novel
越冬こあら
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ジーパン

 町内会集会場脇の公園の桜が今年も咲き疲れた頃、冬ものの片付けをしていたら、 真新しいジーパンが出てきた。御丁寧に紙袋に入ったままだった。お茶を入れて一服 しながら、紙袋に書かれた店の名前を頼りに記憶を辿り、夫と二人でわざわざ買いに 出掛けた日のことを思い出した。
 退職してから一ヶ月程たった日曜日の夕方、夫は「散歩にも山歩きにも履いて行け るように」とジーパン購入を発案し、馴れない若者向けのジーンズショップで、親切 な丸眼鏡の店員さんと小一時間かけて色と形を選び、半時間かけてサイズ直しまでし てもらった。皮肉なことにせっかく買ったジーパンは、袋から取り出されることもな く、夫は数日後に発作を起こして入院、半年ほどの療養生活が二回繰り返され、とう とう帰らぬ人となってしまった。
 葬式の段取りやら後始末に追われ、その後の生活を続けるうちに、ジーパンの事な どすっかり忘れ去っていた。時の流れをつくづく感じて「よっこらしょ」と立ち上が りしなに、正司にやろうと思いついた。
 一人息子の正司は世帯をもって、三駅先に住んでいる。大分になるが、子供はまだ 無い。夫に比べれば随分と現代的な体型だが、寸法直しくらい嫁がやってくれるだろ う。忘れない様に紙袋のまま下駄箱の上に置いておくことにした。
 九月の第二金曜日、実家に寄って帰ってきた正司は、「親父の形見だ」と言って紙 袋からジーパンを取り出して見せた。お義父さんがなくなってからもう六年も経つの に今更形見分けもおかしいというと、「片付けをしていて見つけたらしい」という状 況を手短に告げられた。
「冬ものの片付けをしていて見つけた」ということは、発見されたのはお義父さんが 亡くなってから五年半後の今年の春で、それから更に半年忘れられていたことにな る。正司は少なくとも週に一、二回、私も月に一回位は顔を出すのに……。
 正司はどちらかというとフォーマル好みでスラックス派だ。今日も休日出勤だとい うのにブレザー姿で出掛けていった。結局、お義母さんに言われるままジーパンなん か持って帰ったけども、箪笥の肥やしになるのが関の山だろう。狭い収納スペース は、つまりそういった想い出や善意で少しずつ埋められていく。今は元気なお義母さ んもいずれは一人暮しが難しくなり、結局は私達と同居することになるのだろう。正 司は一人息子だから仕方ない。そうだろうか。思わぬ方向に連想は馳せていった。 曇っていた窓外は、やがて秋雨が降りだした。
「お義母さんが片付けをして発見し、正司にやろうと思って、正司が家に持ち帰り、 箪笥の肥やしが増える」という一連のジーパン物語は、何故か半年後に再び起こっ た。
「お袋も歳だから仕方がないさ。最初にジーパンを見つけて俺にくれたことがよほど 印象に残ったんだろう。もう一度そんな話がしたくて、自分でジーパンを買ってきた んだ。傑作だなあ」と正司はわりと平気そうだが、私は、お義母さんの記憶力の減退 が心配になった。そういった減退は、意外と早く進行し、介護が必要な状態になって しまうのではないだろうか。正司は「元気そうだった」と取り合ってくれない。身体 は元気でも……。
 その後、お義母さんのジーパンはまるでなにかの行事のように季節毎に繰り返さ れ、箪笥には、様々な店の袋に入ったジーパンが増えつづけた。
「店もさあ、ジーパン専門店からだんだん量販店に移っていって、けっこうコスト意 識とかは根強く残っているようだから」大丈夫だと正司は言った。
「捨てればいいじゃない。ポイポイっと。考え過ぎよ、いつもあなたは。それも引っ 込み思案で。正司さんにもそう言っちゃえばいいのよ。アパートの収納なんてたかが 知れてるんだから、そのうち埋まっちゃうよ……じゃあさあ、他の貰いものとかどう してんのよ。靴下とかタオルとか石鹸とか使っちゃうでしょ。使わないものは誰かに あげちゃうとか、お裾分けとか何とか、そういう万物の流転の中で生活していかない と……どうすんのよ」多少大げさな部分もあったが、友人の電話は、真理を突いてい た。
 捨ててしまおうと思ったが、正司にそう言うのもためらわれた。何も言わずに捨て てしまうと、ある日突然「あのジーパンどうした」とか言い出すに決まっている。本 当に何かの贈答品の様に「美味しく頂いたじゃない」と答えられたらいいのだが…… そうだ。
 裁縫用の大きな鋏を用いて、ジーパンを一口サイズに切り刻んだ。試しに左足だ け。よく熱した鍋に脂をひいて、ジーパンを少量の砂糖と醤油でやや焦げ目がつくま で焼く。白菜、ねぎ、しいたけ、白瀧、麩を入れて、煮込む。ぐつぐつ湯気の中で白 菜が透き通ってきたら食べごろだ。
 正司は好き嫌いなく、何でも食べる。特別に感動することもないようだが、文句を 言うこともない。従って、その夜のすき焼きも違和感なく食べていた。もちろん私も ご相伴した。全体にパサパサとした淡白な味だが、縫い目の辺りはコリコリとして歯 触りもよく、高級食材を思わせた。
 まな板の上にたっぷり打ち粉をふり、たたんだジーパンを乗せる。小間板で押さえ て、包丁をまっすぐに当て、押し出すようにして切る。大きなお鍋にたっぷりのお湯 を用意して、刻んだジーパンを茹でる。関西風の透き通ったお出汁で頂く。
 組合の要望で昨年新設されたカウンセリングルームの事は知っていたが、訪れたの は初めてだった。室内は隣の医務室のような硬さが無く、落ち着いた中間色でまとめ られていた。正司は中央に置かれたソファーに横になって、カウンセラーはソファー の隣の椅子に掛けていた。
「お母様の物忘れや同一行為の反復は、年齢的に少し早いようですが、痴呆症の表れ でしょう。ちょっとした物忘れは基本的には加齢に伴う変化で特に病的な心配は必要 ありません。あなたの症状は、それが遺伝したという訳ではなく、神経症、つまりノ イローゼの典型的な初期症状と思われます。物理的な原因も考えられますが、根本的 にはストレスと疲労が祟ってます」
「はあ」
「家庭でも職場でも完璧にこなそうという意識が強いので、つい必要以上に頑張って しまう。そのことが知らず知らず神経のテンションをいつも高めて、その反動で、味 覚等の基礎的な神経が変調を起こしてしまう。結果、正しい食感を得られなくなり、 布や紙を食べているような錯覚に陥っていしまうと考えられます」
「はあ」
「あまり自分を追い込まずに、気を楽に持って、四、五日休暇を取って、旅行にで も……」カウンセラーの言葉は続いた。
 その日正司は、いつもより大きな袋を持ち帰った。その頃になるとジーパンを持ち 帰る回数も月に二、三回に増えており、持ち帰ること自体は何でもなかったが、袋の 大きさには驚かされた。悪い予感は的中し、袋の中にはお義母さんがちんまりと入っ ていた。
「袋にお袋……」正司らしくないギャグを遠くで聞いた気がした。
 三人で遅い夕食を囲んだ。私の料理は、素材にも慣れて、随分洗練されてきた。特 に中華風の煮込みは、他では味わえない仕上がりだった。三人は終始無言で食事し た。お義母さんはこのままずっと我家に居座るつもりだろうか。どんよりとした不安 を飲み込んで「ごちそうさま」正司はもう食卓を立っていた。
 久しぶりの息子夫婦との食事を終え、お茶を啜っていると、嫁はさも当然のように 私を袋に戻して箪笥に仕舞った後、「新しい食材か」と呟きました。

文字数:3000



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