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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第97回バトル 作品

参加作品一覧

(2009年 1月)
文字数
1
ごんぱち
3000
2
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん

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パーティング
ごんぱち

 小石川蔵人は携帯電話の呼び出し音で目を覚ました。
 ベッドの傍らの目覚まし時計に目を向ける。
 午前二時だった。
「ん」
 小石川は枕元の人工臓器カタログをひっくり返し、下に転がっている携帯電話を取って開く。
 画面に表示される相手の名前は数字の「2」だけ。
「……あの臓器屋、常識もないんですかね」
 小石川は通話ボタンを押す。
「はい」
『良かた、先生。患者送てるよ、十八歳、女、すぐお願い。パーツちゃんとある、頼むよ』
 クローン臓器ブローカーの綱島保仁の声だった。慌てているせいか、訛りが激しく出ている。
「何があったんです?」
「事故ですよ、パーティング用のクローン、作ってあたんだよ。でも、救急病院じゃ警察に捕まるよ。主治医って言って、そっちに行かせてるよ。情報送ったから、頼むよ」
「ん、あー、分かった。データは、ope形式だけじゃなく、テキストでも頼む」
「わかたよ、ありがとう先生、恩に着ますよ」

 手術室に二人の少女が並ぶ。
 一人は、全身が焼けただれ、胴体がちぎれかけ、内臓と骨が露出し、心臓も停止している「北条美貴」、数十年前の医師ならば死体と――単なる物体と判断していた筈。
 そしてもう一人は、大脳を破壊されている他は、何一つ傷はなく、呼吸すらしている「パーティング用クローン」。
 短いが艶やかな黒髪、化粧気がなくても何の違和感もない整った顔立ち。血色の良い、染みもほくろもない肌。身体のラインは滑らかで、過不足無く脂肪と筋肉が付き引き締まっていながら丸みを失っていない。
 美しい少女だった。
 小石川は二人を、ほんの数秒見比べた後、手術装置のプログラムをスタートさせた。
 手術装置のサブマニピュレーター「助手」がレーザーメスで美貴の胸から腹にかけて、大きく切開する。
 レーザーによる滑らかな断面から、時折血がじくじくと染み出す。
 焼け焦げた肉が、次々に切り落されていく。熱で変質した肝臓は膿盆に置いた時にぼろりと折れた。
 心臓、腎臓、胆嚢、膵臓、胃、腸、大腸、食道、気管、子宮、膀胱。
 残ったのは僅かな肺胞と骨が数カ所、それから血管が数本程度。その姿は、着物を外し、がらんどうの中身を曝すカラクリ人形にも似ていた。
 続いて、パーティング用クローンの心臓が止められ、胸から腹までが切開される。
 薄桃色の緻密に織り上げられた筋肉、真っ赤な心臓、赤紫の腸。どれもが光り輝くような眩しい色彩を帯び、その形状は、変異と淘汰によって完璧なまでに研ぎ澄まされた、自然の調和、機能美に満ちている。
 助手は、寸分の狂いなく、プログラミング通りに、繊細さと柔らかさを折り込み、慈しむ母の手のような優しさで動く。
 心臓の大動脈が切られようとした、寸前。
 小石川は、手術装置のキーを操作していた。
「これ……を、壊しちゃ、いけない」
 手術装置のプログラムを切り替える。
「脳を……脳だけを、移そう。そうだ、そうするべきだ」
 数時間の後、手術装置は再び動き始める。
 患者の焼けただれた頭蓋骨が切り開かれ、脳が露出する。幸運にも脳の損傷はほとんどない。
 そして、パーティング用クローンの頭蓋骨が、切り開かれる。
 胎児の状態で破壊された大脳。この肉体の中で、唯一傷付いた不完全な――。
「な……に?」
 切り開かれた頭蓋骨の下から出て来たのは。
 何の傷もない脳だった。

 手術後の朝。
『どうもありがとうございます。北条さん、本当に喜んでましたよ、クローン作っておいて良かった、って』
 電話越しにで、綱島が笑う。
『それではドンガラ、回収に行きますので、よろしくお願いします』
「綱島さん」
 小石川は唾を呑み込む。
『なんですか?』
「このクローンのドンガラ、こっちで移植用に使う事は、出来ませんかね」
『それは困ります。この前も言たと思いますが?』
「そこを何とか」
『……分かりました。手続きをしますので、ちょと出かけずに待てて下さい』
「ありがとうございます」
 小石川は電話を切る。
 数分経たないうちに、小石川医院の裏口から自動車が――バックで突っ込んで来た。
 扉と壁が突き破られ、車の後部ドアから暗い色のシャツとパンツ姿の男が四名、飛び出して来る。手には、マシンピストルを持っていた。
「っ!」
 診察室に踏み込んだ綱島は、舌打ちする。
 小石川のパソコンの電源が入ったままになっており、そこには、携帯電話が接続されていた。
「逃げられると、思てるんですか」

 国道を綱島を乗せたバンが走る。
「確かに、クローンは、脳なんか壊してはいない。隔離された施設で、人として暮らさせています。大体、カプセルの中で育つ程、人間は単純じゃありません」
 綱島は、携帯端末と見比べる。クローンの位置を表す光点が近付いている。生まれると同時に注射された、ICタグだった。
 携帯端末の光点と、一つ先に見える有蓋軽トラックの位置が完全に一致した。
「でも、だからと言ってなんですか。クローンにスピリットはありません。ただの細胞の塊です」
 トラックに横付けになったバンから、綱島はマシンピストルを発砲する。
 タイヤをバーストさせられたトラックは、ホイールでアスファルトを削り、火花を散らし、スピンしかけながら停まった。
 綱島達は、トラックの前にバンを回り込ませ、運転手に銃口を突き付け、荷台を開けさせる。
「何?」
 しかし、荷台には誰もいない。
 綱島は最も反応の強い積荷の箱を引き裂く。
 箱の中には、ビニール袋に入った、血を吸い込んだ厚ぼったいシートが入っていた。

「神戸名物、ステーキ弁当は如何でしょうか――」
 新幹線の車内販売のワゴンが傍らを通り過ぎていく。
「――脳の状態の確認のし忘れは言い訳のしようのない失態ですが」
 小石川は時速五百キロで窓の外を流れていく木々を眺める。
「あなた方のやり方も、クローンの肉体に加えられた細工も、一番最初に調べてあるんですよ」
 二つ前席の客が、弁当を買っている。
「ICチップのサイズは、〇.二ミリメートル。人間の赤血球は〇.〇〇八ミリメートル。人工透析機にフィルタでも付ければ、ものの六十秒で全てすくい取る事が出来るんです」
 小石川は自慢げに笑う。
「後は、チップの引っかかったフィルタをクロネコさんに、反対方向に宅配して貰うだけ」
「ん……ねこ?」
 少女は半目を開ける。
「……って、眠ってたんですか?」
「ふぁふ……」
「あの、どこまで話、聞いてました?」
「ん? コイシカワがゲカイっていうのだって事」
「だあああっ! 最初からかっ、最初からですかっ!」
「ごめん、よく分かんなくて」
「つまり……僕は、あなたの兄弟姉妹を臓器を取る為に殺し、そしてあなたの肉体を人工臓器の塊にしてしまったんです」
「ふーん」
 少女はあくびをする。
「リアクション薄過ぎですよ! もっとなんか、ないんですか。君は怒って良い、いや、怒るべきだ」
「自分が見てないことに怒れないよ」
 少女は笑う。
「やれ……やれ、贖罪も気取れない」
 小石川はシートにぐっと身体をもたれさせる。
「君、名前は?」
「二十三だよ」
「数字の?」
「はい」
「それは少し悪目立ちしますね」
「そうなの?」
「二十三……は、素数ですよね。『素』の字を取って、素子というのは?」
「あははは、ヘンなの! モトコ、モトコモトコ! あはははは!」
「笑いのツボが分からないですね……」
 二人を乗せた新幹線は、風を切る音だけを立て西へと走り去った。
パーティング ごんぱち

(本作品は掲載を終了しました)