第72回3000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1(作者の希望により掲載を終了いたしました)
2エリンジウムの原でごんぱち3000
3深呼吸して、耳を澄ます。そしてとむOK3000


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  エントリ2 エリンジウムの原で ごんぱち


 枯れかけたエリンジウムの原に、ボディーアーマーを着けた四人の警官が足を踏み入れる。
「土が弛いな、間違いねえ」
 ガスバーナーを構えたイタリア系のセオドアが、背中のボンベの安全装置を解除する。
「うむ」
 トーマスが周囲に視線を這わせながら、頷く。
「プレーリードッグ、じゃ、なく?」
 一番若いハリエットは、しがみつくようにレミントンM2100AT(ANTI−TOADSTOOL)ショットガンを握る。
「ハリーよぉ、連中身体をほぐして地中移動するんだぜ。プレーリードッグの穴とは根本的に違わぁ」
「十二ジ、きました! キョリ五〇」
 巨大なレーダーシステムを背負った、アフリカ系のルトアビブが怒鳴る。
「よし」
 トーマスはATショットガンのフォアエンドをスライドさせ、コッキングする。
 二呼吸ほど遅れて、ハリエットもコッキングを済ませる。
「キョリ、四〇」
「うっしゃ」
 セオドアがバーナーの火を地面に向ける。
 指向性に優れた高温の炎が、エリンジウムと土と、地中の砂石を灼いていく。
「キョリ二〇」
 ルトアビブが告げた時。
 丁度前方二〇メートルの土が盛り上がった。
 土から出て来たのは、体高二メートルはあろうかという。
 エリンギだった。

 フェイファー・ツェリザカ2080ATを持ったルトアビブ、バーナーのセオドア、ATショットガンのトーマスとハリエットの横一列の陣形を取る。
 一〇メートルほどの距離にまで近付いたエリンギは、菌糸を触手のように繰り出した。
「甘えんだよっ!」
 セオドアがバーナーの炎で菌糸を焼き落とす。地中から飛び出してくる菌糸も、高温の地中で蒸され動きが鈍い。
 遠距離攻撃を諦め、突進して来るエリンギを、トーマスがATショットガンで迎え撃つ。
 一粒が四分の一ポンドに達する大質量の散弾が九発、エリンギに叩き込まれた。ATシェルの面の攻撃は、点の攻撃をほぼ素通りさせるエリンギの菌糸構造にもからみつく。
 遅れて、ハリエットとルトアビブが発砲を始め、セオドアが炎を浴びせかける。
 猛烈な火力に、エリンギの突進は停まり、崩れ、じくじく言いながら炎を上げ始めた。
 砕けたエリンギからは、『食べ物』と一緒に呑み込んでしまったのか、ボタンやバックルがこぼれ落ちる。
 ハリエットは、ATショットガンにすがるようにして、息を整える。
 皆の顔から緊張が解けかけた時。
「みなさん!」
 ルトアビブが怒鳴って、レーダーディスプレイを見せた。
 ディスプレイには、エリンギを表す光点が。
 四つあった。

 ルート四〇沿いの無人ガソリンスタンドには、一台の小さな観光バスが停まっていた。
「即刻避難しろ、ここは危険だ!」
 パトロールミニバンから降りたトーマスは、怒鳴りながら空に向け発砲する。
「な、なんだ、戦争か?」
 観光バスに水素補給をしていた運転手が、不思議そうな顔をする。
 観光バスの前面のプレートには日本語で「JAアメリカ横断ツアー」の文字が入っていた。
「グランツ市警ATだ!」
「ええっ、あんたら、連れて来ちまったのか!」
 運転手は慌てて補給ポンプを外し、タンクのキャップを閉め、運転席に飛び乗る。それから、急発進かけて――急ブレーキをかけた。
 道路のアスファルトのヒビの間から、エリンギの菌糸が何本も現れている。
「二匹もいるなんて、聞いてないぞ!」
 運転手が窓から顔を出して怒鳴る。
「四匹だよ!」
 ハリエットが怒鳴り返す。
「よ、よんひきぃ!?」
「応援は呼んだ!」
「ガソリンスタンドのユカはコンクリートです、バスのヤネにのぼっていればだいじょうぶです!」

「フォーメーション・ホーネット! 左から!」
 トーマスが号令で、火線が一番左のエリンギに集中する。しかし、間髪入れずに、残り三体のエリンギの触手が繰り出された。
 触手はハリエットに迫る。
「ボサっとしてんな!」
 ハリエットを押し倒してかばったトーマスが、エリンギの菌糸に脇腹を削られる。
「トムさん!」
「野郎!」
 セオドアがバーナーの火をかけるが、押し切れずに菌糸に腕を貫かれる。
 反撃が弱まったと判断したのか、エリンギのうちの一体が、菌糸を畳み突進して来た。
 その時。
「なんだ、あるじゃないか」
 いつの間にか、観光客の初老の男が、セオドアたちのミニバンのトランクを開けていた。
「何故使わない?」
 初老の男は、自分の身の丈よりも大きいそれの柄を握り、肩に担いで構えると。
 たった一歩の踏み込みで、前方にいるハリエット達を素通りし、その先のエリンギまで間合いを詰め。
「――四二式斬松茸を」
 その巨大な鋸――四二式斬松茸を振り抜く。
 エリンギに垂直に食い込んだ鋸歯は、一本の例外もなく菌糸を切断した。

「あれは、マツタケ、カリウド、か?」
 荒い息をしながら、セオドアは初老の男を見つめる。
「なんです、そりゃ」
 ハリエットが尋ねる。
「42ザンマ一本でスカンクマッシュルームを倒すハンターだ」
 トーマスは言いつつ顔をしかめる。
「42ザンマって、あのきれないノコギリですか?」
「三〇分で応援が来る、大人しく避難しろ、爺さん! エリンギは強い!」
 声が聞こえているのかいないのか、松茸狩人はガソリンスタンドのコンクリート床の端へ近寄る。
「スカンクマッシュルームは、強い臭いがある。だから、どこにいるか、目をつぶってたって分かんだよ。だが、エリンギは!」
「確かに」
 松茸狩人はガソリンスタンドのコンクリートから、土の上に一歩を踏み出した。
「エリンギには香りはない」
 左前前方の地面から、菌糸が飛び出し、彼に迫る。
「しかし、その隠密性で生き残ったエリンギと」
 松茸狩人は一歩斜め前に踏み込み、回避と同時に向きを変える。
「香りがあるにも関わらず、淘汰されず生き残った松茸」
 次の瞬間、右後方から姿を現したエリンギ本体が爆発するかのように菌糸を周囲に伸ばしつつ突進して来た。同時に、残りのエリンギたちも姿を現し、菌糸を繰り出す。
 松茸狩人とエリンギがすれ違う。
「どちらが与しやすいと思う?」
 その場に崩れ落ちたのは。
 エリンギ四体だった。

 応援に来ていたサンタフェ市警のヘリコプターが飛び去っていく。
「すっかり助けられたな、爺さん」
「ダメージを与えておいてくれたお陰さ」
「しかし、こいつで戦うなんて、どんな魔法を使った?」
 手当の済んだセオドアが、四二式斬松茸で地面に散らばるエリンギの残骸に斬り付ける。
「装備が義務づけられてるから積んじゃいたが」
 エリンギに傷一つ付けられない。
「なんだ、その振り方は? 鋸ってのは」
 松茸狩人はセオドアの四二式斬松茸を持った手を掴む。
「引くもんだ」
 ぐいと引くと、ほとんど抵抗なくエリンギは切れた。
「え? ノコギリは押すもんだろ?」
「おおい、爺さん、出発するぞ!」
 観光バスから、松茸狩人の連れの若い男が顔を出し、手を振る。
「ちょっと待ってろ!」
 松茸狩人は、セオドアたちに向き直る。
「あんたたちに一つ、教えて欲しいんだが」
 松茸狩人は真っ二つになったエリンギの一カケラを拾い上げるた。
「これ、どう料理したら旨いんだ?」
「いやそれは……」
「おれたちゃ駆除するだけだからな」
「喰えるんですか?」
「エリンギりょうりなら、すこししってますが」
「おお、教えてくれ、でっかい兄さん」
「ええとですね、まずはオリーブオイルで――」
 傾きかけた午後の日差しが、草原を暖かく照らしていた。





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  エントリ3 深呼吸して、耳を澄ます。そして とむOK


元気ですか、っていうのも変だよね。でも他に何て言ったらいいんだろう。
あれからもう一年も経ったんだね。
君がお気に入りの公園のイチョウは、黄色くなった葉をすっかり落としています。
黄色のじゅうたんを敷き詰めたみたいだよ。
覚えていますか。一度だけ一緒に歩いたよね。
君のことだから、絶対忘れてないと思うけど。
あの時の仔犬は、今日も飼い主の陽子さんに連れられて公園に来ています。
すっかり大きくなりました。小さな段ボールなんかじゃなく、あったかい部屋で、大きな口で笑う元気なオバサンと、いつも一緒に眠ってるんだ。
だから安心してね。

でも、待ち合わせだけだと思ったのに、まさか公園デートのつもりだったなんてね。
すっごい寒かったんだから。
子犬の段ボールを見つけた君に、あたしひどいこと言ったよね。
ウザイから放っとけって。
どうせ餌をあげても、すぐ死んじゃうか、保健所に連れてかれるか。無責任に可愛がるからだめなんだって。
やさしくしてみせるだけなんて、ちっとも意味ない。
パパはママと別れる時、何も言わないで笑ってた。
あたしも何も言わなかった。言っても仕方ないって思ったから。
あの頃のあたしは、わかったふりして、いろんなことを見ないようにしてたんだよね。
君がくれた手紙も、ウザイってすぐ返した。
君と付き合ってもつまんないと思ったから。
だって、ぼさぼさ頭にトンボ眼鏡の高二って一体何者? 袖丈が微妙に短い学ランで、まだ成長期の中坊かよって感じだし。それに趣味が文学と、公園の散歩! どこのじじいだよ。他にもっとやることあるだろ。若者として。
あたしのケータイもメルアドも聞かないで手紙ばっか。
言っとくけど、日本中どこ探してもそんな文学オタクはもういないから。
くれた手紙だって、いつもすぐ捨ててたから。
おかげで君の手紙は残ってないんだよ。
残ってるのは、あの日に君がくれるはずだった一通だけ。

少し寒いけど、この手紙は公園でずっと書いてます。
ここにいると、当たり前のように呼吸してるはずの空気が、いつも違う匂いがするんだってことに気づきます。木も草も、石畳の散歩道も、空をゆく雲も、風も、そうしたもの全部が、一時もじっとしていない。そういうことが、何だかとてもうれしい。
じじむさいなんて言って、ごめんね。

あの日も、当然すっぽかすつもりでした。
赤と緑でどぎつく飾られた駅前通の、帽子屋の脇の細い裏道。
その奥の店にいました。
友だちがどうしてもって言うから。
ううん、きっと、別にどうでもよかったのかも。
学校だってずっと行ってなくて、家にも帰ってなかった。
まだ夕方なのに、窓がなくて真っ暗な地下の店。聞いたことのない大音量でかかる曲が耳障りなノイズに途切れる、狂ったようなDJ。
目つきのヤバいドレッドが、すぐにあたしらに近寄って来た。
ケータイが鳴ったのはその時。
君からだった。
「待ってる」って。
誰に番号聞いたんだろ、ってすごく腹が立って、何だか気分壊された感じで、ドレッドを振り切ってそのままお店を出ちゃったんだ。
友だちもあきれて帰っちゃうし、ホントに最低。
絶対モンク言ってやる、ってかけ直したらお姉さんが出て、あたし思わず「誰だよお前」って言っちゃった。お姉さんはあたしのことすぐわかったみたい。(君、あたしのこと一体どんな風に話してたの?)
その時、お姉さんに聞いたんだ。
君が、交通事故で。
もう三日も前だって。
もう三日も前だって。お姉さんがそう言ったのに、気がついたらあたしは公園にいました。君が指定した、一番大きなイチョウのあるベンチの前。
君は、いませんでした。
あんなにはっきりと「待ってる」って言ったのに。
君のかわりに、小さな段ボールに入った仔犬が、ベンチの下にいました。君が持ってきた毛布にくるまって。

仔犬をかばって、とか、あたしを待って、とか。
そんなんじゃなくて、ただの交通事故。
間抜けすぎだよ。
ぼんやりしてるから、そんなことになるんだよ。
似合わない眼鏡やめてコンタクトにしろって言ったじゃん。
何冊も本抱えて歩いてると通行の邪魔だって言ったじゃん。
ずっと怒ってた。
怒りながら、ずっと待ってた。
仔犬を、段ボールごと抱えたままで。
君が頭をかきながら、ごめんねごめんねって世にも情けない声で繰り返しながら、今にもそこに現れるんじゃないかって。
膝の上で小さい段ボールが冷たくて、でも仔犬の息だけがしっとり温かかった。
ずっと待ってたんだよ。
いっぱいのイチョウのじゅうたんが、夕闇に溶けて灰色になっても。とても高いところに一つだけぽつんとある街灯に、白く白く染められても。
ずっと。

お葬式にも出なかったのに、お姉さんは、君が最期に手にしていたものを見せに来てくれました。
粉々になった女物の時計。
こんなお洒落な子じゃなかったよね、って少し笑って。
あたしが駅前の店で見つけて、「くれよ」って言ったやつ。
あのさ、そんなの欲しかったわけ、ないじゃない。
貰えないって言ったら、お姉さんは一通の手紙を渡してくれました。
それが、たった一つだけ残ってる君の手紙です。

何日か後に、あのお店をテレビで見ました。
パトカーのランプがいくつも赤く光って、警官が何人も立って。
あのキレた目つきの男も逮捕されてた。
ヤバいクスリとか、ウリとか、いっぱいやってたみたい。
あたしも危ないトコだったんだ。
君が助けてくれたんだね。

公園で仔犬を見つけた君は、すぐケータイをかけ始めたよね。
かけるたびにあたしにすまなそうにしながら。
いつもなら「帰る」っていうあたしについて来るくせに。
何人電話する気だろうってあきれながら、オタクのクセにたくさん仲間がいるんだって思った。
通りがかりの仔犬の飼い主を必死で探したり、約束を平気ですっぽかすような女の子を待ち続けたり。
ねえ、どうしてそんなことができたのかな。

段ボールを抱いたあたしを見つけてくれたのは、君がずっと探してた、仔犬の飼い主になる人でした。
君から仔犬を受け取るはずだったのに、連絡がないので、心配して電話で話したことを頼りに公園を訪ねてくれたそうです。
大きな口で笑う、元気なオバサン。
陽子さんが見つけてくれるまで。
あたしは自分が泣いてるなんて気づかなかった。

君は、あたしのパパに似てるんだ。
パパも保育士とかしてて。男の癖に。
園児がケンカして泣きわめいても、親が無理な文句言ってきても、じっと聞いてる。そのうちなぜか、先に相手がふわって笑っちゃうんだ。
ママとはだめになったけど。
でも、何もしなかったわけじゃないんだって思う。
今なら少しわかる気がするんだ。

あれから、久しぶりにパパに怒られたり、大きな口で笑う陽子さんが、四十も年が違うのに友だちになってくれたり、いろんなことがありました。君に逢う前と違って、一つひとつのことに出会うたびに、まるでこの公園の空気を呼吸してるみたいに感じます。

君にそのことを、どうしても伝えたかった。

書き終えたら、この手紙はここで燃やします。
ここから気流に乗せて送るから。
それなら届くよね。

追記

これは言わないでおこうと思ったんだけど。
悪いけど君、文才ないよ。
何ていうのかな、クサい。
あたしが言うのもどうかとは思うんだけど。
悔しいことに、あの手紙は全部覚えちゃったしね。

一つだけ、気に入ってる言葉があります。

深呼吸して、耳を澄ます。そして
同じ君の呼吸が聞こえると、僕はもう笑顔になるしかない。

君らしい。大好きです。





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