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第16回中高生1000字小説バトル Entry3

あめあがり

道に迷った少女がいました。
まったく見覚えのない道です。少女は困り果て、雨上がりの道をあてもなく歩いていました。

すると、不意に後ろから声をかけられました。

驚いて振り返ると、小さな少年が笑っていました。少女は少年に道を尋ねました。少年は頷くと、手招きをしました。ついて来い、と言っているようです。少女は後について歩き出しました。
爽やかな早朝の空気の中。道を歩く人はまったく見当たりません。

見知らぬ町並みが、延々と続いています。道路にはでこぼこがあり、雨水がたまっていました。すれ違う人はいません。広い道を歩いているのは、少女と少年だけでした。

しばらく歩いていると、見覚えのある場所が見えてきました。彼女の住んでいる町です。相変わらず人通りはなく、太陽は一向に登る気配がありません。

ふと、少女は、少年の名前が気になりました。
少女は、前方を歩く少年に尋ねました。君の名前は、と。少年は答えませんでした。
少女はもう一度尋ねました。やはり、少年は答えません。それから何度尋ねても、ずっと少年は黙ったままでした。

そこで、少女は気付きました。少女の家はもうすぐで、少年は淀みなく案内してくれます。しかし、少女は教えていないのです。自分の町の名前も、場所も、自分の名前ですらも。
急に少女は気味が悪くなりました。この少年は誰なのだろう、何故自分の事を知っているのだろう。
少女は少年のことを疑ってしまいました。
少女は、もう一度だけ、少年に尋ねました。あなたの名前は?
少年は、首を横に振りました。とても悲しそうに。

すぐに二人は少女の家に着きました。
少年は、少女の方をまるで見ようとせず、そのまま背中を向けて立ち去りました。

その背中が少しずつ小さくなっていくのを見て、少女はやっと自分の罪悪に気付きました。

疑ってはいけなかったのです。

疑念を感じてはいけなかったのです。

少女は少年の行動の理由はわかりませんでしたが、自分のしてしまったことの罪深さはよくわかりました。

遠ざかっていく小さな背中に向かって、少女は言いました。

「ありがとう」

聞こえるはずがない小さな声だったのに、少年はその声を聞き、少女に向かって最後に1度だけ、微笑んでくれました。少女も、笑みを返しました。


それから、少女は一度も少年には会っていません。
けれど、それで良かったのでしょう。

その後、少女はベッドの上で母親に起こされ、いつもどおりの一日を始めるのですから。

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