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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第83回バトル 作品

参加作品一覧

(2007年 11月)
文字数
1
紫生
2999
2
ごんぱち
3000
3
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん

結果発表

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いろいろな人々(にゃん)
紫生

☆ 幻偽屋 ギン

 銀は器用な少年だった。器用な上に手癖が悪かった。
 本屋でマンガをかっぱらっては売り飛ばし、ブランドバカのお嬢様からサイフを失敬し、スーパーで惣菜をガメては空きっ腹を満たすのが彼の日常だった。
 それというのも、銀の家はとびっきりの貧乏で父親は絵に描いたような大酒呑みのならず者、年がら年中債鬼に小突きまわされているようなどうしようもない人物なのだった。母が昼夜、寝る間も惜しんで働いたが、肝心の酒乱オヤジが改心しない限りまともな暮らしなどとうてい望めるものではなかった。
 銀は生きるために腕をみがいた。そのことで良心を痛めたりはしなかった。
 銀の目はいつだってキラキラと据わっていた。
 気が向けば、デパートの屋上や公園で、トランプやコインを使った鮮やかなマジックを披露した。いくらか投げてよこす者もいた。そんな時にはスマートに一揖し、感謝のハグを求める。それがメインイベント。魔法の指で客のサイフが銀のふところへ転がりこむという、その一番の妙技はもちろん観客には秘密。
 ひと仕事を終え、トイレでピカピカハデハデの道化じみた衣装から学生服に着替える。
 コインロッカーに商売道具をしまっていると背後から「ヤッホー」と気安く呼ばわる者
がいる。
 ここは山ではないし、オレはやまびこではないし、なんせおまえは知らない女。
 一べつをくれて立ち去ろうとすると「あれ、手癖の悪い坊やは愛想も悪いんだね」と、嬉しくないことを言う。あわてて口をふさぐ。女はしてやったりとばかりに笑いの花を咲かせた。意外に可愛かった。
「短刀直入に言うね」女は笑顔のまま上目を遣ってこう言う。「寝よ」
 この女、ゆすりなのか、美人局なのか、はたまた宇宙最強のバカなのか……。あっ、バカで思い出した。この女この前サイフをいただいたブランドバカ!
「あのさ、何か勘違いされているようですが、僕はしがないマジシャンの卵で女性を悦ばせる手練手管など一切きたえておりません」
「いいのよ、最初は誰でも素人なの。だから、そんなよこしまな稼業からはさっさと手を引いてきちんとからだでかせぐことを覚えなきゃ。社会の目はごまかせても今に神様のバチが当たるわよ。あっ、言い忘れていたけど、私こういう……」
 女が差し出した名刺を銀の左手が叩き落した。
 よこしまな稼業だと、神様のバチだと、オレ様のわざは芸術だ。芸術に投資するってのは市民の義務なんだよ。おまえみたいなアバズレには理解できないだろうがな。
「いいか、よく聴け。金がないっていうのはあんたが考えている以上に地獄なんだよ。地獄の底からほんのわずかの光を求めて、神にすがる人間もいる。神なんかいないってわかっていても祈らずにはいられない人間の気持ちなんて、どうせあんたみたいな上等な娼婦様にはわかりっこないだろうよ」
 可能な限りの重低音で噛んで含めるように言って聞かせると、視線で死ね、とばかりに女を睨みつけた。
 女は子猫のような丸い目で銀を見つめた。臆する色などアリのションベンほどもなかった。
(で、その神様ってやつにまでたっぷりしぼりとられて世をすねてるってわけだ)スーッと細められた目はそう語ってきた。が、耳に届いたのは、
「うん、わかんない。だから、とりあえずやろ」だった。
 銀は穴の開いた風船のように一気に脱力した。バカにはスリも怒りも通じないことを学んだ。
 落ちた名刺には『美娼年演出家・白鳳桃』と、あった。

☆ 桃色ハンター モモ

 桃は良家の子女だった。出自は良かったが、身持ちが悪かった。
 昼間は甚だしく礼儀と規律を重んじる品行方正な名門女学院に通う楚々とした一学生を気取ってはいたが、それこそ夜ともなれば高級娼婦さながらの色と欲で全身を艶めかせながらきらきらしい闇をほしいままに謳歌する日々だった。
 冒険家が山へ登るのはそこに山があるからだという。それにならえば桃が快楽を求めるのもそこに男がいるからで、その意味では桃の脳ミソと冒険家のそれはよく似ているのかもしれなかった。いつだってある種の麻薬ホルモンで頭の中を幸せにしておくのがお気に入りの人種なのだ。

「なんか“生きてる!”って、感じがしないじゃない」と、桃は言う。
 良い服を着て美味しいものを食べ世界のあちらこちらをへめぐって、使い切れないほどの品物に囲まれ豪華なベッドで眠りに就いても、桃には一向に鮮やかな夢など訪れなかった。
 唯一命を実感できるのが秘戯の裡にのぼりつめるそのつかの間で、そこには愛など薔薇の露ほどもありはしない。愛を受け取る変わりに金品を受け取るのが桃の流儀で、それは与えられるという立場に慣れきった、多少いびつな毛並みの良さに由来した。
 その愉しい遊戯のかたわら、桃にはもうひとつの顔があった。
「今の時代、主体的に生きようとしなければ死んでいるも同然だって、私は思うの。とりたてて不満もなく痛みもなく、空腹も恐怖も感じることなく、ぬるま湯につかったような日常に安んじているなんて “生きているのに死んでいる”、例の物理学的難問の猫ちゃんのように、重ね合わせの不安定を生きながら死んでいるも同然じゃないかしら」
 小首をかしげて、スカウトしたての少年の目の色をうかがう。目の前の少年は長いまつげを伏せ、桃の差し出した名刺に視線を落としたまま「それで、このようなお仕事をしているのですね」と、感心した風に言った。
 別に感心されるほどのものじゃない。むしろ年齢を考えれば軽蔑されるべき所業なのだが、そこはそれ。
 少年のなかなか如才ない言動に自分の目の確かさが裏付けられたようで、桃は気を良くした。そもそもこの年でこんな仕事に手を染めたのも、目利きと経営手腕を計るための瀬踏みに過ぎない。仕事は楽しんで学ぶに越したことはないし、しないよりはした方がいい。
「で、とりあえず私と寝て、採用かどうかはそのあと決めるね」
「お話はよくわかりましたが、実はわたし、戸籍上は女なのです」
「へ?」
 桃は自分の目が節穴だったことにがく然とした。
 そんな桃を尻目に少年は恬淡と語った。
「ええ、男であるのに女である。多くの物理学者たちにも毛嫌いされたコペンハーゲン解釈の電子のように、波であるのに粒であるような存在なのです。でも、たとえ人様から奇異な目で見られようとも、わたしはアンチノミーとアンビバレンスを上手に飼いならし中庸であろうとすることに誇りを持っているのですよ。その意味では重ねあわせという概念を超えて、わたしは男でも女でもないのかもしれません。もしもそのことでわたしの存在自体が否定されるとすれば、それはとても哀しいことです」
 中庸ねえ……。
 オールオアナッシングが信条の桃にはちょっとした衝撃だった。人生ジェットコースターに乗ってなきゃ意味がない、と思っていたから。昇ることも沈むこともせずにたんたんとした安定に居場所を定め、それを楽しんで暮らすなどとは考えもしなかった。
 桃は得体の知れない胸の痛みを感じた。それは恋の痛みにひどく似ていた。
「ねえ、名前は?」
 少年であり少女である、その美しい生きものは水面の微笑できらきらと言った。
「名前ですか……。では、“オウ”というのはどうでしょう」
「キング?」
「いいえ、黄色の黄と書いて、オウ。子供の頃から黄色が大好きなのです」
 オウねえ。桃と合わせて黄桃か。庶民的でいいかも。
いろいろな人々(にゃん) 紫生

末法魔僧譚――道作
ごんぱち

 源谷寺薬師堂の薬師如来像の前で、僧侶・道作が独りうずくまっていた。
「……センダリ……マトウギ、ぜぇ、ソワカ……オン、うぇっぷ、コロコロ……はぁ、ひぃ……」
 四十絡みの、剃髪した頭にも皺が寄り始めた男だった。
「あっ、和尚さん、ダメでしょう、こんな所で」
 薬師堂の戸を開けて、近藤千早がずかずかと入って来る。道作と同じぐらいの年齢の、ショートヘア、エプロン姿の女だった。
「邪魔をするな、医者にも、治せん、この病気、万一、ひょっとしたら、或いは、偽薬効果でもあるかも知れないから、最後の手段の神頼み、薬師様にお助けを……」
 道作の口から、血がだばだば溢れる。
「罰当たりな和尚さんだね、しかし」
「治さねば、いかんのだ、さもないと、お盆が来てしまう、一番の稼ぎ時がああああ!」
「……檀家止めるわよ、四谷君」
「俗名で呼ぶな!」
「今までの会話のどこに、戒名で呼ぶ必然性があるのか分からんわ」
 近藤は苦笑いをする。
「ともかく、さっさと本堂へ来なさいな」
「私の説法に感動した女子校生が押し寄せてるのか?」
「噂ぐらいは聞いた事あるでしょ。末法衆の愚釈っていうお坊様の事」
「あの、触れただけで病気が治るっていう? 女子校生にも人気の?」
「うん。どうも本物らしいのよ」
「冗談じゃない!」
 道作は怒鳴る。
「この私、道作を差し置いて、女子校生の人気を独り占めとは、けしからん、ずるい、いいな、うらやましい!」
「女子『校』生って言っちゃう時点で、終わってるねぇ……」
「追い払え、女子校生にもてるヤツなんか、大嫌いだぁぁぁぁぁあ!」
 道作は近藤を薬師堂から追い出し、戸に内側から鍵をかけた。

 薬師堂の前に、一斗樽が並んでいく。
 それを愚釈が運んでいる。墨染めの衣を着けた、二〇代後半の青年僧。しかし、その影は異様に濃く、一斗樽を軽々と扱う腕力は、常人離れしていた。
 酒を運び終えた愚釈は、扇子でパタパタと薬師堂の方へ匂いを送り始める。
「ほーれ、酒じゃぞ、酒じゃぞ、一升三〇〇〇円の、微妙にまともな純米酒じゃぞ」
「出て来るんですか、こんなので?」
 近藤が心配そうに尋ねる。集まった檀家の人々も、怪訝そうな顔をしている。
「うむ、これはかのスサノオが使ったという戦法で、酒に酔ったところで、首を切り落とすという――」
「和尚様は、ヤマタノオロチか!」
『オレはヘビじゃねえ!』
 中と外から突っ込みが入る。
「何じゃ、ダメか」
 愚釈は添えてあった枡の一つで酒を汲み、ひと息に飲み干す。
「ぶはー」
 集まった檀家の人々に向け、枡を差し出す。
「さ、勿体ないから、みんなやってくれ」
 愚釈はもう一杯すくって、今度は少し味わいつつ飲む。
 その様子を見て、最初は遠慮がちだった人々も、少しづつ手を出し始める。近所の家や畑から肴もどこからともなく揃い、すっかり宴会になっていた。

「何だ? 一体……」
 道作は薬師堂の戸をほんの少し開けて覗こうとして、止まる。
「ま、まさか、げふっ、これは、宴会で誘き出す天の岩戸戦法! 少しでも開けたが最後、力持ちの誰かが戸をこじ開けて――」
 しかし。
「ぶわははは、飲め、酒は憂いを払う玉簾じゃ!」
 愚釈は一斗樽の藁縄を藁に解いて、頭にバーコード状に宛がう。
「ほりゃ、スダレ頭、スダレ頭!」
「ぎゃははは、愚釈様最高!」
「素敵、愚釈様!」
「大統領、愚釈様!」
「マンセー、愚釈様!」
 大いに盛り上がっており、誰一人薬師堂には興味を持っていない。
「どさくさに紛れて、自分の人気取りを……げふっ……愚釈、恐ろしい子!」
 狙い澄ましたように、道作は血を吐く。
「もう分かった、オレはいらない子なんだ、このしみったれた薬師堂で、素組みのガレキよりも萌え要素のない性別不詳フィギュアこと、薬師如来像と一緒に、ひっそり干からびて死んでいくのがお似合いなんだ」
 道作は戸に寄り掛かる。
「父上様、母上様、サッポロ一番おいしゅうございました、チキンラーメンおいしゅうございました、ボンカレーおいしゅうございました、味噌汁とかはあんまりおいしゅうございませんでした、それから野菜炒め、あれも生っぽくておいしゅうございませんでした……」
「おばさん、料理下手だもんね」
「うん――って、近藤?」
「閉めるな、閉めるな!」
 近藤が戸に指を突っ込んだので、道作は閉めようとした戸を慌てて止める。
「指が折れたらどうすんだ、えふっ、げほっ」
「あのさ、四谷君」
 近藤はエプロンのポケットから片手で煙草を出し、くわえ、火をつける。
「……俗名で呼ぶな」
「そんなに嫌?」
「そりゃ」
 道作は戸に寄り掛かる。
「多少戒律を破るぐらいならともかく、他の宗教家にお祓いなんて」
「のさ」
 吸い殻を、近藤は携帯灰皿にねじ込む。
「なんだ」
 沈黙が流れる。
 近藤は夕焼けに染まった雲を見上げる。
「お祓い、受けて」
 すっと、夕暮れの風が吹き抜けた。
「……うん」

 一段上がった本堂の廊下の見えやすい位置に、愚釈は道作を寝かせる。
 愚釈は静かに気を整えると。
「かあああああああつ!」
 気合いを発した。
「おおおお!」
「なんか、見えた!」
「後光が……」
「編集じゃないのか!?」
 霊を察知出来ない人間にすら感知出来る、強烈な気だった。
 愚釈は道作の気にがっちり絡み付く悪霊を、素手で掴んで引き剥がす。
「お、おおお、お!?」
 道作はビクビクと震えながら、声を洩らす。
 すっかり悪霊が引き剥がされようとした時。
 悪霊が二つに分かれた。
「二体かっ!」
 愚釈は握っていた一体を、気を纏わせた手刀で切断し、往生させる。
 その時には、もう一体の悪霊は、見物客達の方へ飛んで行っていた。
「うわっ、何だ!」
「誰だ、ケツ触ったの!」
「何か見えた、飛んで来たぞ!」
 悪霊は、人々に取り憑こうとして、取り憑けず、あちこちを闇雲に飛び回る。
「健常者に、そんなに急いで憑けるものか」
 愚釈は廊下から飛び降りるなり、悪霊に突進する。
 悪霊は愚釈から逃れ、空高く昇る。
「小癪な!」
 愚釈は薬師堂の屋根から、本堂の屋根に跳び移る。
 それから、屋根の端から端まで助走をして――。
「教祖キィィィィィィィッッッッック!」
 愚釈の気を纏った跳び蹴りが、悪霊を貫いた。

 門に『末法衆』の文字の彫られた板が掲げられる。
「……気持ちは分かるけどさ」
 近藤がエプロンからタバコを出して吸う。
「檀家はどーすんのよ」
「わっはっはっは! 気にしない気にしない、ひと休みひと休み!」
 道作は高らかに笑う。
「……脳が大休止してんじゃないかね、このボウズは」
「なーにを言ってるか、愚釈様は素晴らしいんだぞ!」
「末法衆って現世利益だから、法事も一切なくて収入とか恐らくゼロになるけど、それも気にしない?」
「……え?」
「やっぱり」
 近藤はおかしげに笑う。
「宗旨替えじゃなくってさ、看板二つ掲げりゃ良いんじゃない?」
「いや、それは、一神教の人にテロられそうな……」
「こんにちは」
「――こんにちは、末法衆のお寺にしたと聞きましたが?」
 老夫婦がやって来る。
「あ、いえ、まあ、なんと言いますか、同時信仰ってヤツで」
 道作は乾いた笑いを浮かべる。
「おお、両方拝めるとは有難い、有難い」
「この年になると歩くのが辛いんですよ」
 二人は境内へと入って行く。
「どうにかなりそうでしょ?」
「ま、そだな」
 道作はホッとした顔でため息をつく。
「一本貰える?」
「吸いかけなら」
「ケチ」
「……馬鹿」
末法魔僧譚――道作 ごんぱち

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