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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第67回バトル 作品

参加作品一覧

(2006年 7月)
文字数
1
千希
2999
2
中川きよみ
3000
3
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
4
ごんぱち
3000
5
るるるぶ☆どっぐちゃん
3638

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頬擦りと、キスをこめてあなたへ贈る
千希

 彼女の歌は美しかった。
歌詞は文章としての意味をなさない、言葉の羅列あるいは日本語ですら無いどこか異国の聴き慣れぬ言語あるいは言葉ですら無いささやきであった。しかしメロディーは素晴らしく美しくそれと相まると歌詞は命を持つのだ。それは生き物のように私の耳に入り込み、私の心を洗っていく。意味を持たなかったその詞は、耳にしてふと目に涙の浮かぶような種類の懐かしさを伴うようになる。それはまるでこの国ではないどこか遠く、自分が産まれる前に耳にし、馴染んだ言葉のように聞こえるのだった。
 私は彼女を知ると、それまでに出ていたCDを宝物を集める様に少しずつ買い揃えた。彼女のCDはインディーズの、聞いた事も無い名前の小さなレコード会社からリリースされていた。今となっては珍しい、8cmCD。しかも一枚に収められているのは一曲。アルバムも発売されていなかった。
今はどこだってシングルのCDはカップリング二曲のマキシシングルが当たり前。1束幾らの投げ売りだ。でも彼女の歌は違った。曲名と彼女の名だけが記されたシンプルな、掌に乗るサイズのパッケージ。開けるといつも、南国のオウムのように鮮やかな色をした小さなCDが収められていた。そしてその小さな円盤に収められた5分弱の何にも変え難い幸福。人付き合いが苦手で会社で上手くやれない私を、彼女の歌は随分と慰めてくれたものだ。
 やがてそれまでリリースされた全曲を集めると、私はレコード会社に電話をした。「彼女の新しいCDが出たらその都度送って欲しい」と。電話に出た男性は妙にてきぱきとした様子で私に必要な事柄を質問した。同じように望む人が多いのだろうな、と私はぼんやりと思った。少しだけ悔しい気もした。それから何年か、私は毎日自分の部屋のポストを楽しみに覗いて過ごした。彼女の歌が届けられるのは良くて2、3カ月に一度。大抵は半年に一度ほどだったから、ポストを開けて見つかるのは請求書かダイレクトメールの類がほとんどだったのだが、時折それらに埋もれてやってくる薄い青の封筒を楽しみに私は期待を持ってその銀色の扉を開くのだった。実際にそれが届いていなくとも、その心踊る気持ちすらも私には得難く幸福な事だった。CDが届いた晩には私は手紙を書いた。所謂ファンレターだ。時には徹夜で書き綴ってしまう事すらあった。それほどまでに彼女の歌は私の心に感情を溢れさせ、私はそれを吐き出すと封筒に入れてしっかりと封をして、ポストに思いを投函するのだった。
 二年ほど前だったろうか、ぱたりと私の部屋のポストにCDが届く事が無くなったのは。最後のCDが届いてから一年ほどが経ったその日、私はレコード会社に電話をした。
受話器の先に聞こえたのは無情にもお馴染みの『この番号は現在使われておりません』の単調なアナウンスだけだった。私はあまり目新しい物には手を出したがらない臆病な人間だったからパソコンも持っていなかったし、インターネットなんてさっぱりで、携帯電話も仕事にしか使っていなかった。だから彼女の歌が好きな他の人との交流なども一切無かった。今まで届いたCDやそれが入っていた封筒など手当りしだいに引っぱり出しては隅から隅まで目を通し、他に連絡先などがないか改めた。封筒に押された掠れたゴム印に記された会社の住所がぎりぎりで日帰りできるところにあるのを知ってある日曜新幹線に乗ってそこを訪ねたりもした。しかしその住所が示す雑居ビルの3階にはもう別のテナントが入っていた。
 私は途方に暮れた。
わかるのは、もう彼女の新しい歌は聞けないという事。しばらくは呆然と会社に行き呆然と部屋に戻り眠ることを繰り返していたが、やがて部屋から出るのが億劫になり、そのうちに布団から起き上がる事すら面倒になった。
私は一日の大半を眠って過ごした。起きている時間は彼女の歌を聞いた。しばらくは失業保険のお金も受け取れるし、無趣味なせいで使い処がいまいちわからなかったので貯金もそれなりにあった。このまま眠って過ごすだけであれば後2、3年は余裕で暮らす事が出来るはずだった。その後の事など考えたくも無かった。
眠って、起きては少しだけ何か食べてCDをかけ、また微睡んでは用を足し、また眠る……それを繰り替えしながら何日かに一度コンビニに食料を買い足しに行った。そしてこれだけはこんな生活をするようになっても欠かせず、一日に一度はポストを開けた。
私には何もなかった。ふとした拍子に息が詰まるほどに何も無かった。
 それは、突然やってきた。
いつものように錆び付いてきてしまったポストを開けた私の目に写ったのは、何度夢に見たかわからない、幻覚まで見たあの青い封筒だった。私は幻を見てしまった時にやるように両手で何度か顔を擦り、それでも封筒が消えないのでもう一度それを繰り返し、それでもそこに封筒があったのでようやく本当の封筒かもしれないと気がつき、途端に震えてきた指先を伸ばした。こんな時になっても私はまだ、封筒を破ってしまう気にはなれずアパートの階段を駆け上がった。そして埃にまみれたテーブルの上からペーパーナイフを探し出し、急いて一度それを取り落とし、深呼吸をしてから拾い上げ、封を開けた。
中から出てきたのは、これまでと同じCDケース。それと折り畳まれた便箋だった。
 わたしの歌を愛してくれたひとへ
その封筒と同じ薄青色をした便箋の一行目にはそう書かれていた。

『わたしの歌を愛してくれた人へ
 この手紙と、わたしの最後の歌を
 わたしの歌をほんとうに愛してくれた
 何人かの人に送ります。
 わたしにとって歌はいきがいでした。
 でも、いまはもう何故か、歌がうたえないのです。
 せめてわたしの最後の歌を贈ります。
 これをあなたがたが聞けるのは一回こっきりです。
 一回再生すると、このCDは溶けてなくなってしまうのだそうです。
 そういう風につくってもらいました。
 あなたがただけを特別扱いする、そのことに少し心が痛むからです。
 だからわたしの最後の歌は一回だけの、
 わたしが一度もやることがなかったライブのようなものです。
 あなたが、いいと思った時に、心をきめて聞いてください。』

 筆圧が弱くて、辿々しい字でそれは書かれていた。
私はそれを、何度も何度も読み直し、そしてそれからやっとCDに手を伸ばした。
ケースを開けると、そこにあったのは氷のように透き通った8cmCDだった。
いつものオウム色ではない、何の色も無い透明な後ろの景色を透かすCD。
彼女の最後の歌が収められたCD。
本当に、たった一度きりなのだろうか。
それでも。
 私は、デッキにCDをセットした。
再生ボタンを押す時にはさすがに手が震えたが、迷いは振り切った。
今が私の『いいと思った時』だ。
一回こっきり。
行われなかった彼女のライブ。
in my room 。

 ♪

 気がつくと、私は涙していた。
その時にはまだ自分が歌えなくなるなどとは思っていなかったのであろう、いつもの通りの彼女の声。懐かしくて切ない、前世の言葉。
毎日ポストを開けて待ち望んだそれは、暖かく私を包み込んでくれた。
私は、便箋を握り締めて、泣いていた。
ありがとう、と。
その言葉だけが口をついて出た。
私の数年間を支えてくれた彼女の歌。
今彼女は支えていた私の手を包んで温かな頬擦りと、お別れのキスをくれたのだ。
私は、やっと前に進める。
ありがとう。
頬擦りと、キスをこめてあなたへ贈る 千希

雨ふり、道まどい
中川きよみ

 そのとき私は、何も見ずに何も考えていなかったのかもしれない。
「ねえ、もうそろそろ一緒に暮らさない?」
 もう一度言われて、ようやく恋人の手元にあるグラスに焦点を合わせた。いや、もしかしたら何か別のことを考えていたのかもしれない。
「……うーん、考えておく」
「またそれかよ」
 少し怒ったような、そして多分にいたわりの含まれた言い方だった。これをプロポーズと呼ぶのであれば、ここ数年でもう5回以上は聞いたプロポーズだったし、互いに「そのうちこの人と結婚するだろう」と半ば諦めたような親しみある確信を抱きあっていることを分かっている。
 毎日雨ばかりで頭が重い感じがしていて、そのせいか皿のパスタは半分も残してしまった。恋人に言うと、彼は空になった自分の皿と交換してあっさり平らげてくれた。口の周りをトマトソースで子供のように赤くしていたので、ほっとして少し嬉しくなった。

 「じゃあ、また」
 今夜はうちに寄らずにアパートへ帰るらしい。私だけホームに降りると、恋人は屈託ない笑顔で右手を上げた。電車のドアが静かに閉まる。私も明朝は名古屋へ出張だったので、泊まりそうな気配になったら断るつもりでいた。
 一体どうして私はいつも恋人のプロポーズを保留にしてしまうのだろうか。電車を見送りながら申し訳なく感じるけれど、まだいい、と思う。
 改札を出ると湿った風が吹いていてまた雨になりそうだった。
 もしかしたら妊娠とか海外転勤などというもっと具体的に差し迫った状況が来ることを待っているのかもしれない。ふと、他人事のように思い付く。

 私は先月東海地方の担当に異動したばかりで、名古屋支社への出張は初めてだった。妙に緊張したが何とか問題なく会議を終え、やれやれと思いながら書類を片付けていたら、会議では一言も発言しなかった課長が何か言いたげにニヤニヤ薄笑いを浮かべて寄ってきた。
「何かまだ?」
「いやぁ、貴女が高島さんだったんですねぇ。記事、見ましたよ」
 少なからずうんざりする。わざわざそんなことを言うために来たのかと、こちらが気恥ずかしくなり曖昧に微笑むしかなかった。
 雑誌記事のほんの片隅に載ったのは半年以上も前だ。「30代キャリアウーマンの輝き」とかいう記事で、様々な職種の女性がずらりと並んでいた。私はその中の一人で、両隣は看護士とレストランのコックだった。写真写りが悪くなかったことと、社内で女性トップの業績と判断されての人選だったこととで、当初は気を良くしていたが、仕事で行く先々で話題にされる内に無性に面倒臭くなった。あんな風に注目された人間に対して、親しくもない相手はやっかみ半分でアラを探して満足する。それはどうだって良いことではあるもののやはり良い気持ちにはなれないし、だから特に仕事中は以前よりもずっと気を引き締めていなくてはならなくなったのだ。
「少しでも出ると杭は打たれるものですね。打たれすぎて私の頭はすっかり平らになりましたよ」
 仕方がないので、元来平らなカタチの頭をペンペン叩いて見せる。課長はまだ薄笑いを顔に貼り付けている。
 ようやく支社の玄関を出た頃にはくたびれ果てていた。小雨がちらついていた。

 ぼんやりしていたので、間違えて逆向きの地下鉄に乗っていることに気付くのに数駅かかってしまった。知らない駅に降り反対側ホームで電車を待ちながら、些細な自分のミスにやたらと腹が立ってきた。夕方のピーク時間帯にさしかかって人が増え始め余計に苛つく。きっととても無愛想な顔をしていたと思う。
「……あの、失礼ですが、高島さんですか?」
 突然男に名前を呼ばれ、眉をひそめて振り向いた。ちょうどホームに電車が入ってきた。
 えっ?!
 予測もしなかった人が立っていた。
「かっ柿沢先輩?!」
 素っ頓狂な声をあげる私に先輩はにっこりと微笑み、乗るの?と電車を指し示す。私が頷くともう一度笑顔を浮かべた。混み合う車内で人波に押され、チビの私は背が高い先輩の胸に肩が触れ、見上げる姿勢になる。鮮やかにフラッシュバックした「あの頃」に呑み込まれそうだった。
「どうして? ここに?」
「僕は名古屋に転勤になって一昨年からここなんだよ。これから会社に戻るところでね。高島さんも?」
「いえ、私は東京で、今日は出張で来ているんです。これから帰るのですが名古屋には慣れていないので反対向きの地下鉄に乗ってしまって……奇遇ですね」
 ややくたびれたスーツを来ている先輩は、とても普通ですっかり周囲に溶け込んでいた。学生時代の一時期、あんなに特別に見えていたなんて摩訶不思議だ。特にどこかが劇的に変化した訳ではない、人の良さそうな笑顔も茫洋としたたたずまいもそのままなのに。
「東京なんだ」
 こだわりがなく穏やかな先輩の口調は、私をひどく動揺させる。思考がショートして話しかけるセリフを思い付けない。
「……」
 地下鉄は暗いトンネルを轟音をあげて進んで行く。騒音のせいにして私達の会話はじきに途切れたままになったけれど、頭のどこかにはシンとした深い静けさがあった。もうすぐ駅に着くのだろう。
 共有するものが過去にしかないというのは、せつない。いつかのように隣に立っているのに、話すことが何もなくて哀しくなる。多分、ただタイミングが合わなかったのだろう、自然に終わった恋だった。吊革を持つ先輩の左手にずいぶん使って傷つきくすんだ銀色の結婚指輪がはまっているのを見ながら、この人とはこの先もずっと、人生の軌跡が交わることがないと思う。
 地下鉄は駅に近付いて減速しはじめている。案内放送が流れる。
 これから新しく築きたい関係は何もない、ただこの人ととても近い場所で生活した時間が揺るぎなくて懐かしい、ただそれだけ。
「あの……」
 私の声は停車の騒音にかき消される。背の低い私のために、先輩は身体を折って耳元に口を近づけた。
「会えてよかったよ、元気でね」
 さようなら、と口パクで伝えて、私は降車客の波に飲まれて車外に押し出される。振り返ったけれど、もう先輩の姿は分からなかった。

 埃っぽい地下鉄の駅構内で、動揺の名残の鈍痛を抱えて立ち尽くす。雑踏の中で唯一人、取り残されるような寂寥がかすめた。
 例えば「あの時」何かが少し違っていたら、今頃、私はこの知らない街で先輩と生活していたのかもしれないと、とりとめもなく想像してみる―――いや、違う。
 道は複数、ともすれば無数にあったようにも思えるけれども、本当はいつも一本しかなかったことには以前から薄々感付いていた。私が私として選び得る道はたった一本しかなかったのだ。条件が何一つ変わらないとすれば……そして実際それらは変わることはない、「あの時」の私は何度同じ岐路に立たされたとしても必ず同じ道を選んでしまう。
 そしてもちろんこの先も、私はその都度、私が取り得るただ一つの道を選んで生きてゆく。

 そう、今の私は、疲れたので缶ビールとお弁当を買って東京へ帰る新幹線に乗り、今夜はジムに行くこともなく、そしてプロポーズはまた保留する。
「確信犯だわ」
 目を閉じて深く息を吸い込む。目を開けた時の私は、もう不敵な微笑みを浮かべていた。
 そして再びしっかりと歩き出す。戻ることのできない、いつだってたった一本しかない道を。
 地下街からJRに続く地上へ上がると、いつの間にか雨も上がり透明度の高い夕景が広がっていた。
雨ふり、道まどい 中川きよみ

(本作品は掲載を終了しました)

武勇伝
ごんぱち

「首都攻略戦の前夜に、部隊の中でも勇猛で、成績優秀な者を集めて、特殊部隊が編成されたんだ」
 帰還兵の頬の傷は、古傷と呼ぶには新しかった。
「前の作戦で、五人を倒したオレにも、当然お呼びがかかった。作戦内容は全く知らされず、ただ、危険な任務だ、とだけ聞かされた。並の兵士なら躊躇うところだが、うちの隊にそんな腰抜けはハナッからいない。オレも二つ返事で引き受けた」
 車座になった子供達は、興味深げに帰還兵の話に耳を傾ける。
「作戦当日になって、隊長が行き先を教えてくれた。どこだと思う?」
「おじさんたちの部隊が、先発隊で切り込んだんでしょ?」
「そうそう、トンネルを掘って」
「近いが違う。街を攻める時はな、何が大事だか分かるか?」
「大砲!」
「毒ガスじゃないかな」
「折れない心だよ!」
「ははは、どれも大事だが、ちょっと違うな」
「じゃあなに?」
「それは、敵の逃げ道をなくす事だ。逃げ道をなくせば、士気は下がる。臆病風に吹かれた軍隊なんて、水槽の金魚みたいなもんだ。トン、と水槽の縁を叩いただけで、ぱっと逃げちまう」
「そっかぁ」
「だからオレたちは、首都から北へ延びる道沿いにあるスパイ村を攻撃する事になった」
「スパイの村なの?」
「悪いねー」
「当然、首都に攻め込めば退路になるのは間違いない。そこで、オレたちは、夜の闇に紛れてスパイ村に乗り込んだ」
「反撃された?」
「スパイにはスパイだ、オレたち特殊部隊のうちの一番芝居の上手い軍曹が、何も知らない顔をしてスパイ村に潜り込んだ。スパイ村の連中は、表向き中立だから、素知らぬ顔で軍曹をもてなした。ここからが凄い」
「どんなの?」
「早く早く!」
「歓迎の宴会が開かれたんだ。場所は村長の家、広い部屋の中で長くつなげたテーブルを囲んで向こうとこっちに座る村長と軍曹。その周りには、女や子供のスパイたちが座っているから、もしも何か怪しい動きをしたらすぐに軍曹は殺されてしまう。軍曹は宴会を楽しんでいる顔をして、こう言ったな『いやぁ楽しい。お礼に剣舞をお見せしよう』」
「わかった、剣舞のフリをして、スパイをやっつけるんでしょ」
「そうだね」
「あたまいい!」
「スパイ村の連中もそう考えたんだろう、軍曹の剣舞の申し出を断った。軍曹はかなり不機嫌そうな顔になって、言ったな。『ならば、せめてご一緒に乾杯ぐらいはお付き合いしていただけますかな』と」
「えー」
「しっぱいしたんだね」
「いいや、実は軍曹の策略は、酒を飲ませる事だったんだ。乾杯乾杯それ乾杯、俺の酒が飲めないのか、と、自分も飲むし相手にも勧める。それだけ飲めば、スパイと言えども酔って来る。声が大きくなって、注意力がなくなる。軍曹が外に出て小便をしたのが合図、残りのオレたちが一気に攻め入った」
 子供達は、きらきらした目で、続きを待つ。
「奇襲に音のする銃は向かない。まずは弓矢で見張りを倒した。それから一気に外がわの家から踏み込んで、声の出るものはブタや犬まで、片端からサーベルで首を落とした。眠っていたスパイの首を落とした時は、転がった首が斬られたのも気付かずにいびきを立ててたもんだ」
「ははは!」
「銃声の一発も鳴らないものだから、スパイたちも気付かない。どんどん切り捨てていくうちに、村長の家だけが残った。オレたちが踏み込んだ時の村長は、間抜けな顔をして。『どうしました?』と聞いたもんだ。その間抜けな顔のまま、みんなすっぱり切り捨ててやった。スパイの親玉なんて、どんな血が流れているのかと思ったら、やっぱり真っ黒い血が出て来たぞ」
「へえ!」
「そうなんだ!」
「しかもその血が臭い臭い。しばらく臭いが落ちなかった。帰ってから、お国から賜った大事な軍服を汚しおって、って、ぶん殴られたぐらいだ」
「それで、それで?」
「でも、間抜けなスパイの中にも、ずるがしこいのがいてな。『助けてください!』とか、降参したフリをして近付いて来るんだ。坊やたちと同じぐらいの年齢のくせに、涙まで流してオレたちを騙そうとするんだ」
 子供達は、顔を見合わせる。
「そこでオレは、『よし分かった捕虜として助けてやる、収容所に連れて行ってやろう』と、言ったな」
「えっ、スパイ逃がしちゃったの?」
「そんな事したら、大変じゃない?」
「ははは! 続きがあるのさ。『トラックを用意するから待ってろ』と言って、村長の家に集まらせたところで、予め仕込んでおいた爆弾をドカン! だ。たった一つの爆弾で、スパイが五〇人はやっつけられたな。経済な事この上なかった」
「やった!」
「すっごーーい!」
「これを見て、周りに隠れていた一人の女スパイが飛び出して来た。こいつが女だてらに、腕が立つ。クギが仕込まれた棍棒で殴りかかる。不意を打たれて、オレの頬がざっくりとやられてしまった」
 帰還兵は自分の頬の傷を指さす。
「だが、そんなもんで怯むようなら、ハナッから特殊部隊になんか選ばれない。オレに手傷を負わせていい気になっているところを、腕を掴んでえいや、と投げ飛ばし、ふん縛った。それから、みんなで散々お仕置きをしてやった後、首を落としたな。最後までこっちをかっと睨んで、敵ながら天晴れだった」
「敵にも強いのがいるんだねー」
「それに勝ったんだから、おじさんの方が凄いんだよ」
「とうとうスパイたちは、観念して逃げ始めた。だが、そのまま敵に合流されては厄介だ、オレたちはよーく狙って一人づつ倒していった。何たって、我が軍の銃は性能が良い、十発撃って、十二人倒せた」
「ええっー? そんなのおかしいよ」
「一発で二人も倒せないでしょ?」
「ははは、嘘じゃないぞ。背中に子供のスパイを背負ってたのが二人いたから、十二人だ。そうして、逃げるのもいなくなったな」
「村を占領できたんだね?」
「バンザイ!」
「いやいや、油断は禁物だ。こんな状態になっても、まだ隠れて攻撃の機会を狙うのが、スパイの本能ってヤツだ。オレたちは、首都の攻撃作戦が始まるのと同時に、家一軒一軒に火をつけた。これで、首都にこもっていた臆病な敵軍は退路が断たれた事に嫌でも気付くし、隠れたスパイも丸焼きに出来て一石二鳥ってヤツさ」
「それで、スパイはいたの?」
「残ってたの?」
「ああ、いたいた。どこにいたと思う? かまどの中だよ。子供や赤ん坊のスパイが、小さくなって、包丁を持って、隙を伺ってたらしいんだが、家ごと焼かれてそのまんま真っ黒焦げさ! 薪になりたいんだったら、もう少し小さく割らないとダメだな」
「はははは」
「馬鹿だねー」
「火を逃げるのにかまどの中なんて」
「それから、家を焼く炎を使って朝飯を作ったんだが、丁度汁を飲もうとした時に、首都の方で大爆発が起こってな。それが新聞なんかに載っている、武器庫の爆破だな。あの時の爆発は、もの凄いもので、かなり遠くにいたというのに、丸一日ぐらい耳がキーンとなったもんだ。敵はこの武器庫爆破で降参したと言われているが、もしオレたちの作戦が成功してなかったら、降参せずに逃げ出して、それを倒すための追撃戦が今も続いてたかも知れないな」
「すごい、すごい!」
「かっこいいなぁ、おじさん!」
「ぼくも兵隊さんになりたい!」
「ははは、きっとなれるよ、強くて勇敢な兵隊にね」
 帰還兵は笑って子供たちの頭を撫でた。
「その時が来るまでは、オレたちが、命を懸けて坊やたちを守ってあげよう」
 彼の顔は、誇りと愛に満ちていた。
武勇伝 ごんぱち

ビッチ
るるるぶ☆どっぐちゃん

 男共は女を相手にするよりも可愛い男の子を可愛がるほうが性に合っていると見えて、どこからか、まあファンの取り巻き連中から見繕ってるんだろうけれども、4,5人ばかりも連れてきて、それでもって連日飽きもせず行為に耽っている。一体どこから持ってくるのか分らないがチェックのミニスカートだのレオタードだの、セーラー服だの何ので、まあ全くもって楽しげなのであった。男の子達もまああれなもので、綺麗に化粧して貰ってスカートはかせて貰って、髪の毛を可愛く結わいて貰ってそれでぽわんとなってしまっていて、後ろ手に縛られている頃にはかわいらしいあれをかっちかちにしてしまっていて、すすんでおとこたちのをしゃぶりだすのだからまあなんというかあれであって、ともかく恐れ入る。
 はやってますからなあ。廊下で落ち合ったヤスダは、ポルポに資料を渡しながらそう言った。はやっているんですよ、ああいうの。ふうん、そうなの。ええ。まあ、おれが若い頃も、流行ってたんだけどね。へえ、そうなんすか。へえ。へええ。
 資料をべらべらめくり、数字を確認する。ポルポの思ったとおりの数字だった。
「ヤスダ、これ、見た?」
「見ました」
「大変なことになっているね」
「ええ、そうっすね。どうしましょうね」
「まあ、なんとかするしか無いんだけどな。とりあえず行ってくる」
 ポルポは渡り廊下を抜けて部屋の前に立つ。あー、あー、と咳払いしてノックした。中から大きな声が聞こえる。怒鳴り声、叫び声。部屋の外にいてもそれれが聞こえてくる。ポルポはドアを開ける。
「この××××!!」
 ミッチは長い金髪を振り乱しながら叫んでいた。
「まったくもって期待外れもいいとこね! あんたなんて@@@@@で××××なんだからとっとと#####を%%%%して出て行きな!!」
「なんだとこの@@@@@@め! おまえなんて####が*****じゃないか!!」
 ステッペン・ソルボーダグ監督はテーブルを蹴倒しながらそう怒鳴った。
「ええと、まあ、まあ、お二人とも、落ち着いて」
 そう言いながらポルポは二人の間に割って入ったが、ステッペン監督はポルポを跳ね飛ばし、ミッチの金髪を掴んだ。
「こうしてやる!!」
「痛い!! 放せこの@@@@!!」
「死ね! 死ね!」
 ステッペン監督は怒鳴りながらミッチの頬にげんこつをくれた。がつん、がつん。鈍い音が響くがミッチの方はミッチの方で全くひるまず、長い足をいっぱいに伸ばして蹴っ飛ばしてる。靴が脱げ、黒いストッキングが露になった。
 がごん。ポルポが椅子をステッペン監督の頭に振り下ろして、ようやく二人は離れた。
「このうんこ野郎ども」
 肩で息をしながら、頭からだらだらと血を流しながら、ステッペン監督はゆっくりと歩き出した。歩き出すと、ベルトが壊れてしまっていたらしく、ズボンがずるりと下がった。たくしあげ、ステッペン監督はちくしょう、と一言吐き捨てるように言った。それから肩越しにミッチを睨むと、
「二度と来るか馬鹿ものどもめ。ファッキュー」
 そう言い残して部屋から出て行った。
 ミッチはソファにどすん、と腰を下ろした。鼻血がだらだらと溢れていた。
「ティッシュ、ある?」
「あるよ、どうぞ」
「ありがと」
 ちん、と音を立ててミッチは鼻をかんだ。
「たいしたことないわね。たいしたことないんだわ、まったく。まったくたいしたことない。見掛け倒し、とはまさにこのことよ。少しは出来る男と思って期待してたのに。全くたいしたことないわ」
 20世紀最も偉大であった天才映像作家ステッペン・ソルボーダグ監督と、今世紀初のカリスマシンガーミッチは最初非常にうまくやっていた。意欲的なプロモーションビデオを撮るんだ、とミッチはとてもはしゃいでいた。
「見てよこのコンテ。あの方は凄いわね。とても凄いわ。あの方とならやれそう。凄いものを作れそう。とってもとっても楽しいわ」
 最初のうちは、そうミッチは言っていた。そしてどんどん金を使い、ビデオを撮り始めた。
「これ見て、ねえ、これ見てよ。本当に凄いわ。めちゃくちゃカッコいいわ。すごくいかしてる。こういうのが撮りたかったのよ! こういうのよ!」
 しかしまあ結局ミッチのいつもの病気が出た。監督に対してだんだん不満を言うようになった。
「なにか、違うのよねえ」
 それは加速度的にその激しさを増していき、そして、今日の、この事態を迎えた。
「で、どうする?」
「なにが」
 ティッシュを鼻に詰めながら、ミッチは答える。
「なにが、ってビデオだよ。どうするの、まだ完成して無いだろ」
「ああ、勿論撮り直しよ」
「全部?」
「決まっているじゃない」
「ああ、そう。分ったよ」
 ポルポは答えながら心中で計算を始めた。昔から数学が良く出来、大学で経済まで学んだ彼なので、すぐ絶望的な数字を算出することが出来た。
 だが彼は怯まないのだった。彼は芸術に身を捧げた戦士であり、最後まで決して諦めない闘志を持っており、すぐに状況を打破するべく、優れた頭脳をフル回転させて、どうにかこの状況の脱出口を探すべく考え始めた。
 彼は芸術に身を捧げた戦士であった。自分に才能などないことを知っておきながら、しかし芸術に身を捧げた戦士であった。セックスドラッグなどに安易に逃げない、そんなことをして安っぽいデカダンを語ったりしない。何万CDを枚売っても、結局借金しか残らない。しかしそれでも彼は諦めないのであった。
「ええと、宜しいですか」
 部屋の外からヤスダの声がした。
「お客さんです」
「今駄目だよ」
「ええと、ミッチさんの、お父様です」
「お父様?!」
 ミッチは飛び上がり、ドアへと走り出した。
「お父様!」
「やあミッチ。久しぶりだね」
 父親と腕組みをして、部屋の中へとミッチが入ってくる。
「お父様あ、ミッチは寂しかったわあ」
「ごめんなあ、でもお父さんはひとつのところにはいられないからなあ。お父さんは、ひとつのところに縛られては生きていけないからなあ」
「いいのよ、戻ってきてくれてうれしいの。ほらポルポ、早く出て行ってよ、久しぶりに親子の再会なんだから」
「はいはい」
 そう言ってポルポはろくでなしの父親の脇をすり抜け、外へと出た。
「おとうさまあ、ほんとうに、ミッチは本当におとうさまが、好きですわあ」
「ははははははは」
 ポルポは扉を背にへたり込んだ。
「どうでした」
「まあ、どうもこうもないよ」
 ポルポはタバコを取り出す。
「俺で良かったら、しゃぶってあげることくらいはしますけど」
「しゃぶる、って、おまえが?」
「ええ」
「いや、いいよ」
「駄目ですか? 俺じゃ」
「いや、そうじゃないよ。でも駄目なんだ。俺、インポだからな」
「え、そうなんですか」
「ははは」
 ポルポはライターを手に取る。しかし火をつけることは出来なかった。
「ポルポさん、大変です。銀行の方が」
 廊下の向こうから大声が聞こえた。そしてすぐにスーツを着た男たちにポルポは取り囲まれた。
「すいませんが、ポルポさん。返済の期限はもうとっくに過ぎているんですがねえ。どうしてくださいますか」
 ポルポは顎を上げ、男たちを仰ぎ見た。
 背後からは親子の声が聞こえる。
(ああ、おとうさまあ、ほんとうにだいすきぃ。ほんとうに、ほんとうにすきよ。ほら、こんなに)
(見せて御覧なさい。お父さんに全てを、見せてごらん)
(いやあ、恥ずかしい。だって、だってこんなに。でも本当に好きよ。ほら、本当に。あ、あ、あ、あ、おとうさまあ、あ、そんなに、いや、すごい、だめ、恥ずかしい、でも、ああ、あ、あ、あ、いい。すごい、とても、ああ、ほんとうに、すごいわおとうさま、こんなに、ミッチ、こんなに、ああ、いや、なに、すき、だいすきよう、だいすきなの、ああ、いい、いい、きもちいい)
「ポルポさん、バンドの男達が、なんか子供をつれこんでて」
 スーツの男たちの背後から別の声が聞こえる。
「知ってるよ」
「なんかいたずらしてたらしくて、それでなんかその最中に男の子がなんか首しめられちゃったみたいで、いま、救急車呼んでるんですけど、男達みんな逃げちゃって」
「そうか。分ったよ」
「ポルポさん、お取り込み中申し訳在りませんが、返済の方はどうなりますでしょうか」
「ポルポさん」
「ポルポさん」
(おとうさまあ、ああ、おとうさまあ!)
「みんな少し黙ってくれ」
 ポルポは扉にもたれかかり、言った。
「大丈夫ですよ。すぐに、また、素晴らしいアルバムが出ます。そうしたらすぐにずっと大きな利子を付けて返しますよ。大丈夫ですよ。本当に素晴らしい傑作ですから」
 ポルポは静かに語った。男たちは、黙った。ポルポは静かに続ける。静かに、静かに。自分の声で聞こえなくなるようなことがないように、静かに。
(ああ、あ、あ、お、とう、さ、まあ!)
「次回作はもう殆ど出来上がっています。素晴らしい出来ですよ」
 ミッチの声を聞きながら、ポルポは語った。彼のペニスはがちがちに、痛いほど勃起していた。