第73回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01ある日の由佳花子1000
02名無しの女1073
03笠がない甘木1013
04ブランド・ニューハーフしずる1000
05彼女の名前は河合さん土目1000
 
 
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エントリ01  ある日の由佳     花子


「おっ美人さん!」
 酔客は半ば本気で驚いてみせるが、由佳は、こうした叫声を発する世間普通の男は歯牙にもかけない。
「ママが付けるホステスで客の評価が判る」
 と、言って、彼女は、これはと思う客には、自分の方から相手の心の中へ飛び込んでゆく。否も応も無い、考える時間を与えずに一気に迫る。これをやられると大概の男は彼女に惚れる。客の心を射止める速さと的確さは銀座ホステスのナンバーワンの凄腕。客にしてみれば、変わり種の多い銀座ホステスの中でも、由佳は異色な存在である。自分は上客に扱われていると思うのだろう。由佳のこの性分は夜の仕事で培われたのではない、彼女の生来の性格である。由佳を知る誰もがぽっと出の東北娘を想像することは出来ないが、二十二歳、子持ちのバツイチが葡萄屋に飛び込んで、今年で六年、今、由佳は葡萄屋の、いや銀座の宝である。彼女に手を出そうものならチーフといえども、即、首である。銀座の女王、本名神田由佳子は、ある休日の夕暮れ時、ちょっと複雑な感情を経験していた。
 由佳は葡萄屋に入って直ぐ、先輩に連れられて南新宿のホルモン屋によく通った。豚足と豚の臓器を焼いてさかんに食べた。油が落ちて青い煙が芳ばしいホルモン焼きは、噛んでも噛んでもかみ切れない。適当なところで飲み込むのだが、ジョリジョリした歯触りが何とも言えぬうま味となって生ビールにも焼酎にもよく合う。
 その日、留学生のアルバイトホステスが弟と約束した買い物をするというので新宿までつきあった後、由佳は、彼女らを連れて久しぶりにホルモン屋でくつろいだ。ふと気がつくと彼女のテーブルの向うに、中年の男がじっと火を見つめながら肉を焼いていた。男は箸もあまり運ばず、じりじりと焼け過ぎて、煙が上がるのを由佳は見て見ぬふりをした。男の横に四歳ほどの女の子が賢そうに黙って腰掛けている。男は時々思い出したように、その子の前に焼いた一片を運んでやる。女の子は無心に食べる。その表情が母に預けた我が子の憂にどこか似ている気がして、由佳はハッとした。
「弟思いだね」
 中国娘に微笑んで由佳は平静を装った。その瞬間、彼女は息をのんだ。グラスを持った男の小指の先が切れている。男は酎をグイッと飲み干して、ポニーテールの女の子を背負って黙って店を出た。
「ねえ見た、小指無かったよあの男」
 慟哭する小娘の甲高い声が癇に障ったが、
「そう」
 と、由佳は聞き捨てた。







エントリ02  名無しの女     仁


たった一つの私の願い。
お願い。私の名を呼んで。
貴方が呼んでくれるから、私の名前は意味を持つ。


「おはよう。みゆ。」
「タカちゃん。何度言わすの。私は“みゆき”よ。」
「だって、“みゆき”が二人じゃ、ややこしいだろう?」

幼馴染のタカちゃんは4つ上の大学3年生。
タカちゃんが、大学に入ってから付き合っている女性の名前は“みゆき”だ。
私と同じ名前だから、仲良くなったんだよと、タカちゃんは笑う。

私の名前が、私からタカちゃんを奪った。

タカちゃんが大学に通うようになってから、3ヶ月後には、私は“みゆ”になっていた。
“みゆき”って呼ばないと、拗ねるんだよ。子供みたいだろ? と、タカちゃんは笑う。

「や〜、でも、みゆは本当に綺麗になったよね。彼氏でも出来た?」
「・・・出来た。」
「おお、やっぱり。」

私は努力したもの。あなたの目に映るために。
もっと綺麗に。もっと大人っぽく。もっと、もっと・・・



「どうした?」

放課後の教室。同じクラスの田辺が、私の顔を覗き込んで聞いた。

「ちょっと、眠くなっちゃっただけ。」
「寝て良いよ。俺は、一緒に居られるだけでいい。」

田辺は、私の前の机に座って窓の方を向いていた。
田辺は最近、付き合ってくれと言って来たので、いいよと言った。
私も、“彼氏”が出来れば、タカちゃんなんてどうでもよくなるかと思った。

「ねぇ、田辺。私ね、好きな人がいるの。」
「いいよ。」
「・・・ん?」
「俺は、次でいいよ。2番目には、好き?」
「・・・うん。」

田辺は寝ろよと言って、私の頭にぽんと手を置いた。
彼の顔は見えなかった。
きっと、私と同じ顔をしていたのだろう。



家に帰ると、リビングに、両親とタカちゃん、そして、背の低い、ぽっちゃりした女の子が談笑していた。
私に気付いたタカちゃんは、私に向かって笑った。

「おかえり。みゆ。」
「・・・ただいま。」
「この子、みゆき。」

ブスだ。目は小さいし、豚鼻だし、ぽちゃぽちゃのお肉が顔にまで付いてる。
私の方が、断然いい女。

「わぁ、タカに話は聞いてたけど、本当に美人ね。同じ名前でこんなに違うものなのね。」
「本当になぁ。」
「この子はタカに似るといいなぁ。私じゃ可哀想。」

“みゆき”が私をチラリと見て、笑ったように見えた。

「俺達、結婚することにしたんだ。」
「子供がね、出来たの。名前も、決めてあるの。」
「え? もう決めたの? 俺、聞いて無いよ。」
「うん。“みゆ”。」

今度ははっきり、私に向かって“みゆき”は笑った。

私の名前を、彼は一生呼ばなくなった。




たった一つの私の願い。
お願い。私の名を呼んで。
貴方が呼んでくれるから、私の名前は意味を持つ。







エントリ03  笠がない     甘木


「笠、笠はいかがですか」
 しんしんと雪の舞い落ちる大晦日の晩、お爺さんは通りに立ち、笠を売ります。
 道行く人は、お爺さんを一瞥するだけで、誰も笠を買ってくれようとはしません。
「このままでは正月の餅も買えん……笠、笠はいかがですか」
 けれど、どんなに声をかけても、一つとして笠は売れませんでした。
「ああ……どうしたらええんじゃ」
 お爺さんはガックリと肩を落として笠を見つめます。
「……この笠を燃やしたら、暖でも取れるかのぉ」
 考えて、止めました。一瞬だけ温まっても、その後にかえって冷えてしまい、本当に凍死してしまう事があるからです。
「仕方ない……菜っ葉の漬け物の雑炊で正月を迎えるかの……」
 お爺さんは売れ残った笠を抱えて、家へ帰って行きました。

 帰り道、野っ原の道を横切っていたお爺さんは、六体並んだお地蔵さんの前に差し掛かりました。
 お地蔵さんは社もなく、吹きっさらしの中に立っています。
「むむ! 地蔵様にこんなに雪が積もって! これは頭が冷たくて可哀想じゃ」
 お爺さんはお地蔵様たちに、売れなかった笠をかぶせていきます。
「どうせ持って帰っても、ワシとばあさんの二人きり、こんなに笠はいらん」
 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。お爺さんは笠をかぶせました。
「……おや、一つ足りんのぅ」
 最後の一体のお地蔵様にかぶせる笠がありません。
「困ったのう、可哀想じゃのう」
 お爺さんはしばらく考えていましたが。
「そうじゃ!」
 ひらめいたお爺さんは、お地蔵様に手をかけると――。
「そいっ!!」
 見事な膝車でお地蔵様を一回転、ひっくり返しました。
「よし、これで頭は寒くなかろ。これが本当のサカサ地蔵じゃ、わっはっはっは!」

 その日の晩。
 逆さにされたお地蔵様が怒り狂っています。
「あの爺、とんでもない事をする! あんな爺、糸車の針に指を貫かれて死んでしまう呪いをかけてやろう!」
 それを聞いた、笠を貰った他のお地蔵様たちは対抗する呪いをかけました。
「あのお爺さんは親切な人です、サカサ地蔵にしたのも、一応良かれと思った事です。糸車の針に刺されても死ぬ事はありません、百年眠るだけです――」

 その後、お爺さんは糸車の針に刺され百年眠り、王子様の優しいキスで目覚めました。
 その後お爺さんは城に向かえられましたが、お爺さんにそのケはなかったので、物質的には満たされていても、精神的にはついに満たされる事はありませんでした。
 めでたし、めでたし。







エントリ04  ブランド・ニューハーフ     しずる


「ん? 何だ、これ」
 武志は、礼子の背中に触れた。とても手触りの良い、何かがある。彼は、ひょいと彼女の背中を覗き込んだ。
「わっ! 羽!?」
 礼子の背中には、真っ白な羽が生えていた。
「翼、と言ってよ」
「まぁ、別に翼でもいいけど。……で、何で?」
「そりゃあ、天使だから」
「サラッと言ったね」
「だって真実だからね」
「本当に天使なの?」
「うん。天使。エンジェル」
「全く気づかなかった」
「バレない様に気をつけてたから」
「確かに、俺に背中を見せようとしなかったね」
「バレたら引かれるかな、と思って」
「引きはしないけど」
「そう言えば、武志も、私に背中を見せようとはしないよね」
「そりゃあ、俺、悪魔だから」
 武志は服を脱いで、礼子に背中を見せた。真っ黒な羽が生えている。
「すんなりカミングアウトしたね」
「礼子の次だから、しやすかった」
「本当に悪魔なの?」
「うん。悪魔。デーモン」
「そっかぁ〜……」
 礼子は、うーん、と唸った。
「やっぱり悪魔とは付き合えない?」
「ううん。そんな偏見、今じゃ古いよ」
「良かった」
「ただね……」
「ただ?」
「……私、子供が出来たみたいなの」
「え!?」
 武志は浮かれ喜んだ。だが、礼子は神妙な顔つきをしている。
「その子、天使と悪魔のハーフって事でしょ」
「うん」
「きっと、灰色の翼が生えてくるわ」
「……うん」
「学校でいじめられないかな、って」
「……でも、灰色以前に、羽が生えてる時点で、いじめられると思うけど」
「……」
「……」
「翼って言ってよ」
「あぁ、ごめん……。でも大丈夫だよ! 俺達だって、今の今まで、翼が生えてる事、バレなかったじゃん!」
「でも……。その子、悩むはずよ。自分は、天使として清く生きるべきなのか、悪魔として邪に生きるべきなのか」
「大丈夫! 俺達が育てれば素晴らしい子に育つさ」
「うん……」
「な?」
「そうね」
 礼子は子供を産む事にした。
 やがて、とても元気な男の子が誕生した。二人は、期待と不安に駆られながら、赤ん坊の背中を見た。
「……」
「……」
 白と黒のストライプ柄の羽が生えていた。
「なんか……ハイカラだな」
「武志。ハイカラは古い」
「あぁ、ごめん」
「でも……。本当に、なんかお洒落だよね」
「うん」
「お洒落だけど……。やっぱり……」
「うん……。この子の将来が心配だね」
 20年後、ストライプの羽を持つこの男の子が、世間を賑わす世界的トップモデルとなる事を、両親はまだ知らない。







エントリ05  彼女の名前は河合さん     土目



私は河合家に生まれた事を後悔しています


長引いた役員会はやっとのことで終わりを告げ私は帰路につこうとしていた
「かわいー」
急にかけられた一言に私はドキッとしてしまう
「河合ってば!」
思考が一瞬にして停止し結果として相手を無視していたことに気づき
私は自我を取り戻す
「…何?」
なるだけ無感情に、気だるそうに私は答える
今頃になって頬が照ったが夕日を浴びているから気づかれないだろう
「人を若干無視しといて『…何?』じゃねぇよ!」
ウザイと言いそうになったのをこらえる
怪訝そうな顔でなおも見つめ続けると
「今日暇か?」
「暇じゃない」
一言だけ告げると私は踵を返した
「河合ー」
「うるさい…」
いろんな意味の呟きだ
いっそ耳をふさごうか?
「まぁ待てって」
鞄を持っていないほうの手をつかまれる
さっきよりもワンランク上げたキツイ顔を作りにらみあげてやる
「んなおっかない顔すんなって」
「…」
何でこんな顔をしなきゃいけないか教えてやったほうがいいのだろうか
「家で大鍋やるんだよ」
「で?」
「お袋が呼べって」

大鍋というのは10人前はあるんじゃないかという鍋を用いたいわゆる鍋パーティーのことで私も嫌いじゃない
それに私は料理上手なおばさんのことが大好きで
他の何を疑ってもおばさんとガリレオの言ったことは正しいと思うぐらいだ
そんなおばさんからお声がかかったと聞き断れるはずもなかった


大鍋はとてもおいしくおばさん達との会食も自然と笑顔になり
いつの間にやら夜も更けてきた
「そろそろ帰らなきゃ…」
名残惜しそうにおばさんに告げると
おばさんは玄関口で私を呼び止めると付き人をよこした
正直たいした距離でもないがおばさんの気遣いを無下にはできなかった

「じゃ」
家の前でそれだけ言いさっさと家にあがろうとすると
「なー河合」
「…」
呼び止められたので振り返る、礼儀みたいなもんだ
「お前なんで俺と二人の時はそんな無愛想なんだ」
少し眠気が差していた所に突然確信を突かれて私は心底驚いた顔をしていたと思う
「別に」
「どうせするならニコッとしたりしろよ」
「…」
それじゃまるで私がにこりともしない奴みたいじゃないか
ちゃんと見えないところでは笑顔にもなってるんだ
そういう所を見せ付けてやりたかったのだろうか
それとも早いとこ帰りたかっただけなのだろうか
気づけば私は最上級の笑顔をしていた

「かわいー…」

ドキッ

「無理させて悪かった…」

「…」


私は河合家に生まれた事を心の底から後悔しています