた。彼女は地元の看護学校への進学が決まっている。 出発の時間が近付いて、俺は彼女に「もう行こうか」と言ってエレベーターへと向かって歩き始めた。すぐに彼女に腕をつかまれて、立ち止まる。振り向くと彼女は泣いていた。 「ねぇ、嘘なんでしょ?行っちゃうなんて…」 彼女は俺の顔をじっと見つめて言った。彼女の腕をつかんで引き寄せて、抱き締める。 「嘘だよ」 俺はそう言って彼女をもっと強く抱き締めた。彼女は泣きながら言った。 「ありがとう。」 俺の精一杯の嘘は、俺がアメリカにいってしまうのが間違いない真実である事を彼女に告げた。彼女はあきらめたようにそっと俺の背中を離すと、手を握った。もう一度「行こうか」と言って、彼女の手を引いて歩き始めた。出発ロビーでは同じ飛行機に乗る人達が、次々にロビーから去っていく。 「絶対帰って来てね」 「ああ、絶対帰ってくるよ、絶対。」 彼女に最後の嘘をついて、彼女の手を離した。彼女はいつも彼女が指につけていたリングと手紙を渡した。 「ありがとう」 俺は彼女に笑顔でそう言って、搭乗口へと向かった。最後にもう一度彼女の顔を見る。彼女は泣きそうになりながら俺を見ていた。 飛行機はゆっくりと空港を飛び立った。俺は飛行機の中で彼女のくれた手紙を読んだ。手紙には俺への感謝の気持ちと、たくさんの思い出が書かれていた。そして最後は、「さよなら」の一言で終わっていた。彼女はわかっていたのだ、俺がずっと帰ってこないつもりでいる事も、彼女に本当に「さよなら」した事も全部。涙がでてきて止まらなかった。彼女をもう一度抱き締めてあげたかった。今日は四月一日。彼女との別れが嘘であるように、心の中で本気で祈った。
2035年から増設された笑学部に俺は三度も落ちたが四度目で桜が咲いた。 入学金も授業料も不要なため競争率が百倍にもなっていたが、辛うじて入ることができたのだ。 社会系にも笑学部があったが、あえて難関の医系の笑学部を選んだのは、やはり人の健康に直接かかわるといったやりがいを感じたからだった。 その日、俺は学食で定食を完食した後、友人にこう言った。「あぁー牛負けた」 唐突に訳のわからない言葉が出た。「何それ?牛負けたって」 友人は唖然とした顔で言った。「わかんない。馬が勝ったから牛が負けたんだよ。馬が勝ったが、馬勝った。うまかった。バンザーイ」 俺は有頂天になって両手をあげた。「はぁ?」 友人は納得のいかない顔をした。 しかし、友人だけに聞かせばよかったのだが、はすかいで中華丼をほおばっていた教授の耳殻にも届いていた。「君、名前は?」教授は笑みをうかべて聞いてきた。 ひょっとすると「牛負けた」が良かったので授業で採用してくれるのかと期待して。「田中たかしです」と胸を張って言った。 しかし。「何で牛が負けると馬が勝つのかな」 今度は真顔で聞いてきた。「これはですね。牧場では馬と牛は付き物ですから、牛が負けると馬が勝つことになります」「牧場には羊もいるだろ」「でも馬鹿と言うように馬と牛は付き物ですし」「何を言ってるの馬鹿じゃ馬と鹿じゃないか」「えっーーーあっ、そうか」 まことに恥ずかしい思いをした。「笑いは自己満足で作っちゃだめなんだよ。特に患者さんに気をつかわしちゃいけないんだよ」 教授は実践的な立場で言ってきた。「患者さんが気を使うということはどういうことですか」 田中は教授の言ったことが飲み込めず反発気に言った。「今の君のいった笑いは、間違っている上に連想しにくい、つまり説明を入れることになる。笑いは説明が入っちゃだめなんだよ」「−−−そうですね」 納得してみたものの、何が笑いごときと無愛想な返事となった。「じゃ、今日のランチは君のおごりってことで」「えっ!学生の僕がおごるのですか?」 とんでもない教授だ。「この、細っぱら!」 教授は言った。しかし、すぐに解った。「えっ、あはははは」 俺は少しだけおかしかったが愛想笑いをした。 当然、教授の言ったことは冗談で手本を見せたのだった。 笑いが万病に効果があることは承知だが実質、俺には前途多難な学問に思えた。
その村のはずれ、一番山に近い小さな木製の家に青年は住んでいました。青年は人形師です。とても粒の細かい粘土がとれる場所がその山にはあります。青年はそこの粘土で、それは美しい、月のように静かな人形を造ります。一ヶ月に一体。青年の人形は貴族に人気があり、青年は貧しいながらもそれだけでなんとか生計をたてていました。青年はあまり村の市場に現れません。ごくたまに訪れても、ライ麦パンを沢山とお肉の燻製の塊ひとつを買い込んでいくばかりです。パン屋の一人娘はそんな滅多に見掛けられない青年に恋をしてしまいました。ある日、娘はパン屋の仕事を抜け出して、その日珍しく食パンを買い込んでいった青年の後をつけてみました。市場と小さな林を抜け、やがて青年の家へとたどり着きました。青年の歩幅はとても広く、追い掛けるので精一杯だった娘は息を切らしていました。青年は娘の事に気付いていたので、声をかけました。娘は草むらに隠れていましたが、しかたなくそこから青年の前へと歩み出ました。そして正直に胸の内を明かしたのです。青年は少し困った顔をしましたが、やがて娘を家の中へといれました。玄関の脇には粘土でつくられた脚部や腹部、頭部のパーツが沢山積まれています。みなそれぞれに割れ、まるで瓦礫の山でした。青年は紅茶の葉を持ちあわせていない事を娘に侘び、欠けたカップに水を注いでくれました。娘は水を飲みながら辺りを見渡しました。床のあちこちには、乾いた粘土の欠片が落ちています。窓辺には悲しそうな顔をした美しい女の子の人形が一体います。カーテンを閉めきられ薄暗くなった部屋の一角にはナイフやヤスリ、針金などが乱雑に並べられています。その横は整然としていて、そこに置かれたガラスケースの中には白いドレスを着た真っ白な人形が、どこともなく視線を泳がせているのです。娘の視線に気付いた青年は苦笑いをし、彼女がいるから恋人にはできないと娘に告げました。その人形へ向ける青年の視線は、恋人に向けるものでした。娘はその夜、仕事をしなかった罰として牛小屋の藁の上を寝床として与えられました。しかし、眠れるはずなどありません。娘の心は傷付いていましたし、藁はちくちくと痛くて、眠気をどこかへと吹き飛ばしてしまうのです。娘はこっそりと抜け出して青年の家に忍び込み、あの人形を川へと捨ててしまいました。それから青年が市場に現れる事は一度もありませんでした。
始まりはテレビだった。宝くじで3回連続田中と名字のつく人が3億円を当てたというニュースがワイドショーをにぎわせた。宝くじを当てた田中さんのインタビューに始まり、過去の有名な田中さんの紹介、一般の田中さんの幸運エピソード、果てには有名な占い師が「田中」がどれだけ幸運の名字かを延々語る特別番組まで流れた。 次に本が出た。「幸運の名字 田中」はベストセラーになった。書店に田中コーナーができた。日常会話でも「あの人運いいね。」「田中だからね。」というやりとりがあたりまえになった。週刊誌が「田中ブームの嘘」とかいう特集を組む以外は、誰もが田中が幸運の名字であると信じているようだった。私も田中になりたいという人が日本中で現れた。結構相談所は田中さんが何人登録されているかを宣伝しだした。男性は田中さんのみのお見合いパーティーは弁護士のみのそれよりも人気になり、「玉の輿」にひっかけた「たなか輿」が流行語になった。「逆たな」も多かった。養子縁組が急に増えた。友人の田中さんや兄弟や親戚で田中家に嫁いだ人間の養子として田中姓になるためである。こうなるまでわずか五ヶ月だった。 私は占いは信じないほうなので、最初は興味がなかった。しかし、毎日のように社内に「田中」が増えていくのを見ると私の心は乱れてきた。営業成績で「田中」が1位になり、「田中」が賞与を受け、「田中」が昇進する。「田中」が社内旅行の宴会で「ビンゴ!」と叫んだころには、もう「田中」になりたくて仕方なかった。しかし私には妻がいる。最近は田中さんと結婚するための「田中離婚」というのもあるがさすがにそうする気にはなれなかった。養子はこの現象を受けて基準が厳しくなった現在では厳しい。どうしようか悩んでいると、電信柱に「田中になれます。」という張り紙があった。私は張り紙を破り取ると、そこに書いてある住所へ走った。そこは通称「田中屋」と呼ばれ、書類を偽造して政府の新養子縁組基準を満たすようにして、登録してある見ず知らずの田中さんの養子にさせるという闇の商売だった。私は少し悩んだが、「田中」になりたいという気持ちには勝てなかった。給料の2ヶ月分の代金を払い、書類にサインをした。 これで私も「田中」になれる。肩の荷が下りた気分で家に帰った。テレビをつけると、私の目に飛び込んできたのは「鈴木」がいかに幸運に恵まれた名字かを語る風水師の姿だった。
※作者付記: 田中にした意味はまったくありません。初めてですが、よろしくお願いします。
「ねぇ、何考え事してるの」 太郎は花子の呼びかけに、ふと我に帰ったように花子の顔に視線を戻して、「別に、何も考え事なんかしてないさ」 花子は今一緒に居る自分の事を忘れて、太郎がうわの空でしか返事をしないのが面白くなかった。町内のお祭りで皆が何かしら浮かれて、はしゃいだ気分になっており花子とて同じ気持ちだった。そしてこの日のために新調した浴衣と下駄で太郎とのデートを楽しみにしていたのに、浮かない顔の太郎に花子の表情も沈んでいた。 ぽちゃりと肉づきのよい愛嬌と勝気を併せ持った花子ではあるが、今日ばかりはそうではなかった。「よっ、お花、色男と一緒なのに浮かない顔してどうしたてんだ」 半纏股引に白足袋の祭り衣装も粋な五十がらみの男がすれ違いざまに声をかけた。花子はその冷やかしに頬を膨らませて、ツンと横を向いた。太郎はその横顔を見てすねた顔であるが、言い知れぬいとおしさを感じた。「ごめん、ごめん、花子にそんな思いさせて悪かったな別に何と言うのじゃないけど」 そこで太郎は少し言いよどんでいたが、低い小さな声で、ぽつり、ぽつり話し出した。「花子はこの町で生まれ育ち、お互い顔見知りの人ばかりの祭り、そこへ行くと俺はよそ者、そりゃこの町内に住んではいるが新人さ、皆が盛り上がるほど何だか疎外感に包まれて、素直に祭りを楽しめないのさ」 太郎はそこまで喋ると、吹っ切るように花子の手を力強く握り、大きく振りながら、「こんな可愛いお嬢さんに寂しい思いをさせて悪い男だ俺がやっつけてやる」 普段にも増して人通りの多い神社へ向かう道で、太郎が大きな声で喋るので花子は恥ずかしかったが、いつもの明るい太郎に戻ったのがうれしかった。 太郎は握った手を自分のほうに引き寄せ花子の顔を覗き込むようにして、「あのさぁ、・・・やっぱりよそう」「なぁに言いかけて、男らしくないぞ、はっきり言いなさいよ」「でも、花子きっと怒るからいいよ」笑顔の太郎に花子もつられた笑顔で、「もう、怒らないから言って見なさいよ」 なお笑顔の太郎に聞きたくて仕方のない花子も、一層笑顔になり、駄々をこねるように太郎の手を振った。 太郎は少し屈みこむように花子の耳元に口を寄せて、「その浴衣をさ、俺の手で脱がせて見たいの」 そう言うと花子の手を離して、小走りで鳥居をくぐった、花子は恥じらいで顔を赤くしながら、こぶしを上げて太郎を追いかけた。
ザー……音がする雨?「はぁ」玄関先で陰鬱な気分にされるとは靴を履きながら、早くも嫌気が差してくる傘立てから自分用を示す青いシールの付いた傘を引き抜きドアを開けるザー……経験からして雨にはあまりいいイメージがない例えば飼い犬が死んでしまったが雨の日だった老衰だったのだが雨が降っていなければあの日に死ぬ事はなかった気さえするテストが赤点だったのも雨の日だった受けた時点で点数は決まっているのだがその日の苛立ちは全て雨にぶつけた学校ですっころんだ時も雨だったあの時は本当に痛かったし、まわりの子はくすくす笑ってるしで泣くのを我慢するのに必死だった「はぁ」現状を確認した所でもう一ため息意を決め顔を上げる「いってきまーす」今まで欠かしたことのない出掛けの作業を済ませバッと傘を広げこの最も苦手な空間に足を進める学校までは約壱点五キロ雨の日でも三十分もあれば着く耐えるんだこの空間に、学校に着けば喧騒と雑談で雨を忘れられるザー……「うおぉぉぉ」誰もいないことを確認した後テンションを挙げるために軽く叫んでみるはたから見たら少し危ない風景だったに違いない私は雨が手に直接当たる度にビクつきつつも歩みを緩めないもしここで止まったら雨が止むまで二度と歩けなさそうだからしがみつく様に傘を持ちながら前進を試みる大して風はないが私にはVS大嵐レベルである負けるかーこんちくしょーあ、サラリーマンに追い越された悔しいので速度を上げようとするも一向に間は縮まらない気付くともう視界から消えていた気にするな、学校に着くことが第一じゃないか、目的を見失うな自分に言い聞かせペースを元に戻すこれで忘れ物でもしてたらお笑いだな、なんてことが頭の隅をよぎるが天気予報が雨だった時から何度も見直しをしておいたそれはない、ないはずだ、たぶんない、きっとない疑念は捨てろ、絶対に大丈夫だ、自分を信じろあの角を曲がったらもう校門だ教室の中で確かめればいいそうと決まれば後ちょっとだここさえ曲がれば……私が曲がった先つまり校門は………閉まっていた呆然と立ち尽くしていると「ありゃ、君今日は振り替え休日で休みじゃなかったかね?」用務員さんと思われる人が親切に教えてくれました道理で他の人に追い抜かれなかったわけだ結局行き以上に長く感じるその道を歩いて帰り、親にはどこ行ってたのと聞かれ、カバンの中身は見事に正確で……………雨の日なんか大きらい!
わたしはフェティシズムなたちで狂気的なので、普段できるだけ気をつけているが、時々人を好きになってしまうことがある。 ある夏の日、放課後の掃除のじかん。学校のトイレ掃除をしていたとき、廊下を通り過ぎた男子生徒にわたしはとても目を奪われた。 彼の腰に。とても感じの良い、細い腰に。 制服のベルトを腰骨あたりでゆったりと止めてあり、ズボンを少し下げてはいている。背が高い人で足がながい。浮遊しているような歩き方で通りすぎていった。わたしは持っていた掃除用モップを投げ捨て、走って追いかけ、名前も知らない顔も見たことのない男子生徒の細腰に力強く抱きついた。「うわ」 彼は驚き低い声を出す。すぐに振り向きわたしを見ると「誰だお前? 変態ちゃんか? おい」と云いながら抱きつかれた腕を引き剥がそうとする。わたしも負けじと力をこめるが、男の力にはかなわず、振りほどかれてしまう。「っ、どけ! 剥がれろ」 尻餅をつくわたしを彼はにらみつけ、見下ろす。かなり身長が高いとあらためて思った。わたしは彼を見つめ、彼はわたしを見つめる。にらみ合い。そしてしばらく沈黙。「あなたが好きなの。付き合ってほしい」 云うと、「はぁ?」 彼はすっとんきょうな声をだした。「返事は、いつでも良いわ」 わたしは踵を返し、振り向かず歩く。告白し終えると満足したので、トイレに戻った。掃除を再開しようとモップを拾うと、同じクラスの友人が「もう終わったよ」と少し怒った。申し訳ない気持ちになったので、ごめんと謝る。モップを片付けながら、さっきのことを思う。 彼の細腰は、わたしの腕になじんだ。 まるで、長年戦いを友にした武士の刀みたいに。すっと慣れた。わたしは友人にさっきのことを報告してみる。「今、告白してきたの」「はぁ? あんた好きな奴いたっけ?」 怪訝な顔をして答えられる。「ううん。今好きになって、今告白してきたの」誇らしげに背筋を伸ばしてみる。「なにそれ。変よ、あんた」「うん」 それからいくら待っても、返事はこなかった。
「ねぇ、夕日ってこんなに綺麗だったかしら」膝の上に寝そべる猫をそっと撫ぜながら少女は言った。2XXX年。世界はオートメーションの波に呑みこまれた。高い知性と人間顔負けの器用さを兼ね備えたロボットは、可能な限りの職場から人間を駆逐し、あぶれた人々は行き場もなく、彷徨い、やがて力尽きた。彼女の父親もその一人だったが三日前に死んだ。大柄だったが痩せてカラカラになった父親は、やがて死体収集ロボットが高温のバーナーで吹き飛ばした。立ち尽くす少女にロボットが処分証明プレートを手渡して言った「燃焼温度1200℃。ダイオキシンは検知せず」「これ、お父さんなの」少女の目の前には、父親の跡が僅かに残る石畳が横たわっている。「明日は清掃用のロボットが来て片付けちゃうから、それまで居たげるのよ」だから、あんたも居てね、となでると、猫は能天気な甘い声で鳴いた。その時、警報があたりに鳴響いた。「緊急警報。軍は我々ロボットが掌握した。我が国の核ミサイルを我が国に向けて発射し、人間を一掃する。人間はシェルターへの進入を禁ず。アンドロイド型はIDを示して避難せよ。作業型は来るロボット社会発展の礎となれ」警報を聞いて人々は騒然とした。パニックになった人々は我先にシェルターや地下室に逃げ込んだが、先客のロボット達がバラバラと機銃で掃射すると、血の匂いがムッと立ち込めて静まり返った。残った人々も、見回りのロボットが念入りに片付けて回った。「あんたは逃げたら良いわ」警報に驚いた猫は、少女の腕を振り解くと一目散に走り去った。「私、お父さんが居るから平気なの」通りをペタペタと足音が響く。見回りのロボットだ。覚悟は出来ている。しかし、その小奇麗なアンドロイドは、少女の目を覗き込むと何かをそっと呟き、また、足音を残して去って行った。「IDナンバーX2DTMR−3」一体,何のことかしら。でも、私にはどうでもいいわ。通りを銃声がこだまする。「ああ、残っている人をみんな殺すのね。」−そう、人はみんなね。その時、少女は全てを悟った。何故、乏しい食糧で生き延びる事が出来たのか、そして何故、自分は痩せてすらいないのか。そして寂しく笑った。2XXX年。その国は核の炎に包まれた。その石畳には大柄な人影が一つ、その脇に小柄な影が寄り添う様にもう一つ、横たわっていた。月明かりに照らされて、子が出来なかった父親と手をつないで歩いたあの日の様に
それは月がよく見えた日だった。雲もなく、満月だけが私達を見守ってくれていた。「どうしても行ってしまわれるのですか・・・?」私の問いに、あなたは笑った。静かな笑い。それは肯定の意味を意味する。どうしてそんな顔をするの?私は着物の裾を握り締める。「私を連れて行ってはくれないのですか・・・?」あなたは笑ったまま、私の頬にそっと触れた。優しくしないで。その気もないくせに、どうして優しくするの?それは卑怯と言うものよ。私ばかり、どうしてこんな思いをしなければならない。私の目に少しばかり雫が輝く。悔しい。悔しい。こうして手玉に取られている私が。こうしてあなたがいなくなることで、自分がどれだけ独占欲が強いかを思い知らされる。私の目にたまった雫を、あなたはそっと指でふき取った。お願い、優しくしないで。期待してしまうの。それが嫌なの。いつか私の元へ帰ってきてくれる。そんな期待を。そんなわけ無いのに。あなたには帰るべき場所がちゃんとあるというのに。月明かりがより一層明るくなる。口元に笑みを浮かべ、あなたはやっと口を開いた。「・・愛してくださって・・・嬉しゅうございました・・・」それは夢か幻か。あなたの頬にかすかに光る、涙の結晶。あぁ・・・私にとって、その言葉が一番の贈り物・・・・その言葉を最後に、あなたは私達の前から消えていった。月だけが・・・あの時の私達を見守っていてくれた。貴女が帰っていった月は、いつもより美しく、そして神々しくて。貴女はもういないというのに、心の中では何故か嬉しくて。泣かせたくは無いと・・・そう思っていたものを・・・・私もゲンキンなものよ・・・・貴女がたくした不治の薬・・・・・貴女の涙に比べれば、何ににもなりはしない。「・・・これでよい・・・これで・・・・」月明かりが私を強く導いてくれる。貴女のいる月を今日も見上げよう。
※作者付記: 初投稿です。かぐや姫をベースにしました。帝とかぐや姫の最後です。
斜め45度下に彼女の顔がある。表情を伺う事はできないがおそらく泣いているのだろう、鼻をすする音が聞こえる。夕暮れ時の公園。3月の始め。春の訪れを実感しだすこの季節に冬眠から目覚めた子供たちの姿が遠くに見える。遊び疲れた様子のヘビやカエルたちは母親に手を引かれて帰っていくところだ。そして目の前にはうつむいている彼女。彼女に呼び出されここで話しはじめてからどれくらいたっただろうか。どうやら僕と彼女はここで別れる事になるみたいだ。18年間生きてきて初めてできた恋人。そして初めての別れ。僕たちは何を共有して何を持ち違えたのだろう。 高校を卒業して遠方の大学にこの春から彼女は通う。遠く離れる事に不安を感じ別れを切り出したのは彼女の方からだ。僕はそれをあっさりと受け入れた。手を触れることもできない彼女を想い続ける自信が僕にはなかったし何より自分自身に自信を持っていなかった。僕も彼女と同じ大学を受験したが落ちた。そればかりかすべり止めで受けていた学校まですべてに落ちた。挫折感に打ち拉がれていた僕に彼女は、もう一年勉強すればきっと受かるよ、わたしは先に行って待ってるからと言ってくれたけど、もともとやりたい事を持って大学に行こうなんて殊勝な考えは持っていなかった僕にただ彼女が待っているからという理由だけであと一年勉強を続ける力は残っていなかった。僕は大学には行かないで働くと言った。もちろんやりたい仕事なんかもないからとりあえずアルバイトをするしかないのだけど。そんなのは逃げてるだけだと彼女は言った。それに対して僕は無駄な勉強をする方が僕にとっては逃避なんだとおよそ筋違いの言葉を吐いた。きっとこんなやりとりの中で彼女は別れを決意したのだろう。「じゃ、がんばってね。」「うん。」 最後の会話としてはあまりにも味気もそっけもない言葉を交わして彼女は僕の前から去っていった。僕は彼女が去っていった方向と反対に体の向きを変えて歩きだした。前方には僕の影がのびている。背後の夕焼け空に居座る真っ赤な太陽が作る影は僕の姿を実際よりも大きく見せていて、僕はその影を疎ましく思い走りだした。抜かせるはずもないのに。 影はそんな僕を嘲笑うかのように足元から僕を覗き込んでいる。
とある、コンビニにヒーローが生まれた。それはコンビニの肉まんケースから誕生した!!そこのコンビニはいつも肉まんケースを掃除する事になっていた。その日も、男の子が掃除をしていると。ケースの中が急に光だし!!中から子供が出てきた!子供は、しっかりした足取りで男の店員に近づきこう言った。「僕の名前は肉まん!!」店員はあまりにもびっくりしたため普通に聞き返した。「あ・・あなた誰ですか?」「僕は正義の味方肉まん!!魔王ゴキブリマンを倒すために生まれました!」そこのコンビニには、巨大なゴキブリが最近よく出ていた。それが、今回の事件に繋がった!「僕の友達を紹介しよう!カレーマンとアンマンだ!!」そう言うと、奥から黄色い顔した子供とちょっと黒ずくめの子供が現れた。こうして、ゴキブリマンを倒しに、この三人は肉まんケースから飛び出し!ゴキブリ城に向かった!!!男の店員はその様子をあっけに取られながら目で追った。三人はゴキブリ城に入るなり、いく匹のゴキブリを倒していった!!!「肉パ〜〜〜〜〜〜ンチ!!!」「カレー肉ビ〜〜〜ム!!」「コシアンル〜〜〜レット!!」そうして、ついに魔王ゴキブリマンとの対決がやって来た!!!ゴキブリマンは、ゴキゴキビームでカレーマンをやっつけた!!さらに、ゴキブリマンの彼女の!ゴキブリコがアンマンを食べてしまった!!鮮やかな、敵の連携プレイに肉まんは動揺を隠せなかった。ついに、一人になってしまった!!どうする!?ピンチの肉まん!!!ゴキゴキビームとゴキブリコのノコギリ歯を辛うじてかわしながらもじわじわと隅に追いやられた。も〜ここまでかっと、肉まんがあきらめた時だった。上からスリッパが降ってきた!!!ゴキブリコがペチャンコになった!!なんと、さっきのコンビニ店員がやってきたのだ!!今度は魔王ゴキブリマンが動揺の表情を見せた。「平気かい?」「助けにきたよ!!!」男の店員は、殺虫剤スプレーで魔王ゴキブリマンを今度は反対の隅まで追いやった。「ありがとう」「よぉ〜〜〜〜〜し!!!いっきにやっつけるぞぉ〜〜!!!」「す〜〜〜〜ぱ〜〜〜〜〜〜肉パ〜〜〜〜ンチ!!!!!!!」ゴキブリマンの身体はばらばらになり!!ついに魔王ゴキブリマンをやっつけた!!!そして、それと同時に肉マンも消えていきながら、男の店員にそっと微笑んだ。彼はきっと、この世を救ったんだと、コンビニ店員は思った。
コンビニから出てきたのは母だった。すぐに母は、店の前でたむろする私たちに気づいた。その瞬間、穏やかだった母の表情は一瞬にして嫌悪の表情へと変貌した。それは明らかに私に向けられたものだった。母は何も言わずにその場を立ち去った。「ちょっと行ってくる」私はその場にいた友人達にそう言って母を追った。 ようやく母に追いついた。「どうしてそんな顔するの? ひどいよ」「ひどいのはどっちよ。女子高生がこんな遅くまでふらついて」「部活だってば」「また嘘を。何をしてるかと思えばあんな子達と遊んで。とんだ不良娘だわ」母は汚らわしいものを見るような目で私を見つめた。まただ。怒りと悲しみがこみ上げてきた。「あんな子なんて言い方しないでよ! 何ですぐ悪って決め付けるの? 」「茶髪にピアスに化粧が? 普通の子はこんな遅くに…」「やめてよお母さん、何も知らないくせに友達を悪く言わないで! 」私は声を張り上げた。そして母に背を向け、友人達の元へ戻ろうとした。「待ちなさい」後ろから母が私の腕をがっちりとつかんだ。「あんたが心配なのよ」母の目は真剣だった。しかし、私にとってそれはうざったい以外の何ものでもなかった。「嫌よ」私は母の腕を振り解こうとした。しかし母の力は強かった。私は、私を行かせまいと必死でしがみつく母を力いっぱい降り払った。すると、思いがけず母の体はすんなりと私から離れた。そして、よろめくようにして車道へ出て行くと、次の瞬間、車が猛スピードで目の前を横切って行った。 車の急ブレーキ音が鳴り響いた。 私は我に返った。気がつけば、目の前にいたはずの母がいなくなっていた。私は震える体で車の方へと歩き出した。「すげー音したぞ、今! 」「事故じゃね? 」友人達も飛び出してきた。「さっきのおばさんだ! 」友人達は体のあちこちから血を流し倒れている母の姿を見ても、ためらうことなく駆け寄った。「おばさん大丈夫? 」「やべーよ、血ぃすげー! 」「救急車よべ! 」「何番だっけ? 」「119だろ、早くしろよボケ! 」 救急車はすぐにやって来た。 病室で母とじっくりと話し合った。その時やっと気がついた。今まで『私を理解してくれない』と母ばかりを責めていたけど、母だけが悪いんじゃない。私も母に分かってもらおうとしていなかった。だから誤解がうまれてしまったんだ、と。 母のごめんねと私のごめんなさいが同時に音になった。
湖の畔では誰かが泣いている。波紋が広がる。 民族学生の草薙は、小さな村を訪れていた。昔、此の地方の水神を信仰した小規模な祭りがあったのだ。ここ数十年は行ってはいなかったが、観光の為と五年前から復活させている。 村全体から湿った土の臭いがした。神楽に備えて、楽器の音や釘を打付ける音が聞こえる。宿泊先の旅館で、ピンクの着物を着た若女将が言った。「何もこんなにしなくてもいいなさ、娯楽が少ないから。貴方もそう思うでしょう」草薙は少し笑った。 夕暮れに、旅館の裏山を散歩する。笹林の隙間から、かさりと音がした。草薙が見ると、髪の長い、着物の少女が立っている。少女は草薙に気付くと短い悲鳴をあげて、奥へと消える。薄く夜になりかけて、すれ違う人間の顔さえアヤフヤだ。 神楽は、予定通りに行われた。速い拍子で演奏される笛と太鼓。水神を象ったグロテスクな面は、黒髪を振乱して踊る。隣の酔った老人が呟いた。「なに、神楽をやったのは観光なんかでねえ。五年前に洪水があって、湖の近くでは子供一人を残して、町内二十人近く死んだんだ。水神の悪戯の所為だど騒いで、祭りを遣っているんだ」老人は飲め、と酒を進めてくる。二十歳を過ぎても、草薙には苦い。 本祭り。若い巫女が古びた祠に御神酒を捧げる。草薙が写真を撮ると、巫女は少し厭そうな顔をした。「・・・水神とは、雨を降らせる聖霊だと思っていたでしょう。この村のは違うの。厄神といって、悪さを働くのよ」他の大学の民族学生が得意そうに言う。祠の隣りに在る湖には、水神が居るという伝説がある。 ふと、眼をやれば、昨日の少女が群衆の中にいた。しかし、次の瞬間、草薙を見つけて走り出していた。後を追う。兎の様な脚力だ。 黄昏。竹薮、薄明かり。少女は逃げていた。彼奴は、草薙は、『あの時の子供』は・・・水神を切る為の守り刀を持っていた。奴は、私を切り、復讐を行うつもりなんだ。 目の前に草薙が現れた。水神は怯えた。美しい顔だった。草薙がいつものように少し笑った。水神が何か言おうとした。 音もなく、湖に波紋が広がった。小さな乱れはやがて全体に広がり、消えていった。 数年後、山奥の村はダムの底になり、総ての記録が消えていった。ただ、湖畔には度々、草薙が立っていた。手を合わせた後、少し笑った。ダムに広がる波紋は、誰も見てない中、ゆっくりと消えていった。
※作者付記: 小説は難しいですね。