第96回3000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1プレハブ小屋の戦いドゥンガ鳥海1650
2箱庭に眠る君が3000
3ぶっちゃけ生き霊なんですがごんぱち3000
4死神と少女西山海音2394



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エントリ1 プレハブ小屋の戦い   ドゥンガ鳥海



とある住宅地のはずれに、もう五、六年も前から使われていない小さなプレハブ小屋がありました。このプレハブ小屋はとなり町にある会社が所有しているものでしたが、特に管理はされておらず、敷地にフェンスも無ければ小屋にカギもついていませんでした。
なので、いつの頃からか、近所に住む小学生五人組の秘密基地として使われるようになっていました。
ある日、それに気づいた持ち主会社の社長は、新入社員の田中に「なんとかしてこい」と命じました。もちろん、ガキどもに好き勝手させないようにしてこい、という意味です。
田中はさっそくプレハブ小屋に行きました。子供は学校に行っている時間なので誰もいません。
小屋の中はお菓子のゴミや漫画雑誌、体操服などが散乱していて足の踏み場も無いような有様でした。
「好き放題やってるなー」
田中はゴミの片付けから始めました。片づけををしていると、隅っこにダンボールが置いてあるのに気がつきました。ダンボールを開けると、中には採点済みのテスト用紙がどっさりと入っていました。
ざっと見た感じでは五人の名前が確認できました。
「どいつもこいつもひどい点数だなこりゃ」
平均点は二十点くらいでした。
「多分、点数が悪すぎて親に見せられないからここに隠してあるんだな」
田中はテスト用紙以外のゴミをきれいに片付けました。テストは捨てるのに何となく気がひけたのです。
会社からは費用が一切出ていないので、とりあえずこの日は入り口の戸に「立入禁止」と書いた簡単な張り紙だけして帰りました。
二週間ほどして田中は再びプレハブ小屋を訪れました。
小屋の中はお菓子のゴミや漫画雑誌、体操服などで散らかっていました。
「ガキどもめ、ナメてやがるな」
田中はテスト用紙以外のゴミを片付けると、今回は小屋の中にも「使用禁止」という張り紙をしました。
それからさらに二週間経って田中はプレハブ小屋を訪れました。
小屋の中はまたもお菓子のゴミや漫画雑誌、体操服などで散らかっていました。
「くそう、またかよ。張り紙の存在に気づいてないのか?」
そう思った田中は、ゴミを片付けると、壁一面に「使用禁止」や「立入禁止」の張り紙をこれでもかというほど貼り付けました。
「いくらガキでもこれに気がつかない訳がないだろ」
二週間後、田中がプレハブを訪れると、いつも通りお菓子のゴミや漫画雑誌、体操服などで散らかっていました。
田中はもう激怒です。
「ガキどもめ許さん!」
今回はゴミと一緒にテスト用紙も捨てました。近くのゴミ捨て場にダンボールごと放り投げてやりました。
「ざまあみろガキども」
それでもまだ気が収まらない田中は、子供らに一泡吹かせてやろうと思い、入り口の戸を開けて小屋に入ると上からバケツが落ちてくる仕掛けを自腹で作りました。
「大人をナメるとどうなるか教えてやるぜ!」
翌日、五人の子供は母親にこっぴどく怒られました。というのも、子供たちの母親の一人が偶然にもゴミ捨て場の清掃当番になっていて、回収されずに残っていた例のダンボールを見つけてしまったのです。気になって中を開けてみると、自分の子供及び知っている子たちの悲惨な点数のテストがぎっしり詰まっていたのです。
かくして五人は残らず学習塾へと入れられました。ハードなお受験コースです。
 五人は毎日の塾通いで小屋に行くことが出来なかったのですが、およそ一週間ぶりにみんなそろっていってみました。
 小屋の前までやってくると全員が「あっ」と思いました。
―立入禁止―
「この張り紙、漢字ばっかだから前までは読めなかったけど、今日は読めるや」
「おれも読める。塾で習った」
「立入禁止だって」
「入ったらだめなんだ」
五人は小屋に入るのをあきらめて帰っていきました。
 一週間後、田中が小屋へやって来ました。子供らがバケツの罠にひっかかったかどうかを確かめに来たのです。
 「わははー!バカガキどもー!ひっかかったかー?」
 田中が勢いよく戸を開けて中へ入ると頭にバケツが直撃しました。

                       おしまい








  エントリ2 箱庭に眠る君が   葱


 単なる曇り空に見えた。空気中の成分は通常と変わらない。ターミナは心の目で厚い雲を破り、上空から地表を透視した。地表をマグマが神経細胞のように枝分かれし次々と連絡しつつあった。森を焼き、川を塗りつぶし、町の営みを破壊し尽くして……。ぞっとするほど美しかった。怖くて見ていられない。手のひらに汗をびっしょりとかいていた。今にも泣き出しそうだった。
「眠れないのか」
 ターミナからすればまだ子供にしかみえないだろうリンジュウが囁いた。薄暗い洞窟の中、夜にも関わらず蒸し暑い。北方の国であるクテリメンスにとって前例のないことである。つるつる頭のあどけない顔の背後にはターミナを慕って集った数少ない人々が眠っていた。赤ん坊すら泣き疲れて眠り込んでいる。この人たちはみな私を信じている、ターミナは一度は売春婦にまで落ちたプライドを奮い立たせた。この終末期を乗り切るのに必要なのは、最後にはこの精神力しかない。ただ、彼女には具体的な光景が見えるだけにリラックスすることが出来ないでいた。熱に浮かされたように全身が寒気に震える。三十にもなって情けない王女だこと、自虐する。
「先に行く」
 まだ成人もしていない青年に言われ、少し心細くなった。彼は言葉通りさっさと寝てしまう。ターミナは彼の保護者のようでいて、精神的な支柱を握られていたのかもしれない。置いて行かれたくない一心で、深呼吸を何度も何度も激しく繰り返した。頭上から軽石が地表を叩く音がしている。

 今いる崩れかけたログハウスがかつて自分が産まれた場所であることに、ターミナはようやく気づいた。ログハウスは小高い丘の上にあり、セメダインカ族を象徴する台形の石の上に立てられていた。窓を開くと、青空。雄大なエンプローピト火山が見えた。そのあまりにも静寂で心地よい風景に、現実の人々の阿鼻叫喚を忘れてしまいそうだ。ターミナは窓を閉めると、床に座り込んで、ため息をついた。手の爪に入った黒いすすを取り除き始める。
「おいおい、余裕だな。元王族は違うね」
 気がつくと部屋の中にリンジュウが立っていた。全身青い裸体を堂々と晒して。人に忌み嫌われていることを自覚している彼がそうすることが、なぜか酷く頼もしく思える。何で裸なの、と笑いを押し殺しながらターミナは立ち上がり、破れて薄汚れた白いドレスの裾をはらう。
「人のこと言えるかよ」
 二人は乾いた笑い声を立てた。二人とも表情は笑っていなかった。身なりに構っている場合ではない。かといって、急ぐ必要もなかった。夢の中での時の流れは、現実の何倍も遅かった。降り注ぐはずの軽石が立てる騒音もまるでない。ついターミナは軽口を叩いてしまう。
「悪趣味だよな。これじゃあいつらと変わらない」
 無表情に、リンジュウが吐き捨てた。ターミナにとっても彼にとっても夢の中で会うのは初めてだった。彼があいつらと呼ぶのは、二人の、いや今や国民の敵となったティンワルコ一味のことだろう。一味は隠された異端の民族であるセメダインカに捨てられた非政府武装集団で、今は国内にいるかどうかもわからない。本当の被害者は彼らかもしれないと、ターミナは冷静に考えてしまう。敏感に青い青年が反応した。
「ふざけるなよ、誰のせいで……」
 彼の言い分も十分、元いかず後家妃殿下には分かっていた。ティンワルコの連中が集合的無意識革命などと銘打って現実を無茶苦茶にしたせいで、我が母国クリテルメンスは危機に瀕している。笑わせる。
 さあ、いくか、ターミナは口角を軽く上げて、彼の入れ墨の入ったつるつる頭を撫でた。リンジュウは微かに嫌そうな顔をして身をのけぞらせた。青い青年は部族のエリートである証明としての入れ墨を撫でられたことで、八百人の兵隊を虐殺したことがある。今、身を逸らし、嫌な態度をする程度で済んでいるのはターミナと彼の関係があってこそだ。
 ログハウスの鉄の取っ手をターミナが掴むと、リンジュウの顔が緊張した。元妃殿下が、力抜いて、いくよ、と小声で呟いた。
「ずっとこうやってても仕方ないしな」
 私はそれでもいいけどね、元売春婦の喉から口蓋の付近までその言葉が出かかった。夢はどんなに長くともいくら集団的で革命的であっても、永遠であるはずもない。

 この冷えたかび臭ささ、まずい。この国唯一の近代的な城の塔。その頭頂付近の牢獄に二人はいた。ターミナよりも頭二つは高いリンジュウの頭のもっと上、鉄格子の入った窓からは月明かりが漏れていた。彼女は集中力が乱れているのを感じていた。動揺してはいけない、元妃殿下は自重する。しかし、波だった心が止まらない。
「しっかりしろよ」
 あの時、父がこんな言葉をかけてくれたとしたら……身が引き裂かれるほど切なく人を求めていた自分をターミナは思い出していた。戦場に連れて行かれ、勝利の女児神と呼ばれた時期もあったらしい。物心ついたころには自分の夢を操作できるようになっていた。よかれと思って父王に進言した、忠臣の死の予言で私は一気に忌み子と呼ばれるようになった。この牢に閉じこめられ、いくつも見た夢が彼女を動揺させる。残酷な父。夢にとりこまれてしまう。リンジュウのこめかみに薄く汗が伝うのが見えた。夢の中での感情失禁はセメダインカ族の間で禁忌とされていた。
「落ち着け」
 青い青年の手がターミナの手を握った。体温の高い子供のような手の温もり。あの頃、彼女の支えだった人形が冷たい石の床に転がっていた。こうしている場合じゃない。
 ターミナは牢の唯一の出入り口である厚い鋼鉄製の扉に手をついた。音もなく扉が開く。

 ゆっくりと目を開くと、巨大な蛸が足広げたかに見える赤い山に向かって落ちていた。風を切る轟音。ターミナの傍にはリンジュウの足があった。青い空を気持ちよさそうに飛び回りながら、彼女に語りかけてくる。彼の声は風の音に邪魔されず、直接頭に響いた。
「一つ、考えがある。俺がとてつもなく大きな石になって山の火口をふさぐ。どうだ? あんたの力で現実に影響できるか?」
 あまりにも大きな自然に立ち向かうにはどうすればいいのか? ターミナにとっても自信はなかった。リンジュウの夢の中での想像力には彼女もかなわなかった。ただ、過去へとさかのぼる力は彼にはない。できるかもしれない。ただそれでは彼が犠牲になる。だが二人ともそれは薄々分かっていた。思わず叫び出しそうになる自分を抑える。ふと、空を仰ぎ見ると、脈動する血管が浮き出て見えた。黒い玉。円を中心に放射状に何本も走る直線。虹彩。巨大すぎる人の目玉だった。
 あまりにも禍々しい闇の波動。間違いない。ティンワルコの首領、ティルワルが夢の中に進入してきたようだ。もう迷っている時間はなかった。
 呪いをかけなさい、ターミナは青い青年に念じた。お前がもっとも恐れる強力で邪悪で巨大な怪物に変身しなさい、単なる岩ではティルワルに割られてしまう、そう冷静に伝えた。リンジュウは太陽に燃えさかる炎のほんの一部をイメージした。

 洞窟を封鎖した砂袋や岩の固まりをのけ、エンプローピト火山が見えるはずの位置まで皆で回り込むと青空。そこは壮絶に広く暗い穴があいていた。ここはもう住めない土地になってしまった。母国を破壊し尽くしたターミナは悪として歴史に名前を刻まれるだろう。発狂したリンジュウと共に。もし誰か伝える人がいるならば。






  エントリ3 ぶっちゃけ生き霊なんですが   ごんぱち


「僕の、生き霊、が痴漢を……?」
 杉田探偵事務所の応接テーブルに、相羽重五郎は両肘をつく。四〇絡みの、疲れた印象の男だった。
「警察も政府も表向き霊現象を否定してるから、逮捕も裁判もされないけど、このまま生き霊続けてたら遠くない将来脳が壊死するよ」
 所長の杉田慶子は茶請けの煎餅をかじる。二〇代前半の女で一見美人OL風だが、顔つきや着こなしの中に、どこかカタギではない雰囲気が混じっている。
「原因は、この方ですね」
 アルバイトの伊能経次が写真を差し出す。
 十八歳の経次は焦げ茶のスーツ姿で、長めの髪をしている。顔立ちは中性的で、女装でもさせれば「可愛らしいお嬢さん」で通りそうだった。
 重五郎は写真を受け取る。
「これは……妻の房江ですね」
「そしてもう一枚」
「これは房江……ではなくて、あの人ですね」
 もう一枚の写真には、別の女が映っている。顔立ちそのものは前の写真の女と「まあまあ似ている」という程度だが、髪の色、化粧の感じ、表情、服の趣味などの部分はそっくりだった。
「新婚一ヶ月、ヤリたい盛りで単身赴任。その先で見かけた奥さんと似た女。どうしても目で追って、手を出しそうになったから、ともかく車両を離れてみたけれど、今度は魂が勝手に抜けて触りに行ってしまった。正直同情するよ」
「新婚一ヶ月で単身赴任って、酷い会社ですねぇ」
 経次も慶子の隣りに座って、かなりのハイペースで煎餅を食べている。
「それは仕方がないです。転勤が決まった時にこのまま別れたくないと思って……それで想いを告げ、すぐに結婚したもので」
「会いには行けないんですか? 奥さん、名古屋ですよね」
 音を立てて経次は煎餅を割る。
「……仕事もありますし、お金もかかりますし」
「じゃアレですね、名古屋まで生き霊で飛んで行きましょう」
「そんな事が出来るんですか!」
「相羽さん、あんたね」
 呆れ顔で慶子が重五郎を睨む。
「会いたいんでしょーが。触れたいんでしょーが。まずはそれでしょーが。あんた貯金が一千万ぐらいあるわよね、それ、交通費に割ったら丸一年毎日通ったってお釣りが来るのよ?」
「でもそんな金の使い方をしたら、将来が」
「ばっっっっっっっっかじゃない?」
 慶子は重五郎のネクタイを掴む。
「将来ってのはいつよ? 人生は延々と今の繰り返しよ、充実した今を土台に将来が出来るんでしょうが!」
「あ、あなたは若いからそんな事を言うけど……」
「あたしが成長するとあんたになるのか! 人生の方向は、個々人で全然違う。年下だから自分よりも劣っている、そんな了見で接してるから左遷されんだよ!」
「さ、左遷?」
「人当たりは良いんですけど、実際に仕事を進めて行くと、部下に不満が溜まる、と、そういう事みたいですよ。で、部下から直訴があって、転勤決定。調査資料見ます?」
 封筒に入れた書類の束を経次がひらひらと振る。
「まさか……その、房江、は?」
「唯一反対して、色々抵抗してたみたいですよ。実際、直訴状に房江さんの署名はありませんでした」
「そっか……良かった」
 重五郎は、ホッとした顔になる。
「ね」
 ネクタイから手を離して、慶子はポットの湯で茶を淹れる。
「それ、普通の仕事人間の感想じゃないでしょ」
「あ……」
「会いなさいよ。奥さんと、もっと、いっぱい」
「はい……」

 ビデオはそこで終わった。
「――と、こういう事情があるみたいなんだけど」
「杉田先生」
 梶原高乃は画面にぐっと顔を近づけ、重五郎の顔を睨む。
 鋭そうな目つきをした三十代の女で、ポイントに白いボーダーの入ったモノトーンのワンピースを隙なく着こなし、胸元にはシルバーのネックレスが見える。
「犯人と接触出来てたんですね。どうしてすぐに教えてくれなかったんです」
「えと、生き霊の説明、理解出来た?」
 慶子はリモコンでプレイヤーの電源を切る。
「触ったのは確かなんでしょう?」
 高乃は慶子に頭を下げる。
「お願いします、こいつを捕まえて下さい」
「式で二十四時間護衛をする、という辺りで手を打って貰えない?」
 慶子は折紙でバッタを折る。折紙は瞬時に本物のバッタの姿の式になった。
「生き霊とか悪霊とか痴漢とか、何でも近付いたらぶち抜くようにプログラム出来るし」
「元凶はこの男でしょう?」
 何も映っていない画面を、高乃は睨み付ける。
「こいつをどうにかしなきゃ、解決しないんです。絶対解決しないんです!」

 朝、いつも通り高乃は列車に乗る。
「ふぁあふぉ」
 高乃は出そうになるあくびをかみ殺す。
「竜頭ー、竜頭ー」
 客が乗り込んで来る。
 列車は走り出した。
 数分後。
 高乃の表情が硬くなる。
 そして。
 高乃は一気に手を伸ばし、掴んだ。
 衣服の感触。
 勢いよく振り向くと、そこには。男の姿があった。
「この人痴漢です!」
 乗客の中に紛れていた慶子と経次が男を取り押さえようとする。
「は、離れろ!」
 押さえられていた男の手には、スタンガンが握られていた。
「早くこいつを捕まえて!」
 高乃が怒鳴るが、慶子と経次はスタンガンを警戒して間合いを詰められない。
「このっ!」
 高乃が男の腕をねじ上げようとする。
 男はそれを振り解くなり、開いている列車の窓へと走る。
「待て!」
 追いすがる高乃だが、男は一瞬早く、座席を踏み台に窓から飛び出した。
 瞬間。
 高乃達の列車は、対向列車とすれ違った。
 対向列車が走り去った後、男の姿はなかった。
 高乃の頬に赤い滴が付いている。
 慶子と経次も赤く染まった窓とシートを呆然と見つめる。
「あはは、やった、良かった、これで、はは、は……」
 高乃は笑いながらゆっくりと倒れ、そのまま寝息を立て始めた。
「良いタイミングで効いたわね、睡眠薬」
 慶子が言った次の瞬間。
 列車の車両と乗客が折紙に戻った。そこは線路の上でも駅でもなく、高乃のマンションのゴミ収集場だった。
 少し離れた場所にあるヤッコの式には、赤い血糊の入ったビニール袋がくっつけてあった。

「――どうもありがとうございました」
 深々と頭を下げ、杉田探偵事務所から高乃は出て行った。
 その後ろ姿を見送った後、慶子と経次は応接テーブルのソファーに腰掛ける。
「あーーー、疲れた」
「大仕掛けの式が多かったですもんね」
「列車で死亡事故の捏造、その後の警察署の聴取も捏造、新聞も捏造」
「一つの嘘を通す為には、沢山の嘘をつかなければいけないんですねぇ」
「事実を認めないクライアントが悪いんだよ」
 経次は缶から煎餅を取る。
「経次、客も来てないのにバクバク食べんな。結構高いのよ、この煎餅。新宿まで買いに行ったんだから」
「経費扱いでギャラに入れれば良かったじゃないですか」
「い、いや、これは割と、分類が難しいから」
「今、思い切り気づいた顔しましたよね」
「してないよ、気のせいだよ、幻覚だよ!」
「はいはい」
「上から目線であしらうな、年下のくせにムカつく!」
「相羽さんに言ってた事と違うじゃないですか」
「人間は矛盾があるから面白いんだよ! そもそも、あんたとあたしの関係は、雇用主と被雇用主でもあるんだよ!」
「労働が給与で売買されている関係というだけで、人間として根本的に対等ですけど」
「なんだよー、もう、嫌うぞ!」
「いや、それは、その……ご、ごめんなさい」
「ふん、勝った」
「……負けたのかなぁ、私は」
 苦笑いをしつつ、経次は茶を淹れる。
 湯気が、ふわふわと事務所の中に立ち上って消えた。







  エントリ4 死神と少女   西山海音


「あたし明日死ぬんだよね」
おう。明日だ。
「なんで明日なの?」
さあなあ。俺はそこまでは知らねえな。でもこればっかりは変えられねえからな。
「あんたが初めて来てくれたのいつだったかなあ」
12日と20時間前だ。
「あたしなんだか怖くなくなったんだよね。死ぬの」
そうか?
「あんたが来てくれたからかな」
そうかもな。まあ、それが俺の仕事だからな。
「でも、最初はあんたのこともずいぶん怖かったんだよ」
そりゃあそうだ。生きてりゃあ、俺たちのこと怖がらないやつはいねえよ。
「ねえ、また聞かせてよ」
あの話か?
「そう。死んだあとのこと」
また聞きてえのか?何百回目だ?まあ何度でも聞かせてやるけどよ。仕事のうちだからな。
「ねえ、聞かせて」
おう。死んだらな、まずは森の中を歩くんだ。
「変なチョウチョ飛んでるんだよね」
そう、ヒカゲチョウだ。よく覚えてるじゃねえか。それからな、緑の光の泉があって・・・
「そこから天国に行けるんだよね」
なんだ。俺が話すこともねえじゃねえか。すっかり覚えてやがら。
「あんたも昔死んだんだよね。死ぬときってどんな感じ?」
うーん。そればっかりはなあ。まだ生きてるやつには説明しにくいな。
「あんたも森を歩いたの?」
おう。歩いたぜ。爺さんに肩なんか貸しちまってよ。ずいぶん重かったぜ。
「ねえ、死ぬのってどんな感じ?教えてよ」
嬢ちゃんがそれを聞くのは初めてだな。
「あたし、知りたいの。ぜんぶ」
そんなに聞きてえのか?まあそれも仕事のうちだから、話してはやるけどな。
「痛いの?」
痛いのは途中までだ。
「苦しいの?」
苦しいのも途中までだ。
「怖いの?」
それもオマケみたいなもんだな。途中までで全部無くなるぜ。
「そのあとは?」
そのあとはなんとも言いようがねえや。そればっかりは死んでみないと、な。
「覚えてないの?」
覚えてるぜ。でもな、生きてるやつに説明するのはムリなんだよ。
「そうか」
まあ死んじまうってのはそんな悪いものでもないぜ。
「今でもなんだかいい気持ちだよ」
モルヒネ効いてるんだろ。いい親御さんじゃねえか。
「そうかな。ふつうだよ。ウチの親」
ホスピス入れてもらえたんだ。もっと感謝したほうがいいぞ。
「うん・・・。そうだね。おなか痛くなくなったもんね」
おう。
「すごく苦しがる人もいるんでしょ?」
うーん。まあ俺らからすりゃあ、多少よけいに時間がかかるくらいの違いだけどな。
「そのあとは同じ?」
死ぬ間際に苦しんだやつほど森を歩くときは楽なんだ。
「なんかまた怖くなってきたな。こんなに痛くなくていいのかな」
怖がるこたあねえさ。ちゃんと俺がくっついて、泉まで案内してやるからな。
「あんたもチョウチョになるんだよね?なんか可笑しいな」
そうか?
「うん。可笑しい」
まあなんたって俺だからな。他のやつより動きがいいかも知れねえぞ。
「あはは」
もう怖くねえだろ?
「うん。まだちょっと怖いけど」
心配するこたあねえさ。みんないつかは死ぬんだからな。べつに普通のことだ。
「あたしまだ16だよ」
歳なんか関係ねえんだよ。生きてた長さなんかぜんぜんこれっぽっちも関係ねえんだ。
「どうせ早くに死んじゃうなら、処女のままがよかったな」
なんでそんなこと思うんだ?
「だって、あたし汚れちゃってるもん。きれいなまま死にたかった」
きれいとか汚れてるとか、そういうのは生きてる連中の勝手な都合だ。嬢ちゃんにはもう関係ないことさ。
「ユリちゃんも同じだったのかな」
ああ。みんな同じさ。
「ユリちゃんに会える?」
ああ。会える。賭けてもいいぜ。
「ユリちゃんに案内してもらえたらうれしいな」
嬢ちゃんのダチはもう天国だ。森では会えねえよ。会えるのは天国でだ。
「そうか。あんたは天国に行ったの?」
俺はまだ行ってねえよ。
「どうして?」
話すと長いんだけどな。簡単に言っちまえば、自殺したやつはすぐには天国に行けねえんだ。
「いつになったら行けるの?」
さあな。それは教えてくれねえみたいでな。まあそのうちだ。
「なんだかかわいそうだね。あんたはこんなに優しいのに」
まあ、死にかけのやつと話すのは、俺ぁけっこう好きなんだ。それに優しいか優しくないかってのも、生きてるやつらの勝手な都合だ。明日っから、嬢ちゃんには関係ねえよ。
「なんだかむずかしいね」
深く考えるこたあねえさ。それが神様仏様のオボシメシ、ってやつだ。
「神様はほんとにいるの?」
いるぜ。いろんな呼び名をつけるのは生きてるやつらの勝手な都合だけどな。
「あたしなんだか眠くなってきたな」
おう。もう遅いから寝たほうがいいぞ。俺はずっと傍にいてやるからな。
「うん。ありがと」
まあ、仕事だからな。
「ねえ、もう一回だけ聞かせて。森の話」
おう。いいぞ。森に着いたときはな、正直少し驚くんだ。なにせ真っ暗だしよ。
「チョウチョが照らしてくれるんでしょ」
おう。そのうち他のやつらがいるのもわかるしよ。だんだん安心できるんだ。
「オルゴールの音が聞こえるんでしょ」
まあ、聞こえなかったって言うやつもいるけどな。たいていはちゃんと聞こえるもんだ。
「あんたには聞こえたの?」
おう。ばっちり聞こえたぞ。なんつったかな。あの曲は・・・。らー・・・
「G線上のアリア」
そう、それだ。その曲が聞こえてな、俺はすっかり怖くなくなったんだ。
「あたしにも聞こえるかな」
ああ。きっと聞こえるぜ。だから安心しな。怖くないからな。
「うん・・・・・」
まあ、人によって聞こえる曲も違うらしいからな。楽しみにして・・・・・・

・・眠ったみたいだな。可愛い顔してら。
このぶんだと眠ったまま往けるかもな。
シアワセな子だぜ。まあ森を歩くとき足くらいは引きずるだろうけどな。
さあて。明日は飛びまわるからな。なんせヒカゲチョウだからな。
俺もちょっと休むかな。
眠らなくても休めるってのは生きてるやつらからしたらうらやましいんだろな。
まあ普通のことだけどな。
嬢ちゃん、明日はしっかり歩くんだぜ。










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